種苗法改定をめぐる3つの論点~国民的議論の必要性
東京大学教授 鈴木 宣弘
種苗法改定の内容
種苗法改定をめぐってさまざまな議論がなされており、多くの懸念も表明されている。
種苗法とは、植物の新品種を開発・育成した人の権利を守る法律で、一般の商品の特許、本などの著作権にあたる。
今回改定しようとしている内容は、登録品種の利用に国内限定や栽培地限定の条件を付けられるようにすること、登録品種の種や苗を無断で自家採種(増殖)するのを禁止することである。
改定の背景は、例えば、日本のぶどうの新品種シャインマスカットが海外に持ち出され、栽培が広がっている。多額の国費を投入して開発した品種が海外で勝手に使われ、それによって日本の農家の海外の販売市場が狭められ、場合によっては、逆輸入で、国内市場も奪われかねない。この事態に歯止めをかけることが改定の目的とされている。
種苗法改定をめぐるさまざまな懸念に応えるためにも、農家も消費者も、国民全体で、情報を共有して十分に議論することが必要である。ここでは、3つの論点を提示する。
論点1 歴史的事実を踏まえて大きな流れ・背景を読む
何ごとも歴史的事実・経験も踏まえて、背景にある大きな流れを読むことが必要である。
農水省の担当部局を批判するのは的を射ていない。農水省が掲げる「日本の種苗の無断海外流出に歯止めをかける」必要性は確かにある。農水省が日本の農家・農業を守るために一生懸命考えていることは間違いなく、その尽力には敬意を表したい。
問題は、農水省の担当部局とは別の次元で、一連の「種子法廃止→農業競争力強化支援法(8条4項)→種苗法改定」を活用して、「公共の種をやめてもらい→それをもらい→その権利を強化してもらう」という流れで、種を独占し、それを買わないと生産・消費ができないようにしようとするグローバル種子企業が南米諸国などで展開してきたのと同じ思惑が、「企業→米国政権→日本政権」への指令の形で「上の声」となっている懸念である。
日本の種苗の海外流出阻止が農水省の主たる目的だが、グローバル種子企業の思惑は違う。「陰謀論だ。そんなことはない」と言う人たちに申し上げたいのは、これは「世界における歴史的事実で、日本で進んでいることはそれに酷似している」という明快な現実である。
中南米やインドなどでは、今日本で進められようとしている同じことが、「M法」と呼ばれる一連の流れで行われ、農民・国民が怒り、世界的にM排斥運動が広がっている。そこで、何でも意向を酌んでくれる日本が「ラスト・リゾート」、唯一最大の儲けの砦だ、ということになったら日本の農家や国民はたまらない。
論点2 対象となる登録品種は少数だから影響はないか
自家採種の原則禁止の対象となるのは少数(約1割)の登録品種のみで、在来種などの一般品種が種の大宗を占めており、その自家採種は続けられると説明されている。しかし、このことは、現在登録されていない種を、企業が登録品種にして儲ける誘因が働くことを意味する。
「種を制する者は世界を制する」との言葉があるように、あらゆる種を自らの所有物にして、それを購入せざるを得ない状況を広げたいのは企業の行動原理であることを常に忘れてはならない。
代々自家採種してきた在来種で品種登録されていなかったら種は自分のものではないし、誰のものでもない。在来種には「新規性」がないのでそのまま登録されることはない。しかし、在来種を基にして+αの「よさ」をもつ新品種が企業によって育成され「新規性」が認められれば、登録できる。それが元の在来種に置き換わっていけば、在来種が駆逐され、種を買わざるを得ない状況が広がっていく。登録品種の自家採種禁止は、買わざるを得ない種(登録品種)を企業が広げていくインセンティブ(誘因)を高めるであろう。
また、在来種がすでに登録された品種と形質的に差がないとして訴えられる危険も指摘されている。こうして在来種がさらに駆逐され、F1(一代雑種=自家採種しても同じ形質が出ないので買い続けないといけない)の種や登録品種の種に置き換わっていくと、青果物だけでなく、コメ・麦・大豆についても、種の値上がりによる生産コストの上昇、品種の多様性の喪失による災害時の被害増大などが懸念される。
論点3 登録品種の種も従来通り自家採種できるか
登録品種の自家採種も登録者が許諾すれば続けられ、農研機構(=国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)など公的機関の種が多いのだから、今まで通り、無償で許諾されるであろうとの説明もある。
しかし、種子法の廃止、農業競争力強化支援法(8条4項)、および関連の通知(種子法廃止の附帯決議に反して、県が種の事業を継続してよいのは企業に引き継ぐまでの移行期間のみと命じた)は、種の開発・権利者が国・県でなく企業に移行していくことを強く促しているのだから、早晩、想定通り、主要穀物の種子開発が国・県からグローバル種子企業に取って代われば、高い種を買わざるを得なくなり、事態は一変してしまう可能性がある(農研機構はすでに企業からの人材受け入れによる侵食が進んでいる)。
以上のように、農水省の担当部局の意思に反して、それとは別次元で、「今だけ、金だけ、自分だけ」の一部企業の利益の増大に貢献し、農家や消費者に損失をもたらす仕組みが一連の流れの中で着実につくられている懸念はぬぐえない。
それは、より大きな流れで整理すれば、特定のグローバル種子企業への「便宜供与」の「7連発」、
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- 種子法廃止(公共の種はやめてもらう)
- 種の譲渡(これまで開発した種は企業がもらう)
- 種の自家採種の禁止(企業の種を買わないと生産できないように)
- 遺伝子組み換えでない(non-GM)表示の実質禁止(2023年4月1日から)
- 全農の株式会社化(non-GM穀物の分別輸入は目障りだから買収)
- 除草剤の輸入穀物残留基準値の大幅緩和(日本人の命の基準は米国の使用量で決める)
- ゲノム編集の完全な野放し(勝手にやって表示も必要なし、2019年10月1日から)
という一連の措置の一環と位置付けられる。
こうした懸念に応えるためにも、国民全体で情報を共有して、十分な議論を行うことが必要である。「附帯決議」で対処するという手法は与野党がよくやることだが、これは何の解決にも、懸念に応えたことにもならない。参議院のホームページにも「附帯決議には法的効力はない」と明記されている。頑張ったというアリバイづくりに時間をかけずに、丁寧な議論を尽くすことが肝要である。