カジノ住民投票請求の署名運動で、憲法を活かす市民自治の場を作る

イエール大学学生 西尾慧吾

大阪では、大阪湾を有害物質を含む産業廃棄物で埋め立てて夢洲という人工島を造り、そこにカジノを含む統合型リゾート(IR)を誘致する計画が強行されている。3月25日、その是非を問う住民投票請求の署名運動が始まった。

運動は各市町村単位で超党派の市民が作った「求める会」中心に行われている。署名受任者の私は、地元・茨木市の「求める会」の一員として、市内の駅頭・スーパー・商店街などで連日署名を呼びかけているが、「どうせ何をしても維新の思い通りに進められるだけだろう」との諦観を漏らす市民の方も少なくない。長きに亘る維新の強権政治の結果、民主主義を諦め、抵抗の気力を失ったのなら恐ろしい。4月10日時点の署名総数は7,969筆で、目標の二十万筆の4%だ。

IRは「国策」で、現在の日本社会の構造悪が詰め込まれている。IRは維新の松井一郎・大阪市長と蜜月と言われる菅義偉氏肝煎りの政策でもあり、宮城県・東京都・愛知県・和歌山県・長崎県などでも誘致の動きが見られる。大阪のカジノ問題について、もっと全国的関心を高めて欲しい。

特に強調したいのが、大阪のカジノ問題と、沖縄の辺野古新基地建設問題との類似点だ。勿論、辺野古新基地建設は日本政府が沖縄に押しつけている問題である一方、カジノは府民自ら選んだ維新政治の問題だという差異は無視できない。しかし、両者には酷似した問題が複数ある。

第一に、民主主義の破壊だ。カジノを巡っては住民説明会やパブリックコメントで多数の反対意見が寄せられたが、3月29日までに大阪府市両議会はIR整備計画を承認した。辺野古に関しては2019年2月24日の県民投票で7割が反対票を投じたのに、国は地方自治を定めた憲法を蹂躙し、「辺野古が唯一」との姿勢を改めない。昨年11月25日、玉城デニー・沖縄県知事は会見で沖縄防衛局による埋立工事の設計変更を不承認としたが、国土交通省は今年4月8日、沖縄県の処分を取り消す裁決を行った。新基地建設に沖縄戦戦没者の遺骨が染み込んだ沖縄島南部の土砂を用いることに関しては、全国200以上の地方自治体が国政与野党の別を超えた全会一致または圧倒的賛成多数で反対意見書を通したが、国は歯牙にも掛けない。これらは、非民主主義的強権政治だ。

ドローン規制法に加え、今年には重要土地規制法も施行される。ドローン規制法の対象施設には防衛関係施設・空港の他ラグビーワールドカップ関連施設も含まれていたことを考えれば、辺野古や夢洲に対する監視行動も重要土地規制法の規制対象になる可能性が高い。街頭で、「カジノに反対だが住所氏名が悪用されるのが怖いから署名は嫌だ」という人に出会うときがある。共謀罪法・特定秘密保護法・警察法改悪等の「成果」で、市民が民主主義に参加すること自体に萎縮しているようにも思われる。

第二に、技術上実現不可能の前代未聞の工事だ。辺野古新基地も、夢洲も、マヨネーズ並みの軟弱地盤を埋め立てる計画だ。夢洲は液状化・地盤沈下対策に少なくとも790億円掛かるとされる。辺野古の場合、軟弱地盤に加えて2本の活断層まで走っている。政府の地震調査委員会は南西諸島海溝でマグニチュード8級の地震があり得ると評価し、高さ30メートルの津波まで予測している。大阪府民は、2018年の台風21号襲来時の関空水没を目撃し、台風や大地震等の自然災害は免れない中での乱開発継続がいかに愚策か痛感したはずだ。

第三に、環境破壊だ。夢洲のカジノ建設予定地は絶滅危惧種コアジサシ・シロチドリ等の繁殖地で、生物多様性ホットスポットAランクに指定されている。大阪府は「大阪の生物多様性ホットスポット―多様な生き物たちに会える場所―」というパンフレットの中で夢洲の価値をアピールしているので、夢洲埋め立ては府政の自己矛盾だ。辺野古・大浦湾にはジュゴン・アオサンゴなど262種の絶滅危惧種を含む5800種以上の生物が棲息し、日本唯一の「ホープスポット」に指定されている。生物多様性を破壊し、「海の豊かさを守ろう」というSDGsにも反する工事を各地で続けることは、国際的非難を避け得ない。

対ロ制裁に伴う原油高や電力不足の問題で、化石燃料の輸入に頼る日本のエネルギー安全保障の脆弱性が如実になった。グリーンニューディール・炭素中立化が国際的潮流になる中、原発再稼働・石炭火力発電への依存継続を選ぶ日本は既に時流に反しているが、そこまでして作った電力を軍事設備やカジノに浪費する(2021年6月に美浜原発再稼働を断行した関西電力も大阪カジノの出資者だ)ことなど、国際的理解を絶対得られない。

第四に、司法が救済手段とならない。辺野古を巡っては、国が私人になりすまして沖縄県に行政不服審査権を行使し、新基地建設を止める手段を壊す無茶苦茶な裁判がまかり通る一方、大阪市立高の府無償譲渡の差し止めを求めた訴訟では原告敗訴という不当判決が出された。司法はもはや正義の番人ではなく、自公維新の非民主主義的専制政治を正当化する共犯者だ。

カジノはギャンブル依存症を広め、家族分断・借金地獄・社会的孤立等の問題を生む。庶民の生活を破壊して投資家・サラ金業者など一部の利権集団が富をむさぼるカジノは、人々の命・町・自然を破壊し続けることで軍需利権が甘い汁を吸う戦争と同じくらい非人道的な「死の産業」だ。

成人年齢が18歳に引き下げられ、クレジットカード・カードローンの契約も一人で出来るようになった。大学新入生などがギャンブル依存故のサラ金地獄の餌食になる不安もある。カジノのような新自由主義的競争主義むき出しの施設を作れば、庶民の分断・相互敵視が蔓延して人倫が退廃し、不寛容で優しさに欠ける社会が出来る。私たちの税金はカジノ建設ではなく、病床増加・エッセンシャルワーカーの待遇改善・社会保障の充実化に活用されるべきだ。

憲法改悪・核兵器共有・IR誘致・原発再稼働・非正規雇用拡大などを主張する維新は決して「第三極」でもなく、「自公政権の補完勢力」という生やさしいものでもない。むしろ、自公政権の政策を過激化させる、最も警戒すべき政治勢力だ。構造的差別にさらされる沖縄と、維新政治に苦しむ大阪は、日本社会の構造悪が特に顕在化する場所になる。安倍・菅政権で総理大臣補佐官を務め、辺野古への土砂投入を職員を恫喝してまで急進した和泉洋人氏が今年から大阪府市の「まちづくり関係」の特別顧問を務めているので、沖縄・大阪が類似の問題に苦しむのはある程度必然かも知れない。

大阪での署名運動は、強権政治の内実を広く市民に問題提起し、抗議の声を高めるための草の根の運動で、単なるカジノ反対運動以上の意義を持つ。茨木市では、阪急茨木市駅前の大椿ゆうこ・社民党副党首の事務所や、毎月19日の「総がかり行動」を率いる「サポートユニオン with You」を署名ステーションにし、行き交う市民の署名を募りつつ、カジノ問題を含む政治・社会問題を自由に語り合える場を作った。こうした対話の場作りこそ、参院選に向けた「市民と野党の共闘」にも繋がる市民自治実践の重要な一歩だと思う。辺野古住民投票で一層団結力を強めたオール沖縄が、玉城デニー氏の沖縄県知事選圧勝の大きな一因になったという好例に学び、まずカジノ反対運動で大同団結することから市民自治を涵養したい。

大阪におけるカジノ住民投票請求の署名運動は、決して「大阪府民のためだけの運動」ではない。全国の方には、私たちの運動を「市民自治の実践としての運動」「憲法を活かすための運動」として捉えて頂き、注目・後押しした上で、各地で応用して下さるようお願いしたい。