沖縄と安全保障

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin

復帰48年に考える

衆議院議員 屋良 朝博

 全世界が新型コロナ感染症と闘う中、日本の検査数の少なさに諸外国から疑問を持たれています。その適否の論議は別に譲るとしても、布マスク全戸配布を含めどうも打つ手が国際標準から外れているようにみえます。独自性は大事ですが、独りよがりでは視野狭窄に陥ります。日本人は〝戦前〟の思考から決別できたのかという疑問が頭をよぎります。
 「横井・小野田症候群」。筆者が考えた造語です。太平洋戦争が終結した後も約30年にわたり南の島のジャングルを逃げ回っていた元日本兵がいました。横井庄一さんと小野田寛郎さん。日本の敗戦は知っていたが、上官命令がない、投降するきっかけがないなどの理由で山中に隠れていたそうです。いま、冷戦が終わってもなお、日本人の〝安全保障観〟は戦中を彷徨っているのでは、という皮肉を込めてこの造語を使っています。
 安倍晋三首相は「わが国を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増し」と繰り返します。「戦後最も厳しい状況」とも誇張しますが、米ソが対峙した東西冷戦期がよっぽど危なかったはずです。安倍政権がよく使う「安全保障環境」という言葉を調べてみました。
 国会議事録をさかのぼると、1972年5月30日の内閣委員会で福田赳夫外務大臣が最初にこの言葉を使っています。半月前の5月15日、沖縄が米軍支配から解き放たれ、日本に復帰しました。福田大臣は米軍の日本駐留は決して「好ましい形ではない」と言明し、自衛力の増強と米軍駐留のバランスを語りながら、「安全保障環境の変化に応じながら、(日米安保)条約の運営を考える」と発言しています。
 復帰後も沖縄の圧倒的な米軍基地負担をどう軽減するかが当時からの大きな課題です。周辺の環境を勘案しつつ、自衛力を高め、米軍駐留を減らすとの考えを述べる中で、福田大臣は「安保環境」の言葉を使いました。
 あれから半世紀。当時と比べると自衛隊の能力は格段に向上しました。そして国家間で大規模な戦争が起きる可能性はかなり低下したとの見方が国際的な標準認識です。にもかかわらず安倍政権は安保環境が「一層厳しい」と誇張しながら米国から不必要な兵器を爆買いし、米軍のために名護市辺野古の美しいサンゴ礁を破壊し、工期13年と工費1兆円もかけて新しい米軍飛行場を建設しています。復帰時の福田大臣の時代と国家像と情勢認識がまるで違います。
 ちなみに「安全保障環境」の意味を国会図書館に問い合わせると、驚くことに図書館蔵書、電子データベース、インターネット資料のすべてを当たっても定義は存在しないことが分かりました。定義のあいまいな言葉ほど為政者にとって都合のよいものはないでしょう。
 そもそも「安全保障」とは何でしょう。防衛大学校の『安全保障学入門』という本の第一章「安全保障の概念」、その第一項は「普遍的定義の欠如」とあります。入門書によると、安全保障という言葉を発する人の価値観や世界観によって定義が変わります。あえて定義するなら、「ある主体が、かけがえのない何らかの価値を、何らかの脅威から、何らかの手段によって守る」ことと説明しますが、さすがにこの定義は使えない、と入門書の筆者も認めています。定義があいまいな「安全保障」の概念に「環境」を合わせて、「一層厳しい」「戦後最も厳しい」という評価を国民にすり込む政治が行われると世は安まりません。
 沖縄の米軍基地はいったい何のためかという疑問も浮かびます。多くの日本人は中国と北朝鮮の軍事的な挑発を抑え込むため、と受け止めています。安全保障にさえ定義がないので、抑止もその実態を疑うべきでしょう。
 6年前、仕事で香港に立ち寄った際、飛行機で手にした英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」(2014年2月11日)の記事に驚かされました。アジアで行われている米軍主導の多国間合同訓練に中国軍が参加したとの記事の中で、徐光裕・中国陸軍元司令官(退役将軍)がこうコメントしています。
 「中国の訓練参加は米中が協力してアジア太平洋の安全保障に貢献する意思の表れだ」
 中国軍は2013年4月にフィリピンで毎年開催される共同軍事演習にオブザーバー参加、翌14年2月のタイでの演習から陸軍を派遣しています。そして17年のタイでの共同演習では中国軍とインド軍の工兵部隊が協力して山村の小学校に多目的校舎を建築する人道支援活動を実施しました。国境紛争がある中印両軍による象徴的な共同作業でした。アジアの安保環境はポスト冷戦で新たなステージに進化しています。
 中国元司令官が語る「安全保障」と安倍晋三首相のそれとは明らかに異質です。安倍首相の安保観は脅威、抑止に基づく「国防」に偏重しています。日本いつ何時でも米国とタッグを組み中国を抑止する、という古典的な見方に執着し過ぎではないでしょうか。
 日米同盟最前線の沖縄にある極東最大の米空軍嘉手納飛行場。隣接する道の駅「かでな」の展望台から4000メートル級滑走路を見渡せます。そこに近年、中国人観光客が大勢訪れるようになり、人気の観光スポットになっています。F15戦闘機、ステルス最新鋭機F22がジェットエンジンをうならせ離陸する様子を中国人観光客は「ウォー」と歓声を上げながらスマホで写メっています。若いカップルは嘉手納基地を背景に自撮りしています。
 沖縄を訪れる中国人観光客は2013年に6万9000人でした。わずか5年後の2018年には69万人に激増しました。沖縄同様に日本有数の観光地が多くの中国人観光客を迎えている事実を無視した脅威論はバランスを欠いています。国防・防衛に警戒を怠らないのは基本としても、敵対国であれ友好関係を構築する努力こそが安全保障の要諦です。
 安全保障の中で軍事はひとつのパーツにすぎません。しかし多くの日本人は「安保=軍事」と思い込んでいませんか。バランスを失った日本の安保観に沖縄は拘束され、出口が見えない状態です。冷戦後の国際環境にあっても新たな価値観を見いだせずに日本は漂っています。ポスト冷戦の国際的な課題は「9・11」「3・11」に象徴されるように対テロ、大規模自然災害に人類がどう対処するかに焦点が移っています。経済的な不平等を是正する取り組みや人道支援、災害救援活動、感染症予防など、日本は憲法9条を維持したままでも国際社会で演じられる役割があるはずです。
 今年、沖縄が日本へ復帰して48年になります。第二次世界大戦の残滓である巨大な米軍基地がいまも温存されています。沖縄のいびつな現状は日本という国家の反射鏡なのです。日本がアジアでどう生きるのかを自問自答する中に今世紀的な「解」を見いだせるのではないでしょうか。

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin