翁長県政の継承・発展 平和・誇りある豊かさを!

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翁長雄志知事の遺志を継いで

衆議院議員 玉城 デニー

翁長氏の「指名」を重く受け止める

 翁長雄志知事のご冥福をお祈りし、遺志を継いで身命を賭して戦うことをお誓いいたします。
 (翁長知事と)育ちは違いますが、めざしていく方向は同じだと思っています。そう考えていただき、僕を後継者として期待されていたと聞いて、この上なく光栄なことだと感じています。翁長知事はかねてから私のことを話題にするとき、「デニー君も戦後の沖縄を背負って、いろいろ難儀してこられたんだろうなあ」というふうなことをおっしゃっていたらしいです。
 私は、翁長氏が掲げた『イデオロギーよりアイデンティティー』という旗印に共鳴しました。また、翁長知事の保守政治家としての『沖縄の歴史と先達の努力に敬意を払う、そのための保守でなければならない』という姿勢に心を動かされてきました。

「保守系は生活者の視点」「革新は論者の視点」

 私自身は、保守だ、革新だというスタンスではなく、是々非々で行動しています。
 米軍を早く沖縄から出すには、自衛隊の配備も必要になってくるかもしれないと思っています。しかし政府は、先島で進む自衛隊配備のように県民の理解を得ずに強引に進めています。丁寧に協議し、地元の人びとの理解を得るのが必要です。国が先島でやってきたように地元との協議も踏まえず、基地を造成し部隊を駐屯させます、というやり方は自衛隊にとっても迷惑なのではないでしょうか。こんなことをやっている民主主義国家はありません。
 それが、『保守』でもある自分には許せないわけです。革新の皆さんは『基地反対』と言いますが、その前提は違うんです。
 しかし、保守の現状は、『保守』ではありません。対等な日米関係をつくらないから、地位協定改定も一歩も進めない。全部、従米なんですね。保守の側はそれを独立国家日本だと言って、鼻を高くしているのはおかしな話です。

「オール沖縄」を基礎に「オールジャパン」の幅広い視点で

 占領で土地を奪ってつくられた米軍基地をそのままにして、新しい基地もまた沖縄につくれなんていうのは、翁長知事が言われたように『政治の堕落』です。もっと県民のことを考えるべきだと、翁長さんは保守の側から本気で怒った。私も全く同感です。
 (国会議員として)東京にいると、物事が俯瞰的に見えますし、沖縄に戻ると離島の苦しさや過疎化の厳しさも見えてきます。どちらか一方の視座から見るのではなく、日本全体の方々にも通じる言葉を選んで思いを伝えるよう意識しています。
 知事になったら、翁長知事が準備していた承認撤回をまずしっかりやること。そこからでしょう。沖縄での基地問題は、どうすれば安心して生活できるのかという生活の問題。それをイデオロギー化させているのは日本政府です。翁長知事の遺志を受け継ぐ覚悟でなければ新しい知事は務まりません。
 『自立と共生の沖縄』を目指して、生まれてくる子どもたち、あすを担う若者たちに平和で真に豊かな沖縄、誇りある沖縄、新時代沖縄を託せるよう全力疾走で頑張ります。

(この原稿は、雑誌「AERA」のインタビュー原稿に手を加えたもの)

玉城デニー氏プロフィル
 1959年、米軍統治下で米軍基地が集中する本島中部、現在のうるま市に生まれる(本名は玉城康裕)。父親は、沖縄駐留の米軍人だったので、子どもの頃は「ハーフ」という理由でいじめられたという。
 母子家庭で育ち、貧困も経験した小学生時代、70年12月の「コザ暴動」を目の当たりにする。「ウチナーンチュの心のうちに閉じ込められた何かが爆発したように感じた」という。
 前原高校から上智社会福祉専門学校(福祉主事任用課程)卒。中部地区老人福祉センター臨時職員勤務、内装業勤務ののち自営、音楽関係企画事務所勤務。その後、ロックバンドのボーカルや沖縄のラジオ・パーソナリティなど、タレントとして沖縄のメディアで活躍。2002年の沖縄市議選でトップ当選。05年衆院選(沖縄県第3区)出馬するも落選、09年初当選、17年4期目当選。『ひたむきに沖縄』の政治理念を貫く。

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