ウクライナ戦争と台湾問題

平和を創る道の探求

東アジア共同体研究所長(元外務省情報局長) 孫崎 享

1 反撃能力、敵基地攻撃をどう考えるか

 岸田政権は2022年12月、安保関連3文書の閣議決定をした。3文書中、国家安全保障戦略と国家防衛戦略は、敵のミサイル発射基地などをたたく反撃能力を保有することを明記している。反撃能力は従来敵基地攻撃能力と呼ばれてきた。安保関連3文書の改定を受けて、日経新聞が行った世論調査では5年間で防衛力を強化する計画を支持するとの回答が55%で、支持しないが36%である。
 日本の多くの人はこれで日本の安全が高まったと思っているようだが、全く逆である。

 戦争の歴史で、敵基地攻撃が戦術的に最も成功したものに、真珠湾攻撃がある。米国の戦艦、爆撃機等に多大な損傷を与え、米側戦死者は2334人に上る。確かに敵基地攻撃は成功した。しかし当時の国力の差は1対10ぐらいの格差があり、結局日本は軍人212万人、民間人は50万人から100万人の死者を出し降伏した。敵基地攻撃の大成功は日本国民の破滅につながった。
 敵基地攻撃だけで優位に立てないのは今日の戦闘でも同じである。
 ウクライナ戦争はまだ戦闘継続中である。最終的な決着の確たる姿はまだ明確ではない。したがって戦闘中の一エピソードとして紹介したい。22年12月26日ロシア中部のエンゲリス空軍基地にウクライナ軍のドローン攻撃があり、3人死亡した。ある種の敵基地攻撃の成果である。それでどうなったか。この時期までロシア軍は大々的な民間施設の攻撃には躊躇していた。だがウクライナのロシア空軍基地への攻撃を契機にロシアは方向転換し、12月29日、ウクライナ全土に、電力、輸送などのインフラ施設を主体に計120発のミサイル攻撃を行った。敵基地攻撃であるロシア空軍基地への攻撃は激しい攻撃を誘発している。
 中国は日本を攻撃しうる2千発以上のミサイルを配備しているといわれ、核兵器を搭載しうる。北朝鮮も日本を射程圏内に入れうるミサイルを200発から300発配備している。
 敵基地攻撃を主張する人(防衛省関係者を含む)に次を聞いてみてほしい。
 ①仮想敵国は何発日本を攻撃するミサイルを保有していますか
 ②そのうち何発が実戦配備され、何発の配置場所を正確に把握していますか
 ③「敵基地攻撃」で何発破壊できますか
 ④「敵基地攻撃」をされた仮想敵国はどのような報復攻撃をすると思いますか
 中国の秦剛外交部長は23年3月7日、全国人民代表大会第1回会議の際、記者の質問で米中関係につき次のように述べている。
 「米国の言う〝競争〟とは、中国を全面的に抑圧するゼロサムゲームだ。〝ガードレールを作る〟や〝衝突しない〟というのは、中国に対し、殴られても殴り返さず、罵られても言い返さないよう押し付けることだ。それは決して実現できない」
 中国は殴られたら殴り返す。「敵基地攻撃」を主張する人々で、中国や北朝鮮がどのような形で殴り返すかについて言及した人がいるか。それはほぼすべての日本人にとって耐えられない破壊となる。
 被害を考慮した時、「敵基地攻撃」はとても日本の戦略と言えないお粗末なものである。
 日本が今後防衛費をGDP比2%にしたところで、軍事衝突では日本は必ず負ける。
 われわれは必ず負ける軍事行動に行くのではなく、いかに紛争にならないかを考えるべきである。

2 古典に学ぶ

 戦略の古典に孫子の兵法がある。中に次の記述がある。「軍隊を運用する時の原理原則として、自軍が敵の10倍の戦力であれば、敵を包囲すべきである。5倍の戦力であれば、敵軍を攻撃せよ。敵の2倍の戦力であれば、相手を分断すべきである。自軍と敵軍の兵力が互角であれば必死に戦うが、自軍の兵力の方が少なければ、退却する。敵の兵力にまったく及ばないようであれば、敵との衝突を回避しなければならない。だから、小兵力しかないのに、無理をして大兵力に戦闘をしかけるようなことをすれば、敵の餌食となるだけのこととなる」
 安保関連3文書の動きは本質的には「小兵力しかないのに、無理をして大兵力に戦闘をしかけるようなことをすれば、敵の餌食となるだけのこととなる」状況である。
 安全保障の関係者であれば、少なくとも自分の主張が「孫子の兵法」との関係でどこまで妥当性を持つかくらいは考える必要がある。

3 外交、妥協の道

 では私たちはどうしたらいいのか。日本は平和憲法を保有する国である。
 どうして平和憲法を保有する国が戦争をする国家へと変質しようとしているのか。私は護憲勢力、リベラル勢力に問題があると見ている。
 護憲勢力、リベラル勢力は武力を使わないことを主張し、武力を使う国を糾弾してきた。しかし、大切なことを行っていない。国際紛争を平和で解決する道の探求をしてこなかったことだ。国際紛争を平和的に解決するには一方の当事者の見解を100%通すことでは達成できない。お互いに妥協して初めて解決できる。日本が世界で最も平和的な国家であるなら、すべての国際紛争を平和的に解決する努力を最も行う国であらねばならない。
 ではウクライナ問題で、日本はいかなる努力をしたか。国際社会を見ると、イスラエル・ベネット元首相、トルコ・エルドアン大統領、インド・モディ首相、インドネシア・ジョコ大統領、中国・習近平国家主席、仏・マクロン大統領などは和平への仲介の意向を示した。
 米国の統合参謀本部議長ミリーはユーラシアグループ財団に、さまざまな国の外交官が最終的に戦闘に終止符を打つと信じていると次のように語った。「ある時点で、人々は、軍事手段を通じてこの戦争を実行し続けることのコストが非常に困難であることに気付くだろう」「ウクライナ全土からすべてのロシア人を物理的に追い出すことができるかという問題は軍事的に非常に困難で、莫大な血と資金が必要である。誰かが交渉のテーブルに着く方法を見つけようとしており、それが最終的にこの問題が解決される場所である」
 日本の政治家の誰が和平を主張し、仲介の動きを示したか。
 日本でどれくらい、国際社会の中で和平を求める動きがあることを知っているか。日本はあまりにもロシアへの糾弾と制裁だけを主張したのではないか。
 和平が実現するためには、過去の経緯、おのおのの主張を精査する必要があるが、ここではいかなる和平案があるかに絞って論じてみたい。

4 その1 ウクライナでの和平は可能か

 私は個人的に和平案として、①NATOはウクライナに拡大しない、②ウクライナの東部2州は住民の意思により帰属を決める、を示してきている。
 上記の2項目が、過去の経緯、国際条理で適当であるか否か。
 話は1990年まで戻る。ドイツ統一が国際政治の最大課題であった。この時、ソ連はドイツ統一に反対であった。ドイツが統一し強力な国家になって、ナチのように、再度ドイツがソ連を攻撃するのを恐れたのである。それでベーカー米国国務長官等がゴルバチョフ大統領等に「NATOは1ミリたりとも東方に拡大しない」と約束したのである。「NATOはウクライナに拡大しない」は90年当時、西側諸国がソ連(当時)に約束したことであり、それを今日実施するのに不条理はない。
 「②ウクライナの東部2州は住民の意思により帰属を決める」については、国連憲章を参照すればいい。国連憲章第一条は国連の目的として「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること」を掲げている。必要なら国連が住民投票を主催してもいい。結果としてこの土地にはロシア系が7割程度居住してきており、ロシアとの併合を選択するとみられるが、それは大多数の住民の意思である。
 日本で今、戦争をする国に変質しようとしている大きな理由は、リベラル勢力が、国際紛争はすべて妥協に基づく平和的な解決の道があることを示すという努力を怠ったことに起因する。

4 その2 ウクライナ問題の本質 次を誰が発言したか?

 2022年2月27日(日)夜のフジテレビ「日曜報道 THE PRIME」で――
 「プーチンの意図はNATOの拡大、それがウクライナに拡大するということは絶対に許さない、東部2州の論理でいえば、かつてボスニア・ヘルツェゴビナやコソボが分離・独立した際には西側が擁護したではないか、その西側の論理をプーチンが使おうとしているではないかと思う。(コメンテーター;まさに、平和維持部隊で送り込もうとしているのはコソボ紛争と似ているところがあると思うのですが。プーチンがNATOの東方拡大について不満を漏らしたことがあったのですか)米ロ関係を語る時に(プーチンは)基本的に米国に不信感をもっているんですね。NATOを拡大しないことになっているのにどんどん拡大しているんですね。ポーランドにTHAADミサイルまで配備しているんですね。米国に基本的に不信感をもっているんですね。プーチンとしては領土的野心ということではなくて、ロシアの防衛、安全の確保という観点から行動を起こしていること、もちろんだろうと思います。もちろん私は正当化しているわけでありません。しかし彼がどう思っているかを正確に把握する必要があるんだろうと思います。(NATOが約束を守っていないんじゃないかというニュアンスの発言があったんですか)それは何度か二人だけの時にはありました」
 上の発言は安倍元首相が発言したものである。このような発言はその後、日本のマスコミから消えた。
 そして3月23日、国会でゼレンスキー・ウクライナ大統領のビデオ演説だけを聞き、ほぼ全員がスタンディング・オベーションを行ったのである。安倍元首相の見解を知れば、こういう事態は起こらなかった。その時点で最も日本政治に影響力のあるのは最大派閥「安倍派」を率いる安倍氏である。この安倍氏の見解よりも「強い力」が日本を動かしているのである。
 安倍氏は5月、英国エコノミスト誌と次の内容を含むインタビューを行い、エコノミスト誌は7月8日に再公開した。「侵略前、彼らがウクライナを包囲していたとき、戦争を回避することは可能だったかもしれません。ゼレンスキーが、彼の国がNATOに加盟しないことを約束し、東部の2州に高度な自治権を与えることができた。しかしもちろんゼレンスキーは断った」

5 台湾問題

 ウクライナ問題と並び世界を不安定にしているのは台湾問題である。
 ここで今一度3月7日の秦剛外交部長発言を見てみよう。「台湾問題は中国の内政で、いかなる外国の干渉も許さない。台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、中米関係の政治的な基礎であり、中米関係にとって最大の越えてはならないレッドラインだ。『台湾独立』分裂勢力は台湾海峡の平和・安定と相容れない関係にある。台湾海峡の平和・安定にとっての真の脅威は『台湾独立』分裂勢力だ。そのよりどころとなるのは一つの中国原則で、真のガードレールは中米3つのコミュニケだ。台湾問題をうまく解決できなければ、中米関係にも深刻な影響を与えることになる。もし米国が本当に波風のなく静かで穏やかな台湾海峡を望むなら、『台湾をもって中国を制する』たくらみをやめ、一つの中国原則の初心と本義に戻り、中国への政治的承諾を厳守し、『台湾独立』勢力に断固反対し、制止すべきだ」
 秦剛外交部長は過去の米中間合意に言及している。
 1978年12月、米中は国交回復に際し共同コミュニケを発出したが、ここでは「米国は、台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論をとなえない」としている。日本もまた中国との国交樹立に際し、「中国は台湾が国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中国政府の立場を十分理解する」としている。
 日本の政治家はしばしば、「台湾有事は日本存立の危機」と述べている。米国は「台湾は中国の一部で内政問題」と言っている。中国の要人が「沖縄は中国の一部で内政問題である」と述べたことはない。両者は全く性質の違う問題である。
 尖閣諸島問題でも、棚上げ合意がある。棚上げ合意は①主権については日本・中国・台湾がおのおの主権を主張することを認める、②しかし、管轄権の問題は主権と切り離し、日本が管轄することを認めるとするものであり、これを田中・周恩来会談で暗黙の合意をした。さらに日中漁業協定がある。これらの枠組みを守れば、武力紛争の可能性は大きく減ずる。
 日本の多くの人は日中間に紛争を避けるために「日中漁業協定」が存在していることを知らない。
 骨子は次のようなものである。
 ①尖閣諸島周辺の日本が管轄する海域に中国の漁船入ってきたら、日本は漁船の操業の停止を求め、立ち退きを命ずる。
 ②もし紛争が深刻なら外交的解決を図る。
 紛争を避ける枠組みが存在しているのである。

6 沖縄との関係

 われわれは第2次大戦の被害を見たが、その際特に沖縄の被害が激しく、一試算によれば日本側の死者・行方不明者は18万8136人で、沖縄県外出身の正規兵が6万5908人、沖縄出身者が12万2228人、そのうち9万4000人が民間人である。
 沖縄では今「離島防衛」の名のもとに武力紛争のための準備が進んでいる。「離島防衛」の不条理は、配備されるミサイルの射程距離を見ればいい。ウクライナでは首都防衛のために、ミサイル迎撃用のパトリオットを配備している。防御範囲は20~30キロである。島の防衛が主たるものなら、射程20~30キロのパトリオットで十分である。なぜ射程数百キロのミサイルを配備しなければならないか。
 島の防衛なら射程は数十キロでいい。数百キロのミサイルは名目の「離島防衛」のためでなく、攻撃のためである。
 沖縄はその地理的な環境で特異な位置にある。
 中国との間で武力紛争が起これば、真っ先に被害を受けるのは沖縄である。平和的な交流があれば、真っ先に利益を得るのは沖縄である。
 だとすれば、沖縄は武力回避のための最前線に、平和的関係の構築の最前線にいるべきだ。そしてその動きが今沖縄に市民レベルで立ち上がっている。

7 重ねて和平への重大さ

 日本は今まっしぐらに軍備拡張の方向に進んでいる。
 もし、日本が周辺国との間に問題が生じたら、真っ先に外交的解決を図ることである。今中国や北朝鮮の軍事的脅威が叫ばれているが、①これらの国々がいかなる紛争で軍事力を使用しようとしているのか、②その紛争はいかなる形で外交的に解決されるかについての言及は、今日、ほとんどなされていない。リベラル勢力にはこの面での努力が特に望まれる。