米国支配の終焉と日本の選択
東アジア共同体研究所長(元外務省情報局長) 孫崎 享

トランプ大統領は世界
秩序を壊している人物
2月に訪米した高市首相はトランプ米大統領と首脳会談を行い、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ。私は諸外国に働きかけて、しっかりと応援したい」と述べた。
日本の国民はこの発言を正しいものと判断したとみられる。読売新聞社は3月世論調査を実施した。高市首相とトランプ大統領の首脳会談を全体として「評価する」は69%で、「評価しない」は19%である。
2月28日、米国とイスラエルはイランへの爆撃を開始し、1万以上の目標を攻撃しハメネイ最高指導者、国防大臣等軍関係の指導層を殺害した。イラン側の死者は1000〜3600人超と見られる。
米国の攻撃理由は、①体制変革を行う、②核兵器開発を阻止する、③イランがイスラエル敵対勢力の視線を阻止する、等とされた。
戦後国際秩序を完全に破壊
この攻撃の最大の問題は戦後の国際秩序を完全に破壊したことである。
トランプ大統領は1月、ニューヨーク・タイムズ紙に対し「私には国際法は必要ない」「私を止められるのは私自身の道徳だけだ」と述べ、国際法に縛られない意向を示していた。イラン攻撃は今日の国際秩序を破壊する行為である。
国連憲章は次の規定を持つ。
第42条:安全保障理事会は、第41条に定める措置(平和的手段)では不充分なことが判明したと認める時は必要な軍の行動をとることができる。
第51条:国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。
つまり武力攻撃の実施は、①国連が決定した時、②武力攻撃を受けた時に限定している。
熊谷伸一郎氏は『地平』26年5月号の編集後記で次を記載した。
・イランと米国の核合意交渉の最中、大規模な攻撃を米・イスラエルが仕掛け、イランの首脳部を殺害した。なんということをしでかしたのだろう。
・カント著『永遠平和のために』の第五条項では「いかなる国家も、他の国家の体制や統治に暴力をもって干渉してはならない」と述べている。
・「核開発」が問題と言うなら、日本の核開発はなぜ許されるのか。政府高官が「核武装」まで口走っている。だからといって、「敵国」が閣議中の首相官邸にミサイルを撃ち込んで我が政府の閣僚を皆殺しにするようなことがあっていいのか。
世界はトランプを危険な人物と見なす
米国のイラン攻撃にはさまざまな見解が示された。
スペインのサンチェス首相は3月4日、自らのXで「スペイン政府の立場は、一言で言えば〝戦争反対〟だ。今回問題は、スペインがアヤトラ(イランの聖職者支配層)の側に立つかどうかではない。スペインが平和と国際的な合法性を支持するのかという問題なのだ。スペインは、一つの違法行為に対して、別の違法行為で応じることはできない。人類の大惨事というのは、往々にしてそうした形で始まるからだ」と発した。
ゲルゲス・ロンドン大学教授はガーディアン紙で「核交渉が進行中に先制攻撃を仕掛けたことで、トランプは外交の規範を破壊し、国際関係において危険な前例を作ってしまった。戦後秩序の守護者であった米国は、今や世界中の非自由主義的・独裁的な支配者たちと手を組む破壊的な勢力へと変貌し、最も緊密な欧州同盟国の間でさえ、その責任を問われる事態に直面している。未来の歴史家は、この瞬間をアメリカの世紀の終焉の始まり、そして中国の台頭によってますます形作られる、より不確実で危険な時代の幕開けと捉えるかもしれない」と主張した。
4月12日、ニューヨーク・タイムズ紙は社説で「トランプ氏とヘグセス氏は、第二次世界大戦後、アメリカが世界をリードして拒否した、武力紛争に対する残忍なアプローチを採用している。そうすることで、彼らは、より自由で開かれた世界を求める議論の中心に人間の尊厳を据えると主張するアメリカの世界的リーダーシップの基盤を揺るがした」と記載した。
そして26年4月14日、教皇レオ14世がアルジェリア訪問中、「神の心は、戦争、暴力、不正、そして噓によって引き裂かれている。しかし、私たちの父なる神の心は、悪人、傲慢な者、高慢な者と共にない」と述べた。世界は教皇発言をトランプ大統領批判と受け止めた。
つまり、世界はトランプ大統領を、平和を壊す危険な人物と見なしている。
どこかおかしい日本の認識
しかし日本では、高市首相は、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ。私は諸外国に働きかけて、しっかりと応援したい」と述べ、3月の読売新聞の世論調査では、高市首相とトランプ大統領の首脳会談を全体として「評価する」は69%となっている。どこかがおかしい。何故か。
4月、国境なき記者団は「指数:報道の自由度」を発表した。主要先進国ではドイツ14位、英国18位、カナダ20位、フランス25位、イタリア56位、そして日本は62位、米国64位である。日本については「伝統的な利害関係や企業利益、政治的圧力、そして男女間の不平等などが、ジャーナリストが監視役としての役割を十分に果たすことをしばしば阻害している」との評価がなされている。
つまりわが国の報道は歪んでいる。わが国の報道に頼るわれわれの認識は歪んでいる。この理解が日本の外交安全保障を考える時に、不可欠の要因である。
「戦争する国への動き」は米国戦略への一体化
高市政権では、①台湾問題での発言、②憲法改正への前向き姿勢、③沖縄南西諸島等でのミサイル配備、④武器輸出の緩和等、「戦争する国への動き」が活発である。これらは単独の動きではない。日本の安全保障政策の米国戦略との一体化の動きである。
(1)台湾問題
高市首相は昨年11月衆院予算委員会で「台湾に対し武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と述べた。「存立危機事態」では自衛隊が集団的自衛権で軍事行動をとりうる。つまり「台湾有事」の際、日本は台湾側に立って戦うと言っている。
日本は1972年の日中共同声明で「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」とともに、「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」を約束した。ポツダム宣言第八項は「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルヘク」とあり、カイロ宣言では「台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スル」とある。
国際法では政権交代があった時、新政府は旧政府の国際約束を引き継ぐ。従って、ここでは日本政府は「台湾を中華人民共和国に返す」と約束したことになる。
日中共同声明署名に参画した栗山尚一氏(当時条約課長、後外務事務次官)は「台湾が中華人民共和国政府によって代表される中国に返還されるのをわが国が認めることであるから、「二つの中国」あるいは「一つの中国、一つの台湾」は認めない(すなわち、台湾独立は支持しない)、ということである」と解説している。つまり、高市首相の発言は、過去の約束を破り台湾有事の際には台湾側に立って戦う意思を持つと表明した。深刻な約束違反である。
(2)憲法改正への前向き発言
本年4月の自民党大会で高市首相は「日本人の手による自主的な憲法改正は党是。時は来た」と明言した。
自衛隊が海外に展開するのは国際平和協力法に基づく。日本国憲法は、「武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としている。
これによって平和協力への活動は、①停戦の合意、②受け入れ同意、③中立的立場の厳守、④撤収の要件(上記の原則が満たされなくなった場合、撤収すること)、⑤武器使用の制限(武器使用は、要員の生命防護等のため、必要最小限に限られること)としている。
米国は自衛隊に米軍と一体になって戦ってほしい。「憲法でそれができないなら、憲法を変えろ」となる。
(3)武器輸出の原則解禁
4月21日、「防衛装備移転三原則」および運用指針を閣議決定で大幅改正。従来の「非殺傷5類型(救難・輸送など)限定」を廃止し、戦闘機・艦艇・ミサイルなどの殺傷性武器輸出を原則解禁した。これもまた、武器面で米国側に立って戦う体制を作れということである。
1976年5月、宮澤喜一外相は国会答弁において「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」と述べた。
重要なことは、日本が落ちぶれて武器を作って稼ぐ決意をしたのではない。米国が戦闘し、支援している国・地域に武器を提供するための方向転換である。
米国に隷属すれば日本が繁栄し安全だという時代は終わった
第1次安倍内閣(2006年~07年)の指南役と言われた岡崎久彦氏は日米関係を緊密化しなければならない理由を次のように述べていた。
「18、19世紀から世界の最強はアングロ・サクソン(英国次いで米国)の時代に入った。これと戦った国はことごとく敗れた。日本はこのアングロ・サクソンと友好関係を持つしかない」
だが時代は変わった。それがここ数年の間に顕在化した。ウクライナ戦争はアメリカの代理戦争と言っていい。米国兵器対ロシア軍の戦いである。無残なのはウクライナで兵士は死に、国土は荒廃し続けている(中国との関係で、第一列島線上にある日本、台湾、フイリピンも同様の運命をたどる可能性を持つ)。バイデン大統領の意図に反し、プーチン政権は崩壊せず、ロシア経済も崩壊しなかった。逆にロシアの経済は購買力平価ベースで日本を抜いた。
イラン戦争では攻撃を受けたイランは「非対称戦略」を打ち出し、ホルムズ海峡を封鎖した。イランは南部に膨大な携帯用ミサイルと無人機を保有している。米国は軍事力でこれを排除することはできない。
ゲルゲス・ロンドン大学教授はガーディアン紙に、「未来の歴史家は、この瞬間をアメリカの世紀の終焉の始まり、そして中国の台頭によってますます形作られる、より不確実で危険な時代の幕開けと捉えるかもしれない」と寄稿した。
バイデン大統領の下で国家安全保障会議の中国・台湾問題担当副上級部長を務めたラッシュ・ドシ氏は、ニューヨーク・タイムズ紙に「アメリカは中国に舞台を譲る(America Cedes the Stage to China)」を寄稿し次の論を展開した。
「18世紀、中国とロシアは近視眼的にユーラシア大陸の草原に勢力圏を築き、イギリスは蒸気機関の完成によってその世紀を制した。19世紀、ヨーロッパはアフリカの奪取に固執する一方で、アメリカは電化と大量生産の発明によって飛躍的に進歩した。今、この現象が米国と中国の間で起ころうとしている」
米国一国では中国に対抗できない。日本を巻き込み中国に対抗しようとしている。その一連の動きが「保守」の仮面を被り今起こっている。
米国への隷属で日本の繁栄と平和がもたらされる時代は終わった。この視点を持って私たちは対米、対中政策を構築すべきだ。
