米国新政権でも止まらぬ一層の国益譲歩

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東京大学大学院教授 鈴木 宣弘suzuki-tpp

「儲かるのは一部企業の経営陣のみで我々の暮らしはもっと苦しくなる。これ以上ごめんだ」と、国民の「格差是正」「自由貿易見直し」の声が巨大な「うねり」となり、直接選挙だから、大統領候補もすべてTPP(環太平洋連携協定)反対と表明し、TPP破棄を主張したトランプ氏が勝利した米国のみならず、日本とニュージーランド(11月15日に61vs57で可決)以外の参加国は、1国としてTPP関連法案を可決していない。つまり、各国の市民の力が「やはりTPPは悪い」と証明しつつあるのに、我が国だけが「バラ色」としか言わず、不安の声を抑えつけ、多くの懸念事項について、国会決議との整合性も含め、納得のいく説明は得られないまま、数の力で最後は強行採決すればよいとの姿勢をあからさまにしてきた。このような非民主主義的な国は日本だけである。誰のために政治・行政をやっているのか、このような手続きは日本の歴史に大きな禍根を残す。見え透いたウソとごまかしが平然と繰り返され、まかり通ってしまう、この国は異常である。

しかも、トランプ大統領が決まった翌日(2016年11月10日)に衆議院で本当に強行採決した。世界の笑い者である。どうしてそこまでしたのか。「東京オリンピックまで続けたい」(さらには無期限に?)という発言に象徴されるように、「米国に追従することで自らの地位を守る」ことを至上命題としてきたのが官邸である。「まず、TPPレベルの日本の国益差し出しは決めました。次は、トランプ大統領の要請に応じて、もっと日本の国益を差し出しますから、見捨てないで下さい。」というメッセージを送っているのである。すでに、TPPの米国の批准を後押しするために、水面下で国益を差し出し続けてきている。それを加速して、トランプ大統領のご機嫌取りに奔走するつもりだろう。

大統領選前は、クリントン氏勝利を見込んでクリントン氏とだけ面会し、あてが外れたら慌てて「世界の首脳の一番乗り」で、まだ就任もしていないトランプ氏に面会に行くという、みっともない「擦り寄り」ぶりも日本の恥、世界の笑い者である。あんなにオバマ、オバマ、と言っていたのが、節操なしの非礼も極まりないし、足元を見られることも間違いない。一部マスコミは総理の快挙であるかのように報道したが、案の定、その直後にトランプ氏は「大統領就任初日にTPPから脱退し、2国間FTAを検討する」と宣言し、見事なピエロにされた。

「一部大企業の経営陣の利益vs市民生活」の声がトランプ大統領誕生に貢献したのは間違いないが、トランプ氏自身は、そもそも「他国の負担を増やすことで米国産業の利益と米国民の雇用を取り戻す」と言っているだけである。「TPPには署名しない。2国間 FTAでよい。日本の負担が足りない」ということだから、日本が一層譲歩させられた日米FTAが成立することになろう。日本のTPP批准は、TPP水準の国益差し出しを確約し、今後のFTAで、さらにそれに上乗せして国益を差し出すとの「売国宣言」である。ずるずると米国の要求に応え続ける姿勢から脱却し、真に国民の将来を見据えない限り、問題は永続する。

すでに「自主的に」米国の要求に応え続ける「アリ地獄」

すでに、駐米公使が「いま条文の再交渉はできないが、日本が水面下で米国の要求をまだまだ呑んで、米国の議会でTPP賛成派が増えるようにすることは可能だ」と漏らしていた(『IUST』2015.11.24)。例えば、米国の豚肉業界は、「日本が関税を大幅削減してくれて輸出が増やせてありがたいと思っていたら、国内対策で差額補填率を引き上げるという。それで米国からの輸入が十分増えなかったら問題だ。その国内対策をやめろ」と要求してきている。新薬のデータ保護期間についても、水面下で実質12年を各国に認めされる交渉が進んでいた。

もう一つ重大な事実がある。一昨年の秋に米国議会で、オバマ大統領に一括交渉権限を与える法案がぎりぎり一票差で通った。あのとき、日本政府はロビイストを通じて、民主党のTPP反対議員に多額のお金を配って賛成を促したという(Bloomberg, 2015.5.21)。「日本は牛肉、豚肉をはじめ農産物でこんなに譲ったのだから、賛成しないと米国が損をしますよ」とでも説得したのであろう。かたや、日本国内では、農家に「何も影響はないから大丈夫」と言っている。これが「二枚舌」の「売国」の実態である。

農産物関税のみならず、政権公約や国会決議で、TPP交渉において守るべき国益とされた食の安全、医療、自動車などの非関税措置については全て譲り終えていて、これらはTPPが発効しなくても、日本が「自主的に」行った措置として、もう実質的に発効しているのである。つまり、2国間の力関係で、ずるずる押し込まれている。今後はさらにこの流れは強まる。「日本の負担が足りない」と言っているトランプ氏にTPP水準に上乗せした追加譲歩リストをもう日本政府(外交・経済の所管官庁)は作成しているとの情報もある。

我々は、「米国が日本に対して従来から求めてきた様々な規制緩和要求を加速して完結させるためにTPPをやるのだから、医療や食の安全が影響を受けないわけはない。かりにTPPの条文に出てこなくとも、TPPの交渉過程での取引条件などとして、過去の積み残しの規制緩和要求を貫徹させようとするのが米国の狙いだ」とかねてから指摘してきた。このような流れはTPPでなくともトランプ新政権で加速されるだろう。

食の安全基準、農産物関税撤廃も、さらなる国益差し出しの恰好の材料に

食品の安全基準は、TPPでなくても、2国間の力関係で決まる最たるものだ。TPPの日米2国間の協議は、大きく分けて3段階あった。まず、TPPの交渉参加をアメリカに承認してもらうための「事前協議」で、国民には単なる情報交換と言いつつ、ここで牛肉輸入月齢制限の緩和などの「入場料」が支払われた。

次に、交渉参加後も、日本のみが「並行協議」として、12カ国全体の交渉とは別に、長年アメリカが要求している日本の規制変更についての積み残し分を解決する場として、重点項目を9つ明記して、対処を求められた。その項目の1つに防カビ剤が挙げられていたのである。

さらに、TPP交渉妥結後は、協定発効の前提として、参加国の国内法・制度・慣行がTPPに適合するかどうかをアメリカ議会がチェツクし、必要な廃止・変更を事前に要求する「承認手続き」(Certification)もある。月齢制限の撤廃はもうこの段階への準備だった。

以上のように、すでに次々と緩和を受け入れている中で、「自主的」措置として、今後は、TPPでなくても、さらに日本から譲歩する格好の分野として、トランプ新政権下でも差し出しが続くことになるだろう。

非関税措置については多くがすでに実質的に発効しているが、農産物合意については、FTAなどを結ばないと発効しない。米国農業団体は、新政権下でもTPPの合意内容を実施してほしいと声高に表明している。せっかく日本から、コメも、牛肉も、豚肉も、乳製品も、「おいしい」成果を引き出し、7年後に再交渉も約束させていたのだから当然である。いみじくも、「(トランプ氏は)おそらくTPPの中身について詳しく知らないんだと思うんです。(TPP不成立なら)アメリカの農業にとっては、せっかくのチャンスをみすみす失うことになる」と朝日放送のインタビューで自民党TPP対策本部議員が述べている。だから、「日本への負担増」を付加した2国間FTAへの移行も含めて、事態は悪化しかねない。このことを肝に銘じておくべきである。

アジア諸国は日本の収奪の対象ではない~真の「共生」を

なお、日本の経済界がいまもTPPに固執するかのような発言をするのは、過去の2国間FTAでアジア諸国などに徹底した投資・サービスの自由化(対等な競争条件)を強要したが、まだ不十分だったので、それがTPPで強化されることに期待した側面がある。過去の多くのFTAの事前交渉に参加した筆者は、日本の経済界の露骨な要求を、途上国の人々を人とも思わないような態度で罵倒して突きつける日本政府(関連省庁)の交渉姿勢を非常に恥ずかしく情けなく思った。TPPでの米国の態度と、アジアとのFTAでの日本の態度と要求事項は実はそっくりだった。

例えば、日韓FTAが中断したのはなぜか。農業分野のせいで中断したというのは意図的な誤報である。一番の障害は製造業における素材・部品産業である。というのは、韓国側が、日本からの輸出増大で被害を受けると政治問題になるので、「日本側から技術協力を行うことを表明して欲しい。それを協定の中で少しでも触れてくれれば国内的な説明が付く」と言って頭を下げたが、日本の担当省と関連団体は、「韓国はもはや途上国でない。そこまでして韓国とFTAを締結するつもりは当初からない」といって拒否したのである。これには筆者も驚いたが、韓国も、「FTAを一番やりたいと言っていたのは日本側じゃなかったのですか」と憤った。FTAを一番推進したいと言っている人たちが交渉を止めているのが実態である。にもかかわらず、報道発表になると、「また農業のせいで中断した」と説明される。

また、日マレーシア、日タイFTAについても、農業分野が先行的に合意し、難航したのは、鉄鋼や自動車であった。総じて、相手国から指摘されるのは、日本はアジアをリードする先進国としての自覚がないということである。自らの利益になる部分は強硬に迫り、産業協力は拒否し、都合の悪い部分は絶対に譲らない。まだまだ貧しい諸国に対して、露骨に自らの利益のみを追求する日本では、アジアで「大人げない」といわれ、尊敬されない。自己の目先の利益のみを追求しているものは長期的には滅びる。

ASEANは当時の野田総理が2011年11月にハワイでTPPへの参加意向を表明したすぐ後に声明を出した。「TPPではアジアの途上国の将来はない。アジアに適した柔軟で互恵的なルールはASEANが提案する」と。本来、それを提案すべきは日本であるのに、その日本は誰が見ても米国に尻尾を振ってついていくだけにしか見えない。米国の基本的スタンスは、「(米国発の国際展開企業がアジア市場を収奪できるような)アジアのルールを米国がつくる」というオバマ大統領の不遜極まりない発言に集約されていた。

いまこそ、一部の企業への利益集中をもくろむ「時代遅れ」のTPP型のルールではなく、「共生」をキーワードにして、特に、食料・農業については、零細な分散錯圃の水田に象徴されるアジア型農業が共存できる、柔軟で互恵的な経済連携協定の具体像を明確に示し、実現に向けて日本とアジア諸国が協調すべきときである。思考停止的・盲目的な米国追従から脱却するには、アジアと世界の人々の共生のためのビジョンと青写真を早急に提示することが不可欠である。

アジア諸国との経済連携協定の重要性は数字が如実に物語る

TPPで得られる経済利益はアジア中心のどのFTAよりも小さいと内閣府も試算している。内閣府の当初の試算では、日本が12カ国のTPPに参加しても日本のGDPは0.66%、3.2兆円しか増えず、日中2国のFTAとやっと同じ、日中韓FTAだと0.74%、ASEAN+3(日中韓)ならTPPの倍近く(1.04%)である。しかも、この3.2兆円の利益は「価格が30%下がれば、競争が促進されて生産性が30%向上する」という恣意的な「ドーピング剤」で捻出されたものである。

表1  FTAごとの日本の経済厚生変化の比較
  GDP増加率 経済的満足度の増加
(千億円)
TPP 0.66 除外なし  4.5
農業・食品を除外 5.7
自動車を除外 2.1
日中韓 0.74 7.0
日中韓+ASEAN 1.04 8.5
RCEP
(ASEAN+日中韓+インド、NZ、豪)
1.10 8.6

資料: 内閣府及び鈴木研究室グループ試算。注: 経済的満足度は、家計が同じ支出でどれだけ多くの満足が得られるようになったかを金額で表したもの。

我々の試算(表1)では、ただでさえ他のアジア中心のFTAに比較して日本のメリットが最小のTPPにおいて、日本の最大のメリットである米国その他のTPP参加国の自動車関税の撤廃について、米国の関税撤廃の猶予期間が30年(大型車)になるだけでなく、厳しい原産地規則により、そもそも日本車がTPP関税の適用を受けられないことになれば、TPPの利益は半減以上(4.5→2.1千億円)の激減となる。これでは、守るべき国益として国会決議した項目をほぼすべて譲り渡してまで我が国がTPPを推進する意味は見出しにくい。

もう1点、この表で注目すべきは、農業・食品は除外したほうが「例外なし」のTPPより日本の総利益は増えるという「逆説的」事実である。農業を除外しないと、TPPで排除される中国(コストが安い)などからの輸入が米国などからの輸入に転換することによって消費者の利益が大きくは増えないため、関税収入の減少と生産者の利益減の合計が消費者の利益増より大きくなるからである(貿易転換効果)。

以上のように、日本が、TPPでなく、アジアを中心とした柔軟で互恵的な経済連携協定を具体化することこそが経済的に見ても望ましい選択であることを試算結果が物語っている。現時点で進行している経済連携協定では、RCEP(ASEAN+日中韓+インド、NZ、豪)が、新大陸のオセアニアも入っているとは言え、アジアに軸足を置いた柔軟で互恵的なルールにしていける可能性がある。中国と「主導権争いに負けたくない」などと、いつまでも幼稚なことを言っている場合ではない。また、日本の経済界がRCEPではダメだと言っているのは、投資・サービスの自由化の徹底でアジア途上国から収奪しようとした思惑が実現できないからである。互恵の精神の微塵もない情けない姿勢である。

日本が独自の戦略的思考なしに、中国や韓国とむやみに敵対し、一方で、米国には盲目的に追従する姿勢を続けることの恐ろしさを今こそ認識すべきである。米国は中国のプレゼンスの更なる増大を十分に認識しているから、最終的には、中国との決定的な対立は避けるであろう。そうすると、米国にのみ最も盲目的な追従を続ける日本がはしごを外されて国際社会で孤立する。もし、そうでなくて、米国が中国と決定的に対立し、武力衝突にまで発展してしまったらどうなるか。間違いなく、米国を守る盾にされるのが日本である。そう考えると、米国、中国との戦略的な思考に基づく距離感を考えない日本外交の愚かさがよくわかる。

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