コロナと米と農村の現場から

山形県・農業、一般社団法人・置賜自給圏推進機構代表理事 渡部 務

 これが掲載されるころ、当地方は稲刈りが終わって、冬の準備だろうか。今年は盆後の長雨と一時的な低温で「いもち病」の心配もあったが、まずまずの出来である。黄金色に色づき始めた稲穂を見るにつけ一年の努力が実を結ぶうれしさと、その上を飛ぶ赤とんぼ、そのバックには真っ赤に染まった夕日を思い浮かべると、日本人の琴線にふれる風景をこれからも残さなければと思う。

■米価下落と農村崩壊の危機

 しかし、その美しさをも吹き飛ばすのは米価の大幅な下落予想である。早場米地帯から1俵当たり千円から2千円、青森にあっては3千円以上値下げの仮払いが農協から示されたとの報道。当県の主力銘柄「はえぬき」はコロナ禍の中で販売に苦労する業務用が多く、厳しい状況が予想される。1俵当たり1万円を割るようであれば、生産コストが増加しており極めて厳しいものとなる。
 中山間地の米農家はなおさらのことである。かつて稲作主体の農業法人の知人から「平地のあなたより最初から2割のハンデを背負っている」と言われたことを思い出す。豪雪、冷水による減収、未整理地、段差の大きさ等による管理コストの増、さらには電気柵を設置しなければ収穫までたどり着けない獣被害等だ。これに低米価が重なれば中山間地の稲作は、まさに風前のともしびであろう。こうした現実を国、地方自治体も把握しながら具体的な対策が取られているとはとても思えない。

■コロナ禍と自然災害

 コロナ禍における花卉類の価格低下は深刻な状況である。もともと景気に左右される品目であるが、イベントの中止により平年の半値以下となっている。
 わが家でも転作作物として「冬に咲く桜」の啓翁桜を栽培しているが、昨年末からの単価は極めて厳しい。さらに追い打ちをかけたのが晩霜や雹の被害であり、山形県だけで被害額は130億円を上回るとのことである。
 これから本格的な台風シーズンに入るが、さらに減収につながる事態が起きないことを願わずにはいられない。

■ゆるやかな共同体組織の育成と助成

 平坦地での稲作主体の私の集落に1967年から継続している農機具の共同利用組合がある。当初12戸ほどであったが現在は5戸で20ヘクタール規模で運営し、トラクター、田植機、防除機、コンバインを所有している。その負担金は10アール当たりおおむね1万5千円ほどであり、そこから出勤労賃を差し引くと極めて低コストで米作りができている。構成員は専業のわが家と会社員、車整備士、大工、測量士の兼業農家であり、軽微な故障修理は各自自分で行う、ゆるやかな共同組織であるが兼業・専業ともに継続できる一つのスタイルであると確信しているし、このことは農村維持には欠かせない要素でもある。
 こうした組織を中山間地に根付かせる取り組みを行政は行うべきと考える。もちろんそこに住む人たちが自ら行動することが基本ではあるが、抱える課題の大きさからして、行政、農協等が一体となって支える仕組みが必要だ。
 そして重要になるのは国の各種補助金制度の改善である。現在「人・農地プラン」を作成し規模拡大農家の育成を図るべく各種補助金制度を設けているが、われわれのような任意組織はまったく該当しない。さらに景気対策や外国への市場開放対策で組まれた補助金は各種要件のハードルが高い。ましてや短期間の申請期間に将来に関わる要件を求めることは無理難題を押しつけるものであり怒りを感じる。
 こうした制度を改善し、任意組織や現状維持で営農継続を図ろうとする農家にも支援できる仕組みにすべきである。もちろん、その前提は再生産可能な価格対策が重要である。

■地域資源の再確認

 併せて重要なのは、周囲にある水、森、農地等がいかに有効な資源であるかを自らが再認識することである。7年前、私たちは置賜地方3市5町の有志が集まり、(一般社団法人)置賜自給圏推進機構を立ち上げた。その思想はこの地域のもつ資源を洗い出し、活用し経済の循環を図っていこうとする壮大な取り組みである。
 国は小泉、安倍、菅それぞれの政権で規制緩和が進み、新自由主義といわれる路線で格差が拡大した。特にアベノミクスとかと呼ばれる政策は、「中央の果実が地方に落ちる」という上意下達的な発言であり、地方を侮辱するものであり大きな怒りを感じる。
 10年前の原発事故の時、「東京の電力が福島から来ていることを初めて知った」との発言をTVで聞いた。都市で暮らす人びとを批判する気持ちはないが、不夜城のようにきらめくネオン街の裏には原発を受け入れざるを得ない地方の現状がある。停電で右往左往した都市基盤の脆弱を学ぶべきである。

■地方自立と電力小売業構想

 私たちの地域には資源がたくさんある。これを再認識させていただいたのは㈱三菱総研理事長小宮宏氏(元東大総長)とそのスタッフの方々である。
 山形県の食料自給率は140%を超えているとの報道があった。まさに飢えることはない。次はエネルギーの自給である。
 全国の戸当たり光熱費は年間25万円とのことであり、これを7万5千戸の圏内戸数にすると実に183億円となり、これに事業所、公共施設等を加えればさらに多くなる。ガソリン、灯油は今後の課題としても電力はなんとか自給できないか。
 そんな思いで調査した結果、圏内にあるソーラー、小水力、バイオマス、そして昨年稼働した畜糞尿からのバイオガス発電で需要の約1・8倍の発電量が確保されている事実を知った。これを自らが消費するための電力小売業を立ち上げるべく、民間企業の方々と協議を重ね、民間会社の立ち上げに向け準備が進められている。この構想が実現すれば経済の循環はもちろんのこと、利益は地域に還元する。「われわれの電力会社」との認識を住民が得ることによって、この地の豊かさを共感できると確信する。

■最後に

 百姓55年、うち有機農業運動に参画して48年が過ぎようとしている。農水省は今年、「緑の農業システム」戦略で有機農業を25%にまで推進する目標を打ち出した。脱炭素化に向けた方針であろうが、一部期待しつつも、AIやスマート農業等の技術革新が農家の過度の負担となってはならないと思う。基盤とすべきは農民、農村、土壌、水であろう。初代東京農大学長の横井時敬氏には、「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」との格言があるが、このことが基盤となるべきである。さらに一度講演を拝聴したことのある故内橋克人氏は、デンマークをモデルにしたフード、エネルギー、ケアを地域で雇用を創る政策として提言されてきた。
 まさにこれを創れるのは地域住民の知恵であり、それを具現するには市町、農協、民間事業者に大学も加わった仕組みが必要である。一つの行政枠にとどまるのではなく、おのおのの文化は尊重しながらも広範な知見と資源を結集することで、地方自立の一端が見えてくるのではなかろうか。そして、そのあかつきには今コロナで帰省できない子どもたちが、いつでも帰りたくなる田園風景と農村社会を残せるのではと思う。

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