「価値の同盟」は機能するか?

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東アジアは「新冷戦」の舞台となるか?

神奈川大学教授・青山学院大学名誉教授 羽場 久美子

 20世紀の二つの世界大戦後、アメリカは「価値に基づく秩序」を形成しようとした。コロナ危機が頂点にあった時に大統領に就任したバイデンは、6月に英国で開催されたG7(主要7カ国)首脳会議で、二つの大戦に続くパンデミックの「戦後」に向け、中国の権威主義に対し自由と民主主義の同盟に基づく「価値の同盟」を提案している。
 それは新しい「封じ込め」による「新冷戦」をもたらすのだろうか?

 他方、ヨーロッパは、中国の経済発展に依拠し続けるのか、それともアメリカと共に中国から離れるのかの二者択一を迫られている。日本も同様である。
 中国経済と決裂して、米欧日が長期的に利益を得るとは思えない。むしろ欧州や日本が遅れているIT技術に基づく経済再生を考えるとき、中国・アジアとの連携は、衰退を押しとどめるのに不可欠と言えないだろうか?
 21世紀の新自由主義とグローバル化の結果、拡大した不平等、中産階級の崩壊、経済成長の鈍化は、米欧にポピュリズムと自国中心主義をもたらした。より極端に振れたのが、トランプ政権の誕生であった。米の自国中心主義と単独行動主義は、国際的にも、また国内でも強い反発に遭った。さらに世界最大といわれるコロナの感染者数3500万人、死者62万5千人を出した。またコロナ禍の下、黒人やヒスパニックの差別が著しく強化されたり、アジア人が襲われたりするなか、BLM(Black Lives Matter:黒人の命も大切!)の運動を巻き起こすことにより、トランプ政権は結果的に4年間で終了した。
 余波はいまだアメリカの3分の1の国民に影響を与え、くすぶっている。アメリカの危機感はまさに「アメリカを再び偉大に」という衰退の危機感である。
 しかし残念ながら、バイデンの主張する米欧日の同盟の強化と中国封じ込め戦略も、世界にアメリカの主導する新しい国際秩序をもたらすとは思えない。

「価値の同盟」か

 ではいかなる時代の到来となるのか?
 米欧がなすべきことは、「価値の同盟」によって中国の発展を封じ込めることではない。そうではなく、経済、IT、医療技術に関して異なる価値を持ちつつ成長している国々、中国やインドやASEAN諸国と協力することによって、復興と繁栄を享受することであろう。対立している国と和解することだ。
 200年続いた近代をリードしてきた米欧(日)だが、今日、経済的には中国やアジアと切り離しがたく結びついている。これらの地域・国々と協力し、21世紀の新しい世界秩序を構築することで、先進国の経済危機、さらにはコロナ禍による危機を打破することができる。
 新自由主義的な経済競争によって限界が露呈した先進国の再出発は、中国・アジア・アフリカなど、新興国との連携と協力によってこそ可能であり、先進国危機の処方箋でもある。

21世紀の新自由主義と経済成長の終焉

 1989年の冷戦終焉から世紀転換期には、アメリカのユニラテラリズム、EUの拡大という、米欧の成長回復の10年間があった。しかしグローバル化と「新自由主義の拡大」により、2008年のリーマン・ショックと10~12年のユーロ危機という米欧の金融危機以降、世界は大きく様変わりした。一握りの超富裕層の増大と、先進国の中間層の没落によって格差が広がったのである。
 21世紀に入り、先進国の経済成長率は1%台が続いた。これに対し中国・インドは6~7%の急速な経済成長を遂げた。中国は2010年には日本のGDPを抜き、さらに14年にはPPP(購買力平価)ベースのGDPでアメリカを抜き、今や名目GDPレベルでも着実にアメリカに迫っている。16年にはアベノミクスというコップの中の好景気に沸いていた日本のGDPは、世界の中で最も伸び悩み、たった6年間で中国は日本のほぼ3倍に成長した。
 世銀やIMFが、2030年には名目GDPでも中国はアメリカを抜くと予測し、またOECDは、60年にはインドと中国が世界経済の1位、2位を占め、アメリカは世界第3位に落ちると予測するようになった。
 コロナ・パンデミックの中、トランプ政権4年間のアメリカの経済的疲弊と指導力の低下は取り返しがつかないほど広がっている。

アメリカの「同盟」による「中国封じ込め」の進展

 2021年1月20日のバイデン政権誕生により、アメリカはよみがえったかに見えた。コロナを抑え込むと同時に、欧州や日本との同盟関係の回復が矢継ぎ早に政策化された。しかし、中国に対する警戒感は解けず、むしろより周到に、香港、台湾をめぐって、東アジア(日中韓)の対立があおられた。アメリカの軍艦が「航行の自由」と称して南シナ海を航行し、アジアやオセアニアの同盟国を募って、中国の孤立化と、東アジア諸国の軍事力強化が推進されている。危険な兆候が見受けられる。 典型的なのが、QUAD(日米豪印4カ国戦略対話)である。QUADは、2013年に安倍政権が、アメリカ、オーストラリア、インド、日本による同盟として中国封じ込めを提案したもので、それを今アメリカが主張している。

アメリカのインド太平洋戦略、QUAD

 アメリカは、6月のG7会合でも、積極的に同盟国との関係強化を訴え、中国への対抗と「自由民主主義」の価値の維持を主張して、欧州や日本に接近している。さらに、QUADプラスを構想し、韓国やベトナム、フランスにも協力を求め、中国の孤立を図っている。アメリカは、後10年ほどで中国に経済力、IT、軍事力、あるいは医療技術面でも追い抜かれる危機感をもって中国の封じ込めを図っている。
 欧州、日本は必ずしもそれに同調しているわけではない。欧州は明確にアメリカと同盟が組めるわけではない。コロナ禍の結果、20年の経済が大幅にマイナス成長となっているなか、アメリカと同盟を結ぶことと、中国と経済関係を継続することを分けて進めようとする国は多い。
 安倍政権でさえ、経団連や経済同友会さらには中小企業・日本商工会議所などの要請により、中国との貿易を抑えることは自国および自国企業の発展に直接影響することから、政治と安全保障はアメリカ、経済は中国やアジア諸国という姿勢を崩せなかった。
 しかし、菅政権はいま一歩、「対中国」に歩を進めようとしているように見える。

新冷戦か?

 アメリカは中国の欧州進出やアジア・アフリカでの影響力拡大に神経をとがらせている。
 アメリカの欧州軍・NATO軍の元最高司令官、スタヴリディスは、米中戦争をテーマとした小説、『2034』で、米中の核戦争シナリオを描いて話題となった。彼は、3つのレッドラインを設けている。一つは尖閣諸島への攻撃、第2は、南シナ海でのアメリカ軍への攻撃、第3は、台湾に関する攻撃を挙げている。
 南シナ海の米海軍の存在は「自由航行を守る」という名目だ。だが、アメリカが、太平洋を越えて1万キロ離れたアメリカ大陸から軍艦をそろえてやってきて、南シナ海に一部面した中国をアグレッシブと非難し、太平洋を越えてきたアメリカの自由航行を守るという。さらに、「価値の同盟」を掲げてアジアに対して自由主義と民主主義を強いようとするのは、もはや時代錯誤に思える。中国がアメリカを攻撃するならともかく、東アジアをアメリカの庭かのように中国の軍艦に神経をとがらすのは、普遍的利益というよりアメリカの単独利益のように見える。
 彼は、米中戦争を回避する方法として、いくつか挙げているが、どれも自己中心的なものだ。一つは、中国がアメリカに勝つという「誤算」が起きないよう、米国の軍事力を維持拡大するという、身勝手なものだ。
 第2は、中国はロシアと北朝鮮しか同盟国がないが、アメリカには日本・オセアニア、ASEAN、 インドなどとの強力な関係があるという。しかしどの国も中国との経済関係を重視しており、冷戦期のように中国を封じ込める政策が簡単に成功するとは思われない。
 三つ目は、台湾や尖閣を攻撃すれば大規模な経済制裁を行う。――等々だ。
 私は、「中国から戦争を仕掛けることはない」と考える。このまま経済成長すれば、アメリカを追い越すことが明らかなとき、誰があえてソ連のように国家解体されるかもしれない軍事行動に突入していくだろうか? 戦争を仕掛けるのはアメリカであろう。ただ、アメリカが仕掛けた戦争を中国は買うかもしれない。
 そうなったとき、戦いの最前線にあるのが日本である。中国の攻撃をはね返すために、東アジアで限定核戦争が起こるかもしれない。だから偶発的限定戦争のシナリオだけは断じて避けるべきである。日本は戦争が始まった時の準備はできていない。
 アメリカや欧州が戦争戦略として望むのは、ミュンヘン会談だ(1938年、ミュンヘンで開かれたドイツ・イギリス・フランス・イタリアの首脳会談)。この時英仏がドイツとソ連の戦争を望んだと同様、自国は関わらず、「敵同士」を戦争させることである。今回はアジア人同士、すなわち日韓がアメリカの先兵として対中戦争を始めることである。これは日本にとって何の利益もなく、また東アジア経済圏の成長を押しとどめる目的でもあるため、絶対に避けるべきである。東アジアで戦争を始めてはならない。

おわりに

 バイデン政権の戦略は、アメリカが経済・安全保障・技術力において、トップの座を滑り落ちつつあるとき、第2位に迫る中国を孤立させ追い落とすことである。それをアメリカ1国ではできないので、「同盟国」たる日本や韓国、ASEAN、オセアニアを巻き込もうとしている。「アメリカが世界のリーダーであり続けるために」アジアの周辺国を中国と戦わせようとしているのだ。
 日本と欧州は、アメリカが代理戦争をさせようとするならばこれに乗るのは得策ではない。
 日本の役割は、アメリカと中国の間のブリッジないし緩衝国となって、無駄な戦争や地域紛争を起こさせないよう、橋渡しをすることである。アメリカのトップの座を守る先兵となって中国の前に立ちはだかることほど、日本にとってメリットのないことはない。
 日本は中国ともインドとも、ASEANとも結びながら、アジアの経済発展を支える役割を果たすべきである。
 経済的には、戦後75年で敗戦国から世界の大国にのし上がった日本は国民の勤勉さ、経済的・技術的な先進性を持っていることは疑いない。経済力と国民の勤勉性を生かしアジアとアメリカを信頼醸成でつなぐことが、日本の将来にとっても望ましい。
 局地核戦争の危険の中、アメリカの盾となって迎撃ミサイルを中国に向け発射して、たとえ命中したとしても自国に核の雨を降らせるような愚かな戦略に乗ってはならない。
 再び特攻精神で、巨大な近隣大国中国に対し、アメリカの手先を買って出て戦ってはならない。そうではなく、勤勉さと地道さで培ってきた経済大国・技術立国としての日本の知を生かすことである。米欧アジアの3者による新世界秩序を鼎立させる21世紀後半を目指し、それを技術的・経済的に先導する役割こそ、コロナ後の国際社会の中で日本が目指すべきあり方なのではないだろうか。

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