懸案の平和解決へ問われる菅政権
元自民党幹事長 山崎 拓 氏に聞く
米中対立激化のはざまで日本の進路が厳しく問われている。戦後ほぼ一貫して政権与党で「日米同盟」一辺倒に見えた自民党の中にも当然のようにさまざまな動きが垣間見える。
自民党「国防族」の中心だった山崎拓氏(近未来政治研究会最高顧問。元自民党幹事長、元副総裁。防衛庁長官や建設大臣を歴任)は昨年8月、「倉重篤郎のニュース最前線 崩壊・安倍政治 山崎拓が安倍流『従米構造』の破綻を論じる」(『サンデー毎日』8月6日号)ので次のように語っていた。
「政治家として50年日本の安全保障をウオッチしてきたが、かつてない危機だ。米国の衰退と中国の台頭という絵に描いたようなツキディデスの罠に、パンデミックが加わった。戦後日本外交の3原則、つまり、『国連中心主義』、『日米同盟堅持』、『アジアの一員たること』がいずれも岐路に立たされている」。また、「アジアの一員を掲げているのだから、中国との関係についても中国の脅威を説くだけではダメだ。現在は日米同盟の堅持と日中協商の推進だが、この具体的な中身をどうするのかということだ」とも語っている。
かねがね氏の発言に注目していた私は、「この具体的な中身をどうするのか」について率直に山崎拓氏に聞いてみた。
(聞き手 編集長・ 山本正治 、文責編集部)
昨年来の非常に大きな外交上の懸案として習近平中国国家主席の来日問題がありました。それが具体化されないままに今日に至っています。いまだ、第3波感染のさなかですぐは問題になりませんが、どう処理するかは菅義偉新政権に課せられた最大の外交課題であると考えています。
中国の歴代政権と日本とは、4次にわたる共同宣言、声明など共同文書を合意してきました。最初は、1972年の国交正常化の時の「共同声明」、次が、1978年締結の「日中平和友好条約」。3つ目が、2000年に江沢民主席が来日した時の「共同宣言」で、日本は小渕恵三首相でした。4つ目が、胡錦濤主席が来日した2008年、福田康夫首相との間で出された「共同声明」です。
両国間の4つの共同文書があるわけです。そのベースにあるのが、一つは、「平和5原則」です。つまり、「主権及び領土保全の相互尊重」、「相互不可侵」、「内政に対する相互不干渉」、「平等互恵」、「平和的共存」、この5つの原則です。
もう一つが、台湾問題です。国交正常化のときに中国側は、台湾が中国の不可分の領土の一部であるという「一つの中国」の原則を認めろと要求しました。日本は、「この中国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」ことを約束しました。「認めはしないが『理解』する」という立場を約束したわけです。
こうした原則が、日中間では確認され続けています。ですから、習近平主席が国賓として来日するときには、これらの原則を再確認するかどうか、ここが一つの大きなポイントになると思います。
これにどう対処するかということ、日本側が確認を迫るかどうかです。その対処能力が、首脳会談ですから菅首相にあるかというと懸念する向きがあるわけです。
私に言わせると、「平和5原則」を確認するかどうかが肝心なことだと思います。日中の国交正常化は、その上に成り立ったわけですので、場合によっては「もう一度戦争するか」ということになりかねないわけです。日本は憲法9条で戦争放棄ですから、中国側はどう出るかが問題です。「主権尊重、相互不可侵、平和共存」を守ってもらいたいです。
それを習近平主席が日本の首脳と確認する、確認文書をつくることは非常に重要です。外交上のことではありますが、日本の安全保障上非常に重要なことになります。両国間の諸問題を、武力によってではなく、外交によって話し合いによって解決にあたるという原則を確認するわけですから。これが一つです。
もう一つは、台湾問題です。中国側は、台湾問題について、「一つの中国」の原則の確認を迫ってくると思います。中国はこの問題を「核心的利益」の問題と位置付けていますから。近年中国は国際法を無視して南シナ海を内海化しようとしている。近接する台湾が中国の軍事基地化されると日本のシーレーンは危殆に瀕します。
加えて、香港問題があります。自由と人権を抑圧し、香港国家安全維持法を制定し民主運動家を多数拘束している中です。こうした問題に直面している日本の総理として菅首相がどう習近平主席と向き合うか、国際的な批判がある中でどうなんだと迫ることができるかということです。
台湾に対して、「一つの中国」ですが、同時に中国は、「一国二制度」という原則を約束してきました。台湾に対して、絶対に香港のようなことはしないと、習近平主席が明言するかどうか。
この2点に、習近平主席来日の問題は集約されると思います。
それに対する用意が今の政権にはないと言わざるを得ないわけです。コロナ感染症対策でそれどころでないことも確かです。ですが、習近平国家主席を国賓として迎えることに国論が割れている中で、あえて進めてよいか疑問です。
尖閣諸島の問題もあります。いうまでもなく日本の領土・領海ですが、中国の艦船が接続水域や領海にまで2012年から頻繁に入ってきています。許されることではありません。しかし、昨年の9月、つまり新政権発足の月だけは領海侵犯はゼロでした。その後10月以後は、また入ってきています。中国側も様子を見ていると解釈できます。ですから、この問題を首脳会談にあたって中国側も持ち出さない可能性もあります。
日本は、「解決すべき領有権の問題はそもそも存在していない」という立場を取ってきているわけです。ですから、日本から首脳会談で言い出す必要はないと思います。それで済みそうな気もします。しかし中国の領海侵犯行動はやめてもらわなければなりません。
いずれにしましても、こうしたことがきちんとしないと習近平主席との首脳会談はやってはいけません。とくに第1点目の「平和5原則」の問題は重要です。必ず確認しないといけないと思います。中国がこれだけ大国化しているわけですから、その原則の確認は、わが国の安全保障と東アジアの平和にとって極めて重要です。
問題は、それだけの迫力が日本の総理にあるかということが一番懸念されるところです。経産省が外交も仕切った安倍政権と違って、菅首相は、外交は本来の外務省に任せているようです。しかし、外務省には人材が、度量を持って対中関係をさばける人材がいない。外務省は、最近はトランプ前大統領サイドに立った外交しかやらなかった。バイデン政権になって慌てています。アメリカでバイデン政権が発足したばかりですから、米中関係をどうするか、とくに台湾政策がどうなるか、見極めることも必要です。
そんなことで、9月の自民党総裁選を経て、本格政権ができるまでは外交は難しいし、下手に動かない方がよいと思います。中国側も、そうした事情を見ていると思います。
今年は中国共産党創立100周年です。習近平主席は、内部を固めながら、対米をにらみ、また、近隣諸国の状況も見ながら手を打ってくると思います。
慌てず、しっかりとした日本の進路を定める必要があります。