トランプ2・0政権誕生と国際政治

石破政権に日米地位協定改定を要求する時

㈳東アジア共同体研究所所長 孫崎 享(元外務省情報局長)

1 トランプ人事の特色
︱反対者の徹底排斥と
支援者への配慮

 米大統領選挙で、トランプはハリスに対し選挙人獲得数で312対226と圧勝した。上院も下院も共和党はともに過半数を制した。共和党議員は圧倒的にトランプ支持者が多い。これによって25年からの4年間、強力なトランプ政治が展開される。
 政権の骨格を占める長官の指名においても、トランプ支持が鮮明なら候補者が問題を抱えていても構わない。むしろ論争を歓迎している様子がある。トランプ政権では「国内政治であれ国際政治であれ、論争を引き起こし、これで米国国民にトランプの存在を強く植え付ける」、それが狙いのようだ。問題の解決はさして重要ではない。
 ここで簡単にトランプ政権の第1期目と、今回の2期目の比較を行っておきたい。
 トランプは第1次政権の発足は極めて脆弱であった。ホワイトハウスでは、①大統領首席補佐官に加え、②娘イバンカとその女婿クシュナー、③イデオローグのバノン(ホワイトハウス首席戦略官)の力が錯綜し、ホワイトハウスはぐちゃぐちゃの状況であった。今回それを一新した。
 トランプ政権1期目、政権は執拗に揺さぶられた。20年の大統領選挙で敗れた。24年の選挙では「司法の武器化」が起こり、暗殺未遂も2件生じた。通常の民主政治下の動きではない。これを背景に、トランプは2期目に移行する人事では、①敵とみなされる人物、組織の中心人物を徹底的に外す、②自分に忠誠を誓った人物には主義主張を超えしかるべき地位を与え処遇することを鮮明にした。厳しい選挙戦で選挙対策本部長を務めトランプの信頼が厚いワイルズ(女性、67歳)を大統領首席補佐官に任命し、4人の副首席補佐官を任命し、ホワイトハウス主導体制を固めた。ホワイトハウス報道官にはトランプ陣営の選対本部の報道官を務めてきたレビット(27)が起用された。つまりトランプは「忠誠度」を軸にホワイトハウスの陣容を固めた。
 国務長官にはルビオ上院議員が指名された。ルビオは16年の大統領選挙時、共和党候補の座を巡りトランプと競ったが、その後、トランプ支持に立場を変えた。
 新人事で最も注目されるのは、ロバート・ケネディ・ジュニアが保健福祉長官に指名されたことである。ケネディは、①害虫などの駆除剤、殺虫剤と遺伝子組み換え生物の禁止、②食品の化学物質や添加物を取り締まり、③ワクチンの承認を再検討、④飲料水へのフッ素添加の中止等を主張し、彼が上院の承認を得れば米国の公衆衛生制度の史上最大の変革が予見される。それだけに政治分野で強い影響力を持つ医療企業の猛反撃が予測される。トランプは第1期目、薬品などの規制を緩和しており、主義主張はケネディと逆である。ケネディが今次大統領選で自分の立候補を取り下げトランプ支持に回ったことで、トランプはその恩義に応えケネディを保健福祉長官に指名した。さらに、保健福祉分野でケネディが「好きなように暴れていい」と発言している。つまり、トランプにとっては、主義主張の是非より、トランプとの距離感で人事が決められている。

2 国際政治に臨む
トランプの基本姿勢

 上記の指名を巡る動きで、トランプはイデオロギー的立場ではなくて、自分との距離で対応していることが鮮明になっている。そのことは国際関係においても表れる。
 石破首相はペルーでのAPEC首脳会談に出席した後トランプとの会談を希望したが、トランプ側から「1月の就任式まで外国首脳に会わない方針である」と体よく断られた。だが11月14日、トランプはアルゼンチンのミレイ大統領と会談している。トランプが当選して以降、最初の外国要人との会談である。ミレイ大統領は熱心なトランプ支持者として知られており、14日にもトランプ主催の催しで、「トランプの勝利は史上最大の政治的カムバックであり、自らの命を危険にさらしながらも政界の既成勢力全体にあらがうものだ」「おかげで世界は今、はるかに良いものとなった」と述べている。こうした発言をできる人物がトランプとの良好な関係を築く。
 20年、トランプが落選して不遇の時代、それでもトランプを支持していた世界の指導者はいる。ハンガリー首相オルバン、イタリアの右派首相メローニがその代表的指導者である。
 国際政治におけるトランプにとっての重要度を見てみたい。
 グループA トランプの不遇時代にも関係を築いていた世界の首脳(上述)
 グループB(米国の)敵対的関係 プーチン・ロシア大統領、習近平・中国国家主席、金正恩・北朝鮮総書記、イラン指導部
 グループC 米国の主要外交上密接な関係を必要とする国の指導者
 ・国境問題では、トルドー・カナダ首相、シェインバウム・メキシコ大統領等
 ・ウクライナ戦争では、ゼレンスキー大統領、トルコ・エルドアン大統領等
 ・ガザ戦争では、ムハンマド・サウジ皇太子等
 グループD 伝統的主要国︰英国、フランス(娘イバンカの義父を駐仏大使に指名)
 グループE 関係緊密化を求め激しく動く首脳︰韓国大統領(ゴルフの練習開始)、台湾総統など
 こうして見ていくと、トランプ次期大統領が石破首相のトランプへの訪問要請を全く意に介さないのはある意味自然である。日本は国際舞台で、もはやキープレーヤーではない。

3 世界の主要課題に
どのような影響があるか

 今日、ウクライナ戦争、ガザ戦争、台湾を巡る緊張が国際情勢上の最大の課題である。
 まず、ウクライナ戦争を見てみたい。
 ウクライナ戦争はロシア軍とウクライナ軍の戦いではあるが、実態はロシア軍対米国が提供する兵器の戦いといっていい。ロシアがウクライナに侵攻した時、事前に配備された米国提供の対戦車ミサイル、対空ミサイル(主としてヘリコプター、爆撃機を対象)によって戦闘はウクライナ優位に進んでいた。その後ロシアは武器製造に注力する。そして今、ミサイル数、無人機数、兵員数でロシア軍は3倍から10倍の優位に立っている。この状況下、ウクライナ軍がロシア軍を戦争開始前の国境線まで追い返すことは不可能と言える。
 この中、トランプ、および共和党はウクライナへの武器提供に消極的である。バイデン政権はこの事態の中、大量にウクライナへの武器供与を行ったので、ウクライナは今後1年くらいの継戦能力はある。だが、それ以降は①停戦に応ずるか、②戦争を続けるが、その結果としてロシア軍の支配地域は拡大していくという選択に直面していく。
 24年ギャラップ世論調査で、52%のウクライナ人が交渉による戦争終結を望んでいる。トランプ次期大統領のウクライナ新顧問ケロッグ退役中将は、①ロシアへの領土割譲、②ウクライナのNATO加盟を長期間延期するよう提案すべきだと示唆している。
 国際社会ではウクライナをどう支援していくかではなく、和平をどう構築するかが主要テーマとなる。この点で、この時流を全く理解せず動いているのが日本である。

中東はどうなるか?

 次いでガザ戦争を見てみたい。
 23年10月7日、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルへの攻撃を行った。それ以降、イスラエルはガザ地区のハマス、パレスチナを支援するレバノンのヒズボラに攻撃を行い、短期的、準軍事的には多大の成果を収めている。これを受け、イスラエル国内では戦闘支持が拡大している。外交的に解決するとすれば、パレスチナとイスラエルの同時国家承認が出発点である。だが、イスラエル国内では、この外交的解決の支持はかつての5、6割から今2割程度に縮小している。
 長期的に見ると、
 ①レバノン、イエメン、シリア、イラク、イラン等はミサイルを保有し遠隔地より攻撃し得る態勢を取っている。イスラエルはこれの壊滅はできない(注、米英軍はイエメンでのフーシ派が保有するミサイルの破壊に努めたが結局失敗に終わっている)、
 ②パレスチナ弾圧の映像が瞬時にアラブ社会に拡散し、一般大衆の怒りが強化され、サウジ、エジプト等はイスラエルに友好的な政策を取りにくくしている、
 ③米国の利害からしても、アラブ諸国全体の反発を買う政策を長期的に取れないことから、現在のイスラエルの政策はイスラエル国家滅亡への道である。だがトランプは駐イスラエル大使に対ハマス強硬派のハッカビー・元アーカンソー州知事を指名し、軍事攻撃を続けるイスラエル支持を明確にした。これにより、イスラエル攻撃の活発化、これに対するアラブ者間の反発の拡大で、中東の混乱は継続する。

確実に米中関係は緊迫する

 中国に関して見ていきたい。
 今世界の秩序の大変換が進行している。1945年の第2次大戦の終了から今日までの約80年間、世界は米国の意図で動いてきた。その核になるのが経済力である。だがこれが変化している。
 CIAは購買力平価ベースで、中国のGDP(国内総生産)を31・2兆ドル、米国を24・7兆ドルとしている。かつ、将来の発展には自然科学の研究開発が不可欠であるが、文部科学省の科学技術政策研究所の「科学技術指標2024」によれば、引用件数トップ10の世界シェアは中国28・9%、米国19・2%である。
 これらを背景に、ギャラップ社が行った米国世論調査では「米国の敵」ナンバーワンは中国で41%、次いでロシアの26%となっている。ウクライナ戦争で、米国は間接的にロシアと戦争をしているにもかかわらずこの現象が出ている。
 トランプは国務長官にルビオ、安全保障補佐官にウォルツを指名した。彼らのいずれもが対中強硬派である。確実に米中関係は緊迫する。
 その対中強硬路線の中核にあるのが台湾問題である。米国は日本、台湾、フィリピンを「駒」として使い、中国との緊張を高めようとしている。

4 石破首相の下、
日米関係はどうなるか

 結論的に言えば、石破首相の下での日米関係は不安定に推移する。
 米中対立が激化する中で石破首相は、①米国には同盟強化を述べ、②中国には首脳会談を模索する等極めてあいまいで、相互に相反する。
 石破首相は日米地位協定の見直しに言及した。この機会を利用し私の提言を述べたい。
 ①ドイツ・NATO間地位協定は、1993年大幅改定され、基地の閉鎖・移転、訓練のありよう(特に基地外)、環境等にドイツの主権を尊重することとなった、
 ②日本はこのドイツ・NATO間地位協定の「ドイツ」を「日本」に、「NATO軍」を「米軍」に置き換え、これを地位協定改定案とする、
 ③沖縄など全国の地方議会で、「この改定案で米国と交渉するよう石破首相に提言する」ことを決議し、この決議を石破首相に提出し対応を求める。
 自主の機運がまだある沖縄を拠点とし、日本の改革を目指そうとするものである。