7年8カ月の爪痕と今後に向けて

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安倍首相辞任、菅義偉新政権の成立

東京大学 鈴木 宣弘

国民の犠牲の上に一部の利益を追求

 この7年8カ月、一言でいえば、一部の利益のために農民、市民、国民が食いものにされる経済社会構造が徹底された。手法的には、「人事、カネ、恫喝」を駆使して、「見事に」正論を黙らせていった。
 種子法の廃止、農業競争力強化支援法、種苗法、漁業法、森林の2法、水道の民営化、などの一連の政策変更の一貫した理念は、間違いなく、「公的政策による制御や既存の農林漁家の営みから企業が自由に利益を追求できる環境に変えること」である。「公から民へ」「既存事業者から企業へ」が共通理念である。
 しかも、極めて特定の人々がいつも登場する。「国家私物化特区」でH県Y市の農地を買収したのも、森林の2法で私有林・国有林を盗伐して(植林義務なし)バイオマス発電するのも、漁業法改悪で人の財産権を没収して洋上風力発電に参入するのも、S県H市の水道事業を「食い逃げ」する外国企業グループに入っているのも、MTNコンビ企業である。有能なMTNは農・林・水(水道も含む)すべてを「制覇」しつつある。
 公益的なもの、共助・共生の精神に基づくものとして維持されてきた地域で頑張っている事業をオトモダチ企業の儲けの道具に差し出させるのが、規制改革や自由貿易の本質である。「攻めの農業」、企業参入が活路、というが、既存事業者=「非効率」としてオトモダチ企業に明け渡す手口は、農、林、漁ともにパターン化した。
 米国のオトモダチへの便宜供与もすさまじい。TPP(環太平洋連携協定)において日米間で交わされたサイドレターについて、TPPが破棄されたらサイドレターに書かれている内容には拘束されないのかという国会での質問に対して外務大臣は「サイドレターに書いてある内容は日本が『自主的に』決めたことの確認であって、だから『自主的に』実施していく」と答えた。
 サイドレターには、規制改革について「外国投資家その他利害関係者から意見及び提言を求める」とし、「日本国政府は規制改革会議の提言に従って必要な措置をとる」とまで書かれている。日本政府が「自主的に」と言ったときには、「アメリカの言うとおりに」と意味を置き換える必要がある。つまり、今後もTPPがあろうがなかろうが、こうしたアメリカの要求に応え続けるだけの姿勢を続けるということだ。
 日米のオトモダチの儲けの道具にならぬところは放棄せよ、と地域コミュニティーの消滅が促された。大手人材派遣会社のT会長がK県で、「なぜ、こんなところに人が住むのか、早く引っ越しなさい。こんなところに無理して住んで農業をするから、行政もやらなければならない。これを非効率というのだ。原野に戻せ」と言ったのは象徴的である。コロナ・ショックは、この方向性、すなわち、地域での暮らしを非効率として原野に戻し、東京や拠点都市に人口を集中させるのが効率的な社会のあり方として推進する方向性が間違っていたことを改めて認識させた。
 「今だけ、カネだけ、自分だけ」のオトモダチ企業が儲かっても、多くの家族農業経営がこれ以上つぶれたら、地域コミュニティーを維持すること、国民に安全・安心な食料を、量的にも質的にも安定的に確保することは到底できない。

人事、カネ、恫喝

 農水省は、農林水産業の発展を目指し、農山漁村や農林水産業を守り、消費者に安心・安全な食料を提供するという使命で頑張ってきた。そうした農林水産業と関連組織がどんどん壊された。農水省もつらかった。詭弁にもならぬ詭弁はひどさを増し、ますます、見え透いた虚偽を言わされていった。
 官邸(前官房長官=新総理)は反対する声を抑えつけていく「人事とカネと恫喝」の天才だ。「畜安法」では、懸念を表明した担当局長(事務次官候補)と課長は「異動」になった。それでも、「省令で『いいとこどり』の二股出荷は拒否できるように規定するから」と担当部局は酪農関係者に説明し、実際、彼らは一生懸命知恵を絞っていた。しかし、「上」からの「生乳出荷は自由選択にしたんだ。小細工すると、君もわかっているよね」との圧力で、結局、有効な生乳共販弱体化の歯止めはできなかった。踏みとどまった局長は現次官である。
 「これ以上抵抗を続けると干される。逆に官邸に従えば、昇進の芽が膨らむかもしれない」と考えて、「昇進の暁には官邸(裏に経産省)と米国と財界のための『改革』を仕上げます」と宣言して異例の昇進をした元事務次官は「農水省に葬式を出すために次官になった」と公言した。この人事は「論功行賞」(国税庁長官、イタリア一等書記官人事)でなく「とどめ刺せ」人事だった。
 官邸における各省のパワーバランスが完全に崩れ、従来、関連業界と自らの利害のためには食と農林漁業を徹底的に犠牲にする工作を続けてきた省が官邸を「掌握」している今、命・環境・地域・国土を守る特別な産業という扱いをやめて、農林漁業を「オトモダチ」の儲けの道具に捧げるために、農水省の経産省への吸収も含め、農林漁業と関連組織を崩壊・解体させる「総仕上げ」が進行した。次の前次官は食料安保課長もやって、国内農林水産業振興に理解があり、素晴らしい人材だったが、ある過去の問題を握られ、路線の修正ができないように手が打たれていた。
 振り返ると、日本の農林漁業を守り、国民への安全な食料供給の確保を使命としてきた農林水産省にとって、TPP交渉への参加は、長年の努力を水泡に帰すもので、あり得ない選択肢であった。何としても阻止すべく、総力を挙げて闘ったが、押し切られた。痛恨の極みだった。次には、重要5品目を除外する国会決議も守れなかったが、コメなどの被害を最小限に食い止めるために農水官僚が必死に頑張ったのは確かだ。畜安法、種子法、漁業法、林野と、農林漁家と地域を守るために、知恵を絞ってつくり上げ、長い間守ってきた仕組みを、自らの手で無残に破壊したい役人がいるわけはない。それらを自身で手を下させられる最近の流れは、まさに断腸の思いだろうと察する。

命を削る安さを国民に強要

 輸入小麦の除草剤入り食パンは如実に語る。世界的には、規制が強化されているなかで日本だけは、米国で使用量が増えているので、日本人の小麦からのグリホサートの摂取限界値を6倍に緩めるよう要請され、2017年12月25日、クリスマスプレゼントとして緩めた。残念ながら、日本人の命の基準値は米国の必要使用量から計算されるのである。
 小麦も、牛肉も、乳製品も、果物も、安全性を犠牲にすることで安くダンピングした「危ないモノ」は日本向けになっているが、まさに「命を削る安さ」である。このまま、世界的に安全基準が厳しくなっているなか、逆行して、米国の指示どおりに、日本だけが基準を緩めさせられ続けたら、日本国民はますます格好の標的(ラストリゾート)にされる。政府は国民の命を犠牲にして何を守ろうとしているのか。
 安いものには必ずワケがある。成長ホルモン、残留除草剤、収穫後農薬、遺伝子組み換え、ゲノム編集などに加えて、労働条件や環境に配慮しないソーシャルダンピングやエコロジカルダンピングで不当に安くなったものは、本当は安くない。どうして今、日英貿易協定を急ぐのか。畳みかけるように貿易自由化して安く買えばよいというのは間違いだ。しかも、お金を出しても買えなくなる輸出規制のリスクの高さも再認識されたばかりだ。

わが身を犠牲にする覚悟あるリーダーに

 それにしても法的位置づけもない諮問機関(規制改革推進会議とその上にある未来投資会議)に、利害の一致する仲間(彼らは米国の経済界とも密接につながっている)だけを集めて、官邸(裏で操る経済産業省)とで、国の方向性が私的に決められ、誰も止められないのは異常すぎる。ごく少数の「3だけ主義」の人たちが、露骨な利益相反を繰り返し、私腹を肥やすために、これでもか、これでもかと国民を苦しめ、地域を苦しめている。
 「3だけ主義」と正反対の取り組みで地域を守ってきた人々や組織がこんな国家私物化のもくろみのためにつぶされようとしている。何と理不尽な話か。こんなことが長続きするわけはないが、取り返しのつかないレベルになってしまってからでは手遅れになる。「今だけ、カネだけ、自分だけ」の正反対の取り組みで地域を守ってきたわれわれが、ここで負けるわけにはいかない。
 国民が目覚めるときだ。消費者は単なる消費者でなく、国民全体がもっと食料生産に直接かかわるべきだ。自分たちの食料を確保するために、地域で踏ん張っている多様な農林漁家との双方向ネットワークを強化しよう。地域の伝統的な種もみんなで守ろう。リモートで仕事をするようになったのを機に、半農半Xで、自分も農業をやろう。農業生産を手伝おう。いざというときには、みんなの所得がきちんと支えられる安全弁(セーフティーネット)政策もみんなで提案して構築しよう。みんなの命と暮らしと環境を守る食と農はみんなで支えるものである。
 協同組合・共助組織と自治体の政治・行政が核となって、各地の生産者、労働者、医療関係者、大学関係者、関連産業、消費者を一体的に結集して、地域を食いものにしようとする人たちをはね返し、安全・安心な食と健康な暮らしを守る市民ネットワークを強化し、徹底的に支え合えば、未来は開ける。改悪された国の法律に対しては、それを覆す県や市町村の条例の制定で現場の人々を守ることができる。
 新総理は「政策を決定したのに、官僚が反対するんであれば異動してもらう」と明言している。ここまで露骨に言うのは尋常ではない。規制改革も強調されている。規制改革というと響きはよいが、その実は、公益的なもの、共助・共生の精神に基づくものとして維持されてきた地域で頑張っている事業をオトモダチ企業の儲けの道具に差し出させるルール変更が、規制改革や自由貿易の本質である。国民の犠牲の上に自身とオトモダチの利益を「人事、カネ、恫喝」で推し進める政治が強化されることは間違いない。今こそ、わが身とオトモダチの利益を守るために国民を犠牲にするリーダーではなく、わが身を犠牲にしてでも家族と地域と国民を守るリーダーが必要である。若い人たちは雌伏してほしいが、一定の年齢に達した方々はわが身を犠牲にする覚悟で、それぞれの立場で尽力しようではないか。
 「今だけ、カネだけ、自分だけ」の市場原理主義に決別し、共生のシステムを日本とアジア、世界が一緒につくっていくために、各人がもう一歩を踏み出すときである。無批判・思考停止的な対米追従から脱却し、米国との関係を対等に近づけつつ、アジアとの共生を図るのは、米国からのつぶしの圧力が強く、容易ではないが、これを進めなければ日本の未来は暗い。

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