大砲ではなくバターを!
防衛費増・軍事大国化と社会保障(下)
鹿児島大学教授 伊藤 周平
4 地方自治体での社会保障拡充の取り組みの課題―国民健康保険の改善を中心に
(1) 国民健康保険の現状
前号では、防衛費増の様相と社会保障削減の動向を概観したが、本号では、防衛費増・軍事大国化に歯止めをかけ、社会保障を拡充していくための地方自治体での取り組みの課題を、国民健康保険の改善を例に考察する。
国民健康保険は、他の医療保険(健康保険、共済組合など)に加入していない人が加入する医療保険の下支えであり、皆保険の最後の砦といってよい。保険者は市町村で、都道府県も共同で保険者となっている(以下「自治体国保」という)。保険者である都道府県・市町村の行政部門が保険事業を運営する自治体直営方式で、都道府県・市町村の一般会計から独立した特別会計を設定して運営を行う。
2021年度の国民健康保険実態調査によると、被保険者(加入者)は、無職者43・5%、非正規労働者などの被用者33・2%、自営業者16・6%となっている。健康保険など他の医療保険に比べて1人当たりの平均所得は86万円で最も低いにもかかわらず、高齢者も多く1人当たり医療費は37・9万円と最も高いため、保険料負担も最も高くなっている。
(2) 国民健康保険料の設定・賦課
国民健康保険の保険料は、自治体国保の場合は、地方税法の規定に基づき国民健康保険税として賦課することができる。現在、保険税方式の自治体が圧倒的だが、大都市では保険料方式を採るところが多い(注6)。ただし、保険料と保険税とでは、保険税とした方が徴収権の優先順位が高くなる(国税・地方税→社会保険料の順)などの相違のほかは、賦課や免除、軽減の算定方法について本質的な差異はみられない(以下「国民健康保険料」で総称)。
国民健康保険料の設定は、都道府県が、域内の医療費全体を管理したうえで、市町村ごとの標準保険料率と都道府県全体の標準保険料率を定め、各市町村は、標準保険料率を参考にしながら、納付金を納めるのに必要な保険料率を定め、保険料を徴収して、都道府県に国民健康保険事業費納付金として納付する。したがって、保険料は各市町村で異なる。そのうえで、市町村は、保険給付等に要する費用のうち市町村負担分を国民健康保険給付費等交付金として都道府県に請求し、都道府県から交付を受ける。交付金の財源は、市町村の納付金のほか、国や都道府県の公費負担で賄われる。
国民健康保険料の賦課は、世帯を単位として行われ、世帯主に保険料の納付義務が課せられる。額は、政令で定める基準により条例または規約で定めるとされている。具体的には、基礎賦課額(介護納付金の納付に要する費用を除いた国民健康保険事業に要する費用)を算定し、これを応能割(支払能力に応じて課すもの)と応益割(支払能力に関係なく一定の条件に当てはまれば課すもの)とを組み合わせた方法で計算して、各世帯に賦課される保険料額が決定される。従来は、応能割と応益割の組み合わせ比率は7対3などの自治体が多かったが、1995年の国民健康保険法の改正以降、同比率を5対5へと変更することが推進され、現在では多くの自治体で5対5となっている。また、被保険者全員が65歳以上75歳未満の世帯の世帯主であって年額18万円以上の老齢年金受給者については、保険料は年金から天引きとなる。
応能割には所得に応じて課す所得割と資産に対して課す資産割があり、応益割には加入人数に対して課す均等割と世帯に対して課す平等割がある。均等割では、子どもなど世帯の人数が多いほど、保険料が高くなる。
(3) 国民健康保険料の減免
国民健康保険料のうち、応益負担部分については、低所得者に過重な負担となる可能性があるため、所得の低い者に対して7割、5割、2割の保険料の軽減制度がある(国民健康保険法81条の委任にもとづく保険料の軽減制度で、法定軽減制度といわれる)。減額された保険料が賦課され、その部分については、市町村がいったん一般会計から財源を繰り入れ、そのうちの4分の1を国、4分の3を都道府県が負担する仕組みである。
さらに、保険者は、条例または規約の定めるところにより、特別の理由がある者に対し保険料を減免し、または徴収を猶予することができる(条例減免)。介護保険料についても同様の規定がある(介護保険法142条)。しかし、行政解釈では、この「特別の理由」は、災害などにより一時的に保険料負担能力が喪失したような場合に限定され、恒常的な生活困窮は含まないと解されている。そのため、恒常的な低所得者については、保険料の一部減額は認めるものの、全額免除を認めていない市町村がほとんどである。
恒常的な生活困窮者に対して国民健康保険料の免除を認めていないことが憲法25条・14条に違反しないかが争われた旭川市国民健康保険条例事件で、最高裁は、恒常的生活困窮者については生活保護法による医療扶助等の保護を予定していること、国民健康保険料の軽減制度があることなどを理由に違法とはいえないと判示した(最大判2006年3月1日民集60巻2号587頁)。しかし、生活保護基準以下の所得しかない被保険者、さらには保険料が賦課されれば、確実に「健康で文化的な最低限度の生活」水準を下回る被保険者に対して保険料を賦課することは、被保険者の生存権侵害にあたり適用違憲の余地がある(注7) 。
なお、新型コロナ感染症の影響で、前年度収入より3割以上の減少の見込みがあれば、遡及して、保険料の免除を含めた軽減措置がとられ、減免を行った保険者(市町村)に対して、減免総額の全額から10分の4相当額を補助する財政支援が行われた。しかし、要件が厳しく、実際に減免を受けることができた人は限定的であったうえに、21年度以降も、3割減の要件のままのため、適用世帯がどんどん減少するという事態となり、もはや救済制度として機能していないと指摘されている (注8)。
(4) 国民健康保険料と一部負担金の減免範囲の拡大
以上のように、とくに低所得者に過重な負担となっている国民健康保険料の負担軽減が地方自治体での課題となる。
本来は、所得・収入のない人や住民税非課税世帯の保険料は免除とすべきであるが、当面は、自治体レベルで、国民健康保険料・介護保険料の2割・5割・7割軽減を8割・9割軽減にまで拡大していく改善が求められる。また、被用者保険である健康保険や厚生年金の保険料は、その年度初めの3カ月の固定的賃金(諸手当を含む)に応じて算定され、4月から7月までで降給した場合には、減額改定もされることを考えれば、国民健康保険料の算定基準も、前年度の所得から3年間の平均収入にならすなどの改善が必要である。
そして、恒常的な生活困窮者がすべて生活保護を受給しているわけではないことを考えれば(生活保護の捕捉率は2割にとどまる)、条例減免により、恒常的な生活困窮者に対しても保険料の免除を認める必要がある。少なくとも、国民健康保険料の子どもの均等割を無料にすれば、事務費もかからず、有効と考える。少子化対策にもなるのではないか。
また、国民健康保険では(他の医療保険でも)、保険料負担とともに、受診時に定率の窓口負担(一部負担金といわれる)が存在し、これが受診抑制をもたらしており、この軽減が課題となる。国民健康保険法44条では、国民健康保険の一部負担金(窓口負担)について減免制度を規定するが、保険料負担と同様、減免が受けられるのは、災害など突発的な事由による場合にしか認められていない。しかし、そもそも、医療保険の給付は、療養の給付(現物給付)を基本としていることから、医療保険の受診時に一部負担金を課す必然性はなく、実際、多くの先進諸国では、受診時の一部負担金そのものが存在しないか、原則3割の定率負担の日本に比べはるかに低額になっている。
当面は、国民健康保険の一部負担金の免除対象を住民税非課税世帯に拡大するなどの減免制度の拡充が必要と考える。国民健康保険法44条の一部負担金の減免等の理由となる収入の減少は、一時的なものであるとしながら、国民健康保険の社会保障制度としての性質を考慮すれば、一部負担金の支払いが困難であったことや支払いが困難になった事情および経緯等、考慮すべき被保険者の個別的事情を考慮せずに一定期間の経過をもって、一部負担金の減免の申請を却下した処分は、裁量権の逸脱・濫用があるとして、取り消した裁判例がある(札幌高判2018年8月22日賃金と社会保障1721=1722号95頁)。今後の運用の改善の手がかりとなりうる (注9) 。
5 社会保障充実を統一地方選挙の争点に―大砲ではなくバターを!
以上、国民健康保険の改善について地方自治体での取り組みの課題を考察してきたが、2月、3月の地方自治体議会において、安保関連3文書反対の意見書提出と並行して、国民健康保険について次の3点について論戦を深め、4月の統一地方選の争点にしていくことを提案したい。すなわち、①2023年度の国民健康保険料については、コロナ禍と物価高による影響を最も受けている加入者(非正規労働者やフリーランス、生活困窮者、年金生活の高齢者など)の救済のためにも、必ず引き下げること、②条例減免による保険料減免の範囲を恒常的な生活困窮者にも拡大すること、③国民健康保険法44条の一部負担金の減免範囲を拡大することの3点である。
そのほかにも、生活困窮者支援の充実も争点になりうる。たとえば、コロナ対策として、生活困窮者に貸し付けられた特例貸付の返済の問題がある。住民税非課税世帯(貸付世帯の全体の35%)については償還(返済)免除となるが、償還免除とならない世帯も収入が不安定な場合が多く、23年1月以降、最大200万円借りた場合、月に2万3330円の返済が重くのしかかる。しかも、特例貸付の総合支援資金の償還期間は10年にも及ぶため、返済が滞り生活基盤が損なわれる人が出る可能性が高い。現場では、生活保護が妥当であるが資産要件で保護に至る見込みがない世帯、コロナ禍で失業や減収が長期化し、生活再建の見通しが立たない世帯など、本来、貸付が適切でない人が同制度を利用しているケースが多いことが指摘されており (注10) 、償還免除(事後的な給付化)の範囲を広げる、償還時の相談体制の充実(生活保護の案内など)といった対応が自治体レベルで求められる。また、コロナ対応で支給対象が拡大された生活困窮者住居確保給付金を低所得者への家賃補助制度として恒久化していく取り組みも必要である。
岸田政権が進めている防衛費増・軍事大国化は、戦争の危険のみならず、社会保障の削減をもたらし、コロナ禍や物価高に苦しんでいる私たちの生活を脅かす。とくに年金生活の高齢者や生活困窮者、非正規労働者など困難を抱えている人々の生活は破局的なレベルにまで脅かされることになろう。
そのことを強く訴え、前述のような社会保障の充実案を掲げ、社会保障費の削減をやめさせていくことを統一地方選挙の争点としていく運動が早急に求められる。そうした運動は、生活困難・不安を抱えている人々の広範な支持を得ることができるはずだし、防衛費増・軍事国家化を阻止することにつながる。
大砲(軍事国家化による戦争への道)ではなく、バター(社会保障の充実による生活保障)を!
6 2021年3月末で、保険税方式をとる市町村が1502、保険料方式239で、保険税方式の市町村が全体の86・3%を占める(総務省自治税務局調査。以下の数値も同じ)。ただし、保険料方式は大都市に多いため、被保険者数でみると、保険税方式の被保険者数は全体の53・1%、保険料方式は46・9%となっている。
7 介護保険第1号被保険者の介護保険料について、同様の指摘に、伊藤周平『介護保険法と権利保障』(法律文化社、2008年)264-270頁参照。
8 寺内順子「高すぎる国保の改善へ―地方選の争点に」経済330号(23年)115頁。
9 詳しくは、伊藤・前掲注5、194頁参照。
10 角崎洋平「困窮者への貸付支援の現実と改革課題」(『住民と自治』702号2021年27頁)