『横田空域 日米合同委員会でつくられた空の壁』(角川新書)
吉田 敏浩 著
ジャーナリストの吉田敏浩さんの近著『横田空域 日米合同委員会でつくられた空の壁』(角川新書)が評判となっている。「リベラル保守」を自任する政治学者・中島岳志氏(東京工業大学教授)は、「日米地位協定を含めて、大きく見直す時期が来ている。具体的な政治問題として活発な議論が展開されるべきだ。本書がそのきっかけとなることを期待したい」と書評した(「毎日新聞」3月3日)。
広範な国民連合・神奈川は3月15日、吉田さんを講師に迎えて「横田空域」学習会を開いた。そこでの吉田さんの報告を中心に『横田空域 日米合同委員会でつくられた空の壁』のポイントを紹介する。
横田空域とは?
横田空域とは、1都9県(東京、神奈川、埼玉、群馬、栃木、福島、新潟、長野、山梨、静岡)に及ぶ広大な地域の上空に、約2450メートルから最高約7000メートルまで、地表から6段階の高度区分で立体的に設定された日本列島の真ん中を遮る巨大な『空の壁』である。
東京西部にある横田基地の米軍が航空管制を握り、民間機の通過を制限する。羽田空港や成田空港に出入りする民間機で、横田空域を通る定期便のルートはない。航空管制の指示に従って計器飛行する大多数の民間機が、空域内を通るには悪天候などの緊急時を除き、一便ごとに飛行計画書を米軍に提出し、許可を得なければならない。しかし許可されるかどうか不確かなので、定期便ルートを設定できない。
羽田空港を使う民間機は、急上昇して横田空域を飛び越えたり、迂回したりする非効率的な飛行を強いられる。発着便の混雑時には、迂回してきた着陸機が行列をなす空の大渋滞も。飛行時間が長引き、ニアミスや衝突事故などのリスクも高まる。
横田空域は民間機の安全で効率的な運航を阻害する軍事空域。日本の領空なのに、日本の航空管制が及ばず、管理できない。「横田空域」は航空法など国内法には一切規定がない。日米地位協定にすら規定されていない。空の主権を米軍によって一方的に制限・侵害されている「占領状態」である。
「空域」で何がやられているか?
「空の壁」で囲って民間機をほぼ締め出したその空域を使って、米軍は横田基地を拠点にオスプレイなどの低空飛行やパラシュート降下など軍事訓練を行う。一方では、大型輸送機のアジア・西太平洋地域における中継拠点、軍事空輸のハブ基地として利用している。
だから米軍は横田空域を手放さない。
横須賀基地を母港とする米軍の空母艦載機部隊が、2018年3月に厚木基地から岩国基地に移駐するまでは、艦載機(戦闘攻撃機)は横田空域の北部にあたる群馬県上空で激しい低空飛行訓練・対地攻撃訓練(射爆撃は伴わない)をしていた。空母艦載機はイラク戦争に出撃して空爆をしてきた。日本の空が米軍の戦争のスキルアップのための訓練エリアとして利用されるなど、米軍が戦争のための訓練エリアとして「横田空域」を利用してきた。
「空の壁」をつくり出した日米合同委員会
日米合同委員会は、地位協定の運用などに関する在日米軍高官と日本の高級官僚による密室の集まりである。本会議が隔週の木曜日に、ニューサンノー米軍センター(東京都港区の米軍宿泊施設)と外務省で交互に開かれる。分科委員会や部会は、各部門を管轄する省庁や外務省、在日米軍施設で、必要に応じて開かれる。
関係者以外は立ち入れない密室協議であり、議事録や合意文書は原則非公開。情報公開法による文書開示請求をしても不開示。国会議員にさえも非公開。合意の要旨は一部、外務省や防衛省のホームページなどで公開されるが、米軍に有利な内容が削除されていたりする。
合意の総数も非公開。不開示理由は、日米合同委員会で「日米双方の合意がない限り公表されない」と合意し、公表すると「日米間の信頼関係が損なわれ、米軍の安定的駐留と円滑な活動が阻害され、国の安全が害されるおそれ」があるからだという。情報公開法第5条第3号の規定により非公開にできる『国の安全・外交に関する情報』に該当するとされる。
しかし、「日米双方の合意がない限り公表されない」と地位協定に明記されているわけではない。ただ、日米合同委員会でそう取り決めているだけで、その合意文書そのものも非公開。
吉田氏が暴き出した米軍特権の密約
そのため外務省、法務省、警察庁、最高裁などの秘密資料・部外秘資料(法務省刑事局の『秘・合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料』、外務省の『無期限秘・日米地位協定の考え方』、最高裁判所事務総局の『部外秘・日米行政協定に伴う民事及び刑事特別法関係資料』など)、在日米軍の内部文書、アメリカ政府の解禁秘密文書などの調査を通じて、実態を探るしかなかった。
その結果、日米合同委員会は米軍の特権を認める秘密の合意=密約を生み出してきたことが明らかになった。
故翁長雄志沖縄県知事が喝破したように、「日本国憲法の上に日米地位協定があり、国会の上に日米合同委員会がある」という合同委員会の実態を吉田氏は調査に基づいて詳細に明らかにしている。
中島氏が言うように「日米地位協定を含めて、大きく見直す時期」に来ている。沖縄県民の声に応え、米軍基地の撤去、真に自立した日本を実現していくため、筆者の前著『日米合同委員会の研究 謎の権力構造の正体に迫る』とともに必読の文献である。
『横田空域 日米合同委員会でつくられた空の壁』(吉田敏浩著、角川新書、907円)
よしだとしひろ 1957年生まれのジャーナリスト。『森の回廊』(NHK出版)で第27回大宅壮一ノンフィクション賞、『赤紙と徴兵』(彩流社)で第2回いける本大賞、『「日米合同委員会」の研究』で第60回日本ジャーナリスト会議賞を受賞。本誌17年3月号に「謎の権力構造の正体『日米合同委員会』」と題してインタビュー記事掲載。