世界平和と新国際秩序、日本の役割
沖縄をアジアの平和と交流のセンターに
青山学院大学名誉教授 羽場 久美子
参議院の「外交・安全保障、戦争と平和、軍縮」に関する調査会に招かれて2月22日、羽場久美子青山学院大学名誉教授は参考人として意見を述べた。そこでは、「世界平和と新国際秩序において、日本が実践的役割を果たす」という問題意識に基づき、①今はどういう時代なのか、をデータに基づき分析し、②加えて、最も重要なこととしていま戦争と緊張を招いているメカニズムは何なのか、③市民が戦争の犠牲にならないために、平和と繁栄の新世界秩序をどのように構築するべきか、という課題を提起した。本稿は、戦争を防ぎ平和と繁栄を築くための日本の役割と問題提起について、整理したものである。(当日のパワーポイントに基づき、編集部が要約)
1 今はどういう時代なのか
地域の和解と協力こそが、戦争を防ぎ、平和を実現しうる
歴史的データとして、ITによる経済分析からきわめて重要なことは、何よりアジアの発展と繁栄は、2000年の歴史のうち、1800年以上を占める歴史的事実であり、2030年以降アジア諸国がアメリカや欧州を凌ぐのは、必然だということです。
図は統計経済学者アンガス・マディソンが、西暦1年から2030年までの長期にわたる世界のGDPシェアを分析した結果です。それによればインドと中国が西暦1年から1820年まで実に1800年間、世界経済の5割を占めていた、ということです。
その後の近代欧米の支配はたった200年、二つの大戦を経て、植民地が独立すると、再び中国、インドが成長していく。すなわち近代欧米の支配はアジアの富を搾取して成長したに過ぎないということであり、マディソンはこの精緻な統計分析から、アメリカは19世紀まで無であった、アジアの成長は奇跡ではない、過去に回帰しているのだと明らかにしました。
すでに今日、名目GDPでも中国はアメリカに次いで世界第2位になっています。中国が日本を抜いたのは2010年ですが、その後たった13年間で日本の4倍に成長し、そしてインドが5位に上がってきています。
購買力平価GDPでは、中国は14年にアメリカを抜き、インドは13年に日本を抜いて、両国は今や世界1位と3位の規模になっています。これが10年後には名目GDPでもその規模になると世銀やIMFは予測し、2060年にはインドがアメリカを抜き、中国とインドが1位、2位を占めるとされています。欧米の時代は終わりつつある。これが第1のデータです。
第2は、世界人口の推移です。現在、80億人ぐらいですが、21世紀の間に100億人を超え、2100年には110億人弱になるといわれています。そのうちの8割がアジアとアフリカ、それにラテンアメリカを合わせると9割になる。米欧は1割を切る時代があと80年で到来します。
これら二つのデータを見ると、あと100年もしないうちにアジアの時代になる。それも「世界の半分が飢える」とかつてスーザン・ジョージが言った20世紀のアジアではなくて、豊かさ、経済力、IT、AIなどを身につけた豊かなアジアの時代がやってくるということです。
3番目は、日本の変化です。ご存じのように少子高齢化と労働者不足です。日本人口は2060年には労働者人口が半減する、といわれています。その結果、今20歳の若者たちが60歳、老人にさしかかるころには老人人口が40%、つまり1人の労働者が1人の年金生活者を支えなくてはならない時代になる。どうすればいいのか?
以上のデータを見ると、私たち日本人が生き延びるには近隣国と戦争をしている場合ではない。近隣国だけでなく成長するアジアやアフリカと連携して少子高齢化に対応しなければ生き延びられない時代になりつつある。偏狭なナショナリズムではなく、軍縮・平和と地域協力、とくに成長するアジアとの地域協力と、欧州に学ぶ和解と共存がいかに重要なのかということです。
2 にもかかわらず危機の時代―世界の不安定化
にもかかわらず、いま危機の時代が広がっているという現状です。
米欧先進国でも自国第一主義、ナショナリズムの高まりが見られます。アジアへのパワーシフトへの危惧、とくに中国が早晩アメリカを追い越すことへの強い恐怖があります。それゆえアメリカは世界最大の軍事力で世界の覇権を維持しようとして緊張を高めています。それをどう克服するか? レジリエンス(回復力)、地域の協力、相互信頼、対話が不可欠です。
とくに日本は、近隣国との友好・協力なしにやっていけない、あと40年で労働力人口、GDPが半減する時代が目の前にやってきている。
にもかかわらずこの間米中対立のなかで、日本も防衛費の増額やミサイル配備などが始まっています。
沖縄はご存じのように歴史的にも中国との関係を維持し発展してきました。琉球王朝の時代には、朝貢や冊封体制を続けて平和・友好関係をつくってきました。目と鼻の先にある歴史的な友好国中国に対してミサイルを何百発も配備することに対する危惧が住民の間に広がっています。沖縄の石垣島などに、公道を使用してミサイル配備が開始され、「沖縄タイムス」や「琉球新報」はさまざまな形でミサイル配備に反対する住民の方々の緊張を報じていますが、「本土」ではほとんどそうした事実を報じません。
さらに南西諸島と沖縄には「地上が戦闘で荒廃したとき、それでも地下から戦闘を続ける」べく、地下司令部が急ピッチで建設されています。沖縄だけではなく、大分や青森など、2024年までの2年間で、日本全土に地下司令塔がつくられ、ミサイルが配備されるということが「お上からやってきて」、住民の間に不安が広がっています。国民の犠牲をまったく考えていません。あるいは国民に犠牲が出ることを前提として、それでも攻撃を続けられる、地下司令塔をつくっているわけです。許されません。
すでに見たように、日本の急速な高齢化と経済停滞を超えて21世紀を生き抜いていくには、近隣国との戦争ではなく、アジアの国々の経済力や豊かな人口、教育力の高さ、平和、対話力との連携が、きわめて重要になってきています。アメリカと組んでアメリカの武器を使って、これらの国々にミサイルを向けて殺し合いの緊張を高めるのか、戦闘などせずに共に経済発展、科学技術力と教育力と「和」の力により世界の平和と繁栄をリードするのか。合理的に考えれば、答えは明白だと思います。
3 危険なAUKUS(オーカス)とFive
Eyes(ファイブアイズ)
このようななかで東アジアの安全保障がまったく新しい形で再編されてきています。東アジアの安全保障としてQuad(日米豪印戦略対話)や、Quadプラス(4カ国に韓国、ベトナム、ニュージーランド)のようなアジアも巻き込んだ軍事共同関係、さらにはAUKUS(オーカス)やFive Eyes(ファイブアイズ)と呼ばれる、アジア人もヨーロッパ大陸も除いたアングロサクソンの軍事諜報同盟の動きが出てきています。
Quadでは、中国の一帯一路にくさびを打ち込む形のインドの位置が非常に重要でありますが、実はインドは比較的懐疑的です。私は、今回ちょうど国連本部とインドをそれぞれ訪問してきたところですが、インドはロシアとも軍事・経済関係を結んでおり、何よりもアジア・アフリカ、かつての第3世界、現代の「グローバルサウス」の盟主ということで、独自にAALAの国々と非同盟の関係を結ぼうとしています。
そうしたなかでいま始まってきているのがAUKUSとFive Eyesという動きです。これはどちらもアジアもヨーロッパ大陸の国を含まない、生粋のアングロサクソンの同盟です。AUKUSはオーストラリア、アメリカ、イギリスの軍事情報3国同盟として4億人を超える同盟が結ばれ、そしてこれにカナダとニュージーランドを含めてFive Eyesという軍事諜報網を形成しています。
特徴的なことはヨーロッパ大陸の国々、ドイツもフランスその他の同盟国もまったく入っていない。日本や韓国など同盟国も除外されているということです。これは内部告発サイト・ウィキリークスで、アメリカ・CIAが同盟国や欧日の国にも盗聴器を仕掛けたということが暴露されました。
現在、このように「同盟国」も信用せず、アングロサクソンの軍事諜報網の結束を強め、中国やロシアを封じ込め可能ならば戦争や内戦を通じて解体しようと狙っているなかで、アジアが、また世界が、いかに自分たちの地域で戦争を起こさず平和と繁栄を維持していくか、ということがきわめて重大な意味をもっていることがわかっていただけると思います。このグループは、中国・ロシアを「民主化」(現体制を解体)するためなら、同盟国を使っても紛争を起こし地域の弱体化を進めようと考えているのです。
4 日本列島をアジア大陸と戦争する最前線としてはならない!
日本列島はアジア大陸の端っこ、東縁に位置する島々です。アジア大陸から歴史的、文化的、宗教的に影響を受けてきた列島ですが、現在の米中対立の枠組みの中では、アジア大陸に対する3000キロにわたる前線基地(フロントライン)を形成する形になっています。南は中国沿岸の経済地域から、中部は朝鮮半島、北は極東ロシアを含む、3核大国が太平洋に出る際の、非常に長大な盾、壁になっている。この3000キロに散らばる細腕で、弁慶のように体を張って、ロシアや北朝鮮や中国の3方から飛んでくるミサイルや大陸間弾道弾に対峙して、1億2500万人の国民を守れるのか。3方からミサイル攻撃を受けて日本列島壊滅で終わり、の可能性がきわめて高いということです。
私たちにとって考えうることは、ここに彼らと対抗するミサイルを配備することではなく、アジア大陸ともアメリカとも信頼関係を深めていく、双方のブリッジになっていくことがきわめて重要ではないかと思います。
東アジアという非常に狭い地域、十数億人が住んでいるところで戦争が起こったらどうなるか。最近、ノルウェー、スウェーデンの調査によれば、チェルノブイリから30年以上たって1200キロメートルも離れたノルウェーやスウェーデンのトナカイの肉やキノコに許容値を大幅に超える強い放射能が出てきてヨーロッパを揺るがしました。
この1200キロ、もし北朝鮮でチェルノブイリ級の核爆発が起こったらと仮定して円を描くと、実に驚愕の事実が出てきます。日本列島のほぼ全域が入る。北は極東ロシアから朝鮮半島はもちろん、南は北京から上海などを含む中国のほとんどの経済領域が壊滅してしまうことになります。これが東アジアの地理的位置です。この狭い領域で戦争を起こすことがきわめて危険なことであることがわかると思います。東アジア経済圏とわれわれの平和と繁栄は数十年にわたって壊滅状態となり、引っ越すところがない。
5 他方、地域経済協力を進める中印露
では、次に「専制国家」と言われる新興国はどうなっているのかということを見てみたいと思います。非常に興味深い動きがあります。アジア周辺大国が、こぞって地域協力を進めているのです。
中国は地域の協力関係を重視して、東ではなく西の方向に進んでいます。米日、そしてQuadやAUKUSとの対抗を避けて、AIIB(アジアインフラ投資銀行)で地球を半周するような100年計画の経済協力をインフラ整備と経済投資で進めています。さまざまな問題も起こしていて、ギリシヤの港を買い占めたりとかというようなこともありますけれども、基本的には自国一国の覇権強化ではなく、周辺地域、新興国との経済協力、地域協力でやっていこうとしています。
またロシアも同じように、ソ連邦が崩壊してからスラブ・ユーラシア連合というものをつくり、欧州、アジア、アフリカに石油や天然ガスや穀物の供給で経済関係をつくろうとしています。
さらに興味深いことに14億の人口で中国を大きく超えようとしているインドも、周辺協力、地域協力を行っています。二つの段階があり注目しているのですが、一つは西の南西アジア・中東との地域協力SAARC(サーク:南アジア地域協力連合)、もう一つは東との地域協力BIMSTEC(ビムステック:ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ)です。私はこのたびサーク大学(南アジア大学)に2度目の訪問をして講演をしてきましたが、そこではアフガニスタンやパキスタン、スリランカの大学院生が無料で学び、共にこの地域を発展させるために目を輝かせて勉強していたことが非常に印象的でした。これらの学生が祖国に帰り指導者となり、8カ国共同で発展していくのです。壮大な、EUのような平和的共同的地域発展計画です。
そして最後にASEANの地域協力です。ASEANの重層的なグッドガバナンスというのは世界的にも有名で、域内では国境線をめぐり対立も抱えていますが、経済、パンデミック、さらには社会保障や政治関係、教育関係も含めて協力し世界経済をリードする、成功的な地域協力です。
日本も、RCEP(「東アジア地域包括的経済連携」、日本・中国・韓国・ASEAN10カ国、オーストラリアとニュージーランドの15カ国)やCPTTP(「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナムの11カ国)など、アジア中心の経済協力関係に加わっています。
特にRCEPは世界の半分近い経済圏となると言われ、インドが出たのが残念でしたが、21世紀後半はこうした新興国の地域経済協力が、アメリカの覇権に代わって安定的発展を形づくろうとしています。
6 沖縄を平和のハブに! アジアの平和と
発展のセンターに!
日本がどうしたらいいのかということを最後に考えて終わりにしたいと思います。
以上のように見てくると、日本は隣国に対する防衛準備、軍備増強ではなく、日本を中心とした平和機構をつくることが21世紀の地域協力の時代にかなっているということです。その場合、特に沖縄、台湾を平和のハブにしていくということがきわめて重要ではないのかと思います。東アジアでは戦争をしない、させない、平和と発展のセンターにする!ということです。
沖縄は、中国やASEANや日本を含めて、また韓国を含めて等距離のセンター、実に人口約20億人の巨大マーケットの中心にあります。そして歴史的にもシャムや周りの国々と海でつながれた長い友好関係をもち、発展してきました。この美しく平和的な沖縄にミサイルを配備するのではなく、アジアの平和と経済発展のセンターにしていくことが大変求められているのではないでしょうか。中国とも日本とも韓国ともそして東南アジア諸国とも連携をしてきた沖縄だからできる歴史的位置にあります。
一度も軍隊をもったことがなかったという琉球王国の伝統を踏まえながら、この広範な海洋地域を平和と発展の中心にしていくことこそが、この地域の本来の歴史的役割ではないかと思います。
「首里城に東アジアの国連を!」というのが、いま私たちが考えている新国際秩序、21世紀後半の新国際秩序です。沖縄は多文化や多芸能、文化都市としての平和のセンターとして近隣国と友好・話し合いを継続していく位置にあります。
モデルはあります。ヨーロッパが冷戦の二極化でいちばん緊張が高まったときに中立国フィンランドのヘルシンキでCSCE(欧州安全保障協力会議)が立ち上げられました。これは最初、東と西の国々が互いに対話をしながら問題を解決していくというCouncil(会議体)でした。それが立ち上がって15年間で、なんと冷戦が終焉し、この組織は功績をたたえられ、Organization(機構)に変容しました。
欧州の危機を乗り越えるための対話の組織、欧州の国連がCSCEとしてあったとすれば、アジアでいま危機が高まるなかでむしろ、米中の平和のブリッジとしてCSCA(アジア安全保障協力会議)、ないしは「アジアの国連」を日本がつくっていくことがとても大事だと思います。
東アジアは世界の強国6カ国が集っています。アメリカ、ロシア、中国、そして南北朝鮮と日本です。誰が戦争を止め、誰が平和をつくっていくことができるでしょうか。
もし大国の指導者に任せることが困難であるとすれば、市民や自治体の側からそれをつくっていくことができるのではないか。いま沖縄の玉城デニー知事がすでに「地域外交室」を設置して独自に米中韓国台湾と対話を始めています。このような形で平和の自主外交を市民から、自治体からしていくことが大切なのではないかと思います。それこそが民主主義です。
最後にもう一度。21世紀は、もし戦争を起こさなければアジアの平和と繁栄の時代になっていきます。
戦争を起こしたいと望むのは、アジアではないはずです。脅威ではなくて平和と軍縮をアジアから、沖縄や日本を平和のハブにし、東アジアの国連を市民からつくっていく、国連の言う「誰一人取り残さない」という状況を、日本こそがリードしていくことがとても重要なのではないかと思っています。
ミサイルを配備している場合ではない。アジア人同士の戦争をこの狭い東アジアで行わせない。米欧ASEANとも連携して平和を学び、沖縄に東アジアの国連を設け、EUのように、「東アジアでもぜひノーベル平和賞を!」実現したいと思います。 (了)