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東京で新規就農 ■ 都市農業に取り組む若者たち(1)

農業を「新しい生活スタイル」に

東京NEO-FARMERS!世話人代表
松澤 龍人 さん
(一般社団法人 東京都農業会議 業務部長)

東京都の非農家出身新規就農者の集まり、東京NEO-FARMERS!の松澤龍人さんと就農者の大塚聖子さんに話を聞いた。大阪でも、同様の組織が立ち上げられた。コロナ禍で、過密都市問題と食料自給への関心が高まっている。農林業就業と地方移住の希望者が増加している。都市と地方の結びつき強化は重要である。

 まず、東京都の農地についてですが、面積と生産量ともに、23区と多摩地域、伊豆諸島を合わせても、埼玉県の深谷市と同規模くらいですね。深谷市は農地面積が多いところですが、それにしてもひとつの市と同じ程度です。
 10年くらい前は多摩地域を中心に市街化調整区域内にある農地の貸借も少なく、23区を中心とする市街化区域は制度上まったく農地の貸し借りはできませんでした。

JR立川駅南口の「地元農家のとれたて野菜 のーかる」土曜市(7月11日)に参加した東京NEO-FARMERS ! の皆さん(左から3人目が松澤さん)

 その一方で、新規就農を希望する相談がいっぱいありましたが、断ってきたんですね。東京全体の農地面積は少ないし、しかも貸借できるところに限りもあったものですから。でも、断り続けていたら、自分としてもイヤになってしまう気分でした。そんなときに瑞穂町や日の出町で徐々に農地の貸借が活発になってきました。
 だったら「ちょっと挑戦してみよう」ということになって、2009年に瑞穂町に東京初の新規就農者を誕生させることができました。

新規就農希望者を応援するため「支援会議」発足

 その後、何人も新規就農を希望する人が来ましたが、新規就農に向けた仕組みはなく、東京都の農業振興プランにも「新規就農」という言葉はありませんでした。そこで「もうゲリラ的にやるしかない」と農地の所有者や、自治体に頼み込んで新たに3人の新規就農者が誕生しました。
 そして、「東京都全体で応援しよう」ということになり、12年に「新規就農経営計画支援会議」というのができました。農地は少ないながらも集まり始め、町田市や八王子市でも新規就農を受け入れる仕組みができました。
 ただ、新規就農しても、その地域でどうしても孤独になりがちです。だから、みんなで1カ月に1回くらい集まろうということで、飲み会を開いたんですね。こうして、飲み会を開いていたら、そこにいろんな人が来るようになったので、「名前をつけよう」ということになり、「東京NEO-FARMERS!」という名前をつけました。
 そして、東京都の新規就農グループみたいな形でマルシェ(仏語で市場)などにも参加するようになってきました。また、メンバー全員のことを知っているのは自分しかいなかったので、自分が世話人のような形で運営して今までやってきたわけです。
 以降、新規就農者だけでなく、希望者や応援する方々も含めて、毎月集まるようになりました。今では瑞穂町や青梅市など地域ごとにグループもできています。それ以外にも、農地が少なく東京で就農が難しい人などを相模原市に協力してもらって、東京ではないですが就農し、相模原グループをつくっています(大塚聖子さんの話参照)。それぞれコミュニティみたいな集まりになってきたんですね。

さまざまな課題に直面

 みんなで集まると、新規就農を進めるうちに「作業場がない」など、さまざまな課題についても話が出てきます。こうした課題を解決するため、東京都が事業化してくれて、開墾する費用を東京都が3分の2(認定新規就農者)を負担するなどの事業が創設されています。
 課題として大きいのはとにかく作業場が確保できないことです。新規就農しても、広い家を借りることができません。やはり、東京は人口も多くて、大きい家なんか借りると家賃は高額になってしまいます。就農と言っても、最初は多くがアパートと畑だけのスタートとなります。
 また、いろんな人から「新規就農者はどこかで東京の農業について勉強しないとダメだ」と言われました。確かにその通りですが、全国の都道府県のなかで東京だけ「農業大学校」をはじめとした公的な研修施設がありません。そのようななか、都内の農家の人がそういう人たちを研修生としてけっこう受け入れてくれたんですよね。しかも、給料も払ってくれました。
 新規就農するにあたって、2年くらい勉強するのがベストなんですよ。春・秋2回作物をつくって、1年くらいの経験じゃ不安なので2回。その間に貯めたお金がなくなると大変なので、補助金なんかもありますが、農家に頼み込んで、給料も支払ってもらうようなことをしながら、新規就農者を送り出してきたという経緯があります。
 また、農業を運営している法人も農作業を行う人が必要ということなので、新規就農希望者を「研修生」として雇ってもらったりしました。
 結局、「農業をやりたい」といっても、研修している間に現実が分かり始めます。例えば、「家族を持ちながら農業は難しい」等々、感覚で思うわけです。だって、1個100円のものを1万個つくっても売れて100万円。よくできてその6割。そのうち売れるのが6割とかになってくる。しかも、つくってそれを運ばなければいけない。だから、新規就農した最初の売り上げはどう頑張っても年100万円に届くかどうかですね。それでも「農業をしたい」っていう人は法人に雇われるというのがいいので、法人に、「この人を継続的に雇ってほしい」と話を持ちかけたりもします。

とにかく、「やってみよう」

 自分の考えは、「農業をやりたい」というのであればやればいいと思っているんですよ。「働きたくない」という人を動かすのは大変だけど、「働きたい」という気持ちがあるんだったら、やってみればいいと思うんです。
 ただ、農業の社会というのはあまりそういう考え方を許さない傾向があるみたいなので、自分のような考えというのは「異端」みたいによく言われます。自分自身としてはいたって普通の感覚だと思っていますが。やりたかったら挑戦して、途中でやめたとしてもしょうがないかなというのがあるんですね。
 研修1~2年して、やめたとしてもいいじゃないですか。生活できない、体に合わないなと思ったら。それでも、「農業をやりたい」と思うなら、やっぱりやるべきだと思います。
 だから、そういう人たちに向けて私は、みんなが研修している間に農業委員会等の協力を得ながら農地を探します。例えば、瑞穂町で研修して、その瑞穂町で農業やりたいと言われれば、いろいろな情報集めて、農地を探し出し、マッチングして今度新規就農できるという、そういうやり方です。
 自分がみんなによく言うのは、「東京で農業を始めたい理由を教えてほしい」ということです。東京は農地が少なく、行政上でも農業についてはそれほどプライオリティ(優先順位)が高くありません。そこが地方とは大きく違います。新規就農を希望する人も、ハッキリ言えば、地方に行った方が就農者を必要とする農地と就農希望者の、需要と供給がマッチしているんですよ。
 それでも、「東京でやりたい」という理由があれば、「やろう」と言っています。
 そして、貸してもいいよという農地が見つかれば、「とにかく、ここに飛び込め」って言っているんですよ。「何が何でも飛びつけ」って。そこで頑張って農業に取り組めば、周りも見ているから「一生懸命やるなら農地を貸す」ということにもつながります。

「農業が好きだ」が一番

 最近の若い人は農業というのを、特別な職業ではないと思っている傾向がありますね。最近はひとつの会社に勤め続けるという考えがないということもあるんじゃないでしょうか。サラリーマンになっても、お金をすごく稼げるわけではなく、会社も続くかわからない。
 新規就農を希望する人の共通点というのがひとつあって、「農作業が大好き」ということ。それは絶対の共通点なんですよ。嫌いだったら来ないですから。続けないし。
 結局、嫌な仕事を我慢してちょっとお金を貯めるより、好きな仕事をして、以前の収入より減ったとしても、人生って時間なので、その時間が充実するんですよね。
 だから、自分の好きなことができるというのが、やっぱりいいんだと思いますね。それが第一です。
 「作業場がない」だとか、「どうやって生活しようか」ということに必ず直面します。それでも、東京は地方と違って、野菜などの少量多品目生産で、ちょっとつくると比較的すぐ売れるんです。そんなに大型の農業機械を買わなくていい。
 でも、限界もあります。農作物は、だいたい同じ時期にできて、残念ながら買いたたかれる商品性がある。よく、テレビで「野菜が高い」という声が紹介されますよね。
 頑張って、作物つくって、それを袋詰めして、出荷して売りに出すという作業を繰り返しても、新規就農した数年後でも年間の売り上げが200~300万円程度しかないということが多いのが現実です。

流通、外食業界などが応援

 作業場もなかなか確保できないような環境のなかで、どうしようかと考えたとき、流通の世界で応援してくれる人もいて、出した答えというのは、「わがままに売れるところをつくろう」ということです。たとえ1%の人でも自分たちがつくったものに価値を見いだして、買ってくれればいいということです。東京には消費者はいっぱいいますから。
 そこで最初に始めたのは、直売みたいなことをやりました。スーパーの「いなげや」さんに頼み込んで、売り場に直売コーナーをつくってもらいました。
 次に外食業界がいいだろうということで、大手レストランチェーンとの連携も始めました。レストランとしては「ウチはこういう野菜を扱っています」ということをPRしたいわけです。新規就農者は最初みな露地栽培から始めます。簡単にハウスは建てられません。天候次第です。そうなると、「1週間後、キュウリ10本持ってきて」と言われてもなかなか応えられません。甘い考えですが新規就農者の難しさもすべて受け入れてもらって、もし足りなければ、別に用意してくれる外食企業はベストです。
 また、最近では「クックパッド」(クックパッド株式会社の運営による料理レシピのコミュニティウェブサイト)が運営する「クックパッドマート」との連携も始めました。注文が入れば、クックパッドが置いた集荷場に持って行き、それを消費者のお宅へ運んでくれる形です。また、今新たに立川に直売所をつくろうと進めているのですが、直売所というのは表向きの姿で流通、そこの周りの外食の人との取引を進めていくということをやりたいと。酒・飲料流通大手の「河内屋」さんとの協力も進んでいます。
 とにかく、このグループに価値を見いだしてくれる人に食べてもらいたいですね。

「2022年問題」

 最近、「2022年問題」というのが浮上しています。22年には現行の生産緑地法が施行されて初めて生産緑地の指定が行われた1992年から30年が経過します。
 そもそも生産緑地とは、一定の条件を満たした市街化区域の農地のうち、市町村が指定した地区であり、土地所有者は固定資産税の減免や相続税の納税猶予を受けることができる一方、必ずそこを農地として管理しなければなりません。
 そして緑地指定解除の際に最初に行う市町村への買い取りの申し出が可能になるのは生産緑地として公示されてから30年間経過したときとなり、今都内にある生産緑地の約8割がここで解除されてしまう可能性があります。東京都の農地の約40%は生産緑地ですから、極端にいうと、その8割は減るような状況になりかねません。実際にはそんなに解除の動きは進まないとは思っていますが。
 そこで、「都市農地貸借円滑化法」が18年9月に施行されました。これによって、生産緑地の貸借が可能になりました。そして、19年3月には東京NEO-FARMERS!の女性メンバー川名桂さんが日野市で生産緑地を借りた初の新規就農者として誕生しました(次号に川名桂さんのインタビューを掲載)。
 生産緑地は、長く借り続けることが難しいです。地価が高いし、所有者が亡くなったりして、その相続人が農業をやらないとしたら宅地にできる場所なんです。そういうリスクはあるものの、やっぱり、借りることを希望する人は多いですね。
 東京は農地がなくて、全国一の「激戦区」ですけど、農業を始めたら、最初の滑り出しはいいし、あと自分たちのようなフォローもあるし、東京都の事業もあるから、条件はいいですよね。
 地方では例えば特産化している農産物などについて、自分が研修したときと同じようなハウスを建てて、売るのは全部農協がやってくれるというのがあります。それと比べれば東京はまったく逆です。何から何まで自分でやらなきゃいけない。でも、こっちの方がおもしろそうだなというのがメンバーの大半です。
 東京には今まで農業の研修施設がありませんでしたが、東京都の農業振興プランのなかで新規就農を進めようということになって、「東京農業アカデミー八王子研修農場」が今年開校しました。毎年5人くらい入校して、2年間の研修期間があります。そこを卒業した人たちの農地の確保に向けて取り組んでいる最中です。

農業という職業選択する「道」残したい

 これからみんなで頑張って、ひとつの「モデル」をつくりたいですよね。新規就農でも「ちゃんと農業やれますよ」という形で。本当はもっと新規就農者に入ってきてほしいんですが、農地の確保などもあって、簡単ではありません。
 ただ、自分から「東京で農業をやってほしい」とは一回も言ったことがなくて、「農業を始めたい」という思いを持った人が自然に集まってくるんですよね。だから、これからも集まってくるし、「やりたい」っていう人もいっぱい出てくるでしょう。
 自分がよく言うのは、とにかく「就農する」ことをまずプライオリティにしてほしいということです。「こういう農地はヤダ」とか、最初からそう言わないで、とにかく農業を始めることにプライオリティをもってもらわないと、就農は難しい。
 でも、これからこういう人たちがどんどん出てきて、「農業が好きだ」って言ってくれるのは、とてもいいと思いますね。だから、もっとそういう人たちをこれからもつくっていきたいですね。やっぱり、「農業」という職業を選択できるという「道」をなくしてはいけないと思います。
 地方に行っても、今までとやり方変えて、農業に取り組んでいるような、「自主・自立」的で、みんなでフォローし合うような「提案型」の姿が出始めています。こういうことが広がれば、たぶん農業って変わってくるのかなと思ったりしたりもしています。
 とくに、新型コロナウイルスの影響でテレワークが進んでいるなか、地方でも仕事をしながら、パートナーが農業をできるスタイルも可能と思うので、大チャンスです。
 東京の場合、新規就農者の多くが結婚をしていて、パートナーは違う仕事に就いてたりしています。当然ですが、農業をやっている人は、常に家の近くにいるじゃないですか。だから、子どもの面倒も見られます。農業やりながら、子どもの面倒を見て、料理つくってみたいな生活ができるので、新しい生活スタイルとしていいかなと思います。