「戦争」の前に「経済」でつぶされる安倍首相の日本

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広範な国民連合全国世話人、元外交官 天木 直人天木直人

 1月30日の新聞は永久保存版にしておく価値がある。後で振り返った時、あの時が日本滅亡の日だったのか、と思い出させてくれるものになるかもしれないからだ。
 「戦争が起きる事を心配する前に、経済政策の失敗をおそれよ。われわれは政府によって戦争で殺される前に、生活苦で殺される」。これは、私が戦争と平和の議論をするときに、改憲論者を前にして反論する時に使うセリフだ。

 その正しさを、見事にこの日の各紙が報じている。日銀が初のマイナス金利導入を決めた。専門家がそれをどのように評価しようとも、この黒田日銀の決定が、破綻したアベノミクスをゾンビのようによみがえさせるための無理筋であることは明らかだ。
 その副作用が最悪の形で現れた時、日本経済はいよいよ危機に陥る。多くの国民が犠牲になる。
 その一方で、きょうの各紙が一面で大きく取り上げた記事が、北朝鮮の弾道ミサイルが発射された時に備えて下された「ミサイル破壊措置命令」である。もし北朝鮮が日本に向かって核弾頭を搭載したミサイルを発射すれば、日本は何があっても事前にこれを迎撃しなければいけない。それは当然だ。
 しかし、どんなにうまく防戦したところで、現実にミサイル戦争が起きれば日本もまた壊滅的犠牲を覚悟しなければいけない。おびただしい数の犠牲者がでるだろう。
 戦争によって命を奪われる可能性と、生活苦で殺される可能性と、どちらが大きいか。もちろん後者である。
 北朝鮮が日本にミサイルを発射する可能性は、米国が北朝鮮に軍事攻撃を仕掛けない限り、限りなく小さい。北朝鮮の方から核攻撃して来る可能性は、ほぼゼロだ。
 しかし生活苦による死はすでに確実に増加している。
 そして、戦争であれ、日本経済破たんであれ、いずれの場合でも、まっさきに犠牲になるのは絶対的弱者の一般国民である。どっちに転んでも、支配者と言う名の強者は責任をとらずに逃げ、国民と言う名の弱者を犠牲にして生きのびる。
 それが格差社会というものだ。
 小泉政権から始まった格差社会は、いま安倍政権によって当たり前のように定着し、人間性が否定されるまでにその格差が拡がっている。国民がすっかり分断されようとしている。
 怒れる弱者は打倒安倍政権で立ち上がらなければウソだ。
 どうすればいいか。共産党の唱える既存の政党、政治家による反安倍政権の樹立ではない。
 そんな政権はあり得ないし、たとえできても日本はますます混乱する。自民党の良識派も巻き込んだ緊急避難的な国民連合政権をつくるのだ。
 憲法9条の精神を掲げて、政治家と官僚を国民の下に置いて従わせる。そういう政権を目指す新党を国民の手でつくる。それが新党憲法9条構想だ。
 名前なんかどうでもいい。菅原文太が唱えた「命の党」でもいい。沖縄を米軍基地から解放する「日本主権の党」でもいい。福島を原発被害から救う「脱原発党」でもいい。すべては憲法9条の精神に集約される。
 自分の保身と利権しか考えない今の政治家と官僚から、日本を国民の手に取り戻す政権をつくるのだ。日本版「アラブの春」だ。
 日本国民が必要としながら出来なかった本物の市民革命政権である。
 その時は確実に近づいている(了)

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