対中国戦争準備が進む南西諸島から
危機を演出する日本の「南西シフト」
石垣市議会議員 花谷 史郎

日本政府が中国を名指しして軍事的な懸念事項とし、防衛政策の喫緊の課題として進める「南西シフト」は、南西諸島における自衛隊配備を指します。特に、行政区域内に尖閣諸島を含み、台湾にも近接する石垣島や与那国島の駐屯地は、この防衛ラインの最重要拠点と位置づけられています。
しかし、この緊張感が高まる状況において、高市首相の「台湾有事」に関する言及のように、日本自らが中国の最も敏感な部分に踏み込む発言が相次ぐことは、さらなる危機を招きかねません。日本政府は、この国境防衛の最前線で暮らす南西諸島住民の命と生活について、十分な配慮と説明責任を果たしているか、強い疑問が残ります。
【石垣島】
駐屯地開設と「なあなあ」で進む日米訓練
石垣島では、2015年に陸自駐屯地の配備要請が行われ、住民の強い反対運動にもかかわらず、23年に陸上自衛隊駐屯地が開設されました。その後、毎年のように繰り返される日米共同訓練は、南西諸島の自衛隊配備が、米国の計画の一部であることを改めて認識させるものです。
石垣島における軍事化の進行を象徴する出来事として、米空軍の救難訓練を巡る問題が挙げられます。
25年6月に市内漁港の使用許可申請が市に対して行われ、7月には訓練用のプレハブ設置と米軍ボート2隻の係留が実行されました。このことは事情を知らない地域住民の間で話題となり、新聞報道等によって初めて多くの市民が知る事態となりました。
驚くべきことに、これらの訓練に至るまでの許可申請は、米軍関係者でも日本政府機関でもない「民間人」によって行われていました。さらに、沖縄防衛局をはじめとする政府機関も訓練を十分に把握しておらず、石垣市の漁港管理担当部だけの判断で許可されており、市長をはじめとする上層部にも知らされていませんでした。
その後、米空軍が許可範囲外での訓練を行ったことも判明しています。
米軍という外国の軍隊の訓練が、これほどまでにいい加減な手続きによって実施されていたという事実には愕然とします。米軍、日本政府、そして石垣市の三者が、重要であるはずの手続きを軽視し、「なあなあ」で処理していたと言わざるを得ず、この先、有事の際の連携や情報共有体制が大いに危惧されます。
複雑な思いを抱える島民
陸自駐屯地開設から2年余りがたった石垣島での生活は、まさに過渡期と言える状態であり、島民は複雑な思いを抱えながら生活しています。
自衛隊は、人員や装備品の提供、音楽隊の演奏などを通じて、祭りやイベントに積極的に参加しています。特に防災訓練ではその存在感が強く、自衛隊に対する理解を示す住民も少なくありません。また、部隊の定着による地元経済への波及効果も、自衛隊の存在を受容する一因となっています。
一方で、自衛隊の行事参加は、軍事的な要素が市民生活に溶け込むという軍事化への危惧を生んでいます。特に、地域住民によって開催されてきた祭りが、自衛隊の協力を得ることで、将来的にそれなしでは運営できなくなり、自立性を失うのではないかという声もあります。
祭りやイベント等における迷彩服での参加などは、平和憲法の精神と相いれない、「プロパガンダ」の側面を強く持ちます。地域の姿は、祭りやイベント等での協力的な自衛官と、有事の際に島を攻撃目標に変える「ミサイル基地の要員」としての自衛官という、二重のイメージに戸惑いながらも、彼らとの付き合い方を模索しています。
12月7日に市民会館で開催された「日米合同演奏会」では、演奏を聴きに来る人々がいる一方で、街頭で演奏会に異議を訴える声もあり、石垣島の複雑な現状を如実に表していました。
【与那国島】
拡大するミサイル配備と住民のリスク
防衛省が石垣島への陸上自衛隊配備計画で、警備隊に加え、艦艇などを攻撃する地対艦ミサイル部隊と、飛来する航空機やミサイルを迎撃する地対空ミサイル部隊の配備を挙げたように、防衛とは言いながらも攻撃的な印象のあるミサイル配備は市民間で大きな議論となりました。
さらに、石垣島と同じ八重山諸島に位置する与那国島では、これまでの説明になかった地対空ミサイル配備の動きがあり、住民を再度悩ませています。与那国島では、反対運動や住民投票を経て2016年に陸上自衛隊の沿岸監視隊が配備されましたが、当初はミサイル部隊の配備は含まれていないとされてきました。
防衛省は、航空機やミサイルといった経空脅威への対処能力を高めることを目的としているといいますが、台湾から約110㎞と最も近接する日本最西端の島であることを考えると、防衛力強化の裏側で住民が負わされるリスクは無視できません。
11月23日には小泉防衛大臣が先島諸島を視察し、与那国島へのミサイル配備の推進と住民の理解を求める考えを示しました。また、12月4日には電子戦部隊の説明会も行われ、町長も配備に理解を示しているのが現状です。
平和な東アジアの実現に向けて
どんどんと変化しながら拡大される自衛隊施設と、与那国町民が考えていた島の未来像は果たして合致しているのでしょうか。石垣島や与那国島をはじめとする八重山諸島の今の姿は、私たちの祖先が望んだ姿であったでしょうか。そして、軍拡の進む日本の未来の姿は、この国に暮らす子どもたちの望む姿でしょうか。
私たち一人ひとりが考え、戦争をしない、戦争に巻き込まれない対応を日本政府に求め、行動していくことが必要です。戦後80年の終わりに、改めて「日中不再戦」の精神を思い出し、子どもたちのため、そして自らのために、平和な東アジアの実現に向けて努力を続けることが重要です。
2026年が、南西諸島の住民にとって、そしてこの国にとって、より良い平和な年となるよう祈念します。
