農林漁業を核とする持続可能な地域循環経済

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「自然とのつながり」を取り戻す

自然栽培農家・猟師・医師 三林 寛

 私は能登にて半農半医生活を営んでおります。なぜ農業をしているのかと申しますと、今の医学には足りないものがあると感じているからです。そこで、栄養や農業について学び始めたのですが、こうして医学以外の視点を持つことにより、私は現代医学が「サイロ・エフェクト」に陥っているのではないかと思うようになりました。

 「サイロ・エフェクト」というのは、文化人類学者ジリアン・テット女史が著書の中で提唱している概念です。物事が大きくなったり、複雑化したりすると、さまざまな部署に分かれたり、専門化が進んだりします。本来それぞれの部署は全体の目標を達成するために動くべきなのですが、それぞれの部署が「木を見て森を見ず」状態となって自分勝手な動きをしてしまうことを、その閉鎖性をサイロにたとえて「サイロ・エフェクト」と呼んだのです。

 私は、医学もサイロ・エフェクトに陥っているのではないかと思います。もちろん、消化器・循環器・整形外科……さまざまな専門科に分かれていることもそうです。しかし、医学というカテゴリー自体がサイロ・エフェクトに陥っているのではないかと思うのです。

 例えば、私たちの身体は食べ物から作られます。しかし、医学部で栄養学の講座がある大学は少ないですし、食べ物を作る農学や畜産学などを学んでいる医学生はほとんどいません。身体が食べ物からできている以上、農業や畜産業についても学ばなければいけないはずです。もしも農業や畜産業に大きな歪みがあって、体調不良の原因になっているとしたら……人間の身体しか見えていない、サイロ・エフェクトに陥った医学では、これらの体調不良に対応することができなくなるのではないでしょうか?

 同じことは環境問題についても言えます。東京大学鬼頭秀一名誉教授は著書『自然保護を問い直す』の中で、社会的リンク論を提唱され、人間と自然とのかかわりの様態を表す概念として「生身」と「切り身」を挙げられています。

 私は獣害対策のためイノシシ猟も行っており、実際にイノシシをさばいて食べます。このように、イノシシを捕り、自分でとどめを刺して、皮をはぎ、解体して食べる、「自然とのつながり」が実感できる状態を「生身」と呼びます。人間と自然とのかかわりの様態が「生身」のときには、私たちは自分たちが食べる肉が、どのように作られたものか、自然にどのような影響を及ぼすのかを肌で感じることができます。

 それに対して、私たちが普段食べる肉はスーパーで「切り身」の状態で売られています。「切り身」の肉を買う人たちは「切り身」が手に入りさえすればよいので、元になった動物がどのように生まれ、飼育され、屠殺され、解体され、流通してきたかについて考える必要がなくなります。そして、いつしかこうした背景に関心も持たなくなっていきます。このように「切り身」の肉からは、「自然とのつながり」を実感することが難しくなります。

 つまり、人間と自然とのかかわりの様態が「切り身」になってしまうと、自分たちが食べる肉が、どのように作られたものか、自然にどのような影響を及ぼしているのかを感じることができなくなるのです。ですから、欲望の赴くままに大量に消費したり、廃棄したりすることが、どういう意味を持つのかということも感じられなくなります。これは、全体が見えなくなり、自分さえよければいいという、まさに「サイロ・エフェクト」に陥っている状態です。

 そして「人間界」自体がサイロ・エフェクトに陥ってしまって、「木を見て森を見ず」状態になり、自分勝手な振る舞いをしていることこそ、環境問題の根本の原因であると思うのです。

 現在、能登にはすでに志賀原発が建てられている上に、74基もの風力発電機が建てられています。さらに最大176基もの風力発電機の建設が計画されており、メガソーラー発電事業も進んでいます。能登はまさにエネルギー植民地の様相を呈しております。

 私が農業を営んでいる集落から約1kmの山にも大きな風力発電事業が計画されています。二つの事業者が、標高1700〜225mの山に最大180mもの高さの風力発電機を15~16基建てる計画です。尾根を削り、木を伐採し、山道を広げてこのような巨大な風力発電機を何基も建てれば、周囲の環境がどうなるかは子供でもわかります。地元で暮らす人たちは、今も「自然とのつながり」を大切にし、素朴な暮らしを続けています。地元の人たちが大切にしている「自然とのつながり」を壊しておいて何が再生可能エネルギーでしょうか? しかし、「人間界サイロ・エフェクト」に陥っている人たちにとっては、自分たちには関係のない、どうでもいいことなのかもしれません。このような状態では「農林漁業を核とする持続可能な地域循環経済」などできるはずがありません。

 私は、「農林漁業を核とする持続可能な地域循環経済」を実現させるためには、生産者も消費者も「人間界サイロ・エフェクト」から脱却し、「自然とのつながり」を取り戻すことが必要であると考えています。

 私は自然栽培という栽培法で農業に取り組む生産者でもあります。自然栽培は農薬も肥料も使わない栽培法です。自然界では、空気・エネルギー・水・土が循環しており、さまざまな生物の活動がこの循環を促す大きな力の一つになっています。したがって、バランスの取れた循環が保たれた畑でないとうまく栽培できません。このような循環をバランス良く保つためには、人間の都合ではなく、「自然の理」に従うことが必要になります。つまり、自然栽培とは「人間界サイロ・エフェクト」から脱却し、「自然とのつながり」を感じられるようにならなければ、うまくいかない栽培法なのです。

 慣行栽培であれば、どんなところでも肥料を入れ、農薬をまけば、自然の循環など考えなくても大抵うまく育ちます。だからこそJAがどこでも使える栽培法のマニュアルを出していたりします。しかし、栽培する土地によってこの循環は違います。ですので、自然栽培では同じ作物でも畑によって手入れの仕方を変えなければいけません。この循環の違いを見抜くためには「自然とのつながり」が必要不可欠なのです。

 さらに消費者にも「人間界サイロ・エフェクト」から脱却し、「自然とのつながり」を取り戻すことが求められます。消費者が「安い」ものを選んでしまうのは、「切り身」的な自然とのかかわり方になってしまっているからです。「切り身」が手に入れば、その背景にどのようなことが起こっていても自分には関係ない、という自分勝手な考え方が「安い」方がいいという判断の元になっています。しかし、消費者の多くがこのような判断をすれば、いくら生産者が丹精を込めて作物を作っても、売れることはありません。これでは「農林漁業を核とする持続可能な地域循環経済」は成り立ちません。消費者も、「人間界サイロ・エフェクト」から脱却し、「自然とのつながり」を取り戻すことで、価格よりも、自然の循環を大切にして育てられた作物かどうかに、価値を見いだすことができるようになることが必要なのです。

 生産者と消費者が共に、「人間界サイロ・エフェクト」から脱却し、「自然とのつながり」を取り戻すこと。そのような生産者と消費者がつながって、初めて「農林漁業を核とする持続可能な地域循環経済」が回り始めるのではないでしょうか。

 

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