「政権交代にむけて―求められる安全保障政策―」
新外交イニシアティブ(猿田佐世代表)は8月24日、「政権交代にむけて―求められる安全保障政策―」との政策提言を発表した。執筆者は、柳澤協二(元内閣官房副長官補)、マイク・モチヅキ(ジョージ・ワシントン大学准教授)、半田滋(防衛ジャーナリスト/元東京新聞論説兼編集委員)、佐道明広(中京大学国際学部教授)、猿田佐世(ND代表/弁護士)である。以下要旨を紹介する。
(全文は https://www.nd-initiative.org/research/12724/)
1.政権交代とは
政権は、国民の選択である。
政権を目指す政党は、国民の不満・不信・不安を受け止め、解決するビジョンを示さなければならない。米海兵隊普天間基地の辺野古移設をめぐって立ち位置を定めきれず、「日米同盟一辺倒」と「消費税増税」という自民党政権と同じ基本政策に回帰して選挙で大敗した旧民主党政権の失態を繰り返してはならない。
政策変更の実質を伴わない政権交代は必要ない。他方、そのことは、政権交代後にすべての政策を自らの望む方向に直ちに転換することをも意味しない。
大事なことは、目指すべき国家像を議論することなく防衛力の拡大をやみくもに支持することが「政権担当能力」を示すことではないということである。多くの国民は「平和国家日本」をアイデンティティとし、望む防衛力とは「専守防衛」の充実であることを見誤ってはならない。
2.対立と軍拡の悪循環を止める
国を守ることは、国民が守るに値する社会を作ることから始まる。守るべき社会とは、国民個人の多様な生き方と活力を尊重する社会である。国民が政治に不信感を抱いたままでは、国の防衛は成り立たない。限られた人々のみで作られ、進められる安全保障政策では、国民の理解も、協力も得ることはできない。
また、国を守り、国際平和に貢献するためには、防衛力のみならず総合的な「国力」を高めなければならない。今日の日本は、経済規模だけではなく、一人当たりGDP・先端技術力・生産性といったあらゆる指標において、国力を低下させている。
現政権下で進められてきたのは、中国の脅威を念頭に、防衛力増強と自治体・民間企業を巻き込んだ「戦争準備」の構築と、米国との軍事的一体化である。多くの国民は、日本を守るための防衛力の充実はやむを得ないものと受け止めているものの、この流れで自分たちの生活が本当に安全になるのか、こうした動きがどこまで進むのか不安視している。
3.安全保障戦略を
仕切り直す
(1)安全保障の原点と
政治の責任
安全保障の原点は、戦争の惨禍から国民を守ることである。それはたんに「生命・財産」を守るだけではなく、国民の日常生活を守ることである。ひとたび戦争となれば、自衛隊員を含む国民の生命は危険にさらされ、国民の日常は破壊される。国民を守ることは、戦争を行うことではなく、戦争を回避することによってのみ達成される。戦争の回避こそ、安全保障の最大の目標でなければならない。
戦争は外交の失敗によって起きるのであり、外交戦略こそ、防衛・軍事戦略に先だって論じられるべき国の大きな戦略の柱である。今こそ、政治が主導して戦争を避ける骨太の外交・安全保障戦略が必要である。
(2)安全保障戦略の再構築
①安倍・岸田軍拡路線の転換
新政権には、安倍・岸田軍拡路線を既成事実として惰性で進めるのではなく、日本の防衛に必要か、日本の国力を超えていないか、国民にいかなる負担を求めるのか、国民の立場からその合理性の検証を進め、必要なリセットを行うことが求められている。
②価値観による分断と
抑止力偏重からの脱却
ウクライナ、ガザの戦争に加え、台湾海峡や朝鮮半島における緊張の高まりが国民の中に戦争への不安を生んでいる。
多くの国民は、日本を守るための防衛力の充実を支持しているが、同時に、日本防衛に必ずしも結びつかない防衛力強化に対し、不安を感じている。
防衛力は、戦争を抑止するための重要な要素のひとつではあるが、軍事力だけで戦争を防げたことはない。岸田政権は、自由主義と専制主義との抗争を主因とみなして、価値観が異なる国々を仮想敵とみなす政策を選択した。
専制主義を絶対的な敵とみなすところから、軍事力に偏重した政策が生まれる。
③「アジアの中の日本」の再構築
東アジアは、対立が厳しい地域である。対立を戦争にしないための条件は、抑止と外交、また相互に依存する関係によって戦争の危険性を引き下げるとともに、繰り返される対話を通じて妥協点を模索すること、そして、公正な仲介者を立てること、である。
占領から独立した直後、日本は「アジアの一員」という立場を強調し、国連に加盟する際の演説で重光葵外相は「日本は東西の架け橋になる」と宣言した。
南シナ海、台湾海峡、朝鮮半島で戦争が起これば、日本は大きな影響を受ける。
一方、これらの地域の課題を「日本に対する脅威」として捉えれば、日本は当事者となり、仲介者としての公正で客観的な視点を失うことになる。
④「平和国家」としての積極的発信
敵基地攻撃能力保有の解禁や殺傷兵器の輸出解禁など、国民の多くが「平和国家」の基盤が消滅の危機にあると感じている。武力でなく、外交を基軸とする「平和国家」としての在り方を再構築することが重要である。戦後の日本外交には、東西対立や南北に分断された世界で、橋渡しの役割を果たそうと努力してきた歴史がある。今こそ、その外交姿勢を再起動する時である。
大国だけに任せておけばよい世界ではなくなったのが、我々が今、直面している世界の構造変化である。グローバル・サウスと言われる国々が、大国の方針に同調せず、独自の停戦の道を模索する動きが強まっている。
大国が主導する価値観によって敵と味方を分断することなく、人類共通の課題解決を最優先する観点から、多くの国々と協力し、連携する外交姿勢が求められている。
日本外交は無力ではない。自ら引き起こした戦争で尊い国民の命を失い、近隣諸国を侵略して多大の犠牲を強いてきた負の遺産、そして世界で唯一の戦争被爆国として日本が発信する非戦・非核のメッセージは、世界に対する大きな発信力・影響力となる。
核抑止に依存する旧態依然とした思考、人権問題に対する鈍感、過去の戦争を肯定するような歴史修正主義など、自ら克服すべき課題にも絶えず取り組む姿勢が問われていることは言うまでもない。
以上のような考え方に基づき、「平和国家」をアイデンティティとする独立国家として、国民の日常生活を守るという安全保障の原点に立ち返り、日本および地域社会の安全と繁栄を維持するため、防衛・軍事戦略に先だって外交戦略を突き詰めることで戦争を回避する道筋を次のように示す。
提 言
■軍事偏重・抑止偏重を
転換する
◆安全保障政策の目標である戦争回避のために、抑止力強化一辺倒の政策からの転換が必要である。
◆日本は、台湾に関する「中国の立場を理解・尊重する」という1972年日中共同声明の立場を堅持・再確認するとともに、言動一致に努め、米中双方に自制を求めるとともに、「世界を破滅させるような戦争を避けなければならない」という日本の立場を訴え続けなければならない。
◆台湾有事を回避するために、展望を持った外交を展開しておかなければならない。例えば、米国に対しては、過度の対立姿勢をいさめるべく、米軍の日本からの直接出撃が事前協議の対象であることを梃子として、台湾有事には必ずしも「YES」ではないことを伝えることができる。台湾に対しては、民間レベルの交流を維持しながら、過度な分離独立の姿勢をとらないよう説得することができる。中国に対しては、台湾への安易な武力行使に対しては国際的な反発が中国を窮地に追い込むことを諭し、軍事面では米国を支援せざるを得ない立場にあることを伝えながら、他方で台湾の一方的な独立の動きは支持しないことを明確に示すことで、自制を求めることができる。
◆台湾有事・南シナ海有事・朝鮮半島有事について、あるいは、それらが複数生起する場合について、日本が、日本の国力・自衛隊の能力・政治的要因によってできることとできないことを明確に認識し、米国にも伝えるべきである。できないことを約束することは、かえって不信感を招く。
■軍拡路線にブレーキをかける
◆防衛費の使途を詳細に検証するとともに、防衛力の整備は専守防衛の理念に基づいて行う。防衛費増額のための増税は認めない。
◆国会承認を要件とする武器輸出規制法を制定し、紛争当事国にならず、国際紛争を助長しないという国益を守る。
◆民間企業従業員に対する適性評価の運用の厳格化と国会への報告を求めるとともに、「能動的サイバー防御」が国民の通信の秘密を脅かすことがないよう、厳格な運用と国会報告を制度化する。
◆有事における農業者への生産命令、感染症に関する地方自治体への命令権限など国の統制強化について、その必要性・実効性を再検討する。
◆自衛隊・米軍による民間空港・港湾の利用について、周辺住民への影響を踏まえ、是非を検証する。
◆九州・沖縄地域への自衛隊ミサイル配備や弾薬庫の新増設・米軍の有事使用などについて、その実効性や必要性を検証した上で見直しを行う。
◆辺野古新基地建設に係る大浦湾の埋め立て工事について、計画ベースでも12年、実際の工期、予算さえ明かされない辺野古埋立事業は中止し、海兵隊の運用見直しによって普天間飛行場の即時運用停止を可能にするプランBを策定する。将来的には米軍再々編により沖縄の基地偏重を抜本的に解消させる。
◆首都東京上空を米軍がいまなお管制する〝占領体制の残滓〟を取り除くため、日米地位協定を改定し、国内法が尊重される運用に切り替える。具体的には、PFASなどの環境汚染や米兵の性犯罪など事件事故の深刻化を踏まえ、基地の米軍管理権を廃し、米軍にも国内法を適用させる必要がある。
■価値観による分断をこえた地域外交を再構築する
◆核・ミサイル開発を進め、韓国敵視を強める北朝鮮について、将来の核放棄と体制保証を基礎とした関係国の協議を呼びかけるとともに、核放棄を条件としない拉致問題協議を早急に再開する。
■「平和国家」としての
発信を再起動する
◆ガザ紛争の早期停戦を促し、パレスチナ問題の二国家解決に向けたオスロ合意に立ち返り、両当事者の協議を呼びかける。また、パレスチナ国家の行政機能の復旧を支援するとともに、パレスチナ国家の承認を目指す。