新年メッセージ

アジアの時代への日本からのアプローチ

沖縄社会大衆党 中央執行委員長
前参議院議員 琉球大学名誉教授 髙良 鉄美

脱亜入欧と旧暦

 2026年2月に敢えて沖縄から「明けましておめでとうございます」とご挨拶させていただきます。旧正月は例年2月初めが多いのですが、今年は2月15日に当たります。本来だと季語や季節の節目も旧暦に基づく面があるので、体感とズレが生じているのは筆者だけではないと思います。沖縄の年間行事も旧正月や旧盆(旧7月13日~15日)、トーカチ(米寿、旧8月8日)など旧暦で行われることがほとんどであり、アジアの香味、テイストが色濃く出ています。
 日本もアジアの国々と同様、歴史的には旧暦を使用してきました。ところが、明治になると「富国強兵」をスローガンに、やがて「脱亜入欧」の国策を掲げ、日本は欧米列強と鎬を削る帝国主義国家となっていきました。そこにはアジア=後進国、欧米=進歩的文明国で、日本は後者に属するとして、国家改革を正当化する意義がありました。言うまでもなく現在のG7への憧憬、偏重と共通しています。そして文字通り、暦においても脱亜入欧となり、旧暦の「月」の国から新暦の「日」(太陽)の帝国へと変身したといえます。

月の国から日の国へ、
そして…

 月は夜の淡い光の中で、人の心や体を癒やすイメージを持ち、実際、心臓や脳など主要臓器、脚や腕、骨など月偏の漢字は人体の多くに使用されています。また、人間の誕生や死まで月の満ち干に深く関連しているとの古い言い伝えもよく聞くことです。
 一方、日も決してイメージが悪いわけではありません。明るい光で世の中を照らし、色鮮やかな風景や生き物、花々等を映し出す力があります。また、「北風と太陽」のイソップ寓話にあるように暖かな光と熱で柔らかく包むように旅人を癒やすこともできます。しかしながら、熱や光を過度に放射してしまうと、干ばつや熱射病など、人間や動植物に多くの害をもたらす光景も気候変動の中でよく見聞きしていることです。
 この比喩的状況は、日(太陽)の帝国時代が行き過ぎた「力による現状変更」を行った結果であったことを表しています。本来の太陽の暖かさとはかけ離れた存在であった歴史が、日本にあることをしっかりと見据えて日本の、そしてアジアの未来を描く必要があります。それが80年前の平和憲法の誕生とかかわりを持っているといえます。

亜細亜からアジアへ

 亜細亜(アジア)の「亜」にはいくつかの意味や含蓄があります。脱亜入欧の日本の歴史を見ると、亜細亜は、単なる音訳だけで充てたのだろうかという疑問が湧いてきます。「亜」の漢字は、亜流、亜熱帯など「次ぐ」「二番目」「主要ではない」の意味をもっています。「細」の字は、小さい、取るに足らない、卑しいという意味を含んでいます。日本に比べ主要ではなく、下位にある国々や地域として捉えた視点が、日本の帝国主義、植民地主義に織り込まれていたことは否定できません。
 たとえ「大東亜共栄圏」の語を用いていたとしても、当然に日本が主であって、残りはその他という考えが構造的にあったことは容易にあぶり出されます。
 ひるがえって戦後80年、果たして、亜細亜は取るに足りない、無視しても差し支えない地域なのでしょうか!? 中国のGDP成長率が5%に対し、日本は0・1%にすぎません。4%~5%を誇っていたのは40年ほど前でした。またASEANは世界の「開かれた経済センター」といわれるほど経済発展が著しく、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピンの主要5カ国のGDP成長率は平均4・9%です。加盟国であるベトナムは7%を超える経済状況です。
 0・1%という日本のGDP成長率は世界193カ国中173位であり、ASEAN加盟国10カ国のうち日本より低いのは、内戦中のミャンマーだけです。IMF(国際通貨基金)の見通しでは、25年にはASEANのGDPが日本を上回るとされています。中国やインドはといえば、GDP世界ランクでそれぞれ2位、4位となっていることは周知のとおりです。GDPランクで日本はドイツ、インドに抜かれ5位になりました。韓国は13位、台湾も22位となっています。しかも、国民一人当たりのGDPで見ると日本は韓国(36位)、台湾(37位)に次いで38位なのです。もう「亜細亜」という含意のあるアジアではないことは明らかでしょう。

平和憲法とアジア

 周知のとおり今年は日本国憲法が誕生して80年を迎えます。1945年12月には、国民主権、人権保障、平和思想、象徴天皇制などを核とした、戦後初の民間憲法案として憲法研究会の「憲法草案要綱」が発表されました。GHQがこの憲法草案の発表を知った時、この内容に絶賛しており、憲法制定にそれほど強く介入するつもりはなかったと思われます。
 しかし、ちょうど80年前の2月1日、毎日新聞がスクープした日本政府案は、大日本帝国憲法とほとんど変わらないうえ、ポツダム宣言とも全くそぐわない内容でした。これに危機感を抱いたマッカーサーは、①天皇立憲元首制、②封建制廃止、③戦争放棄といういわゆるマッカーサー3原則を提示し、GHQに草案作成委員会を設置しました。同委員会は4日から12日の9日間でGHQ案を作成し、10日目には日本政府に提示したのです。
 なぜ9日間というスピードで案を作成できたのでしょうか? 他の連合国メンバーから成る極東委員会(FEC)が活動する前に、日本の民主的統治の基本制度としての憲法を作る必要があったという時間的制約や米国が42年ごろから戦争終結後の日本統治方法を研究・検討していたので、憲法・政治関連資料がかなりそろっていたことも理由とされます。また、GHQ草案作成委員会のメンバーも2人の法律家がトップにおり、行政官、軍政、政治制度、公共政策などの実務者、研究者、専門家また歴史学、教育学、社会学、ジャーナリズムなどの専攻者といった25人の分業に加え、メンバーの昼夜を徹した作業、奮闘なども挙げられます。しかしGHQは、憲法研究会案に強い関心を示し、翻訳・検討を行ったと記録されていることから、基本的構造がGHQ案や現行憲法に酷似する憲法研究会案が最も参考になったと言えます。憲法25条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と憲法研究会案13条(便宜上13番目の文)「国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有する」、この2文は英訳すれば全く同一と言ってよいわけです。
 戦後の瓦礫の中で復興を夢見た80年前の日本において、またアジアにおいても、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように」という強い思いを憲法前文が謳っています。「健康で文化的な最低限度の生活」を謳う日本で、そしてアジアで、戦争という「政府の行為」で再び瓦礫とともに生活する危険はないのでしょうか? 憲法前文と、憲法9条、憲法25条は深いつながりのあることを今一度想起して、戦後80年、憲法80年の2026年を平和な安持在(アジア、安心を持はここに在り)にしてまいりましょう。

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