酪農危機、農業・食料の危機打開を 鈴木 宣弘

これ以上放置できない農村現場の苦境

東京大学大学院教授 鈴木 宣弘

最悪の事態が起こる

 一昨年に比べて肥料2倍、飼料2倍、燃料3割高、と言われるコスト高でも、十分に価格転嫁ができない農畜産物。政策も動き始めたが、酪農については「追い討ち」的な乳雄子牛価格の暴落などで現場の苦境は深刻化している。
 そうした中、ついに、酪農家さんの自殺という最悪の事態に接し、無念と無力感にさいなまれる。政府の緊急補塡、乳製品による人道支援、急いでほしい。皆一丸となって国産乳製品を買おう。酪農家さん、踏ん張ってください。

予備費による政策発動

 9月9日、政府は、予備費から、搾乳牛1頭に都府県1万円、北海道7200円の緊急支援を決定した。関係者の努力の結果ではあるが、1頭当たり年間乳量を1万kgとして乳価に換算すると、生乳1kg当たり都府県で1円、北海道では72銭で、配合飼料が30円/kg上昇している現状には遠く及ばない。
 特に、11月からの飲用乳の取引乳価が10円/kg上がっても、加工向けが8割を占めるため、2円しか上がらない北海道の不満も大きい。飼料費の高騰に応じた支給なので、自給飼料が相対的に多い北海道への支給が低くなったとのことであるが。
 政策的には、次は、補正予算でどれだけのことが上乗せできるか、が待たれる。

農村現場からの切実な声

 状況をさらに悪化させているのが、副産物収入の激減である。乳雄牛の肥育も大規模に展開していた畜産大手の倒産(神明畜産、負債総額575億円)により乳雄子牛の買い付けがごっそり減ったことに加え、そもそも餌代が2倍になり、肥育経営が子牛購入を控えている。
 酪農現場からは「子牛販売価格暴落で経営者より家族、特に哺乳をしている奥さま方の精神的なダメージが大きいと聞きます。大切に育てた子牛が110円とか薬殺とか、哺乳する奥さま方には耐えられないようです。酪農家族に絶望感が広がっています」との連絡があった。
 現場からの声が続々届く。
 ・昨日も畜産団地にあった隣接する3軒のうち唯一残っていたホルスタイン牛の酪農牧場の廃業の知らせを聞きました。まだ40歳代の2代目目ですが、毎月増え続けるこれ以上の負債を抱えることに廃業を決断されたのでした。今日は今日で、ジャージー牧場の廃業清算の知らせです。コンサル関与する牧場で、廃業される牧場の孕み牛と搾乳機材などを引き取る相談でした。見通しのつかない不安と資金繰りが限界を迎えているようです。
 ・牛舎で毎日毎日子牛の世話をしたり乳搾りしたり、餌をやったり、子育てや家事に追われたりする女性たちは、じっと耐えるしかありません。哺乳して子牛の頭をなでてやり、うまく糞を出せない子牛は肛門周りをマッサージしてやったり、生まれて間もなくの飲みの悪い子牛に1時間も2時間も付き合って初乳を飲ませたりしています。牧場での女性陣の頑張りは素晴らしいものです。しかし、それも限界があります。このままの個体販売価格や売れない状況が続けば精神的にもちません。牧場を支えている女性が希望を持って安心して働ける日を待ち望みます。
 ・生産抑制で前年比101%を超えた分は集荷しないという話までされているようです。搾るしかないのに、これではどうしようもありません。回ってきている普及員さんも、生産抑制を指導するように上からきつく言われているとのことでした。年末は処理できない可能性もあると聞かされていて、処理不能乳が出ればさらにきつい生産調整になるとも。
 ・私は生産調整しません。罰金課すなら受けましょう。明年は系統外の二股出荷を宣言します。経営は誰も守ってはくれません。脱脂粉乳が極端に過剰なだけで飲用もことが変われば綱渡り状態に変わりはありません。世の中をどう見ても〝牛を殺せ搾るな〟は誤り。いいおじさんが腰に手を当てて牛乳を飲んだり、無料配布のレベルではありません。牛乳が飲めなくなる日はそう遠くありません。
 ・農協によっては、処理不能乳が出る状況に近いとのことで生産抑制を強めていると聞きます。子牛暴落、餌、資材高騰、さらに搾れないでは八方ふさがりです。強い人ばかりではないので心配です。

消費者からも心配の声

 ・国は何とかしようと思わないのでしょうか? 食料は大事な国防。軍備だけが国防ではないのです! ミサイルよりも先に考えなければならないこと。スーパーに食べ物がたくさんあるから安心ではないのです、東日本大震災直後のスーパーの棚を思い出していただきたい。
 ・国葬よりも、かかる経費で農業・酪農・林業・漁業の所得補償に回し、生産者が生活できる価格で消費者が支援できる社会システムをつくりましょう‼
 ・市民のできる手助けはありますか? 野菜などは直売がありますが。酪農農家を助けるための良策の提案をお願いします。
 ・財団でクラウドファンディング、もし可能であれば。

問題の整理と早急な対応の必要性

 乳製品需給の緩和は畜産クラスター政策による増産誘導とコロナ禍による在庫増が主因で、酪農家のせいでない。需給緩和だからと言って赤字で苦しむ酪農家の乳価を上げられないというのも、乳価を据え置いて乳製品在庫処理の多額の負担金を酪農家に出させるのも不条理である。
 コロナ禍の在庫増分は余っているのでなく足りてないということ。搾るな、牛処分しろ、でなく、政府が増産を促し、他国のように買い上げ、国内外の援助に活用するのに財政出動すれば、消費者も助け、在庫減り、食料危機にも備えられる。しかも、牛処分しろと言いながらクラスター事業による増産誘導はなぜ続けるのか。
 さらに、生乳換算13・7万トンもの乳製品輸入(低関税を適用する枠)は国際的な輸入義務でないのに、なぜ需給緩和のときにも日本だけが莫大な輸入を履行し続けるのか。
 欧米は所得の100%を超える補助金や「乳価―餌代」のマージン補償で酪農家の赤字を政策で埋めている。日本も牛豚での赤字補塡策に倣い「酪農版マルキン」を導入してはどうか。
 11月からの飲用乳価10円引き上げは餌代30円上昇の下では不十分だが、まず、加工原料乳価も10円引き上げないと、北海道が我慢の限界で、総飲用化が進み酪農家が共倒れになる。
 農協自らもまず農家のためにやれることを全力でやり、消費者も小売業界もメーカーも輸入依存を脱却し、国産を支えよう。
 国際乳製品需給は逼迫基調で各国の乳価、乳製品価格も上昇し、日本酪農の競争力も高まりつつある。今をしのげば未来は開ける。飼料米の活用も含め国内資源を最大限に活用する方向性も強化しつつ、国民の命を守るためにも踏ん張ってほしい。

食料安全保障推進財団からの呼びかけ

 食料安全保障推進財団に一番たくさんの拠出をしてくださっているのは、今ご自身が一番苦しい酪農家の皆さんだ。身につまされる思いである。クラウドファンディングができないかとの提案もある。
 早急に検討したいが、そう簡単ではない。苦悩は続くが、何とか希望の光を見いださねばならない。長年の貿易自由化による農業の苦境と「引き換え」に大企業が利益を増やしてきたのが日本経済。企業などにも考えてもらいたい。