戦争に近づかない勇気と決断
丹羽宇一郎 氏に 聞く
にわ・ういちろう 1939年、愛知県生まれ。現在、伊藤忠商事株式会社名誉理事、公益社団法人日中友好協会会長。2010年、民間出身では初の中華人民共和国特命全権大使に就任。著書多数、近著に『会社がなくなる!』(講談社現代新書)。
歴史に残る平和な50年
日本と中国が50年間、武器をとらないで、戦いをしないで平和に過ごしてきたのはまさに記念すべきことです。口でのいざこざはありましたが、武器をとって戦いをやったことがないというのは日本と中国というだけでなく、世界全体を見ても、歴史上記録に残るようなことだと思うんです。そういう意味で今年はまさに50周年記念と同時に、平和というのはこういうことなんだと、歴史に残るような平和な姿を世界に示しました。武器をとってのいざこざがないのは、日本と中国以外にないだろうと、誇りに思ってこの50周年記念を祝うべきだと思います。国民連合の皆さんがたも努力されてきたということに、大変に感慨深い思いを私はもっております。日中両国とも皆さんもぜひこれは誇りに思っていいと思うんです。
今の世界をどう見るか
私は昨年『会社がなくなる!』(講談社現代新書)という本を出しました。このままの世界では大株主の多い会社はやっていけなくなるということです。
1970年代にノーベル賞をもらったミルトン・フリードマンが、企業というのは最大最高に株主を優先すべきだ、株主のために働くべきだと言いました。50年前はまさにそういう時代でした。ところが、2019年ワシントンにあるビジネス・ラウンドテーブルという150近いアメリカ一流大会社トップが集まった経済団体が画期的な宣言をしました。その宣言とは、ワシントンに確認したところ、「すべてのことは株主だけのためにあるというのは大間違いだ」というんです。
では、誰のために会社はあるのか。まず顧客、社員のために、次に取引先ですね。それから地域社会です。工場や事務所のある地域に社員ともども会社はお世話になっているということです。最後に株主ですが、株主もただ株を持っているだけじゃなくて、長い間にわたって会社のために株を持っている株主を大事にする。日本で「三方よし」ということを昔から言っている地方もありますけれども、三方じゃないんだ、五方なんです。
世界はグローバリゼーションの中で、各国が開発にしても共同してやろうというときに、こんな古い考え方では日本の会社は成り立たない。こんなことをしていたら会社はなくなってしまう。世界各国と共同して、協力してものごとをつくりだしていく会社でなければいけない。もうひとこと言えば、G7という主要資本主義国の中で日本がいちばん後れを取っているんですよ。ということを考えると、今のままの会社はなくなってもなんの不都合もないんです。経営者が五つの方向に向かって会社を運営すべきであるという意味なんです。
アジアの平和を崩す中国包囲網
世界でいちばんの問題は中国とアメリカの根本的な亀裂といいますか、これをどうやって解決できるだろうかということです。これは思い出してほしいんですが、今から約70年前(1949年)に先進資本主義国17カ国が集まって、ココム(COCOM・対共産圏輸出統制委員会)をつくりました。社会主義国に技術を供与したり軍事力を増やすような製品や部品を輸出したりすることを一切禁止したんです。
その中で1980年代後半に日本がやり玉に挙がったんです。東芝機械さんがココム違反をしたという話が出て日米間の大問題になった。それをココム事件というんですが、親会社の東芝さんの社長、会長は辞職しました。これはグローバリゼーションの崩壊です。今それと同じことをアメリカは言い始めている。各国に対して、中国の軍事力を高めることを助けるような行いをすることは一切許さない。これではまるでココムと同じではないですか。
中国にとってみると大きなテーマなんです。要するに社会主義国包囲網、中国包囲網。1949年のころの思想をもって社会主義、共産主義を撲滅しようというのに近い意見まで出始めている。そして音のしない潜水艦をわれわれはつくるべきだというような話をしたということは、まるでココムのときと同じじゃないですか。音のしない潜水艦をつくってどうしますか? 中国を撃破しようということなんですね。
30年前にソ連が崩壊しましたが、それ以前の東西冷戦に戻るわけですよ。社会主義国を撲滅する、社会主義国に対する輸出まで制限するということになってきつつある。
それに対して中国は、この30年間は激変で、50、60年前の昔の中国とは違うんです。科学者の数はアメリカよりも中国のほうが30~40万人多い。多くの面において中国はアメリカを凌駕する時代に入ってきたわけです。トランプさんをはじめとして世界で、グローバリゼーションなんてだめだと言っている人がおられますが、世界各国はグローバリゼーションなくしてやっていけません。
とくに日本は世界のいろんな国と力を合わせて平和に生きるしかない。1972年から50年間にわたって平和な行動をとってきたものを中国包囲網で崩そうとする。日本はいったいどうするんですか?
日本はアメリカ一辺倒で「アメリカさんの言うとおり」というわけにはいきません。やはり過去50年の歴史を引き継ぎ、次の50年に向かって世界にも冠たる平和な両国関係にしていくというのがわれわれの仕事です。われわれは世界の皆さんに向かって、日本と中国はこんなに平和というものを大事にしてきていると言うべきです。中国に対してもそういうことで合意してやるべきです。
米中対立下の日本の役割
アメリカは台湾の後押しをして台湾防衛をやるんだと言っていますが、これはできません。鉄砲の数から軍人の数までアメリカがいくら頑張っても、南シナ海にしても台湾をはじめとした地域に中国に勝る軍事力はもてません。世界全体の軍事力からいえば、それはアメリカは中国の3倍ほど強いですが、アメリカがいくら頑張っても中国はこの地域ではアメリカに勝る力をもっているわけですから。
これはやはりどうしても平和というものを日本と中国の間でやっていかなければいけない。にもかかわらず、日本は今度の予算もそうですけれども、防衛費を歴史上初めて今までの対国内総生産(GDP)比1%以内という枠を超えて1・09%となった。補正予算を含めて初めて6兆円の大台に乗った。軍備費を増やすということはどんな理由があれ避けたい。戦争に近づかないようにしたいですね。
アメリカと中国の両方に対して、日本がはっきりとこれ以上武力を増やすようなことはやめようではないかという方向にもっていくべきだと私は思っています。したがって日中関係も、このまま放っておくと社会主義撲滅、社会主義を壊せというような動きになりかねない。軍備というものを日本も抑え、アメリカも抑え、そして中国も抑えるという方向にもっていくべきだと思います。だから米中関係、日中関係、日米関係というのは、そういう状況にある。
今の世界の中における日本の立ち位置をどうするかです。
1972年の毛主席、周首相、田中首相、大平外務大臣との国交正常化会議に同席していた外務省の橋本中国課長(当時)は、会談記録の中で、尖閣問題は国交正常化の話が終わってからゆっくりしようとの公式記録を外務省に残しています(矢吹晋著『尖閣問題の核心―日中関係どうなるか』2013年刊に詳しく書かれています)。したがって、実質「棚上げ」だと言えると思います。
尖閣の問題を実質棚上げにしようということが両国の間であったということを記録上、公式に外務省にも報告をされているとのことであります。またそのときに日本は台湾と断交せざるを得なかったのです。
その後の鄧小平党総書記と日本の鈴木善幸(1980―82)首相と、サッチャー英国首相との日英首脳会談でもおのおの、そういう議事録の話をなされたと思いますが、依然として話は進んでおらず実質「棚上げ」の状態であります。したがって、尖閣問題は国交正常化交渉が終わって50年たとうとしておりますが、両国の意見の違いは依然として続いており、これからも話を続けるべきだと言えると思います。
これからの日本の在り方というのは、米中の対立の中でも日本がどういう独立心をもって話ができるか、要するに日本の役割ということをその中で考えておかなければいけない。そこで日本人として独立心とはどういうことか。アメリカ一辺倒にならない、中国一辺倒にもならないということです。
これからの50年を展望して
独立国としてというと、現実はアメリカとの地位協定があり、敗戦国と同じような状態に日本がずっと耐えてきている。基地の近くに住む人たちがどれだけ苦労しているか、あるいは沖縄の人がどれだけ苦労しているかと、いろいろなところで発表されています。まるで敗戦状態のままもう70年も過ごしていることに対して、私はそれをすぐやめろとは言えませんが、やはりその中で政治家の皆さん、あるいは皆さんも、日本が独立するような気持ちをもって、次の50年も平和を続ける努力をすべきだということです。
そこで私が提案したいのは、日中韓がまず平和であることです。もちろんロシアとか北朝鮮との関係もあります。だけど、その前に隣国同士、習近平さんが言うように住所変更ができない隣国がお互いに仲良くやろうと。日中のこの50年を見てください。平和で、武器をとらないで、戦争に近づかないで、日本はそういう精神をもってやってきた。日中韓がお互いに平和のために、日中の歴史もよく学んで、武器をとらない、武器を増やさない、戦争に近づかない。この精神をもって、隣国の北朝鮮とトランプ前米大統領とどんな話があったか分かりませんが、次の50年に平和な姿をつくるように三者で絶えず努力すべきです。これが次の50年の日本の大きな課題です。
次代を担うのはゼネレーションZといわれる若い人たちです。われわれ年寄りというか働いている連中もこういう気持ちをもっているんです。私はよくアニマルスピリッツと言うんですが、1936年、有名な経済学者ケインズ(1883―1946)が『雇用、利子および貨幣の一般理論』で初めて使用した言葉――元気、勇気と決断力というもので、日中が50年平和を維持したと同じように、次は日中韓3カ国が中心になって、戦争に近づかない形で、独立するような精神をもってやろうではないですか。そうすれば次の世代の方に、目をつぶって何もしないで問題をそのままにして逃げていくわけではない。皆さんぜひ応援してくださいと言えます。
日中の過去の50年を大事にして、これからの50年は日中韓で平和をつくるんだというふうに、野党も含めて勇気と決断をもたなくてはだめです。日本人に最も欠けているのはアニマルスピリッツだと心に刻み、日本のために頑張りましょう。
(見出しともに文責編集部)