沖縄の「夢」を全国の「夢」に

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沖縄平和運動センター議長
山城博治
インタビュー

聞き手:山内末子 全国世話人(元沖縄県議会議員)

若者に届くメッセージを

――山城さんは昨日から辺野古の現場に戻られました。この間拘束されたり、裁判があったりして、なかなか現場に戻れなかったもどかしさがあったと思います。ようやく現場に戻られたということで、最初から辺野古のゲート前の闘いに関わったなかでの今の思いや、現状、これまでの課題、これからに展開について今、思っていることからお願いします。

 2016年6月に辺野古から高江の現場に移ったので、辺野古に戻るのは2年ぶり近くですね。そういう意味では感慨深い思いで、今ゲート前に座っています。
 ただ、まだ裁判中だということと、2年の刑、3年の執行猶予を求められているので、あんまり下手に動き回ってまたパクられたりすると、これからの控訴審で「反省がない」「執行猶予を取り消して実刑を」と言われかねないので、ここはまあ慎重にするしかないなあと思っています。
 やっぱり現場は楽しいです。私の原点はこの20年来、現場で闘ってきた人間ですから、現場に立てることはうれしいですね。
 そういう状況ですが、今の沖縄を取り巻く状況が厳しいことは間違いないと思います。3年前に「オール沖縄会議」を立ち上げました。その結成集会では噴出するような沖縄の希望、怒りが現れたんですが、その後の首長選挙では象徴的には名護で稲嶺市長が落選したり、象徴的な人が「オール沖縄」から離脱する、辺野古の現地でも埋め立て、護岸工事が着工していたりなど、そういうさまざまな状況を併せると、非常に厳しいし、気持ちが萎えてきそうだというのも事実だろうと思います。
 こうした厳しい状況を受けて、私が現場で強調しているのは、「現場でもう一回力強い運動をつくろう。300人も500人も集まって、基地建設を2日でも3日でも止めるような気概に満ちあふれるような運動がまだ現場には残っている。私たちは決してめげていない、負けていない、希望を捨てていない」というメッセージを発信し続けようということです。このメッセージを11月の県知事選につなげていくことがなによりも大事だと思います。
 私たちの現場はそういう思いで取り組んでいるので、県政与党の方々にお願いしたいのは、いろいろな議論があるんでしょうけど、現場は一点の曇りもなく、変わらずに「新基地建設を止める」と意思一致して頑張り抜いている、このことを理解してほしいのです。
 県知事権限でいえば、サンゴの移植、あるいは港の使用、ケーソン護岸の変更問題、作業ヤードの変更問題などさまざまな点について大きな変更問題が出てきますので、これを県政がキチンと取り上げれば、止めることはできると思います。
 私はそういう意味で辺野古の現状については、希望は捨てていません。基地建設を止めることはできると確信しています。

沖縄経済のアジアのハブ化、同時に平和のハブ化

 また、問題だと思うことは、若者たちが非常に離れてしまっている現状です。
 「中国脅威論」「朝鮮ミサイル脅威論」で安倍首相こそが日本を守るかのような宣伝をされて、あれだけ「モリカケ問題」で支持率を下げたのにまだ政権が続いていることに愕然としていますけど、ここは大事なポイントだと思いますね。私たちに若者たちへ送るメッセージが欠けているから支持が集まっていない現状があります。
 沖縄の今を考えると県経済の好調も言われて、私たち県民は未来につながる自立した沖縄を手に入れようとしています。しかし、これは平和でなければできないことです。
 私の認識では沖縄経済のハブ化と同時に平和のハブ化が可能だと思っています。国連機関を誘致するとか、あるいは国連大学の一部を誘致するとか、さまざまな手法で沖縄から平和を発信することが可能だと思います。知事選はそうした未来にかけた若者たちに経済の発展、平和、世界との交流、こうしたことを通じて「政府がやる前に、沖縄がやる」というメッセージを送って、安倍首相のように戦争の危機をあおることではなくて、平和の実現に向けた具体的な提起をすることによって、若者たちの心を捉えて、引き戻す必要があると思いますね。
 4年前に私が翁長知事、あるいは呉屋守将さん(金秀グループ会長)、平良朝敬さん(沖縄かりゆしグループ元会長)に感動したのはこのことです。県民もそうだったと思います。そのことを改めて発信をして、平和な沖縄、そしてアジアの平和を沖縄から発信することが必要だと思います。
 東アジア情勢でいえば、平昌五輪の機会を捉えて、南北朝鮮が交流する芽生えができたことは本当に喜んでいます。そして、それぞれの首脳が板門店を越えて行き会う、あるいは米朝も直接の協議を行う、先日も中国、朝鮮との首脳会談がありましたし、軍事一辺倒で動いてきた、もしかしたら核戦争につながりかねなかった東アジアの緊張が一気に融和のなかに入ろうとしていること、本当に大きな喜びです。
 安倍政権のような脅威一辺倒、戦争一辺倒ではもう外交がもたないことが分かりました。
 むしろ、乗り遅れて孤立するのは日本です。そうならないためにも私はずっと「対話こそ必要だ」と言い続けてきました。

――東アジアでの大きな変化のなかで、安倍政権の孤立化が際立っていますが、若い人たちが特に「中国脅威論」や翁長知事に対してもフェイクニュースで感化されているような気がします。山城さんもそのターゲットにされました。今回逮捕されて、長い期間勾留されたり、こういうことを含めて不当な判決、あるいは弾圧、こういうものが根っこは一つになっていることを私たちはもっと理解しなくてはいけないと思いますが。

 私はいろんな機会でお話しさせてもらっています。沖縄の状況なども伝えながら、東アジアの友好についてもお話ししますが、どんな集会でも若い人たちが少ないんですよ。若い人の多くが昨年の衆院選で安倍自民党を支持したというデータもあるし、名護市長選でも若い人の支持が相手陣営の方に集まって、稲嶺市長が負けたと言われています。
 私は反省として言っているのですが、私たちが若者たちに語る言葉をもっていたのかなということです。ずっと自己満足的に「反戦」「基地撤去」と言い続けてきたけど、これが若者たちの胸に響くようなものになっていたのか。あらゆる会場で「若者たちに語る言葉をもちましょう、磨きましょう」と言い続けています。「憲法変えない」「憲法9条を守れ」というのは若者たちからすると、安倍首相が言う「70年も変えられなかった憲法を変えよう」という方が革新的で、改革だという捉えられ方でしょう。つまり、「憲法守れ」と言う人たちの方が古色蒼然としていると感じているようです。こうした論理のカラクリに負けてしまっている気がしてしょうがありません。そこを具体的に事実をもって語るべきだと思うんです。
 百田尚樹みたいな右翼の「論客」が幅を利かせています。彼の『永遠のゼロ』を読むと、例えば特攻隊をどう見ているか。私は特攻隊で死んでいった若者たちに限りない同情と申し訳ない気持ちを禁じ得ません。それはやってはならない戦争だったんです。若者たちに無謀にもあのボロボロのゼロ戦に爆弾を抱えさせて砲弾のなかに突っ込ませたあの残酷さ、あれは戦争犯罪です。若者たちにああいう死に方を強制した責任はどうなのか。こういうことを若者たちに再び強要してはならないということを、あの特攻隊から教訓として学ぶべきだと強く感じます。
 兵士、軍人といえども、命を粗末にしてはならないのです。日本の軍隊は南方まで行きました。そして、後方支援はまったくなしで、すべて現地調達で、すべて餓死しました。沖縄では「軍隊は人を守らない」という言い方がされていますが、もっと言えば、「軍隊は軍人さえ守らない」ということです。
 若者たちに考えてほしいのは、あの戦争がどういうものであったかということです。若者たちへ、「君たちの命を守るのは誰なんだ」「若者の未来を守るのは誰なのか」ということを伝えたいと思います。

政権と司法のあり方変えるべき

――こういうシステムを変える議論こそが必要です。また今、籠池さんが森友問題で勾留されてから長い期間たちます。こういうことを含めて安倍政権は自分たちに都合の悪いことになると、司法まで意のままにしています。「三権分立」なんてどこにあるのかという現状について、体験者としてどう思いますか。

 このことで言えば、籠池さんを救出する運動をつくるべきだと思います。確かに籠池さんは「日本会議」のメンバーで天皇制論者、憲法改悪論者だったと思います。教育勅語を児童に唱和させて、安倍首相の歓心を買おうとした人です。しかし、この事件の本質は9億円の土地を1億までまけて土地を譲ろうとした権力犯罪です。そして、籠池さんの発言を封じるために長期勾留している。しかも、奥さんまで。
 日本で冤罪がなくならないなと思う経験を私もいっぱいしました。
 籠池さんがやったことが罪というならさっさと裁判すればいいんです。それで保釈すればいいんです。これは社会に出て、しゃべられたらまずいということでしょう。
 私は逮捕されて5カ月たって裁判、そして裁判が始まって1年かかって第一審が終わった。つまり、1年5カ月かけて私の事件については一応の決着を見たわけです。そして今なお執行猶予がついている。私が本当の自由を手にするまで、4年も5年もかかってしまう。私の行動を自由にさせないために3年押さえたんですよ。籠池さんもまさにそう。
 この国で起きている司法と行政、政府と裁判所がグルになって、人を閉じ込める。このことがこの国で起きている権力の実態です。福島で原発の実態を告発した当時の佐藤栄佐久県知事もでっち上げられました。
 留置場では外からの光も遮断する一方、寝るときは電灯を消させない。寝ようと思って布団をかぶったら、「顔を見せろ」と命令する。寝られるわけないじゃないですか。時計も見せない。光も見せない、人に会わせない、手紙も見せない。
 籠池さんには、いずれ釈放される、頑張ってと言いたい。そして、釈放されたあかつきには拘置所で行われたことを社会に堂々と言うべきです。自分がやられたことを全部語るべきです。

日本はアジアのなかで育つべき

――全国の仲間に向けてメッセージをお願いします。

 引き続き、現場でしなやかに、したたかに粘り強く頑張ろうと思っています。
 私はずっと、「辺野古も高江も、もしかしたらダミーなのでは。本当の狙いは与那国や石垣、宮古にミサイル基地をつくって、中国との戦争に入る準備をすることが喫緊の課題で、そのために辺野古、高江で大騒ぎさせて、関心を釘付けにさせるためではないか」と思っていました。しかし、今改めて思うと、辺野古は南西諸島における軍事化のきわめて高度な拠点となり得る場所です。あそこにV字型の滑走路ができて、隣に弾薬庫も備える、訓練のための広大な演習場もある。滑走路を飛び立つオスプレイは目の前にある北部訓練場で訓練し、そして山を越えて伊江島に向かう。ついに「伊江島上空を民間機は飛ぶな」という航空路の変更も行われた。やはり、辺野古を米軍の拠点にしようということだと思います。ここを止めるということが、延々とつながる南西諸島の軍事化を止める闘いでもあるし、なんとしても軍事化の完成を止めたい思いです。これが再び沖縄を戦場にさせない闘いだと思います。
 そして全国の仲間に呼びかけたいのは、沖縄は全国に例がない地上戦を強いられ、住民全体の玉砕を命じられた世にも恐るべき戦場と化した島です。だから、私たち県民はこの地獄がまたきたらたまらないという思いで辺野古に立ち続けています。平和を守るためです。そして、特攻隊の例でも言いましたけど、軍隊は兵士の命さえ守りません。きわめて恐ろしい思想をもった軍隊、こうした軍隊が再び闊歩するような時代にしてはいけない。
 「中国が脅威」と言うなら安倍首相は胸襟を開いて習近平さんに会いに行けばいいんです。また、金正恩さんに会いに行けばいいんです。中国と日本との間では1972年に国交回復が成し遂げられましたが、そのとき中国は日本に戦争賠償を求めませんでした。これから「一衣帯水」の関係で仲良くしようという平和友好の精神を確認し合いました。中国のその大きな精神に感謝すべきです。その精神をホゴにしかねないことを安倍政権はやろうとしています。
 北朝鮮もアメリカがイラクやアフガニスタンなどに攻め込んだことを目の当たりにして、自分たちも、「悪の枢軸」と言われ恐怖に感じたのでしょう。北朝鮮が核、ミサイル開発をするのはある意味当然です。金正恩さんはアメリカに体制保証を求めていると言われています。また、体制が保証されれば非核化に応じると言っているわけで、そのことを見ないでただ「圧力」ばかりでは、核開発を止めることは無理です。
 日本はアメリカの尻馬に乗っかるのではなく、独自に朝鮮半島の平和のために努力すべきです。今のままでは拉致問題も解決しません。
 私たちはもっと世界、アジアに目を向けるべきです。そういう意味では日本は「情報鎖国」だと思いますね。私たちはやはりアジアの一員として、アジアのなかで育っていくという考えをもつべきです。

――この国に生きる者として、危機感をもっていますが、この沖縄に希望があるということに自信をもたなくてはいけませんね。

 辺野古の現場は反基地闘争だけではなくて、民主主義とか地方自治、人権、人びとの暮らしを語る場にもなっています。私は政治に夢をもっています。政治の力でしか変えられないことがある。末子さんも政治の場にいるから分かると思うけど、夢やロマンをもち続けたいと思います。この沖縄の夢を全国に発信したい。沖縄のもっている夢は全国の夢でもあるはずです。平和で自由でアジアに開かれた交易拠点という夢は全国にも広がるはずです。こうした夢をもって、アジアにつながる日本を願望したいですね。

――山城さんの話を聞くと本当に元気が出て、こういう場でいっぱい話が聞けてよかったです。ありがとうございました。

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