対中国戦争態勢作りの中で生起
軍事ジャーナリスト・元自衛官 小西 誠
テロ未遂事件を過小評価する政府とメディア
3月24日午前、恐るべき事件が起きた。在日中国大使館に、現職幹部自衛官が侵入しテロを引き起こそうとした事態だ。犯人は、刃渡り31㎝の刃物を隠し持っていたという。
中国外務省によると、この自衛官は「自身の行為が違法であることを認めながら『神の名』において中国外交官を殺害すると脅した」という。中国大使を殺害しようとした、前代未聞のテロ未遂事件だ。
ところが日本の警察は、この重大事件を「大使館への侵入事件」として過小評価しようとしている。メディアもこれに同調し、全ての記事が「ベタ記事扱い」だ。
この警察などの姿勢は、おそらく政府の強い要請によるものである。その政府は、翌日、官房長官が、数日後に防衛大臣・統合幕僚長が「遺憾表明」を行っただけだ。自衛隊の最高指揮官たる高市首相は、今に至るも沈黙したままである。
しかし考えてみよう。例えば、中国国内で中国の現役将校が、在中国日本大使館に武器を持って侵入し、テロを起こそうとしたとするなら、日本政府は「重大な外交事案」として、中国政府に対して厳しい処置を行うだろう。事はそのような「重大な外交事案」である。自衛隊最高指揮官が、沈黙して済ませられることではない。総理大臣・防衛大臣らは、直ちに在日中国大使館に出向いて深く謝罪し、大使館の警備を徹底的に強化することを誓うべきだ。「遺憾」表明は謝罪ではない。
大使館の警備は、ウィーン条約が厳格に規定する日本政府の責任である(「領事関係に関するウィーン条約」第31条「領事機関の不可侵」)。
背景にある自衛隊の右傾化・皇軍化
自衛隊の現役幹部がなぜこのような事件を引き起こしたのか。犯人は、陸上自衛隊えびの駐屯地(宮崎県)に所属する3等陸尉であり、今年の1月、陸自幹部学校を卒業して同駐屯地に赴任した。
この根源にある問題は、隊内の教育の在り方だ。自衛隊は戦後、新たに民主主義体制のもとに発足したと喧伝する。しかしこれは建前に過ぎない。自衛隊は戦前の旧日本軍と断絶していない。旧日本軍と連続して創設された。実際に自衛隊の基幹隊員は、旧日本軍の中級・下級将校で形成されたのである。
戦後、旧日本軍将校は、連合国最高司令官覚書によって、約8割の16万7035人が戦争犯罪人として公職追放された(1946年)。だが朝鮮戦争勃発を機に、追放が逐次解除され、50年11月には2973人、51年8月には7838人の計1万人以上が追放解除された。この解除組は警察予備隊(後の自衛隊)下級幹部、上級幹部に採用され入隊した。つまり戦後自衛隊の基幹は、文字通り旧日本軍人によって作られたのだ。
これらの多数の旧軍人らは、旧軍の気風、とりわけあの悪名高い軍隊内務班(私的制裁の巣窟)や旧軍式の精神教育を自衛隊に導入していった。この精神教育の一環としての政治教育も、「大東亜戦争論」という侵略戦争の正当化を伴うものであった。この旧日本軍人らは、1980年を前後して、逐次退官していった。
本来、この時代以降、旧日本軍の「風土」(伝統など)は、一掃されるべきであった。しかし今日、この旧日本軍の「風土」が強く復活し、新たに再生・強化されていく。このきっかけが、1991年湾岸戦争後の自衛隊初のペルシャ湾への、機雷掃海を任務とする海外派兵であった。これ以降、自衛隊はカンボジア、イラクをはじめ、本格的に海外派兵を遂行することになる。
そして今日、「台湾海峡有事」への対処として、南西シフト=対中国戦争態勢作りの中で、これが一挙に強まってきたのである。
自衛隊の中・上級幹部を養成する防衛大学校の腐朽化
この旧日本軍と自衛隊の連続性に注目する、重要な論文が最近発表された。この論文は、オックスフォード大学大学院生のベン・モラー氏の「軍隊の形成:日本の防衛大学校における隠れたカリキュラム」という論文だ(英文公開・204頁)。
モラー氏は、同大学での研究活動の一環として、1年余り防衛大学校に体験入校し、学生らと勉学・訓練・起居などをともにし、その体験に基づき防衛大の全容について調査した。このモラー氏の調査活動は、画期的なもので、同校の実態を内部から全面的に摘出したものだ。その優れた内容の核心は、以下のとおりである。
*戦後日本の自衛隊の創設が、旧日本軍からの断絶によって形成されたとするならば、なぜ近年の防衛大のスキャンダルは、社会全体とは著しく乖離している組織文化を露呈させたのか。
*防衛大内での自衛隊幹部の養成期間の全てが、大学校当局による正式な授業や訓練の枠外で生じている。この枠外とは、同校の学生舎での生活であり、学生らは防衛大と旧日本軍をつなぐ連続性――例えば、大学校内に見られる共通の旧日本軍の慣習、伝統、象徴などが、単に許容されるだけでなく、むしろ望ましいものであるとされている。
*防衛大内の「隠れたカリキュラム」は、何十年にもわたり将来の自衛隊幹部に対し、文民統制を回避するだけでなく、憲法上自衛隊を監督する責務を負う文民当局の目的としばしば真っ向から矛盾する、一連の価値観や思想を植え付けてきている。
*学生団体による年間行事の靖国神社参拝は、学生たちがアジア太平洋戦争中に帝国軍隊のために戦った軍人たちと、同じ伝統の中に自らを位置づけるよう教えられている実態がある。そこでは、公式カリキュラムとは対照的に、修正主義的な歴史観を強調し、伝統、慣習、そして共通の使命という形で旧日本軍との連続性を強調していることが示されている。
*この靖国参拝は、学校当局が支援する正式な学校行事で、「東京行進」は防衛大の通常の体制にしっかりと組み込まれている。これらは集団での靖国参拝を禁止する自衛隊の訓令に違反するが、防大学生は形式上、自衛官ではなく防衛省に勤務する特別職国家公務員であるとして法令をすり抜けている。
*校内の学生舎生活では、「1年生は『ゴミ』、2年生は『奴隷』、3年生は『人間』、4年生は『神様』のように扱われる」という、すさまじい環境におかれている(学生舎では、1~4年生が一部屋に各学年2人ずつが居住)。
*防衛大内のいじめ、パワハラの多発は、このような学生舎内の環境によるところが大きい。特に上級生による下級生への直接的暴力は、被害者が訴えた裁判で告発され減少したが、パワハラは陰湿に続いており、同大学校の組織的・構造的な要因によるものと言える。
この研究論文は、筆者がすでに指摘した自衛隊と旧日本軍の連続性、特に軍事組織の根源にある軍紀(学生舎・営内班)において、旧日本軍を継承する同大学校の実態を指摘している。重大なのは、このような旧日本軍を賛美・継承し、靖国参拝を挙行する防衛大出身の幹部らが、自衛隊全体を指揮・統制しているという恐るべき現実だ。この集団がいつ暴発しないと言えるのか?
自衛隊幹部らの靖国神社参拝の常態化
その象徴的出来事が、最近報じられている最高幹部らの靖国参拝の常態化である。海上自衛隊をはじめ、幹部自衛官らは自衛隊の発足以来、大なり小なり靖国参拝を行ってきた(非公開の公式行事)。しかし現在進行するのは、「戦死者」を想定した靖国参拝であり、自衛隊による本格的な靖国の復活・復権だ。
2024年3月、「靖国神社宮司」という最高責任者に、海自元海将・大塚海夫が就任。これ以前にも自衛隊と靖国の結びつきは強められてきた。12年には靖国神社の崇敬者総代(10人で構成する靖国の最高機関)に、元統幕議長・寺島泰三が就任。19年には、この総代に元海幕長・古庄幸一が、23年には、古庄に代わり元陸幕長・火箱芳文が就任した。
つまり自衛隊は、靖国神社の最高機関に人材を送り込むことで、戦死者の靖国合祀に向け、公然と舵を切ったということだ。この目的を元陸幕長・火箱は以下のように言う。
「近い将来国を守るために戦死する自衛官が生起する可能性は否定できない。我が国は一命を捧げる覚悟のある自衛官たちの処遇にどう応えるつもりなのか。自衛官が戦死した場合、靖国神社に祀ってほしい」(25年6月7日付毎日新聞)
また、現在でも自衛隊に大きな影響力をもつ元陸幕長・岩田清文も言う。「私はもしいざという時が訪れ最後の時が来たならば、靖国神社に祀ってほしいとの願いを持っていた。我々自衛官と同じ『国のために命を懸ける』との志を持たれていた先人が祀られる靖国に、自分の死後もありたいと思っていた。台湾有事・日本有事の危機感が高まる中、自己の死生観に磨きをかけている自衛官諸氏も多いことであろう。その中には、いざという時は靖国に祀ってもらいたいという、私と同様の気持ちを持つ自衛官もいるものと思う」
不正義の戦争を行おうとする自衛隊には、靖国神社という前時代的な「証文」を持ち出す以外に死生観は得られないということだろう。
日中不再戦を高く掲げて!
このような自衛隊の将官らの言動が、中国大使館テロ未遂事件の根源にある。自衛隊が対中有事態勢作りで動き始め、反中国の扇動を隊内に浸透させつつある。もちろん、この反中国の扇動は、メディアと軌を一にした日本社会の軍事化の流れの中にある。
自衛隊は、この3月、陸自・熊本駐屯地などに中国を射程に入れた長射程地対艦ミサイルを配備した。26年度には宮崎県のえびの駐屯地内に長射程の「高速滑空弾」配備を決定している。この駐屯地こそ、先のテロ未遂事件を起こした幹部の所属部隊だ。
つまり、テロ未遂事件は、高市の「台湾海峡有事への武力介入」発言=対中国戦争態勢作りが、根源にあるということだ。
この高市政権は、米国のイラン侵略戦争を是認し、先の日米首脳会談では、停戦後の海自のペルシャ湾への機雷掃海のための派兵を合意したことは疑いない。国際法にも違反する米国の古典的帝国主義戦争に、全面的に賛同しようとしているのだ。
私たちは、日本を戦争に引き込もうとしている高市政権とその「台湾海峡有事への武力介入」発言を撤回・謝罪させる、広範な国民運動を起こさねばならない。その運動は、日中不再戦を掲げて!である。
この運動は、草の根からの日中人民の広範な交流が必要だが、その基礎には、日本人民の、中国侵略戦争への「加害者としての深い反省」が求められている。昨年、戦後80年の報道では、アジア太平洋戦争の日本の被害ばかりが報じられていたが、この戦争で私たちが認識すべき重要な問題は、日本の中国をはじめとしたアジアへの加害責任の深い反省と自覚だ。
南京大虐殺はなかった、日本のアジア太平洋戦争は「聖戦」であった、などという犯罪的な歴史修正主義を完全に一掃しなくてはならない。それが私たちに課せられた責任である。
