ウクライナ戦争の教訓に学ぶ

日本は、「緩衝国家」として「人権大国」になれ

アフガン戦争などで『紛争処理』に関わった 伊勢崎 賢治 教授に聞く

一刻も早く「停戦」を

 「戦争反対」や「反戦」というスローガンは非常にミスリードされやすいものになっている。「ロシアによる侵略に反対」に僕も異論はないが、それはウクライナに大量の武器供与をしている米国・NATOの陣営と、「ウクライナのようにならないために抑止力が必要」と日本の軍備を倍増し日米同盟を強化したい陣営に、巧妙に取り込まれる。

 日本の護憲派も「反戦」を叫ぶが、それはウクライナに「もっと戦え」と言っているのと同じだと気がつかない。そして、「プーチンは独裁者」には僕も異論はないが、紛争当事者の片一方だけを「悪魔化」し、第一次、第二次世界大戦のように、相手が滅ぶまで完全勝利を目指す戦争に参戦していることに気がつかない。

 米国・NATOは、ウクライナだけを戦わせ、自分たちはロシアの圧倒的な空爆力を封じるためにNo-fly zone飛行禁止区域も設けず、ただ武器・弾薬を入れるだけ。典型的な代理戦争だ。

 そういう武器が時間を経てどういう勢力の手に渡るか。アフガニスタンが良い例だ。冷戦期1978年から89年、旧ソ連による侵攻があった。その後、01年の同時多発テロを契機に米国・NATOによる対テロ戦が始まった。大半の武器は、二つの戦争をまたいでいる。正規軍に供与された武器は、戦場の混迷の中で非正規の勢力の手に落ち、また別の戦争の主役となってゆく。供与した側に牙を剥くこともある。これは、米国・NATO、ロシア双方に言えることだ。

 ウクライナでは、最初から過激思想の民兵組織や義勇兵など、国家の指揮命令が統制しにくい連中が、戦争の主体になっている。乱射事件が絶えない米国は、国内での銃規制もできない。海外への武器支援では、これに大型武器が加わるのだ。

「 反戦」、そして「平和」を訴えるのは、平時においては簡単だ。宗教のように唱えていればそれでいい。問題は、起きてしまった戦争をどうするかだ。特に、その当事者の一方が、我々自身の仮想敵国として喧伝の対象である場合だ。

 なぜ日本の「9条の心」が、「停戦」を訴えないのか。

 どんな場合でも「戦争の決着(領土・帰属問題や戦争犯罪の起訴等)」には時間を要する。その間に戦禍が拡大する。だから戦闘を一旦停止し、当事者同士に「決着」への“道筋”を交渉させる。その際「決着」のいくつかを“棚上げ”にすることもある。これが「停戦」である。悪魔との「対話」なのだ。だから一番障害となるのは、「悪魔と交渉するのか!」という外野席からの雑音だ。

「9条の精神」で国際世論を促す

 市民の犠牲を一人でもなくす。それが即時の「停戦」を求める唯一の動機だ。

 今回のウクライナ戦争のように、大量の戦争犯罪を生んだ戦争では、当事者だけの停戦交渉は嫌悪に支配され決裂しやすい。だから、強力な仲介者が必要なのだ。それは誰か?

 昔のように日本にまだ外交プレゼンスがある時代だったら、プーチンとの交友関係が深い日本の与党に仲介者として動く可能性があった。しかし、近視眼的に米国に追従する今の政権では無理だ。しかし、曲がりなりにも平和憲法を戴く日本社会が仲介者の出現を盛り立てる役はできるだろうと、和田春樹先生たちの歴史研究者の会(本誌4月号に詳しい)が立ち上がった。僕も微力ながら協力させていただいている。

 仲介者は、あのプーチンが一目置く国でなければならない。はやり中国か。仲介者も政治的リスクを負う。もし仲介に失敗したら、悪魔と取引した汚名を一手に被ることになるからだ。中国は、今年に党大会の前に外交的な失敗をおかしたくないはず。しかし、「中国しかいない」と中国が体面を保てる世論が形成されれば可能性は高まる。

 今、黒海の航路再開の件でウクライナ・ロシア両国に影響力のあるトルコに期待が高まっている。誰がやるにせよ、仲介者にリスクを取りやすくさせる世論形成が必要だ。だから、プーチンは悪、ゼレンスキーは善では埒が明かないのだ。

 僕は、本来、9条の精神とは、仲介にあると思う。宮沢賢治が言う「ツマラナイカラヤメロ」(「雨ニモマケズ」)である。

自衛隊をコントロールする法整備を

 日本中が「ウクライナがんばれ」で、護憲派リベラルまで、この米国・NATOの代理戦争に組み込まれてしまった。

 そうした中で、あの歴史学者の会が声を上げた。同時に、与党自民党の中でも、石破茂さんが「プーチンを唯一絶対悪に仕立てることは停戦の芽を摘んでしまう」と声を上げた。れいわ新選組の山本太郎さんは、一貫して「停戦」を訴えている。しかし、主要メディアはほとんど取り上げない。

 同時に、ウクライナのように日本が侵略されたら? この議論が喧しい。

 びっくりしたのは日本共産党の志位和夫さんだ。日本が攻められたら、「自衛隊をフルに活用する」と言ってしまった。日本が「戦闘」することに、日本国民のコンセンサスができてしまった。

 日本の「戦闘」で問題になるのは、“国内でこそ“起きうる捕獲した敵国捕虜への虐待、そして領海スレスレのところで引き起こされる戦争犯罪だ。戦闘は国際人道法に則って行われなければならないが、世界で唯一日本には戦争犯罪を法治国家として適正に処理する法文がない。軍事法廷も軍事裁判所もない。「9条で戦争しないと言っているのだから、戦争犯罪については考えない」で戦後70年以上が経ってしまったのだ。日本は国際人道法を無視した無法国家なのだ。つまり戦える体制にない。安倍晋三元首相の言う敵中枢の攻撃など論外なのだ。

 こういう事態について僕は以前、9条2項を「日本の領海領空領土内に限定した迎撃力を持つ。その行使は国際人道法にのっとった特別法で厳格に統制される」に変える改正案を提案したことがある。9条の精神を生かした現実的な提案のつもりだった。

 日本共産党をはじめとする護憲派の変質を見て、僕は考えを変えざるを得なくなった。9条改正を待つのではなく、早急に刑法や自衛隊法などの改正によって事態を打開しなければならないと考えている。

 戦争犯罪が発生した時に、国際人道法がそれを批准する国家に期待するのは、まずその国家が第一次裁判権を行使すること。国際戦犯法廷など国際司法の活用が議論されるのは、その第一次裁判権の行使の不十分さが問題になる時だ。

 そして、「上官責任」を重く問うこと。当たり前だ。そもそも国際人道法の「保護法益」とは、個人的な恨みや動機で行われる殺人・破壊ではなく、敵国とか民族とかの個人の「属性」を標的にする殺人・破壊行為から人間を守るものだ。そういう行為は必ず組織的な政治行為であり、だからこそ命令した者を起訴・量刑の起点とする。

 しかし日本の現行法、つまり刑法では、正犯が一番悪者であり、手助けしたり教唆したりする人は共犯であり、正犯に従属する立場として処罰される「共謀共同正犯」となる。首謀者は、条文ではなく「解釈」で処罰される。これが刑法の限界であり、トップではなく下から順々に処罰していくのは、国際人道法が求めるものとは逆なのだ。

 日本の「戦闘」は、やくざ映画の「親分と鉄砲玉」の世界だ。「戦闘」を決定する政治家の「上官責任」は問われない。こんな恐ろしいことない。

 「有事」を避ける外交が重要

 日本の報道では、ウクライナ戦争は、今年の2月24日に何の前ぶれもなく、火星人が襲来するように突然始まったように印象操作がされている。しかし、ロシア軍がウクライナ国境に集結を始めたのが去年4月。侵攻開始の10ヶ月も前だ。

 更に、2月24日までのウクライナは「ドンバス戦争」が進行していた。14年ロシアのクリミヤ侵攻と併合を契機として、親ロシア系の人が多い東部ドンバスの帰属をめぐって激しい内戦状態だったのだ。

 クリミヤ侵攻も、そして今回のウクライナ戦争も、「武力による現状変更」であり、国連憲章で厳禁される侵略行為だ。しかし、何がロシアをそうさせたかを考える必要がある。そうすると、この戦争の原因は、今から30年前のベルリンの壁崩壊後、西側首脳とゴルバチョフとの間で交わされた「NATOの東方不拡大の“約束”」の反故にまで遡らなければならない。

 “約束”については異論があるだろうが、いずれにしてもこの戦争は「外交の失敗」の結果だということを認識しなければならない。特にドンバス戦争には、ドイツとフランスが仲介者となり停戦が一旦実現し、東部ドンバスの帰属問題を住民投票で解決することも盛り込まれた「ミンスク合意」があったのだ。それが決裂し、今回の戦争に至った。この親ロシア系の人々の自決権運動への外交的対処の失敗が、戦争の原因の一つである。

 日本にとっての教訓は、とにかく仮想敵国に隣接した国内辺境地の自決権運動に対して誠実な対応をすること。沖縄のことだ。そして、その内政問題に仮想敵国の介入の余地をなくすこと。

 そして、仮想敵国との「対話」だ。前述のロシア軍がウクライナ国境に集結した開戦前の10ヶ月の間に、なぜゼレンスキーはプーチンと「対話」しなかったのか。一回の会談で、この戦争が避けられたかもしれないのだ。 

緩衝国家ノルウェーの経験

 ノルウェーという国がある。NATOの創立国の一つで、冷戦時代ではソ連と地続きだった唯一のNATO加盟国だ。

 僕は21年10月に刊行した「文庫増補版:主権なき平和国家:地位協定の国際比較からみる日本の姿(集英社)布施祐仁と共著」において、この国が米の重要な同盟国でありながら、「緩衝国家」としての自覚から「ロシアを刺激しない」ことを国是とし、世界に資する平和国家ブランドを築いてきたが、14年のロシアによるクリミヤ併合を機に、この国是を激変させた経緯を詳述した。それは、今回のウクライナ戦争で更に加速している。

 その「国是」とは、1959年に核兵器の持ち込みを全面的に禁止する宣言から始まり、NATO条約第5錠(集団防衛)が発動されても、米軍に武器の保管さえも許さない一貫した方針だ。その後、一部の武器の保管を合意するも、冷戦中を通してノルウェーは、NATO軍による陸海空域の通過を厳しく統制してきた。

 上述の拙著で詳述した「14年以降の変化」とは以下のようなものである。

 ロシアの原潜に対する米国の戦略情報の9割はノルウェーに依存する言われるレーダー施設(グローブスI&II&III)は米国の資金で更にアップグレード(しかし管理運用はノルウェー政府)。

 21年、米国との補足地位協定に署名し、米軍がノルウェー軍と合同で使用できる空軍拠点三ヶ所、海軍拠点一ヶ所を新たに建設(しかしNATO軍の“常駐”、そして核兵器の持ち込み・配備・寄港を禁止する従来の原則に変更なし。建設費用は米国の予算で賄われ、将来は全ての施設がノルウェーの所有物になる)。

 しかし、21年、米軍の原子力潜水艦がノルウェー北部のトロムソ市のグロッツンド港に初めて寄港する。トロムソ市議会は、この是非を巡って割れ、国内を二分する議論に発展した。

 以上、NATO加盟国でありながらノルウェーがロシアに対峙してきた歴史は、同じ親米「緩衝国家」としての日本にとって示唆に富む。

 14年以前の「国是」があったからこそ、ロシアの原潜が往来する「バレンツ海」の領有権問題を、係争海域をロシアと二等分することで40年の係争を経て10年、平和的に解決した。日本の「北方領土問題」との違いに目が眩む。

 そして14年以降も、NATO地位協定下のノルウェーは米国と法的に対等であり、米軍の全ての行動はノルウェー政府の許可制であり、「自由なき駐留」の原則が同盟を支配する。これからロシアへ警戒感がどう加速しようと、「米国の行動が引き起こす有事の真っ先の被害を被るのは我が祖国である」という緩衝国家としての自覚は、この国の国防の「国是」の本質であり続ける。

まず日米地位協定を平等に変える

 NATO地位協定に限らず、昨年までのアフガニスタン、そしてイラクとの二国間でも、米国が締結する地位協定の「世界標準」は、「自由なき駐留」である。ウクライナがNATO加盟国になったとしても、それは同じだ。

 米軍が制空権を握る「横田空域」は、コンセプトして世界の非常識なのだ。なぜか?

 米国は、自らの軍が引き起こす事故が原因で、反米感情が席巻し、全軍撤退という事態を幾度となく経験しており、それを外交の失敗と位置付けているからだ。「自由なき駐留」つまり地位協定における法的対等性(米軍受入国の軍が米国内に駐留する時に同じ権利を得る。つまり米国は自国内で外国軍に許さないことはその国でできない)は、地位協定の「安定」の鍵と、米国自身が考えるからだ。

 この「世界標準」から、はるかに立ち遅れているのが日米地位協定だ。日本がやっている「改定」の努力は、奴隷が主人に乞う待遇の改善要求だ。「世界標準」は、主従関係そのものの解消なのである。

沖縄と北海道の完全非武装化

 日本はアメリカとその仮想敵国との狭間にある「緩衝国家」であることを自覚するべきだ。北海道がロシア、沖縄が中国への「最前線」として面し、ウクライナ以上に戦争を誘発する条件がそろっている。

 同じ自由と民主主義を信奉する米国の同盟国として、日本は、敢えて「14年以前のノルウェー」に学ぶべきだ。ロシアとの国境付近では、自国の軍の演習まで制限してきた「仮想敵国を刺激しない外交」に倣うべきだ。今、ノルウェー自身が、それを見失い、東西対立の緩衝国家として「ウクライナ化」する瀬戸際にいるからこそ、世界に向けて、米国の敵を刺激しない同盟国の規範を、敢えて日本が示すべきだ。

 これはロシアに屈することではない。ロシアや中国が引き起こす人権問題について誰よりも先に声をあげる「人権大国」がノルウェーなのだ。

 それには、「世界標準」に則り日米地位協定を改定し「全土基地方式」を撤廃すること。更に、仮想敵国に近隣する「最前線」には、自衛隊も米軍も常駐させない。つまり、「沖縄に加えて北海道の完全非武装化」を議論すべきだ。

 日本の国防のために。そしてウクライナ戦争が世界大戦へエスカレートすることを防ぐために。

いせざき けんじ 東京外国語大学教授(平和構築論)、自衛隊を活かす会呼びかけ人、プロのジャズトランペッターでもある。1957年東京生まれ、早稲田大学理工学部卒、国連職員や日本政府代表として、シエラレオネやアフガニスタンで武装解除を指揮。著書に『脱属国論』共著・毎日新聞出版、ほか多数。

本論は、インタビューを基にまとめたもの。見出しとも文責編集部

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