ショック・ドクトリンは許されない
東京大学 鈴木 宣弘
新型肺炎の世界的蔓延への対処策で、物流の寸断や人の移動の停止が行われ、それが食料生産・供給を減少させ、買い急ぎや輸出規制につながり、それらによる一層の価格高騰が起きて食料危機になることが懸念されている。このような中で、その解決策は一層の貿易自由化であるかのような議論が国際機関から出てきていることは看過できない。まさに、災害資本主義、「火事場泥棒」的発想である。
輸出規制の抑制はナンセンス~自給率向上策とともに国民を守る正当な行為
すでに、小麦の大輸出国ロシア、ウクライナ、コメの大輸出国ベトナム、インドなどが輸出規制に動き出している。これを受けて、4月1日、FAO(国連食糧農業機関)の屈冬玉(Qu Dongyu)事務局長、WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス(Tedros Adhanom Ghebreyesus)事務局長、WTO(世界貿易機関)のロベルト・アゼベド(Roberto Azevedo)事務局長は連名で共同声明を出し、輸出規制の抑制を求めた。これは無理だし、間違っている。
2008年の食料危機に際しても、筆者は指摘した。
「輸出規制を規制すればよいだけだ」との能天気な見解もあるが、国際ルールに、仮に何らかの条項ができたとしても、いざというときに自国民の食料をさておいて海外に供給してくれる国があるとは思えない。もしあったとすれば、むしろその方がおかしい。食料確保は、国家の最も基本的な責務だ。同様に、最低限の食料自給率を維持するための措置も、当然のことであり、他国から非難されるべきものではない。(鈴木宣弘・木下順子『新しい農業政策の方向性~現場が創る農政』全国農業会議、2010年など参照)
輸出規制の原因は貿易自由化なのに、解決策は自由貿易だと言うのは狂っている
しかも、FAO・WHO・WTOのトップの共同声明では、九州大学の磯田教授が指摘しているとおり、食料貿易を可能な限り自由にすることの重要性も述べている。輸出規制の根本原因は貿易自由化の進展なのに、解決策は自由貿易だと言うのは狂っている。2008年の食料危機の経験から何も学んでいない、情けない提言である。
2008年の食料危機、輸出規制について、筆者は次のように解説した(図も参照)。
米国は、自国の農業保護(輸出補助金)は温存しつつ、「安く売ってあげるから非効率な農業はやめたほうがよい」と言って世界の農産物貿易自由化を進めて、安価な輸出で他国の農業を縮小させてきた。それによって、基礎食料の生産国が減り、米国等の少数国に依存する市場構造になったため、需給にショックが生じると、価格が上がりやすく、それを見て、高値期待から投機マネーが入りやすく、不安心理から輸出規制が起きやすくなり、価格高騰が増幅されやすくなってきたこと、高くて買えないどころか、お金を出しても買えなくなってしまったことが、今回の危機を大きくしたという事実である。つまり、米国の食料貿易自由化戦略の結果として今回の危機は発生し、増幅されたのである。
米国などが主導する貿易自由化の進展が、少数の輸出国への依存を強め、価格高騰を増幅し、食料安全保障に不安を生じさせると考えると、「2008年のような国際的な食料価格高騰が起きるのは、農産物の貿易量が小さいからであり、貿易自由化を徹底して、貿易量を増やすことが食料価格の安定化と食料安全保障につながる」という見解には無理がある。(鈴木宣弘『食の戦争』文春新書、2013年参照)
正しい処方箋は各国の食料自給率向上~国民の命と暮らしを守る
コロナ・ショックにおいても、またしても、自由貿易が原因なのに、うまくいかないのは貿易自由化が足りないのだ、というショック・ドクトリン(人々の苦しみにつけ込んで規制緩和して自分たちが儲ける)のような議論になってしまっているのは、まさにショックである。
貿易自由化も含めた徹底した規制緩和を強要して途上国農村の貧困を増幅させて、グローバル企業が儲け、貧困が改善しないのは規制緩和が足りないせいだ、もっと徹底した規制緩和をすべきだ、と主張しているのと同じである。
われわれは、このような一部の利益のために農民、市民、国民が犠牲になる経済社会構造から脱却しなくてはならない。食料の自由貿易は見直し、食料自給率低下に本当に歯止めをかけないといけない瀬戸際にきていることを、もう一度思い知らされているのが今である。
海外からの労働力を考慮した自給率の議論
今回のコロナ・ショックは、自給率向上のための議論にも波紋を投げかけた。日本農業が海外からの研修生に支えられている現実、その方々の来日がストップすることが野菜などを中心に農業生産を大きく減少させる危険が今回炙り出された。メキシコ(米国西海岸)、カリブ諸国(米国東海岸)、アフリカ諸国(EU)などからの労働力に大きく依存する欧米ではもっと深刻である。
折しも、新しい基本計画で出された食料国産率(鶏卵の国産率は96%だが飼料自給率を考慮すると自給率は12%)の議論とも絡み、生産要素をどこまで考慮した自給率を考えるかがクローズアップされたところである。例えば、種子の9割が外国の圃場で生産されていることを考慮すると、自給率80%で唯一コメに次いでまだ高いと思っていた野菜も種までさかのぼると自給率8%(0・8×0・1)となる。同様に、農業労働力の海外依存度を考慮した自給率も考える必要が出てくる(九州大学磯田教授)。
海外研修生の件は、その身分や待遇のあり方を含め、多くの課題を投げかけている。一時的な「出稼ぎ」的な受け入れでなく、教育・医療・その他の社会福祉を含む待遇を充実させ、家族とともに長期に日本に滞在してもらえるような受け入れ体制の検討も必要であろう。
また、フランス、ドイツなどEU諸国では、政府がマッチングサイトを運営して、国民への「援農」の呼びかけを強化している(北海道大学東山教授)。日本でも、こうした対応が国全体としても、各地域でも必要になっている。
和牛商品券の波紋
もう一つ波紋を広げたことがあった。コロナ・ショックによる外食需要などの激減で和牛やマグロの在庫が積み上がったので、経済対策の一環として「和牛券」や「お魚券」が提案されていることが判明したが、それが報道されるやいなや、それだけがクローズアップされ、世論を「炎上」させてしまった。
全国民が大変なときに贅沢品に近い特定の分野だけの消費にしか使えない商品券を出すとは利権で結びついた族議員と業界の横暴だという非難だ。苦しむ農水産業界を何とか救いたい思いが、大きな非難の的にされるという極めて残念なことになってしまった。
長年、日本の農家は農業を生贄にして自動車などの利益を増やそうとする意図的な農業悪玉論に苦しめられ、われわれは、その誤解を解こうと客観的なデータ発信に尽力してきたが、これでは、やはり農水産業は利権で過保護に守られているのだという誤解を増幅してしまう。努力が水の泡だ。
過保護どころか、農林漁家からビジネスを引き剝がす法律が立て続けに成立し、片や畳みかける貿易自由化とで、いま日本の農林水産業界は苦しめられている。直近では、日米貿易協定が発効するや、1月だけで米国からの牛肉輸入が1・5倍になるなど、輸入牛肉の想定以上の増加で国産が押しやられている。コロナ禍の影響の前に、こうした打撃が積み重なり、そこにコロナ禍が上乗せされたことを忘れてはならない。
米国でも発がん性が懸念される成長ホルモンを肥育時に投与しないホルモン・フリー牛肉が伸び、ホルモン投与の牛肉は輸入検査の緩い日本が標的になりつつあるのに、それに飛びつく日本の消費者は国産牛肉を大事にしないと健康が守れないことを認識しないと手遅れになる。
消費者を支援する形で生産者も支援するのは有効な手段だ。だが、このタイミングで、特定分野が優遇されている誤解を与えたら、国民理解醸成に完全に逆効果である。米国でも農業予算の64%も食品購入カードの支給で一定所得以下の食費支援に使っている。米国は価格低下時の農家への差額補塡システムも充実している。生産・消費の両面から徹底的に農家を支えている。米国は、今回も、追加的に2兆円規模の食肉・乳製品の買い上げ、農家の所得補塡などを打ち出した。
日本の牛肉農家の所得の30%程度が補助金なのに対して、フランスでは180%前後、赤字もすべて税金で補塡している。日本の水産にいたっては所得に占める補助金は2割に満たない。諸外国に比べたらほとんどまったく保護されていない。牛肉には価格下落時の補塡システムがあるが、販売量の減少による総所得減には対応できない。普段のサポートを充実させ、唐突な緊急対策で批判を浴びるような対応を回避するのが肝要だ。
世界的にも最も自力で競争しているのが日本の農林漁家。牛肉券の思いはわかるが、過保護と誤解され、国民を敵に回したら元も子もない。何とか、これを農林水産業への正しい国民理解醸成の再構築の機会に反転させなくてはならない。
国民が一丸となって命と食を守ろうという機運
幸いなことに、ネットなどのコメントでも、これを機に生産者とともに自分たちの食と暮らしを守っていこうという機運が高まってきていることがうかがえる。
「戦後初めてであろうこのような国難の時だからこそ、本当に我が国を支えている第一次産業の重大さや自国で生産したものを食べることができるという有り難さ、そして農家の底力をすごく感じます。私事ですみませんが、父や母が一生懸命汗を流し愛情込めて作ってくれたお米、野菜、肉、卵で育ちました。世界一美味しかったです。亡くなってしまった今になって、もっと食べたかったなと本当に思います。農家の方々、それに携わるすべての方々、コロナウイルスに負けず、体に気をつけて頑張って下さい! よろしくお願いいたします」
「今の我が国は、エネルギーも食糧も海外頼みでは、首根っこを押さえられているも同然。我が国のように両方海外に多くを依存している先進国はないのでは。このコロナ問題をいい機会にして、エネルギー、食糧、工業部品等の生産のあり方を時間をかけてでも見直す必要が更に深まったと考える。未知のウイルス,細菌は、益々人類の脅威となるのは間違いないし、その感染スピードは更に増して行く。その時にエネルギー、食糧が海外頼みでは、心もとない」
「農家は日本の宝です。政権は効率や貿易のカードとしてどんどん食料自給率を下げていますが、コロナが長引けば食料の輸入が減って食べ物もなくなるのではと不安です」
「私達を支えている第一次産業。厳しい今だからこそ基本に立ち返る事を考える良い機会。何不自由なく過ごせているのも農家さんのお陰です。本当にお陰様と有り難う」
「国内の農家を守ってこそ、日本の家庭は守られます。農民の作った食べ物を食べて人間は生きている。農民が人間を生かしている。農民の生活を保障すると人間の命も保証できる。今は農民の生活が保障されていない」
厳しいコロナ禍の中で、このような機運が高まっている今こそ、安全・安心な国産の食を支え、国民の命を守る生産から消費までの強固なネットワークを確立する機会にしなくてはならない。
特に、消費者が単なる消費者でなく、より直接的に生産にも関与するようなネットワークの強化が今こそ求められてきている。世界で最も有機農業が盛んなオーストリアのPenker教授の「生産者と消費者はCSA(産消提携)では同じ意思決定主体ゆえ、分けて考える必要はない」という言葉には重みがある。全国各地域で、行政・協同組合・市民グループ・関連産業などが協力して、住民が一層直接的に地域の食料生産に関与して、生産者と一体的に地域の食を支えるシステムづくりを強化したいところである。