日本農業と食料を守るために
農業振興こそ安全保障の要
鈴木宣弘先生の問題提起
第18回全国地方議員研修交流会(7月24日・川崎市)の第1分科会「日本農業と食料を守るために」の要旨を紹介します。鈴木宣弘東京大学大学院教授の問題提起、3人の現場報告、それに討論要旨です。危機的状況にある農業と、安全安心の食料自給の闘いを発展させる上で重要な問題提起になっています。(見出しとも文責編集部)
食料危機は始まっている
食料危機は始まっています。コロナ禍で物流が止まる。中国が急速に穀物輸入を増やしています。異常気象の頻発はひどく世界中で干ばつや洪水。とどめを刺したのがウクライナ紛争です。
世界の小麦輸出の3割はウクライナとロシア。ロシアやベラルーシにとって食料は武器で、輸出しないと脅す武器に使う。第2にウクライナは、戦争で生産が低下、輸出したくても黒海が封鎖されている。第3に、小麦生産2位のインドは自国民を守るため防衛的に輸出を制限、輸出制限がすでに20カ国に及んでいる。
日本は、小麦をアメリカ、カナダ、オーストラリアから買っているが、代替国に需要が集中して食料争奪戦は激化している。さらに農業生産のための燃料・肥料・飼料の高騰、一番深刻なのが化学肥料です。原料のリン、カリウムが100%、尿素の96%が輸入。その調達国の中国が輸出抑制の上、ロシアとベラルーシからの輸入が困難に。原料が高くなっただけでなく、入ってこなくなった。来年以降、化学肥料が作れず、農家に供給する見通しが立たない状況です。
種も心配です。野菜の種の9割が北米などに依存。物流が止まったら野菜の自給率80%が8%になります。酪農や畜産も、飼料高騰で、しかも調達が難しくなっています。ニワトリの卵の自給率97%も飼料が止まったら10%になる。しかもニワトリのヒナはほとんどが輸入、ヒナが止まれば壊滅です。卵もブロイラーも国内生産が困難に。これが日本の食料安全保障の現実です。
なぜ自給率が低下したのか
戦後、食生活が洋風化しましたが、自然になったわけではない。戦後、アメリカは小麦など余剰農産物の処理先として、日本を最大の標的にして小麦、大豆、トウモロコシの関税を撤廃させました。小麦を食べさせるための「キッチンカー」や「パン食の学校給食」等、アメリカの政策です。慶応大学教授が『頭脳』(1958年)という本で「米を食べるとバカになる」「アメリカの小麦を食べさせ頭脳が働く子どもに育てよう」と主張してベストセラーに。肉食化推進も、畜産のエサとして大豆やトウモロコシが必要になる。これほど短期間に食文化を一変させた民族は他に例がないそうです。
戦後、日本は米の増産に取り組み成功。しかし、食生活の変化で米消費が減り始めた。小麦・大豆・トウモロコシの輸入増大の結果、食料自給率は1965年の73%から38%まで低下しました。
アメリカの巨大グローバル穀物商社などが儲けやすいように、自由化・規制改革すればうまくいくという市場原理主義、シカゴ学派の経済学を日本に呼び込み、徹底して洗脳。そういう構造をアメリカはつくり出した。
農業・食料を軽視した見解
呼応したのが経産省です。自動車の輸出を伸ばすために、生け贄として農産物の市場開放を進めました。規制改革や貿易自由化すればうまくいくという見解も言われ続けました。結果は食料安全保障が無視され、国内農業が弱体化。自給率37%では国民の命は守れない、独立国とは言えません。
もう一つは財務省です。農業予算を削減するための「日本農業は過保護だ」というウソの見解です。日本の農業所得に占める補助金の割合は3割程度。EUでは農業所得のすべてが税金というのが当たり前です。命や地域や国土や環境を守る産業は国民全員が支えるもの、農家は公務員のような位置付けです。
いま輸入食料値上げで国民が苦しみ、農家は燃料・飼料・肥料高騰で悲鳴を上げている。食料危機という有事です。今こそ農家を支援し国内生産に力を入れるべきなのに、米は余っているから作るな、牛乳も在庫があるから搾るななど、やることがまったく逆です。
これほどの緊急事態なのに何が議論されているか。「中国がけしからん、敵基地攻撃能力を強めよう、軍備を増強しよう」など戦争の準備です。軍備だけ強調され、エネルギーや食料はどうするのか、どう考えてもおかしい。
農業再生の行動計画案
最後に書きかけの行動計画案です。今井和夫・宍粟市議の4兆円あればという提案も含めて都道府県や市町村が動きながら、動かない国を誘導しようという提案です。
まず前提に不戦決議。
日本は絶対に戦争をしないという決議が必要です。その上で食料安全保障という国家戦略、外交戦略が重要です。アメリカ追従ではなく、昨日の議論のようにアジア諸国との友好的な関係を築くこと、アメリカとの関係をより対等にしていくこと。そして食料・農業を守ることこそが最大の安全保障です。
江戸時代のように資源を循環させる農業のやり方を参考にすべきだと思います。一つは「無理しない農業」。北海道足寄町の草に依存した放牧酪農は、どの農業より儲かる仕組みになっています。千葉県の酪農家は飼料のトウモロコシをすべて米に替えました。米はうまく砕けば全量を置き換えることが可能です。
できた農産物を地域のみんなが食べる、出口を準備する。循環型の農業、経済の仕組みをつくっていく。その場合、鍵になるのが学校給食だと思います。
地域ごとに種を守る、農家が自家採取でき公共の種苗が民間に渡らないように各都道府県で種子条例を実現していく。地元の種苗保護のための公共支援、有機農法の技術支援、学校給食への地元食材拡大への支援なども各自治体で考えていただきたい。川田龍平参議院議員が推進されているローカルフード条例を各自治体で進めてもらって、国の法となるよう全国的な連携を目指していただきたい。
全国の小中学校の学校給食の無償化。全額を国が負担しても年間5千億円かかりません。さらに米価下落には、せめて60キロ1万2千円にして差額は補塡する、年間3千5百億円です。苦境にある酪農家に乳価キロ当たり10円補塡しても750億円で済む。国だけでなく各自治体でも緊急支援策を検討していただきたい。
一定の年齢になった政治家の皆さんに申し上げたい。残りの人生を、日本の食料安保を確立するためにアメリカと立ち向かっていただきたいと。この難局を乗り切るためには覚悟が必要だと思います。みんなで頑張っていきましょう。
事例報告 「喜多方市の学校給食と食育の取り組み」
齋藤仁一・喜多方市議会議員(福島県)
2006年に5市町村が合併して現在の喜多方市になり、熱塩加納村で始まっていた有機農産物中心で地産地消の学校給食を、市全体に継承する取り組みが進みました。20年から学校給食費の半額補助が始まり、今年度分で8174万円です。
学校給食の昨年の地場産活用状況は、市産が46・77%、県産も含めると64・11%です。市産活用は福島県内トップです。4つの生産者団体、JA職員、調理場関係職員、市の担当者が年2回の打ち合わせ会を通じて、地場産活用率を向上させてきました。生産者の農場見学と作物栽培の研修が行われています。生産者の会の課題は、若い後継者・担い手の育成です。
小学校農業科は07年に始まり、11年4月に市内全小学校17校での取り組みになりました。小学校3年以上が年間70時間の総合学習の半分を農業科に充てています。市から農業支援員を任命された保護者・祖父母がその役割を担い、子どもたちに農業指導。地域の交流の場となっています。農業科に取り組んだ児童の作文コンクールも毎年行っています。
事例報告「福岡の農業食料問題の取り組み」
上村和男・筑紫野市議会議員(福岡県)
福岡市で4月、広範な国民連合・福岡が、グリーンコープ生協ふくおか、福岡県教職員組合や、種子条例制定を目指す市民グループや個人と共に実行委員会を形成し、「日本の食料と農業の未来を考える」つどいを開催しました(概要は『日本の進路』5月号)。その報告集を持ってきました。鈴木先生の講演記録、併せて教職員組合の栄養職員部会や生活協同組合など各界からの報告が載っています。広い連携をつくり上げていくことが、地方議員としても大事だと思っています。大牟田市議会の平山光子議員は、鈴木先生の講演を聞かれ、その後も勉強を深めて議会での一般質問に仕上げておられます(『日本の進路』地方議員版に報告掲載)。
種子法が廃止されて、県の条例化を求める意見書を県内60自治体に呼びかけて3年以上。先日、意見書採択が30自治体まで到達し、近々2市でも採択予定です。自民党系の人たちは「条例を作らなくても要項があれば大丈夫」と言いますが、よく考えるとそれは危ないので条例が必要です。
鈴木先生から命懸けでやれと言われました。国・地域・暮らしのあり方が問われる中で、地方議員と住民が一緒になって1万人くらいが県庁を包囲するような行動を起こす。そういう時代が迫っていると思います。
事例報告
「北海道農業の現状と課題」
松本将門・北海道議会議員
全国の耕地面積の4分の1が北海道にあり、それを生かした畑作、稲作、酪農など土地利用型農業です。1経営体当たりの耕地面積が都府県の14倍。乳用牛の飼養頭数も都府県の2・4倍です。また専業農家の割合も72%で、大規模経営を展開し、食料の安定供給に重要な役割を発揮しているのが北海道農業の特徴です。
北海道農業は今5つの危機に直面しています。「水田活用直接支払交付金の見直し」は、過去5年間水張り(水稲の作付け)をしていない場合は交付金の対象から外すという突然の提案。北海道の転作率は54%と半分以上が転作ですので死活問題です。
「燃油や生産資材、肥料、飼料の急激な高騰」は本当に切羽詰まった状況です。飼料代は2倍、燃油や生産資材が3割上昇、農業所得に置き換えると水田では35%の減収、畑作では59%の減収になります。
「米価など生産物価格の低迷」「ビートの作付け制限」「生乳の廃棄の危機」も深刻です。
貿易交渉の影響も厳しく、北海道の試算によると合計1000億円を超える減収が想定されています。
自民党農政は規模拡大やコスト削減を求め、家族経営から大規模化を推進。しかしその結果、貿易交渉の影響をもろに受けるのは規模拡大した農家です。所得補償などの基本となる農業政策が必要です。EUや米国では所得補償は当たり前です。日本でも農家販売価格の生産費割れを補う戸別補償制度の復活・法制化が必要です。
活発な討論
3~4兆円あれば
日本農業は維持できる
今井和夫座長・宍粟市議会議員(兵庫県)
現状は深刻ですが方法はあります。生産者が米を継続的に生産していける生産費を出す、国が財政的に支えること。中山間地の農家の手取りが30キロ米袋で8千円くらい、お茶わん1杯で22円です。それを50円分の収入にするには、中山間地なら10アール(1反)当たり8~10万円の所得補償があればやれます。全国で9600億円です。麦、大豆、飼料米、畜産飼料も含めて、3~4兆円あれば日本農業は維持できます。
参議院選挙で各党は食料安全保障を言いながら、自給率を上げていく具体策はありませんでした。自給率を上げるのに大事なのは米、麦、大豆、飼料作物。米作りを続けることが生産者や農地を維持することにつながります。麦と大豆はアメリカを中心に9割が輸入。自給率を上げるには、輸入を減らして麦や大豆の国内生産を増やす具体策こそ必要です。
「誇りある農業振興」目指し市町村が交流できる場を
小沢和悦・大崎市議会議員(宮城県)
宮城県大崎市は1週間前の大水害で河川が決壊、7年で3回目です。水田も浸水、本州ではトップを誇る大豆生産が全滅です。TPP時には、TPPをやめさせる議員の会を議員30人中16人でつくり地方大会を開催。さらに農山村振興議員連盟に発展させ25人が参加。角田市出身の荒川隆・大臣官房長に、農業と農山村を守るためのメニューを農水省で作ってほしいとお願いし、農政局の担当部の力も借り、生産者を巻き込んだシンポジウムに取り組んでいます。
水田活用交付金の転作奨励金の見直しで大崎市には約20億円のお金が入らなくなります。さらに新たな条件だと何十億円という損失です。そこで田んぼダム(水田の雨水貯留機能の強化)の取り組みを始めています。指導をお願いしている新潟大学の先生方は、公共的公益的機能評価は1反当たり3万9千円だと評価されています。しかし昨年から田んぼダムの交付金は、多面的機能支払交付金が全面積の2分の1を超える面積で加算金は反当たりたった400円です。農水省の担当者から「今後は災害防止の分野からお金を引き出すことを考えた方がいい」と言われました。そこで「米と農業を守ること」と併せて「水田が果たしている役割」を評価してもらい、田んぼを維持できる取り組みを始めているところです。
県市長会会長の市長に、「米どころの大崎市は農業で暮らせる全国モデルをやりませんか」と提案。「誇りある農業の振興」を目指し農業で暮らせるまちに挑戦したい。市町村が大いに交流し合える場ができないか、そういう思いで会派全員で参加しました。
種子など大事な農業の
知的財産を守る
原竹岩海・福岡県議会議員
種子法廃止に係る農業競争力強化支援法第8条4項、これは「種子法の廃止」と「種苗法改正」と3点セットで、日本農政をひっくり返す大問題です。都道府県の持っている農業の知的財産を民間に提供するという内容。例えばイチゴ「あまおう」は福岡県にとって貴重な知的財産です。これを民間会社や大学教授が手に入れています。当局は「企業だから問題ない。国外に流失しないよう一筆取っている」と言いますが、罰則なしです。将来が心配。例えば、モンサントなど多国籍大企業が種子の70%を占有し、彼らが日本で法人化をして日本企業になっています。種子法で国・県が改良し守られてきた大事な知的財産が、ある日突然、企業や大学教授に無料で提供される大問題。議会で質問しました。独立行政法人化された大学の教授や研究員は民間会社と契約ができ、年間何億円の研究費で契約をされている方も。大学教授だから心配ないというのは信用できません。
種子法廃止に際して参議院で附帯決議があります。安倍政権が推進したことに、最後に自民党もやり過ぎではないかと附帯決議になった。これを生かすべきです。
農業を守るには消費が大事、地産地消で
高見紀子・仙台市議会議員(宮城県)
宮城県は東日本大震災で津波被害を、仙台も農地が津波によって大きな被害を受けました。大規模圃場整備が行われ、水田や転作農地として大規模化が一気に進みました。仙台市は近郊農業が中心で、農業を守るためにも地産地消が大事。農業関係者から米粉や大豆の活用を進めたいとのお話を伺っています。先進的な取り組みがあればご紹介をいただきたい。また給食センターの大規模化が進んでいて、必要量を近郊農業者で確保できず、うまくいっていません。ご助言をお願いします。
鈴木宣弘・東京大学大学院教授
米粉活用の事例は把握していませんが、基本的には米粉や小麦の生産だけでなく、出口の加工・消費も含めて連携が必要です。種から消費までの活用も含めて地域で取り組む、ローカルフード法・条例が重要だと思います。
千葉県いすみ市の学校給食は、亡くなられた民間稲作研究所の稲葉さんの有機栽培のやり方を実地研修して有機稲作を実現。生産した有機米を学校給食に使うことを市長さんが決断、全量を60キロ2万円で買い取る出口を確保したため、有機米生産が急速に伸びました。
農業の多面的機能に関連して、長野県民と東京都民にアンケート調査を行いました。全国レベルに換算すると、農業・農村を守るために10兆円払ってもよいという回答でした。日本学術会議が試算した洪水防止機能など農業の多面的機能は8兆円でした。これらも根拠に、食料を守るために国に農業予算を要求すべきです。いま農業予算は約2・3兆円。財務省は増やせないと言いながら、アメリカの戦闘機F35を147機で6兆円以上、オスプレイ1機には100億円を出す。さらに防衛費を5兆円増やして2倍にするという。食料を軽視して安全保障はありません。
種子法廃止に関わる福岡からの発言、大変重要な問題です。政府は「シャインマスカット」の種苗が中国や韓国に流出したから農家の自家採取を制限する必要があると主張。一方で巨大企業に日本の種が渡るようにした。政府は国を守るためというウソの理由で農家の権利を奪い、その種を巨大企業に提供し、農家は巨大企業から種を買わざるを得ないようにしてしまっている。政府のウソを国民に知らせる必要があります。
優良農地の転用も頻発しています。青梅市の40ヘクタールの優良農地が流通センターに、佐賀県の優良農地40ヘクタールがオスプレイのためにつぶされる。転用問題を決める市町村の農業委員会のあり方にも問題があります。
日常的に情報交換・議論、そして共同の行動を追求しよう
今井和夫座長の最後のまとめ
この間も1年間、Zoomでの学習会や意見交換をしてきました。皆さんが力を合わせれば大きな力になると思います。今回の議論を始まりとして、手を組んで一緒に政策を考え、行動を起こすよう、頑張りましょう。