そろそろ独立国としての気概を持つべき
衆議院議員 屋良 朝博
日米地位協定は日本の主権意識の弱さ、あいまいさを端的に表しています。
国際的に製造・使用・輸出入が禁じられている有機フッ素化合物(PFOA、PFOS)が沖縄の河川から高濃度で検出され、大きな社会問題となっています。河川は県民の飲料水として利用されており事態は深刻です。
この物質は発がん性物質といわれ、母親のへその緒から胎児に直接入り、低体重、発達障害を引き起こす恐れがあるといわれています。高濃度の汚染が見つかった河川、地下水が嘉手納飛行場や普天間飛行場周辺にあるため、沖縄県は米軍基地内が汚染源とみており、防衛省を通して立ち入り調査を求めています。それが3年前のことで、政府はいまだに具体的な対策を講じないまま放置されています。
米軍が基地内立ち入りを許可あるいは拒否できる根拠は日米地位協定です。鉄のフェンスという物理的な境界だけでなく、同協定が米軍基地が国内法をはねのけるバリアになっています。
環境省によると、2016年の全国水質調査でPFOSの国内平均測定値は0・33ng/L(ナノグラム・パー・リットル)、PFOAが1・3ng/Lでした。1ng/Lは食卓塩3粒を25メートルプールに溶かした程度のごくごく微量な値なので、国内の残存は無視しても構わない程度になっています。
ところが、沖縄県の調査(18年冬期)では普天間飛行場周辺の地下水はPFOSが1400ng/L、PFOAが190ng/L、嘉手納飛行場周辺ではPFOSが1900ng/L、PFOAが220ng/Lが最高値でした。両飛行場の周辺水系の汚染がいかに深刻なのかがわかります。
汚染は沖縄だけでなく、東京・横田基地、山口県・岩国基地、青森県・三沢基地など米軍飛行場で共通した問題となっています。横田の汚染は多摩川にも及ぶと指摘する研究者がおります。
全国的にこの物質の残存量がごく微量であるため、環境省としては特に基準を設定することもなかろうと考え、対応も「要調査項目」と位置づけるにとどめてきました。今回の米軍基地由来とみられる汚染の発覚はいわば盲点を突かれた格好で、この間、特段の対応を講じてこなかったわけです。
このような事態が発覚したとき、日本と同じく米軍駐留を認めている西欧諸国はどう対応するでしょうか。筆者が取材したことがあるイタリアなら、たぶん即座に米軍基地内立ち入り調査を実行します。原因を特定し、さっさと汚染除去を実施、そしてかかった費用を米軍に払ってもらい、一件落着です。
この違いは基地の管理権をどちらが掌握しているかによります。イタリア駐留の米軍は、イタリア軍基地を間借りするという形式をとっています。問題が生じた場合にイタリアは米側と「調整」する必要はありません。イタリア側の判断で対処措置を決め、それを米側へ「通告」するだけです。
それは汚染問題だけでなく、訓練など米軍の運用にも及びます。飛行場の使用時間は厳格に決まっており、米軍の都合による夜間飛行などはあり得ません。米軍のパイロットは毎日の航空計画をイタリア軍基地司令官に事前報告し、許可を得なければ飛べません。
米軍機が事故を起こした場合、事故機をイタリア軍警察が差し押さえ、捜査します。米軍は軍用機の差し押さえに抗議し、即刻返還するよう訴えますが、イタリア側は自国の司法権行使にこだわります。大事故など深刻な場合は米軍が使う訓練空域を廃止したり、低空飛行高度を引き上げたりなどの措置を講じます。これも米側との交渉で決めるのではなく、イタリア政府は米側へ「通告」するだけです。
なぜそのような断固とした態度を取れるのでしょうか。同じ敗戦国であり、戦後の連合国による占領も経験しています。それは負けてなお国の主権にこだわる気概ではないでしょうか。その象徴を基地内で目撃しました。
筆者は10年ほど前、イタリア北部にあるアビアノ空軍基地を取材しました。管制塔に登ると、米空軍の管制官に交じりイタリア軍兵士が一人いました。彼は着陸後の米戦闘機を駐機場へ誘導する係でした。業務の中身よりも、彼がそこにいることが重要です。管制を米軍に占拠させるわけにはいかない、というイタリアの主権のシンボルとしてその場で管制業務に参画することに意義があるわけです。
日本で横田基地、岩国基地、嘉手納基地などの米軍飛行場の管制塔に自衛官はいません。なんらかのトラブルや事故が起きた場合、日本は米軍の報告に100%頼るしかありません。しかしイタリアは管制塔にイタリア軍兵士を置いているため、すべてを掌握することができます。
まずもって首都・東京の上空に今も米空軍の航空管制空域があることが国際的な常識から外れています。東京上空の高度7000メートルの巨大な空間が米軍の優先空域です。羽田や成田を離発着する民航機はそこを避け、大きく迂回しているため、かかる燃料や時間といった経済的なロスは計り知れません。
イタリア取材中にイタリア航空局長をインタビューしたとき、東京上空の管制権を米軍が握っている現状を説明すると、局長は両手を広げてあきれた表情を向けました。「日本よ、君らの主権は大丈夫か?」と聞かれると二の句が継げません。
米軍基地に国内法を適応しないのは世界でも日本くらいでしょう。日本政府は「一般国際法上、駐留を認められた外国軍隊には特別の取り決めがない限り、接受国の法令は適用されない」と説明しています。
その説明はおそらく正しいのでしょうが、なぜ「特別の取り決め」がないのかが大きな問題なのです。論点をずらしています。
ドイツはボン補足協定、イタリアは基地使用に関する実務取極によって国内法の適用を明記しています。ベルギーやイギリスも同様です。いずれも北大西洋条約機構(NATO)で地位協定を共有し、基地使用のルールは補足協定などで補完しています。特別の取り決めがない日本こそ異端であり、ないことを理由に外国軍に国内法を適用しない日本の外交・安保政策に主権を守る気概を感じることなどできません。
国内法を外し、基地内立ち入りも難しい日本では、人々への健康被害が懸念される環境汚染が発覚したときでさえ基地への立ち入りも米軍の許可が必要です。他方、ドイツは連邦政府や州、地方自治体の立ち入り権が確保されています。イタリアも制約なしに自由に入ることが可能で、国会議員なら機密性が高いとされる地域でも立ち入りが認められています。
地位協定の本丸は主権回復
日本国内では今、地位協定の改定を求める声が日増しに大きくなっています。事件・事故の司法手続きの不平等性がクローズアップされていますが、筆者の問題関心は主権の回復にあり、協定改定の本丸は「管理権」だと考えています。日米地位協定第3条で日本が放棄した管理権を取り戻すことが不可欠です。
そろそろ独立国としての気概を持つべきではないでしょうか。
(見出しは編集部)