安倍政権の「林業改革」は山を荒廃させるだけ

零細な農林家が国土の7割の森林を守っている

農林家の能美俊夫さんに聞く

 安倍首相は1月22日、国会の施政方針演説で、「戦後以来の林業改革に挑戦する」と述べ、国会は5月25日、「森林管理経営法」を成立させた。
 日本の国土の7割近くは森林である。森林は、材木を供給するとともに、緑のダムと呼ばれ水を貯え、国土を保全し、緑の環境を維持し、CO2を吸収し酸素を供給する。薪や炭などとして熱エネルギー源でもあり、今注目のバイオマス発電に燃料を供給する。
 その森林の大半は荒れ放題である。日本の森林と林業が直面したきわめて深刻な現状と打開の方向、安倍政権が進める方向の問題点などを、農林家の能美俊夫さん(福岡県北九州市・のうみ農園主)に伺った。

日本の森林と林業の現状

 日本では、10ヘクタール以下の森林所有者が全体の9割を占めており、大規模に森林を持っている人たちはごく少数です。私のところは4ヘクタールくらいしかありません。その人たちが日本の森を守っているのです。その人たちはどんな人たちかというと、農業と林業をやっている農林家です。なおかつ、他の仕事もしている兼業です。基本的にはそういう人たちが一生懸命、金にもならない山を一生懸命に守ってやっているのです。
 敗戦から1955年ころまでの日本は、戦後の復興のため木材の需要が高まりました。しかし、戦時中の乱伐による山林の荒廃や自然災害で、木材の供給が追いつかず、高騰が続いていました。
 そうした中で、55年ころから木を植えろ、木を植えろという拡大造林が始まり、みんな一生懸命、木を植えてきました。伐採跡地への造林をはじめ、里山の雑木林、広葉樹からなる奥山の天然林などを伐採し、代わりにスギやヒノキなどを植えました。こうした針葉樹の方が比較的早く成長し、経済的な価値も高かったからです。50年たち、拡大造林で植えた木の多くが、伐採できる時期を迎えています。

 今、林業で一番問題なのは、木材が安いことです。現在の木材価格は、50年前よりも安くなっています(図1)。こんな安い価格で林家の暮らしが成り立つはずはありません。林家はそれでも、兼業したりして資材をつぎ込み、日本の山を守ってきました。
 この問題こそ、政府が真正面から取り組み、解決しなければならない問題です。農業ならば、1年やってだめだったら次は違う作物を作ることができます。しかし、林業は1年やって結果が出るものではなく、最低でも50年かかり、70年、100年のスパンで取り組む産業です。政府も林業政策の歴史を振り返り、正しく総括して、林業の再生に真剣に取り組むべきです。

 政府は1964年に、木材の輸入を全面的に自由化しました。その結果、国産材に比べて安い外国産木材の輸入が急増し、国産材の利用は急減し、6年後の70年には輸入材が国産材を上回りました。
 73年に変動相場制になり、円高が進んだので、外国産の木材がさらに安くなり、国内消費の6割を超えました。その後も国産材は減り続け、2002年に木材自給率が18・8%にまで落ち込みました。現在は拡大造林の伐期に入って、木材自給率が35%になりましたが、林業経営がきわめて厳しい状態にあることに変わりはありません。
 日本は国土面積の約68%が森林に覆われている、世界第2の森林大国です。それにもかかわらず、木材の7割近くを海外からの輸入に依存する、いびつな状態が続いています。
 06年、林野庁が新生産システムというのを打ち出しました。これは全国に大きな製材所を造り、そこに、木材市場を通さず、山から直接、材料を入れようというのです。そうすれば、中間マージンがかからず、林家、山元がもうかるという触れ込みで始めたのですが、実際にはそうなりませんでした。
 外国からいろんな安い材が入りにくくなって、住宅メーカーが困っているから、そういう製材所を造り、そこでできた製品を、住宅メーカーに出したのです。これは従来の製材ではなくて、何でもかんでもばらばらに切り崩して、接着剤でくっつける製材でした。材木市場で取引されていた時は、A材、B材、C材と、品質で区分され、小規模な製材所で、品質に合った製材が行われました。A材は銘木とも言われる高品質の材木ですが、新生産システムでは、品質の劣るB材、C材といっしょに、ぶっこみで製材されたのです。
 大きな製材所ですから、大量に木を伐らないと、製材所の運営が持続できません。実に愚かなことでした。この新生産システムは5年で終わりました。

安倍政権の「林業改革」の問題点

 森林管理経営法とは、「意欲がない」の一言で森林所有者たちから森林管理権を取り上げ、市町村自ら、あるいは市町村が選んだ「意欲のある」民間業者に森林伐採をさせようという法律です。この法案を衆院に提案した時、林野庁が出した説明資料には次のように書かれていました。
 「わが国の森林の所有形態は零細であり、8割の森林所有者は森林の経営意欲が低い。意欲の低い森林所有者のうち7割の森林所有者は主伐の意向すらない」
 主伐とは、伐採期に達した樹木を伐ることを言います。
 林野庁がその根拠にしたのは、森林所有者に行ったアンケート「森林資源の循環利用に関する意識・意向調査」です。林業経営規模の意向について、71・5%が「現状を維持したい」、7・3%が「経営規模を縮小したい」と答えたから、合わせて「8割が経営意欲がない」と言うのです。経営規模を拡大するかどうかはその時の事業者の裁量で、経営意欲の有無とは別のことです。7割の人が「主伐を実施する予定はない」と回答していますが、その理由について、58%が「間伐を繰り返す予定であるため」と答えています。
 安倍首相が「戦後以来の林業改革」だとか「成長産業化」だとか言っているけれど、そんなことではないのです。だいたい50年くらいたったから、全部伐って出しましょうという。出す能力のない人の山はまとめて、伐採する能力のある業者が入って出しますよということです。
 しかし、50年というのは一つの目安で、みんな50年で伐るわけではないのです。間伐をやりながら、良い木を残して、この木は70年で出す、この木は100年で出すと、そうやって林家はみんな経営をやってきたのです。だから、今からやっと利益が出てくる段階なのに、50年で伐らない連中は意欲がないとみなして、市町村の管理にして、カネの取れそうなところはそういう業者にまかせる。ひどいですよ。
 国有林というと美しく聞こえるけれど、あれはめちゃくちゃなんです。国有林が独立採算制になって、国有林をめちゃくちゃ伐っているんです。それで、伐るところがないから、今度は民有林を餌食にしようとしている。
 国有林は相当に企業の利益になっている。だから、木が足りないのです。外国からも入ってきているけれども、入りにくくなっている。国内で伐ろうとしても、まとまって伐れるところがだんだんなくなってきている。以前は、伐採する森林組合だったけれども、今はそれとは全然関係ない、伐る人がいる業者です。
 九州で問題になったけれども、盗伐の業者がいる。宮崎が多いですが、盗伐がいっぱいあります。そういう業者を生み出したのは国の責任です。業者も悪いが国も悪い。そういうのを美しく飾って、「美しい山々を次世代に残す」なんて言っていますが、全然、残らないですね。森林所有者に管理する責務を課すのは当然だけれども、林業というのは、50年、100年というスパンの産業だということを忘れているのです。管理するからには、収入が必要なのに、それは無視して「山が荒れてるじゃないか」と言う。
 できないところは市町村がやれと言うが、市町村には管理する能力がありません。市町村ができるとしたら、まとめて、どこかの伐採・搬出ができる業者に丸投げすることしかない。今度、国が取る森林環境税があるから、ひょっとしたら、それをボンと入れる。採算の合わないところは、みんなの税金でどうにかしてごまかすのじゃないだろうか。
 本来だったら、森林組合というのがあるのだけれども、これも全部、農協と同じように、1県1組合の統合方向で、見込みのないところは全部切り捨てです。市町村単位で緑地が荒廃したところを直そうとしても、受け入れ先がないのです。市町村はたまらないと思いますよ。

どのような方向が必要か

 夢みたいな話だけれども、50年、100年というスパンの中で再生産できるような木材価格をちゃんと形成するというのが一番で、これは国の責任だと思います。
 山林の管理について、本来は森林組合の役割なのだけれど、そうはならなくなっています。容易なことではないが、どんなに小さな林家もみんなまとめて、それで共同経営するようなものを、日本でちゃんとつくらないといけない。本当の協同組合です。
 以前は林野庁も50年じゃなく、70年、100年の森を造りましょうと言っていました。50年たって、やっと売れる木が出てきて、その一部を抜きながら、70年、80年、100年というサイクルでやっていく、多様な経営をちゃんと考えた計画を作り上げていかなければならないと思います。今度、安倍首相が出したようなものでは、日本の山はみんな禿げ山になるとまでは言いませんが、美しくない山を子孫に残すことになります。

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