日中関係改善の好機を逃すな
3期目習近平指導部の対外政策を読み解き、適切な対応を
名古屋外国語大学名誉教授、日中関係学会副会長(元東京新聞・中日新聞論説委員、上海支局長) 川村 範行
激動する国際情勢の中で、日本政府の舵取りが問われている。安全保障を基本とする日米同盟と経済貿易や歴史文化の絆をもつ日中関係の間で、日本は実に重要な立場にある。2022年10月の中国共産党第20回全国代表大会で3選を果たした習近平氏が盤石の体制を固めて、対米、対日の関係改善など積極的な外交に乗り出した。岸田政権はこの好機を逃すべきではない。ウクライナ戦争を契機に米国発の〝台湾有事〟が声高に叫ばれているが、日本は冷静に対応すべきである。中国を〝敵視〟するかのような安全保障政策の転換は、この好機に水を差すことになる。
(1) 日中関係の今後に向けて3つの視点
日中関係の改善に向けて、3つの視点から捉えていく必要がある。
①党大会後、初の米中首脳会談や日中首脳会談などを通じて、習近平指導部の、原則を踏まえながら関係改善に意欲的な外交姿勢が明らかになってきた。
②党大会で3選を果たした習近平氏は盤石の体制を確立し、党中央の指導の下に一致団結して新たな国家像「中国式現代化」実現に向けて邁進するという中国の姿を、日本も米国も正視する必要がある。
③日本政府は米中対立とコロナ禍等で冷え切った日中関係の改善に向けた好機を逃さず、中国、米国、ASEAN等と政府間外交、政党交流、民間交流、広域経済連携協定を推進し、東アジアの平和と安定を主体的に構築する取り組みに注力すべきである。
(2)日中首脳会談で合意した「5つの共通認識」が重要
22年11月17日にタイのバンコクで実現した、岸田文雄首相と習近平国家主席による日中首脳会談は、以下の5項目の共通認識で一致したことが重要である。首脳会談後、国営新華社を通じて中国側はいち早く「5つの共通認識」を詳報した。日本側のメディアの反応は鈍かったが、この「5つの共通認識」は今後、日中首脳間で国交正常化以降に交わされた4つの政治文書と並んで、両国政府間の基礎となっていく重要内容であることを押さえておきたい。
①中日関係の重要性は変わっておらず、今後も変わることはない。共に中日間の4つの基本文書の原則を厳守し、「互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならない」との政治的共通認識を実践する。上層部交流と対話・意思疎通を強化し、政治的相互信頼を増進し続け、新しい時代の要請にふさわしい建設的で安定した重要な関係の構築に共に尽力する。
②次回の中日ハイレベル経済対話を早期に開催し、省エネ・環境保護、グリーン発展、医療・健康、高齢者ケア・介護などの分野で協力を強化し、企業に公平で差別のない、予測可能なビジネス環境を共に提供する。
③次回の中日ハイレベル人的・文化的交流対話会議を早期に開催する。政府、政党、議会、地方、青少年の交流を積極的に展開する。
④防衛当局間の海空連絡メカニズム・ホットラインを早期に開設し、防衛、海洋関連当局間の対話と意思疎通を強化し、14年の4つの原則的共通認識を共に遵守する。
⑤世界と地域の平和と繁栄の維持における責任を共に担い、国際・地域問題での調整と協力を強化し、グローバルな課題への対処に努める。
「5つの共通認識」は以上だが、実はもう一つ合意事項がある。ウクライナ侵攻でロシアの核兵器使用示唆を「極めて憂慮すべき事態」と非難し、核兵器使用と核戦争に反対を表明した。中国側は対ロ関係から公表していないが、中国の姿勢を測る上で重要である。
習主席が日中関係を重視、関係改善に積極的発言
日中首脳会談で習主席は「中国は新時代の要求に合致した日中関係を構築するために、日本側と協力する用意がある」と、関係改善に一歩踏み込んだ発言をした。さらに、米中対立を念頭に日中の経済連携に前向きな姿勢を示した。
これに対し、岸田首相は、「課題や懸案があるからこそ率直な対話を重ね、共通の諸課題について協力する」と述べて、「建設的かつ安定的な日中関係」の構築を強調した。
(3)領土問題、台湾問題を巡る日中首脳の考えを基に外交協議を
日中間の敏感な課題である領土や台湾を巡る問題について、岸田首相は慎重な発言に終始した。
岸田首相は、尖閣諸島などの東シナ海情勢や、22年8月の中国によるEEZ(排他的経済水域)への弾道ミサイル着弾などについて深刻な懸念を表明した。「台湾海峡の平和と安定の重要性」を改めて強調し、「一つの中国」の政策に変わりはないと明言した。
一方、習主席は「歴史、台湾、その他の主要な原則の問題は、その約束を堅持し、適切に対処しなければならない」として、内政不干渉の原則論を述べた上で、海洋・領土紛争について「合意された原則的な合意を堅持し、政治的知恵を示し、相違を適切に管理するための責任を担うべきである」と、紛争防止のコントロールを強調した。今後、外交レベルで協議の可能性を示唆したものと受け取れる。
(4)「最大の誠意と最大の努力で〝平和統一〟を」習近平発言を客観的に捉える
台湾問題について、日本のメディアは中国による〝武力統一〟を強調するが、これは全体を捉えていない偏った報道である。習氏は第20回党大会で、「最大の誠意をもって、最大の努力を尽くすことを堅持し、平和的統一という未来を成し遂げる」と、平和的統一を強調した上で、「武力使用の放棄を決して確約するものではなく、一切の必要な措置を取る選択肢を保留する」と、付け加えている。さらに、「これは外部勢力の干渉と極少数の『台湾独立』分子及びその分裂活動に対するものであり、台湾同胞に対するものでは決してない。祖国完全統一は必ずや実現しなければならないし、必ずや実現することができる」と述べて、武力使用(〝武力統一〟ではない)の限定的条件を明確にしている。
また、党大会後に新華社が発表した「今後5年間に中国が力を入れる分野」の中で「台湾統一」は、18番目に挙げられているに過ぎない。①は「新型の工業化の推進」、②「農村振興の全面的推進」、③「地域の協調ある発展の促進」……。18番目に「祖国統一の大事業を確固として揺るぎなく推進」として、「台湾問題の解決は中国人によって決定する」と表明している。
このように、習近平指導部の台湾政策の考え方を総合的に読み解き、冷静な対応が必要である。
(5) 安全保障面で日中当局間の意思疎通を図り、緊張緩和を
中国は安全保障面で、日本の安全保障政策と日米同盟の動向を凝視している。
岸田政権は22年12月に安全保障関連3文書を閣議決定したが、防衛費の倍増や中国・北朝鮮に照準を合わせた敵基地攻撃能力(反撃能力)の容認は、戦後日本が平和憲法のもとで堅持してきた「専守防衛」に反し、安全保障政策の大転換となる。米軍と一体となった南西諸島の防衛力強化が進んでおり、国家安全保障戦略で中国を「最大の戦略的な挑戦」と位置づけたことは、日中関係改善に支障となりかねない。国会審議を尽くし、軍事大国への歯止めをかけるべきである。
日中首脳会談に基づき、日中防衛当局間および自衛隊・人民解放軍の対話と交流により、緊張緩和とリスク回避の意思疎通を図る。日中両国政府は国交正常化共同声明等で合意した「日中不再戦」の基本方針を再確認すべきである。
(6) 米中の実務協議再開の合意をてこに
日中首脳会談に先立ち行われたバイデン大統領、習近平主席の米中首脳会談で、ペロシ上院議長の台湾訪問で停止した対話・交流の再開で合意した点は大きい。主な合意内容は、①両国外交チームの定期的な協議、②両国財務チームの対話・協調、③気候変動への協力などの5項目。
併せて、両国首脳が対立回避の考えを明言した点が重要である。バイデン大統領は、米国は中国の制度を変えようとせず、「新しい冷戦」を求めず、同盟国関係を強化して中国に反対したり、「台湾独立」を支持したり、「二つの中国」と「一つの中国・一つの台湾」を支持したりせず、中国との衝突を意図していない、と表明。また、「米国は中国の経済発展を妨害したり、中国を包囲したりする意図はない」とも述べた。
習主席は、「中国は既存の国際秩序を変えようと決して求めず、米国の内政に干渉せず、米国に挑戦し、代わる意図はない」と明言し、「双方は相手の内外の政策と戦略的意図を正しく見て、対抗ではなく対話、ゼロサムではなくウィンウィンの協調基調を確立すべだ」と、対話と協調を主張した。
(7) 提言
武力でなく、対話と外交力、広域経済連携で東アジアの平和と安定を
2008年合意を生かせ
最後に、官民挙げて中国との関係改善を進めるための以下4点を提言する。
①中国共産党〝核心〟の地位を確立した習近平氏が日中関係を重視して関係改善に意欲を示し、米中両国が実務協議再開に向かう、この状況を逃さない。中国政府と対話による意思疎通や協力を図り、武力でなく外交力により、互いにルールを守って東アジアの平和と安定をつくり上げていく。
②日本の与野党とも中国共産党・政府との対話交流を進め、中国側の「台湾平和統一」の基本方針と日本との不再戦の意思を確認し、台湾問題への冷静な世論づくりに努める。民間交流の再開・促進により、両国の国民感情の好転を図る。
③日本はRCEP(東アジアの地域的な包括的経済連携)、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)、IPEF(米国主導のインド太平洋経済枠組み)の3つの広域経済連携協定の全てに加盟している有利な立場を生かして、中国・韓国と連携し、米国との橋渡し役を務め、主体的に多国間貿易を推進し、アジア・太平洋地区の繁栄と安定に寄与する。多国間貿易の推進により〝台湾有事〟等の安全保障上の緊張を緩和する可能性が生まれる。
日中国交正常化10年前の1962年に、周恩来総理の懐刀と言われた廖承志氏との間で日中長期貿易覚書に調印した高碕達之助氏は、こう述べた。「貿易を妨げるのは、良い政治ではなく、貿易は最良の平和の使者である」と。まさに、60年後の今こそ、東アジアに適合できる至言である。
④2008年に胡錦濤国家主席・福田康夫首相が「東シナ海ガス田共同開発」で合意し、17年、18年、19年の習主席・安倍晋三首相の首脳会談で習主席が「2008年合意」の有効性を確認している。日本政府から中国政府に2008年合意の実行を働きかけていくことで東シナ海の平和・協調につなげていく可能性が開ける。当時の日中外交に携わった藪中三十二・元外務事務次官の提唱でもあり、実効性が高い。
半世紀前に日中両国首脳が合意した国交正常化の根本に「不戦・平和」の精神がある。次の半世紀にも不戦・平和を継続していく努力が両国に求められている。