経済安保法成立

「経済主権」はますますないがしろに

本誌編集長 山本 正治

 「経済安全保障法」が5月11日、野党を含む賛成多数で成立した。
 高度な先端技術の海外流出を防ぎ、経済や生活に欠かせない物資を確実に確保するため、政府が企業の活動を罰則付きで監視、あるいは助成するという。

 実質は米国の対中戦略に沿ったものだ。バイデン政権の「専制主義」との闘い、経済サプライチェーンの分断、経済のブロック化を前提にしており、東アジアの緊張激化と経済混乱を促すだけだ。しかもわが国の、経済面での対米自主を妨げ、従属関係からますます抜け出せない構図である。犠牲はわが国企業と国民に押しつけられる。

 中国をはじめアジア諸国との共生をめざす自主的平和外交だけがこの危機からの脱出の策である。

二つの対中国政策

 経済安保法成立に先立って萩生田光一経済産業相は訪米し4日、「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」推進で合意した。バイデン大統領が昨年10月に提唱した「日本や東南アジアの国々と貿易やサプライチェーンで連携し、中国に対抗する経済圏をつくる」構想である。

 また、米エネルギー省長官と「エネルギー安全保障とクリーンエネルギー・トランジションに向けた協力」を確認した。再生エネや水素・アンモニアの普及、原子力、蓄電池など8分野で協力を強化するため新たな協議体をつくる。

 さらに、米商務長官とは「日米を含めた同志国・地域で半導体の供給網(サプライチェーン)構築を進める」との基本合意を結んだ。半導体は、文字通り「産業のコメ」であり、経済だけでなく軍事、安全保障の基礎素材である。ミサイルは半導体のかたまりと言われる。
 エネルギーと経済、防衛産業の全面にわたる日米「協力」を、日本は罰則付きの経済安保法に基づいて推進し、「中国に対抗する経済圏」の形成を進めるというのである。本来、野党が「重要・先端技術産業の強化・保護、サプライチェーンの強靭化」などという理由で賛成してはならない法案だった。

 他方、本年1月から「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」が発効し、今、日中韓3カ国+ASEAN+豪・ニュージーランドの計12カ国が参加している。この効果についてわが国外務省や財務省などの試算では、GDPを最終的に2・7%押し上げるという。わが国経済は、もはやこの東アジアサプライチェーンの切っても切れない一部である。コロナ禍からの2年間だけでも、サプライチェーン分断でマスクに始まって半導体などさまざまなものが不足し、その重要さを思い知らされた。また、わが国企業の直接投資収益率は、中国が14・9%、アジア(全体)10・6%、北米6・1%、欧州5・11%である(ジェトロ、世界貿易投資報告21)。

 「中国に対抗する経済圏」形成では、わが国経済と国民生活は完全に破壊される。

安全保障は食料と自然エネルギーの自給から

 安全保障であれば、食料自給は不可欠である。だが、この経済安保にはそうした提起はない。

 食料安保こそ、最も大事な安全保障政策だ。農林漁業をつぶしアメリカなどの農畜林水産物を買う「売国」政策をもうやめるべきだ。岸田首相は、「新しい資本主義」を唱えるが、農林漁業をつぶした大量生産・大量輸出の工業化路線こそが、わが国経済の行き詰まりをもたらしている。

 農林漁家が生活できる所得補償は真の安全保障政策の一環であり、わが国経済と国土保全、自然環境保全などのためにも不可欠だ。

 自民党の食料安全保障に関する検討委員会が提言案をとりまとめた。食料自給率向上と言うものの廃業相次ぐ農業の現実を踏まえた「所得補償」などの具体的施策はなく、「飼料・肥料価格の高騰対策」といった目前の問題にとどまる。これでは食料安保は成り立たない。

 エネルギーも同様だ。
 戦争があっても気候変動危機の趨勢は変わらないか、激化だ。
 岸田首相は、ロシアからの石炭や原油の輸入原則禁止方針である。ロシアだけでなく外国からの化石燃料の輸入に頼るのではなく、エネルギー自給をめざすべきだ。

 豊富な自然エネルギー(太陽光、風力、地熱、森林と水力、潮力、等々)で日本は資源大国のポテンシャルを十分に持っている。政治の決断次第で、世界をリードする経済を実現できるのだ。需要面でも、脱炭素で、エネルギーの大量消費経済からの転換が世界の流れだ。

 ドイツは、ロシア産の石炭や天然ガスの輸入取りやめ、脱炭素のエネルギー政策転換を前倒しで早めると危機を逆手に取っている。世界が求める脱炭素経済の主導権を握る算段であろう。

 比べてわが国はみっともない限りだ。古くは、米系石油メジャーの原油輸入のために薪や木炭、石炭など国産資源を放棄させられ、さらに原子力発電を押しつけられるなど、エネルギー自立政策は皆無だった。

 政府は、エネルギーの需給構造を根本から見直すという。だが、その中身は、「脱炭素」という口実で、小型モジュール炉(SMR)や高速炉などの原発推進だ。また、米国に液化天然ガス(LNG)の増産を働きかけ、出資や債務保証などの資金支援を検討するという。脱炭素は遠のき、米国企業に税金までつぎ込む。

 安全安心な食料とエネルギーの地域自給を軸に、農林漁業を中心に商工建設業も含めて、人びとが暮らす地域の循環型経済を基礎とした日本経済の再建が安全保障のためにも不可欠である。

萩生田経産相の「既視感」

 米国が中国包囲を進める大きな狙いはファーウェイ問題に象徴されるが、科学技術面で中国の急速な発展を抑え込み科学技術覇権を維持することである。そのため日中両国の経済を分断し、中国を抑え込み、日本の技術や資金を取り込み搾り取ろうという算段だ。

 萩生田経産相は半導体合意後の記者会見で、「米国と半導体で手を握り合うのはいささか奇異な運命を感じる」と述べたという。合意の「高揚感」ではなく、「奇異感」だった。「既視感」もあったろう。

 戦後の対米従属の日米関係は、繊維、鉄鋼、通信機器、自動車など一連の「貿易摩擦」の歴史でもあった。摩擦の頂点が1980年代半ばの半導体問題だった。「『メード・イン・ジャパン』製品の勢いをどう食い止めるか。米国が狙い撃ちしたのが『日本の技術力の象徴だった半導体、しかも強いDRAM、巨大な日本市場だった』」(元日立製作所専務の牧本次生氏。86年から10年間続いた日米半導体協定終結交渉で日本側団長)
 当時主力の64キロビットDRAMの世界シェアは81年、日本メーカーが合計70%、米国は30%だった。86年の「半導体協定」で、米国のシェア確保と日本製品の固定価格を約束させられ、以後、日本の半導体産業は衰退の一途をたどった。米国につぶされた。

 その米国と組んで成長する隣国中国と対抗しようというのだから、萩生田氏の「奇異感」は当然である。牧本氏は2020年に警告している。「『一国の盛衰は半導体にあり』をよく理解している米国は、ファーウェイやSMICへの禁輸など、中国のエレクトロニクス産業の生命線を絶とうとしている。ここで覇権争いに負けたら、中国は三十数年前の日本のように競争力がそがれるだろう」と(以上は「日経ビジネス」2020年10月23日を参考)。

 対立激化の国際関係で、わが国は「防衛」の軍事面だけでなく、科学技術・経済面でもますます対米従属から「抜け出せない」構図となり、わが国の自主的で平和な発展は損なわれる。民族の前途に極めて危うい状況だ。

 東アジアの平和と経済の自立、共生へ、今ならまだ間に合う。

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