ミサイル配備に揺れる国境の島・与那国の声 田里 千代基

基地の島ではなくアジアと結ぶ国境の島へ

与那国町議会議員 田里 千代基

 2007年6月24日、ここからが与那国の不幸の始まりです。
 そこから自衛隊問題が出てきて、島の分断が起きてきます。それが起点になります。その前の、復帰の前後はあったかもしれませんけど、それは別の話として、具体的に今日に至る現状の起点はそこになります。


 その時、アメリカの在沖縄総領事のケビン・メアは与那国について、〈島の港である祖納港は2000トンの船が接岸できるバースがあり、常に掃海艇が4隻接岸できる。その目の前には2000メートルの滑走路がある。島自体は28キロと小さいがこちらは「日本領土」だ。台湾とは111キロしか離れていない、台湾海峡に有事があったら与那国島は掃海艇の拠点になれる。島自体が空母である〉と、こういう報告を当時の国防総省に報告しています。(内部告発サイト「ウィキリークス」07年6月27日)
 ちょっと時間は飛びますけど、これが2010年の日本政府の新防衛大綱・計画に組み入れられるわけですよね。そのような中、外間前町長は自衛隊を島に受け入れ、島内を混乱させ、島を分断させ、島を衰退させてしまった。そして、今回のようにまったく予想もしない動きが次から次へと進むことになったわけです。今、歌と情けの平和の島与那国は、標的の島・軍事要塞の島へと変容の一途にあります。
 昨年の「キーン・ソード23」日米合同軍事演習で、自衛隊の機動戦闘車が街中を走り回る問題とか、それから敵基地攻撃のミサイル配備の問題、米軍も一緒に島に来る、米軍共同利用ですよね。こんなことは想定外の話ですよ。最悪は地元にまったく説明なしでミサイル基地配備計画のための用地18ヘクタール取得予算を23年度に計上したんですよ。
 こんな考えられないことを堂々と永田町、政府はなし崩し的に行っているわけですよ。これは政治の堕落です。

「アジアと結ぶ国境の島YONAGUNI」こそ展望

 2004年与那国町は平成の大合併において町民大会を起こし住民投票を実施した結果、「合併をせず自立を目指す」ことを選択しました。そして、町政の指針となる「与那国・自立へのビジョン(自立・自治・共生~アジアと結ぶ国境の島YONAGUNI)」を町民が一丸となってつくりました。その際、町民大会で決議した6項目の大会宣言を翌05年3月の町議会において与那国「自立・自治宣言」として決議しました。
 その中で「私たちは、東アジアの平和維持と国土・海域の平和的保全等に与那国が果たしてきた役割への正当な評価のもとに、日本国民としての平穏な暮らしを実現しながら、平和な国境と近隣諸国との友好関係に寄与する『国境の島守』として生きることを誓う」と謳っています。これこそ島民が求めている島の姿です。
 そして、すでに友好関係を深めている姉妹都市花蓮市をはじめとする台湾など、近隣・東アジア地域とのいっそうの国境交流と多様な観光交流を通じた新しいまちづくり、再生への行政指針である政策ビジョンをつくりました。「自立」「自治」「共生」を基本理念とし、具体的に教育も含めた人材育成とか、経済活性化に向けて産業を含めて観光交流や地域間交流とかをどうやるのか、お互いが補完しながら相互発展の社会を東アジアにつくろうじゃないかといった趣旨です。「東アジアにおける新しい『地域主義』=与那国・国境交流特区構想=」などを打ち上げ、国境の島のビジョンとして全国に発信しました。
 もちろん住民との協働でまとめました。そうしたことを強く望む町民の声があったからこそ策定できたんです。かつて戦前と戦後しばらく、与那国は台湾の経済圏の中に島の生活圏が一体としてあり、日常において就業・就学も台湾でした。結果、島は1947年に人口1万2000人で村から町に昇格しました。まさにその時の姿こそが国境の島の真の姿であり、結果として島に繁栄の時代をもたらした歴史があります。
 そこで、われわれは台湾との自由往来ができる新たな仕組みとして国が推進する第7次と第10次特区に「国境交流特区申請」をしました。しかし回答は「対応不可」という悲しい結果でした。

近隣との連携こそ国境の島の繁栄の道

 与那国島は、地政学的位置というか台湾をはじめアジアの国々とつながる結節点の位置にある離島という特性があります。与那国だけがもっている最大の「資産」です。この資産を活用できていないから貧しいというか、厳しい生活環境にあると考えます。
 そこで台湾との直接交通を再構築し、自立への課題を打開するという考え方です。ちなみに台湾と言いますけど、東京の2倍の人口、2300万人です。2300万人の経済圏が与那国の100キロ先に位置し、目視できる距離にあるんですよ。
 なぜそこに交通がないのか、なぜ国は認めないのか、国境は通過地点でなければならないはずだのに不自然ではないか、こんなのはおかしいじゃないか。それは国がそうしているのではないのか、国が認めないということで国境の島は自立できず翻弄され疲弊しているのではないか。
 国境地域が栄えてはじめて国の豊かさが見えるのであって、国境が疲弊していく中で中央だけよければいいんじゃないだろう。永田町に問いたい!
 今、自衛隊誘致に賛成した町民の中でも、米軍と一体となった敵基地攻撃ミサイル配備などの動きの中で、「こんなはずではなかった、米軍までも来るの?」との危惧が島には広がっています。今一度問い直し「自立・自治・共生~アジアと結ぶ国境の島YONAGUNI」をめざしたいと思います。