文科省による「教育基本法違反」認定に抗議

多面的・多角的に学び、
自ら考える教育機会こそ大切

沖縄県高等学校障害児学校教職員組合委員長 喜瀬 実名子

 名護市辺野古沖で修学旅行中の船が転覆し、同志社国際高校の生徒と船長の尊い命が失われた事故は大変痛ましいことです。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆さまに深い哀悼の意を表します。そして、平和教育を含めた教育活動すべてにおいて、安全管理が最重要であることを改めて認識しました。
 一方で、教育内容は事故原因の究明にも再発防止にも直接的な関係はないはずです。それにもかかわらず、文部科学省が教育内容まで調査して「教育基本法違反」「偏っている」という見解を出すことは大いに疑問です。
 また、文科相は「政治的中立性を確保した上で教育を行うことが重要」と言っていますが、「何が中立か」という明確な線引きが難しいです。長年、平和を守るという強い思いで平和教育を行ってきたベテランの教員が過度に萎縮するとは思いません。しかし、経験の少ない若い教員が「生徒たちにとって平和教育は大事だ」と思っても、「政治的中立性」という言葉によって萎縮する方向に向かうことを危惧しています。
 そして、「辺野古のことには触れさせない」という思惑を感じます。文科省の姿勢は政治的賛否が分かれる問題について、「政治的中立性を確保した上で教育を行うことが重要」であり、必ずしも「一切触れるな」ということではないはずです。しかし、今回の認定は「中立性」をことさら強調することで、平和教育の取り組みを萎縮の方向に向かわせるものです。

沖縄を学ぶこと自体が「萎縮」しかねず

 今、沖縄では6月23日の「慰霊の日」に向けて、平和教育に取り組む時期です。こうした時期に、辺野古の事故と文科省の「是正措置」についての報道があり、声を上げなくてはという思いで沖縄県教職員組合や退職教職員会と共に抗議声明を発表しました。そのなかで、「教職員が萎縮することが大いに危惧される」と指摘していますが、ある県立学校が校外研修で米軍嘉手納基地を一望できる「道の駅かでな」を訪れる計画を立てたところ、管理職からの指摘で「道の駅かでな」がコースから外されました。
 そして、沖縄県外の子どもたちは、大人になって沖縄を訪れる機会があったとしても、基地を訪れる機会はそう多くはないと思います。修学旅行などで沖縄を訪れ、基地や戦跡に足を運ぶことは非常に貴重な経験となるはずです。沖縄の置かれている現実を知ることができる、教室では得られない学びです。沖縄の戦跡や基地を訪れる機会を今後も保障すべきです。

深刻な状況に向き合う
教育を

 例えば、民主主義では選挙など「多数決で決まる」ことが確かにあります。しかし、物事の判断について多数決がすべてではないはずです。たとえ少数の声であっても、その少数の声を発する人びとの置かれている状況が深刻であれば、その状況について思いを巡らせる必要があるのではないでしょうか。47都道府県のなかで面積も小さい沖縄県において米軍基地が集中して、米軍機の爆音に日常的にさらされているとか、米軍人による性被害等々という深刻な状況があります。全国に米軍基地は点在していますが、なぜこれほど沖縄に集中しているのか。こうしたことを考えるような、今まで当たり前とされてきた平和教育それ自身が「偏向教育だ」と決めつけられかねない事態です。
 特にネットでは間違った情報が氾濫しています。だからこそ、政治的に賛否が分かれる問題についても、触れないという方向ではなく、事実や根拠のあるものに触れていく機会が大事です。
 その点で情報リテラシー教育が大変重要ですが、実際教育現場では十分とは言えません。情報リテラシー教育や人権教育なども子どもたちがこれから生きていく上でとても大事だと思っていますが、大学受験に向けた授業時間の確保など、学力向上が優先されがちだと感じています。
 「沖縄の大学進学率が全国的にみて低い」ことが問題視されることがあります。経済的理由で大学に行けない子どもたちへの支援は考えていくべきですが、大学に進学することだけがすべての子どもの幸福を保障するわけではありません。また、全国学力テストでの順位が上がった、下がった、全国で何位になったとかで一喜一憂することに何の意味があるのでしょうか。
 むしろ、今の時代、情報リテラシーを身につけ、平和教育や人権教育を充実させ、これから自分がどう生きていくのか、どのように社会と関わっていくのか考えさせる教育にこそ力を入れるべきではないかとすごく感じます。

教員の主体性尊重した
玉城知事

 こうしたなか、「平和教育の政治的中立性を求める」「偏向教育の調査点検を求める」ということで、右派的主張を掲げる人たちが全国の自治体議会に陳情を上げようとしています。
 かれらのサイトを見ると、「教育内容の調査点検」を声高に叫びながら、その旨の陳情書のテンプレートまで用意されています。辺野古での痛ましい事故を利用して、平和教育をなきものにしようという危険な動きです。
 実は昨日、全国から教職員の皆さんが集まる会議がありました。そこでも、今回の文科相の「是正措置」についての議論に多くの時間が割かれました。全国の教職員組合からも抗議声明が公表されています。また、長崎の被爆者の方々からも同じような声が上がっています。
 国会でも教員出身の勝部賢志参議院議員が今回の文科省の措置に対して、かつての「森友学園」問題とも比較しながら、今回の文科省の措置が恣意的であることや、「学校現場が萎縮してしまう」と質しました。
 また、玉城デニー知事が文科省の姿勢に対して、「踏み込みすぎだ」と批判しました。さらに「沖縄県における平和教育全般が偏向しているというようなことはない」とハッキリと言ってくれました。教職員の主体性を尊重しながら、文科省の動きにキチンと声を上げてくれる知事に次も引き続きなっていただきたいと思っています。

主体的な判断力養う教育こそ

 私は平和教育に限らず、教育全般について、教師が最初から「正解」を示すのではなくて、いろいろな要素を提示しながら、「正解」を導き出すことを支えていくことが大切だと思っています。生徒たちが多面的・多角的に学び、自ら考える機会を保障することが重要です。
 そうした機会を通じて、やがて大人になって自分自身でいろいろな情報を得て、判断力や主体性を発揮していくことが大事ではないでしょうか。
 とくに社会課題については「マル」「バツ」と単純に割り切れません。オープンクエスチョン、回答を限定しないで、あとは自分で自由に考えていく過程が大切です。「正解」を示さず、生徒たちにモヤモヤする思いをもってもらうことも大事と思っています。
 今、教育分野に限らず、「心理的安全性」がキーワードになっています。平和や政治についても、違う意見を気兼ねなく言い合える環境をつくっていきたいです。生徒の主体性を育むためには、教師自身が主体性を持って生徒と関わることが重要です。そういう意味でも、今回の文科相の一方的な「教育基本法違反」の認定に抗議します。