「食料安全保障推進法」の制定を

コメ騒動の深層とコメ増産の課題

東京大学大学院特任教授 鈴木 宣弘

 令和の米騒動は、①減反のし過ぎ、②稲作農家の疲弊が根底にあり、③猛暑の生産への影響、④需要の増加が加わり、コメ不足が一気に顕在化した結果で、流通・農協悪玉論は本末転倒だと述べてきたが、直近の政府の検証でもそれが裏付けられ、コメが足りなかったことを認めて増産に舵を切ると言う。
 しかし、そのために、相変わらず、規模拡大とスマート農業と輸出だと言っているだけでは、米価下落で稲作農家は潰れてしまう。消費者と農家の適正米価(2500円と3500円/60㎏)の差を補塡する直接支払いなどを急がないと、農村コミュニティーもコメ供給も維持できない。洪水防止などの多面的機能もさらに失われていく。
 流通・農協悪玉論が展開されたが、それは否定された。ところが流通・農協悪玉論が間違いだったと認める発言がないのはなぜなのか。そこに隠された意図が懸念される。

米価高騰要因の整理

 米価高騰の要因については諸説述べられているが、端的に言えば価格が高騰したのは需給が逼迫したからである。それはそのとおりだが、問題は、その要因が何かということである。実は、単年で見ると、すでに、2020年から21、22年も、生産量が需要量に達していなかった。これは、①減反のし過ぎ、②稲作農家の疲弊が主因と考えられる。
 つまり、需要にギリギリに合わせようとする生産調整に加え、水田を畑地にすれば「手切れ金」だけ出すから田んぼを潰せという水田畑地化政策の一方、稲作農家は「時給10円」にしかならぬほどの低所得に追い込まれて生産縮小や廃業が増え、生産が需要に届かなくなってきていた。
 そこに23年に、③猛暑の生産への影響、④需要の増加が加わり、コメ不足が一気に顕在化したのである。生産の減少が大きくなったところに、需要は増加した。需要の増加はインバウンド需要の増加が指摘されたが、国内消費者が値上がりした他の食材から、相対的に安いコメにシフトしたことも大きかった。24年の需要も政府見通しよりも37万トン多い711万トンだと判明した。
 さらに24年も、政府の発表ほどは収穫がなかったし、低品質米の増加で玄米から精米への歩留まり率は通常9割だが8割台に落ちているとの関係者の声が多い。コメ不足に拍車をかけた可能性がある。

本末転倒の流通・農協悪玉論

 だから、流通悪玉論、農協悪玉論は本末転倒なのである。農協はコメが集まらなくなって困っているのに、コメを隠して価格を吊り上げることなどできない。農協以外の業者も何とかコメを調達しようと高値で買い、卸売業者間でも融通し合い、また7、8月の端境期まで米を持たせなくてはならないので、販売量を調整したのだ。誰も、隠して吊り上げて儲けようとしているわけではない。だから、流通が突然悪さを始めて価格が高騰したわけはなく、コメが足りないから流通が混乱したというのが実態だ。
 問題の本質が政策の失敗によるコメ不足であることを認めず、コメは足りていると言い続け、備蓄米の放出も遅れて、事態を悪化させた。25年3月末の民間在庫が179万トンで、あと3カ月分くらいしかなくなり、備蓄放出量を足しても、7、8月の端境期を乗り切れるかという事態になった。
 このため25年産米も「青田買い」どころか「茶田買い」と言われるように、田植え前に秋にできたコメの販売契約が、JAの概算金で2・5万円前後、JA以外の業者は3万円前後で進んだ。こうして秋の新米の小売価格も5㎏で4000円超えになる可能性が示されていた。

小泉劇場

 そこに小泉進次郎農水相が登場し、随意契約という「超法規」的な手段で、極めて低価格のコメを政府が輸送費まで負担して一部の大手業者のみを使って販売するという強引かつ不公平な政策介入で、無理やり安いおコメを演出した。小泉劇場だ。
 備蓄米をほぼ出し尽くし、輸入米も投入して、市場をジャブジャブにして価格破壊して、かつ、コメを増産して輸出も伸ばすと言う。そんなに価格が下がったら、誰がコメを作るのか。現場の農家は怒り心頭に発した。

輸出米は8倍に

 一方で、輸出米は8倍に増やすとの目標を発表した。国内のコメが足りていないのに、なぜ、輸出の話が出てくるのか。しかも輸出米には4万円/10a(5千円/60㎏相当)の補助金が付く。それなら今こそ、その金額を輸出でなく国内主食米に補助して増産を促して、米価が1・5万円/60㎏に下落したら、消費者は助かり、農家には5千円/60㎏の補塡で2万円の米価と同等になって農家もギリギリ持続可能水準だ。
 スピーディーにやるのは米価破壊でなく、こういう政策こそ、今すぐに表明して、農家と消費者の双方をスピーディーに助けるべきではないか。
 しかし、それには、5千億円以上の財源が必要になるため、怖い財務の壁が後ろから圧をかけているから言い出せずに事態が悪化しても放置されている。財政の壁が「諸悪の根源」ともいえる。

輸入米しかないという
ストーリー

 「令和の米騒動」への対応では、生産振興する対策は出されずに生産現場の不安を放置したまま、備蓄米も使い果たし、次は輸入しかないというストーリーが作られていたかに見える。トランプ大統領に、もっとコメを輸入しろと言われ、自動車を守るにはコメを出すしかないかのように、譲ってはならない最後のカードであるコメまでが差し出されるストーリーだ。「盗人に追い銭」外交で、すべて剝ぎ取られて、自動車も守れなくなるのは目に見えていた。
 すでに、主食用の輸入米の前倒し投入だけでなく、その他の輸入米も増やして国内の備蓄米に回し、徹底的に国内市場をジャブジャブにしようとしている。ほぼ使い果たした備蓄米は、本来、国産の新米で補充するのが当然で、その契約も進んでいたのに、その契約を凍結して、輸入米で備蓄を補充する準備がされているのではないか。

7万トンどころか
25万トン増に

 まず、TPPで約束した米国からのコメ追加輸入枠7万トンはトランプ氏自らのTPP離脱で消えた。だから突っぱねればよいのに、それをどう実現するか、必死に検討してきた。その結果、77万トン(これも本当は最低輸入義務ではない)の輸入枠外ではなく、枠内で、米国米の輸入を現在の「密約」の35万トン前後(77万トンの約半分)から75%増の約60万トンに、実に25万トンも増やすという。77万トンのうちの60万トンが米国産という異常な「差別待遇」になる。タイや豪州や中国など他国のアクセス枠は17万トンしかなくなる。

文書に残せない「密約」

 しかも、当初から77万トンのうち約半分の35万トン前後は米国から必ず買うと約束していたのは関係者間の「公然の秘密」だ。多国間の約束の中に米国だけを優遇する約束はWTO違反になるので文書に残せないし、「そんな約束はしていない」と頑なに言い続けてきた。毎年35万トン前後が米国産米なのは統計で確認できるが、「たまたまだ」と説明されてきた。
 今回の上乗せ分もWTO違反の2国間合意である。だから、文書に残せないし、そんな約束はないと言い続ける。しかし他国も黙ってないだろう。

国産米に影響がない
だろうか

 米国からの輸入米が店頭に並ばなくとも備蓄に回せば、その分、国産米が備蓄に回せなくなるから、国産の主食米市場を圧迫することになり、主食米の下落圧力となる可能性がある。
 ただでさえ、ここでコメを作る人は5年以内にいなくなるという地域が続出している。それを一気に加速してしまうことになりかねない。

所得補償の議論

 石破総理は09年、農水大臣だったときには、筆者の本を3回も赤線を引きつつ読まれて、生産者にとっての適正米価と消費者にとっての適正米価との差を生産者に直接支払いする仕組みを石破プランとして公表していた。
 今度こそ、それを実施するのかと期待したが、「努力して規模拡大してコストを下げた人」に限定しないと国民に説明ができないと言い出した。今、猫も杓子も口を開けば、「大規模化」「スマート農業」「輸出増大」でバラ色、という議論ばかりだ。例えば、15‌ha以上層は数で1・7%、面積で27%。大規模化も大事だが、それだけを支えても農村コミュニティーも国民へのコメ供給も維持できない。
 稲作の構造転換のために、2・5兆円の別枠予算を確保したと言うが、5年間なので、年間5000億円だ。かつ、中身は、水田区画の大規模化、施設整備、スマート農業、輸出産地の育成、となっている。しかも、予算の多くは既存の予算の名前を変えただけだし、その利益の多くは農家でなく関連企業に行く。苦悩している稲作現場をスピーディーに救えるとは到底思えない。
 そもそも27年度に向けて検討するとしているが、これでは、間に合わないし、対象を絞ったら、役に立たない。なぜ、農家の所得を支える仕組みがすぐに出てこないのか。
 スピーディーにやるべきは米価破壊でなく稲作ビジョンの提示だ。このままでは、全国各地で、小規模でも頑張っている人たちを非効率として排除して、日本の地域コミュニティーを破壊し、一部の企業を儲けさせるだけだ。

明確な稲作ビジョンを
すぐに示せ

 極端なコメ需給緩和誘導や農協潰しで事態を悪化させている場合ではない。備蓄米と輸入米による価格破壊は稲作農家を破壊しつつある。大規模農家も含めて多くの農家は、60㎏当たり2万円~2万5千円の生産者米価が経営継続に必要だと話している。
 筆者は、超党派の「食料安全保障推進法」を制定し、「財源の壁」を打ち破る提案をしている。3本柱となる施策のイメージは、まず、①食料安全保障のベースになる農地10a当たりの基礎支払いを行い、②コスト上昇や価格下落による所得減を直接支払いで補完し、農家を助けると同時に消費者には安く買えるようにする。さらに、③増産したコメや乳製品の政府買い上げを行い、備蓄積み増しや国内外の援助などに回す、というものである。
 この提案は、ほぼ全政党の勉強会で賛同を得ており、各党の農政公約にも反映されている。農家への直接支払いには、バラマキ批判があり、対象農家を大規模に限定すべきだとの議論があるが、それでは、多くの農家・農村が破綻する。対象を限定しなくとも、補塡基準米価を高過ぎないように、努力目標として設定すれば、バラマキにはならない。
 「スピード感」と言うならば、一日も早く、消費者・生産者双方が持続できるように、最低限の生産者米価を補償する政策を打ち出すことが不可欠だ。麦や大豆の生産振興も必要だから転作奨励金は維持し、コメについては、数量を指示せずに、主食用、加工用、飼料用、輸出用を問わず、最低限60㎏当たり2万3000~2万4000円と市場価格との差額は補塡し、何をどれだけ作付けるかは現場の判断に委ねる。コメの政府在庫は、米価が1万5000円を下回ったら買い入れ、2万円を超えたら放出するといったルールを明確にして運用する。
 こういった具体的な数値に基づく詳細な政策枠組みの提示が今こそ求められている。