韓国・徴用工判決、戦後補償を考える

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin

広範な国民連合代表世話人 原田 章弘

韓国・大法院での判決

戦前の日帝植民地時代の強制徴用工(強制連行・労働)被害者が新日鉄住金を相手に損害賠償を求めた上告審で、韓国・大法院(最高裁)は昨年10月30日、原告の個人請求権を認め、同社に賠償を命ずる判決を下した。
そして、さらに1カ月後の11月29日には、戦時中に広島の造船所などで働かされた韓国人の元徴用工5人の遺族らが損害賠償を求めた訴訟で、三菱重工業の上告を棄却し2審判決を、加えて名古屋の工場で働かされた元女子勤労挺身隊の韓国女性や遺族計5人が損害賠償を求めた訴訟でも、同日、三菱重工業の上告を棄却し、同社に支払いを命じた判決を確定させた。
韓国・大法院判決は「不法な植民地支配における反人道的違法行為については国家が国民の権利を守る『外交的保護権』も残っている」と判断し、国内措置で収めたい文在寅政権に、日本との外交交渉を求めたような判断が示された。
この三つの判決を巡り、日本国内からは「異論」が沸騰・続出した。まず、安倍首相は「国際法に照らしてあり得ない判決だ。毅然として対応する」と言い、菅官房長官も「韓国政府が早急に適切な措置を講じない場合は、国際裁判を含めあらゆる選択肢を視野に毅然とした対応をする」と述べた。また同時に「日韓請求権協定に明らかに違反し、友好関係の法的基盤を根本から覆すものだ。極めて遺憾で、断じて受け入れられない」と批判した。
河野外務大臣は「(日韓で)お互いに知恵を出し合おう」という呼びかけに対し、「100%韓国側の責任において考えることだ。そのつもりで交渉にあたる」と述べ、「暴挙であり、国際秩序への挑戦だ」と批判した。
被告となった企業側は、政府が「韓国の判決に影響されるな」「応じるな」「協力するな」と説明会などで言っているものの、こうした判決に危機感を抱いている。
2013年、経団連など経済4団体が韓国の判決について「今後の韓国への投資やビジネスを進める上での障害となりかねず……」と韓国に抗議する声明を出したが、さらに、経団連は日本政府やメディアに対しても、強い働きかけを行っており、政府とメディアが一緒になって、韓国の司法判断に異議を唱えたという経緯がある。つまり、政府は支援団体、企業の利害のために、メディアはスポンサーの意向を代弁して、今回も文大統領を強く非難するに至ったのだ。
衝撃的な判決が示されて、およそ2カ月が経過したが、「日韓基本条約」「日韓請求権協定」締結時の歴史的背景、内容、当時の国民の考え方などについて、安倍政権が言うように「本当に解決済み」なのか、「韓国国内で100%解決すべき問題」なのか、国際司法裁判所へ提訴すべきなのか、「三権分立なのに、最高裁判決に政府が口を出せるの?」など、落ち着いて今後のことも併せて日本人として考えなければならないのではないだろうか。

日韓請求権協定締結時の時代背景

日帝が朝鮮半島を併合し、植民地政策を敷いたことは「紛れもない事実」であり、その際の非人道的行為に対して補償するのは当然のこと。
しかし、「日韓請求権・経済協力協定」は、その名の通り、韓国の経済復興を目的としたもので、日本による残虐行為の個々の被害者に対する損害賠償ではなかった。
協定締結時の1950~60年代を見ても、当時の韓国は朴正煕大統領率いる軍事独裁政権で、「戒厳令」まで敷いて国民の反発を抑え込んだ。日本でも、労組や学生を中心に「日韓条約反対」の大きな運動が起こった。朝鮮半島は、50年代後半の「朝鮮戦争」で疲弊し、経済の回復は待ったなしだったし、日本は「朝鮮特需」で繁栄し、日米韓軍事同盟のために米国の意向通りに経済協力を行ったのだ。この補償はその軍事独裁政権と深い関係をもつ日本の自民党政権との間で行われた取引の結果で、その大半は経済復興に注ぎ込まれ、個別の被害者には届いていなかった。韓国国内で、被害者に補償すればよかったのか? 経済援助はそれを目的としたものではなかったし、金額でもなかった。韓国が民主化されていくなかで、十分な補償を受けていなかった国民が立ち上がるのは、当然と言えるだろう。

「日韓請求権協定」の解釈について

1991年8月27日の参院予算委員会では、日本社会党(当時)の清水澄子議員の質問に対し、柳井俊二・外務省条約局長が日韓請求権協定をめぐり、「両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した」(日韓請求権協定第二条)の「意味」について、以下のように答弁している。
「日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます」。
もう一つ、92年2月26日の衆院外務委員会の答弁を引用しておく。
「韓国の方々について申し上げれば、韓国の方々が我が国に対して個人としてそのような請求を提起するということまでは妨げていない。しかし、日韓両国間で外交的にこれを取り上げるということは、外交保護権を放棄しておりますからそれはできない、こういうことでございます。……その国民については国の権利として持っている外交保護権を放棄した。したがって、この条約上は個人の請求権を直接消滅させたものではないということでございます」
以上の二つの答弁で「日韓請求権協定は個人の請求権を消滅させていない」と、わかっていただけるだろう。
さらに条約交渉時の50年前の新聞報道では、連日、一面トップに「日韓条約」をめぐる反対運動が載っているのに、今のメディアには、当時の社会状況を自社がどう報道したのか、当時の記者魂などは伝えられていないのか? 「日韓関係を憂慮する」「韓国はいったん決めたことをひっくり返すのはお家芸」などと、メディアばかりでなく良心的と思われていた学者・識者までが韓国批判を繰り広げているが、まだまだ、多くの日本国民は当時の状況を忘れてはいない。
報道各社も政権におもねって一方的に韓国を批判する前に、「日韓の戦後補償は1965年で完全かつ最終的に解決された」という論理をもう一度、当時にさかのぼって検証し、国民の前に明らかにすることだ。それこそが、世論づくりを目指すメディアの役割だ。

植民地支配の残虐行為――強制連行

朝鮮人強制連行真相調査団の取り組みを進めてきた私としては、いくつもの「強制連行」の事実を例示して証明したいのだが、スペースの関係で別の機会に譲る。しかし、安倍首相は、「徴用工」という言葉について「国家総動員法上、国家動員令には『募集』と『官斡旋』『徴用』があったが、実際、今回の裁判の原告は(徴用でなく)全部『募集』に応じたため、『朝鮮半島出身労働者問題』と言いたい」とした。
「募集」「官斡旋」「徴用」を実態的に知らず、労働者が自主的に募集に応じていたかのように「朝鮮半島出身労働者」などと、国家犯罪である強制連行の罪を薄めようとする意図は明らかだ。1938年、最初は「募集」の形態を取っていた。だが、実際は日本企業が朝鮮総督府の許可を得て農村地域の貧しい人々をだまし、あるいは強圧的に連行していく方式だった。総督府は地域の末端行政機関に割当量を定め、警察や面(村)長など地域をよく知っている人が直接出て割当量を満たした。「募集」とはいえ、強制応募だ。44年からは対象を特定して徴用令状を発行する強制労務徴用方式も動員した。
私自身が証言収集した方々も多くは、この方式だった。「徴用令状が来て、面(村)事務所へ行くと、そこに官憲と業者が待っていて、点呼が終わると列車に乗せられ、釜山へ。そして関釜連絡船(鎌倉丸等)で下関へ。そしてまた列車で秋田まで。飯場に入れられ、日が出るとともに、発破を仕掛ける道路工事に。ある日、爆発事故があり、仲間が吹き飛ばされ、肉片も散り散り。自分も殺されると考え、夜半に逃亡。つかまって殴る蹴るの暴行で肋骨6本を折り、働けなくなった。その後、敗戦になっても障害年金も国民年金ももらっていない(2006年逝去)」など、自らの意思ではなく、植民地支配の権力によって強制的に連行され、言葉も文字もわからない中で奴隷のごとく働かされ、そして、日本の敗戦後は放り出された朝鮮人被害者が彼らを働かせた企業および日本国家に対して謝罪を求め、これに応じない企業と日本国家に対して賠償請求訴訟に訴えることに対して、誰もが支援こそすべきで、否定などあり得ない。
安倍や菅の発言の根源にあるのは、「日本が犯罪を行うことはあり得ない(すべては正しい)」とする、軍国主義・日本を美化しなければすまない皇国史観に立脚することは明らかだ。いわゆる「従軍慰安婦」問題に対しても「商行為」だったとする彼らの拒絶反応そのもの。
まさに、歴史の隠蔽だ。

100周年、朝鮮半島南北共同で日本に要求も

各国の「戦後補償」の考え方・動向を比較してみると、日本だけが「戦後補償に積極的でない」ことがわかる。私は「戦争は二度と嫌だ」という心理の中に、いったい「加害」に対する認識があるのだろうか、と問いたい。いわゆる太平洋戦争での空襲や被爆、苦しかった時代はもう嫌だという認識に止まっているのではないか。江華島事件から始まる大陸への侵略については、そして、朝鮮半島の植民地化、偽満州国の建国、あるいは台湾を植民地にしたり、マレー半島やシンガポールにも戦線を拡大し、多くのアジア諸民衆に加害を行ってきた事実について、目をつぶっている。歴史認識の浅さが、「戦後補償」にたどり着かないのだろうと思う。昨年11月韓国で、ある国際シンポジウムが開催された。主催は韓国の民族和解汎国民協議会、東北アジア歴史財団など三者であり、共和国の民族和解協議会も一致してこの行事を行った。
日本からは、強制連行ネットワークや北海道や沖縄で遺骨調査をしている各グループ、山口の長生炭鉱調査グループ、そして私(朝鮮人強制連行真相調査団)と、10人前後が招かれ「歴史を明らかにし」「強制動員者の遺骨の現状・奉還」についての会合だった。
2006年に日韓両政府の合意で「遺骨調査」が行われたが、日本政府の対応が不十分で、やっと千体を超える程度の遺骨が判明したが、まだまだ多くの日本各地に現存する、あるいは南洋諸島に現存する強制連行被害者の遺骨状況について報告が行われ、どうすべきかを議論した(詳細は別の機会に譲る)。
今年の「3・1独立運動100周年の記念事業」として、南北共同で、日本に対し、「遺骨」の奉還を求めてくることになっているし、われわれも「戦後補償」の一環の実現に向けて、全面的に協力しなければならないと考える。

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin