『トランプ登場で激変する世界』著者
英 正道 氏・元イタリア大使 に聞く
まずは、広範な国民連合の機関誌が私の本に関心を持って下さったことに感謝します。
私はこの本で、トランプ大統領が登場したことで、アメリカという国がこれまでとは非常に大きく変わっていくと考え、その結果、世界は大きな転換点を迎えることになると強調しました。イギリスの欧州連合(EU)離脱も欧州に大変革を迫っています。つまり、世界は米国という求心力を失い、大国各国がそれぞれ、自国本位の主張をする乱れた状況になっていくということです。そうした世界で「日米同盟の日本」で今後もやっていけるのか、自立が問われているのではないか。いろんなレベルでこうしたことについて議論してもらいたいと思っています。そんな意味での「たたき台」のつもりでこの本を書いたのです。
前半の世界の分析については多くの読者からお褒めの言葉を頂いています。しかし率直に言って、この本で私が一番言いたかった後半部分、つまり、「ではどうするか」についてはあまり反応がありません。その意味で御誌が関心を持たれたことには勇気づけられました。
■いまだ見通せないトランプ政権の行方
この本を出版して約半年が経ちますが、ここで見通したことは、今でも基本的に全く違っていないと自信を持っています。トランプさんは、ワシントンのこれまでの支配層、いわゆる「エスタブリッシュメント」に対しては「アンチ」の立場で当選しました。しかし、大統領はエスタブリッシュメントの頂点ですよ。だから、いつかはそこに移行しないといけないのに、「変身」がなかなか難しい。今は熱狂的な支持層との約束を守ることで、最小限これをつなぎ止めようという感じです。だから、「パリ協定」からの離脱なども起きました。
米国では1年半先に中間選挙があります。そこでの支持を得るため、「自国第一主義」の経済政策が、いっそう強くなるでしょう。それは、他国にとってはしんどいことです。
私がこの本のなかで、「日米首脳会談を急ぐ必要がない」と書いたのは、トランプ政権の下で「前方展開」を含む米国の軍事戦略がどう変わるのかの方向性が全く見えていないし、「米国第一主義」はそれとしても世界最大の経済大国が、世界経済の秩序をどう考えるか、この二つがはっきりしない間は、米新政権との意味のある良い交渉にはならないと思ったからです。
しかし、安倍首相は別の考えで個人的な関係をとにかく大事だと考えたようです。日本にとって急いで二国間交渉を行うメリットはありません。日米関係は確かに大事ですが、私は米国にとって交渉相手として日本の優先順位はそう高くないと見ています。そんな時にこちらから急げば相手の術策にはまる恐れがあるのが外交です。
日本と同様だったのは中国です。ご承知のとおり中国はこの秋に共産党大会を控えており、内政上の問題もあるので、米国との関係を安定させることが必要だったのでしょう。だから、日本と中国は首脳がフロリダにすぐ飛んで行ったわけですね。しかし、ロシアやドイツは依然として様子見の姿勢です。
歴史を振り返ると、日本は同盟によって興り、同盟によって滅びたという過去を持っていますが、明治以降の外交はほぼ一貫して同盟政策です。日英同盟から始まって、日独伊三国同盟、そして現在の日米同盟です。かつて、非同盟という考え方がありましたが、当時はちょっと現実的ではなかった。しかし、動乱の21世紀を迎えて、改めて「中立・非同盟」の問題について、もう少し真剣な議論がなされてもいいと思っています。
詳しくは拙著に譲りますが、外交路線の選択肢としては、同盟政策以外に、主要国の間の合従連衡(バランス・オブ・パワー)とか、中立政策というオプションもあります。私は、それらをいわば同時並行的に進めていく、「いいとこ取り」でこれからの20年をしのいでいくのが賢明という認識を持っています。そうしながら長期的目標としての日本の自立を進めていくのが良いという考え方です。
「トランプ大統領で大変だ」と言っている人は多い。しかし、具体的に、現在から将来につながっていく安定した外交・安全保障戦略のなかで、物事をどう整理すべきかという議論はあまり見掛けません。私はトランプ登場は日本の自立へのチャンスだと思います。
そのためにはどうしても日本自身の努力が必要になる。それはとくに軍事面での努力です。こうした見解にはすぐに、「戦争への道だ」という声も聞こえてきそうですが、そうじゃないんですね。大国がそれぞれわがままな勝手で乱れた状況となった世界で、一定の軍事力の裏打ちなしには外交はできないわけですから。アジアの平和をどう確保するか、難しい問題も避けることなくリアリティのある具体案が必要です。
■北朝鮮の核武装問題
現在、日本にとって北朝鮮の核・ミサイル開発が最大の課題となっています。「斬首作戦」とかいろいろ言われますが、軍事行動でこの難問を一刀両断で終わらせることは無理です。リスクが大きすぎます。
この課題を軍事的にではなく外交的に解決する具体的な施策があるかということを突き詰めて考えていくと、朝鮮半島と日本を含む東北アジア地域全体の非核化によって、北朝鮮の核武装を阻止するという考えに行き着きます。これは北朝鮮と敵対するということではありません。私は外交とは妥協の技術で、妥協により「良い循環」をつくっていく。そのために関係国が努力するしかないと思います。
朝鮮半島に核を持った国があるということは、地政学的に極めて危険なことです。日本の国内にも「日本も核を持たなければ」という話につながりかねません。それは日本にとっても東アジア全体にとっても最悪の選択です。
北朝鮮が核やミサイルを開発する真の目的は、米国との平和協定の締結にあります。そして、自国の安全・安定の確保でしょう。時間はかかるけれども、朝鮮半島の平和と安定を関係諸国がそれなりに満足する形で確保することが肝心です。あらゆる知恵と影響力とを総動員して、最後に北朝鮮が自発的に核のオプションはやめるという、いわば北朝鮮に退路を与えるロードマップの必要性です。 私はこの本でこの具体的な提起をしています。米国はもちろん、日本や韓国、中国、ロシアなど近隣諸国がそのロードマップづくりに協力し、これを保証することです。日本もそのなかで「こうする」ということをはっきりすべきです。日本は、北朝鮮が平和裏に核を放棄して、経済発展する、統一するというのであれば、資金的に援助しますという姿勢が必要です。
北朝鮮が最終段階で核オプションを放棄して核兵器の廃絶を約することをスタートとして、その第1段階は「米朝平和協定」から始まり、相互の猜疑心を除去する措置を重ねつつ、信頼性の向上をはかり、非核化を実現するという構想です。かつて日本がハル・ノートで米国に退路を断たれて、戦争に向かった史実を振り返ると、笑われるかもしれないが、北朝鮮の退路を断つことなく自制と理性に基づく行動の機会を与えることは全関係国の等しく望むところであろうと思っています。
■「非核の日本」は国是
「核戦争を避けるには、核で抑止するしかない」というのが伝統的な欧米の戦略論です。
しかし、私は「核兵器は持たない」という前提で日本の国家戦略を考えることに価値があると思っています。それは日本国民の強い意思でもあります。日本は核についての不幸な経験を続けていますから、核の恐ろしさをよく知っています。核兵器を使ったら破滅的な結果を招きます。
しかし現実問題として、例えば中国は日本を壊滅し得る核戦力を持っています。それに日本が対抗する十分な核戦力を持つというのはナンセンスです。米国の「核の傘」依存は合理的な選択です。
私の本は欧米流の核戦略とは一線を画した日本独自の防衛戦略の苦しい模索ですが、それでも日本の防衛は、核兵器では対抗しないが、非核の軍事力による一定の抑止力はどうしても必要とします。むろん真の安全保障は総合的なものです。外交が破綻した時に起こる軍事衝突にとらわれすぎずに、外交努力に加えて国のあらゆる政策を日本の安全保障の観点から構築すべきであるという考えです。
この観点から、私にとっては、中国の観光客が日本を見て歩くというのは非常に大事なことです。東京や京都等の観光地だけでなく、津々浦々まで人びとの生活を見てもらう。日本人が平和を愛好していて、どんな生活を営んでいるか。口コミの力は強いですからね。だから、観光政策も立派な安全保障政策だと私は思っているんです。
日本の場合、安定した世界経済が絶対に必要です。市場として、アメリカの存在は巨大ですから、日米関係を良好に保っておくことは経済の面からも必要なことです。
さりながら、これまでのようにアメリカが支える自由貿易制度に依存していればすむかといえば、急速にそうではなくなりつつあります。日本は経済的にいろんな国と良好な関係を今まで以上に積極的に築いていくべきです。特に中国は経済規模ですでに大きな国ですから、相互依存関係を深めることが安全保障につながります。また、エネルギー資源もロシア等から輸入するということで、多角化しなければなりません。貿易経済はギブ・アンド・テークの世界ですから妥協も避けられません。
■日本にも「航行の自由」認める義務―東シナ海も南シナ海も同じ考えで
中国が海洋国家になってきたことによって、南西諸島を抜ける中国艦船の航行について日本国内で懸念が強まっています。尖閣諸島等離島の防衛は日本が独自で対応を迫られている急務ですが、この問題といわゆる「航行の自由」問題は区別して考えないといけません。
1994年に発効した国連海洋法条約で、各国は基線から12カイリを超えない範囲で領海の幅を、そして24カイリを超えない範囲で接続水域を、さらに200カイリを超えない範囲で排他的経済水域(EEZ)を決める権利があるとされました。同時に、各国船舶は公海やEEZでは自由な航行を、領海や接続水域では「無害通航権」を、さらに「国際海峡」では「通過通航権」を持つと定めていて、これらを総称して「航行の自由」と呼んでいます。通過通航権が認められる利用頻度の高い「国際海峡」については日本の対応に問題が出ています。そもそも77年に日本が領海法を制定した時に、日本は「当分の間」、中間に領海部分が残る形で宗谷海峡等5海峡を指定して、国際通航を認めることにした。だけど、南西諸島を通る国際海峡というのは鹿児島のすぐ南の大隅海峡しかないんです。中国はもっと南の海峡を自由に通りたいと。
日本は中国の軍艦が領海に入ってくると大騒ぎするんだけど、それは慣れてないという面もあります。頻度が意図的に高いとか、行動が非常に怪しければ抗議に値するけれども、国連海洋法条約によれば、軍艦でも「無害」であれば領海を航行できるんです。
私は、南西諸島の海域を通って太平洋に出る航路の問題は重要と思っています。国際会議を開いて、米国、中国、ロシアも含めて議論する価値がある。中国は太平洋への出口となる航路を必要としているのです。日本は大局観を失ってはなりません。封じ込め的な考えをする必要はありません。
南西諸島の問題をもう少し合理的に見通すことは南シナ海においても同じようなルールが適用されることにつながるでしょう。
南シナ海における「航行の自由」は大事です。中国が島嶼を占領して軍事化していることは問題ですが、領有権の問題と航行の自由の問題は区別して臨むべきです。南シナ海の島嶼の領有権の問題は共通利害を持つ東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の人たちが考えるべきことで、他国は一方の主張に加担すべきではないと思います。それはそもそも日本の実力を超えた話です。
この本で私は、突き詰めれば、2大隣国である米国にも中国にも歓迎される、自立した日本外交と安全保障政策におけるどのような選択肢があり得るかを私なりに懸命に論じたつもりです。
中国の驚異的な経済発展というのはもう終わりました。成長率が下がり、少子化も意外に早く到来します。中国が冒険主義的な対外政策をとる可能性は、この先20年間ぐらいはないと思います。
私はこの間にささくれ立った日中関係を、原点となる78年の日中平和友好条約の「初心」に戻すことが大事と考えます。この条約で両国が確認した「平和5原則」には相互不可侵と平和共存が明記されています。日本が秋以降に固まると予想される中国新指導部とこの方向に向けた努力を再開することを期待しています。
■日米安保に迫る「真実の時」
トランプ政権が登場して、安全保障でも自国第一主義となってくると、日本がこれにどう対応するかが大問題になるでしょう。「日米安保に真実の時が来る」ということです。
日米ともに、日本の安全と国際の平和とか、これまできれいごとで、日米同盟を説明してきました。が、これからはそうはいかない。
本音ベースで言うと日本にとっての日米安保は、軽武装で経済に集中するための「用心棒」です。米国の側からすれば、根強い「日本警戒論」に基づく日本を自立した軍事大国にさせないための「瓶のフタ」なんです。きれいごととは別に日米両国の本音ベースの利害得失が見事にバランスしていたことが安保永続の鍵でした。
でも、いざという時に本当に「用心棒」になるか? 北朝鮮の核ミサイルが米国本土を射程に入れたとき、自国を犠牲にしてまでトランプ政権は日本を守るかという問題が起きます。他方、北朝鮮が米本土を射程に入れるミサイル開発とさらなる核実験を自制することとの見返りに、実質的に核保有を黙認するという形で米中が手が打って、日本が蚊帳の外に置かれる最悪の事態が起こる心配もあります。
米国は変わりつつあります。きれいごとではもうすまなくなった。逆説的ですが米国が日本警戒論を脱却した時が「真実の時」となるでしょう。どの国も自国国益第一で「あらゆる選択肢」を考えています。日本にとっても、日米安保に頼らない、わが国のための自立した安全保障戦略がどうしても必要なのです。
■野党は自立のオピニオン打ち出せ
日本が長期的にどのような国をめざし、いかに近隣諸国と良好な関係を構築するかという「理想図」がいよいよ必要です。これまでの日米安保体制と自由貿易体制が揺らぐなか、これまでの「A案」に対する「B案」を準備すべきなのです。
政党の役割は特に重要です。戦後長らく野党第一党の座にあった社会党は、とくに外交・安全保障政策でキチンとした政策を打ち出せませんでした。「非武装中立論」ですませてきました。私は社会党の最大の問題点であり、同党が完全に没落した理由は、外交に見識がなかったことだったと思います。
民主党政権で中途半端に自立の方向を打ち出した鳩山政権は失敗した。そのあとの民主党政権は自民党以上に自民党的だった。
政権交替を本当に追求するのであれば、野党も国民が信頼して政権を担わせようと思える安全保障政策で、対案を持たなくてはなりません。
学者などアカデミズムの英知も重要です。野党の政策に対しても問題点を指摘し、それを具体的にどのように改善していくのか、知恵を絞って「B案」をつくってゆく。そうすれば、大きな変化の源になるでしょう。
現実性のある次の政策、オピニオンを真剣に検討してほしい。それなしに、日本は危機を乗り切れません。そうした動きが政党を中心に出てきてほしいなという思いです。
はなぶさ まさみち 1933年、東京生まれ。慶応義塾大学卒業後、外務省に入り、経済協力局長、外務報道官、駐イタリア大使等を務め、97年に退官。最新刊が『トランプ登場で激変する世界─自立した日本外交と安全保障戦略─』(アートデイズ刊)。そのほか「新平和憲法のすすめ そして日本はどこへ」(草思社刊)など
【編集部】元イタリア大使の英正道氏が、『トランプ登場で激変する世界—自立した日本外交と安全保障戦略—』を出版された。氏は、そのはしがきの冒頭で「世界に大動乱が兆している。世界の激変を前に、心あるものの間では、今の日本の外交力で、果たして日本が先進大国として生き残れるか、静かな懸念が深まっている。しかし日本にどんな選択肢があるのだろうか? トランプ大統領に何を言われても、米国に追随するしかないのだろか? 日本が自主的に行動し得る余地があるのだろうか? この本はそういう疑問に対して、…これまでの惰性的な発想を捨てれば大胆な戦略構築を行う余地があることを主張するものである」と提起する。
さらに、「外交は基本的に妥協の技術であり、力相撲では無く、相手を倒したり、寄り切ることでは問題は解決しないという現実的な見方をする。人口で日本の10倍ある中国と角を突き合わせていて、どういう将来展望が開けるのだろうか? いつか何処かで中国と折り合わねばならないのは明らか。日米関係は最重要ではあるが、米国の利益第一主義を前に、ずるずると米国依存を一層進める以外の選択肢はないのだろうか?」と問題を投げかけている。そして、「日本には自立した外交の復権が求められている」と言い、安全保障面では日本の自立へ向けて、「武装中立」という考え方を含む多様な選択肢の検討を提唱する。トランプ登場が日本に突きつけた分かれ道をチャンスにすべきと。
「非核限定抑止力」ということで、反撃のための非核・通常兵器の攻撃力の強化を提起するなど、議論になりそうな部分もある。しかし、アジアの平和と対米依存でない日本の自立の基本点は私たちと共有していると思う。自主・平和の日本をめざす安全保障政策が不可欠だが、ほとんどの野党勢力はこの点の議論をしていない。むしろ自民党と同じ日米同盟依存論が大半といってもよい状況である。
英氏が言われるように、B案、対抗軸が求められている。特に、外交や安全保障政策でそれが必要である。それなしに、広範な国民の力を結集することは不可能である。氏の提起は、その安全保障政策の議論を促し、広範な連合の機運を促進するうえで重要である。そこで今回のインタビューとなった。見解に相当の相違があるにもかかわらず、氏は快く応じてくれた。自立した日本外交と安全保障のための政策議論が広がり、広範な戦線形成が促進されることを期待する。
(見出しも含めて文責編集部)