中国側の評価と期待は高い

石破政権の誕生 その対中外交政策はいかに?

福井県立大学名誉教授 凌 星光

 中国のネット世論では、石破茂氏は平和憲法改正論者のタカ派国防族、中国にとっての「敵対的存在」と見られている。ところが、10月10日、ラオスでの石破・李強会談で、李総理は「私たちが大きな関心を持っている所信表明演説の中で、中国との戦略的互恵関係を引き続き推進し、と述べたことを、中国は高く評価している」と語った。これは一般の予想を上回る評価と期待を表している。
 それは岩屋毅新外相が10月2日の記者会見で、「石破新内閣は『親中親韓』内閣と言う人がいるが、『嫌中嫌韓』などと言っていては、日本外交は成り立たない。中国ともしっかり対話を重ね、建設的で安定的な戦略的互恵関係を築いていくことが、両国のためであり、アジアのためであり、世界のためであると確信している」と答えたことと関係があろう。
 またそれは、10月9日、岩屋外相と王毅外交部長が電話会談し、岩屋外相が新内閣は「対話と協調の外交を推進する」と語ったことに対し、王毅外交部長は「日本の新内閣と岩屋外相が就任後、安定的に両国関係を発展させたいという積極的シグナルを発していることに、中国側は評価している」と語ったことからも察し得る。

背景に米国の地位低下と日本の世論変化

 ところで、中国当局が石破政権の対中政策を積極的に評価した背景には、首相と外相の言葉ばかりでなく、米国の覇権的地位低下および日本の政治的社会的世論の変化があると考える。私の見るところ、ここ数年、日本の有識者世論は3方面において微妙な変化が起こってきた。
 一つは中国との対話の必要性である。つまり抑止と対話を両立させる上で、後者に重点を置く傾向が出てきた。
 ここ7~8年間、米中関係が悪化していく中で中国脅威論が高められ、日本の対中世論も急激に悪化していった。「日米同盟強化」と「自衛隊強化」の抑止力論だけが日本の世論を支配し、対中外交を進めようとすると一斉攻撃を受ける状態が続いた。その典型的事例は、2021年11月、林芳正氏が外務大臣に就任して間もなく、親中外相に警戒せよという世論の影響で、対中外交を進めることができなかったことにも見られる。しかし、ここ2年ほどに徐々にではあるが、抑止力を強化すると同時に、対中外交を進めるべきで対話はしなくてはならないという有識者の意見が強くなってきた。

注目に値する国会の石橋湛山研究会の発展

 二つ目は石橋湛山思想の再評価の動きである。米国の覇権体制が動揺し、中国やインドなどグローバルサウスの台頭が顕著となってきた。こうした中、日本は戦後の惰性によって対米従属外交を続けてきたが、これでは日本が危うくなると反省するようになった。そして石橋湛山の小日本主義、経済主義、自立主義、平和同盟主義(日米中ソ平和同盟構想を提起)を現在の日本に生かそうという動きが日本の国会議員から出てきた。
 2023年6月、石橋湛山逝去50周年を迎えるに当たって、国会議員44人からなる超党派石橋湛山研究会が組織され、年末には何と約100人にまで増加した。共同代表は自民党岩屋毅氏、国民民主党古川元久氏、立憲民主党篠原孝氏の3人で、幹事長は自民党古川禎久氏、事務局長は立憲民主党小山展弘氏、メンバーは自民、立民、維新、公明、国民など正に超党派議員で構成されている。
 石橋湛山の主張のように、向米一辺倒ではなく、中国ともよい関係を保たなくてはならないという動きが、国会議員の中で短期間にこれほどにまで高まるというのは驚きである。
 三つ目は日米安保条約の不平等性への再認識である。
 1950年に朝鮮戦争が勃発し、米国の対日占領政策が変わり、52年に単独講和による日本の形式的独立が達成された。そしてソ連・中国を敵視する日米安保条約が同時に締結されるが、在日米軍基地での米特権を認める行政協定が押し付けられた。60年の安保条約改定で行政協定は地位協定と改称されるが、日本の主権が米軍基地には及ばない状況が現在まで続いている。
 これは一種の不平等条約であり、日本にとって屈辱的なことである。米軍の基地が多い沖縄では、早くから米軍特権への反対運動が続いている。最近、玉城デニー沖縄県知事はフィリピンのメルカド元国防相を講師として招き、米軍事基地の主権を取り戻した経験を語ってもらう講演を催した。それは日本全国にも影響を与えようとしている。
 自民党の総裁選には9人が立候補し、混戦状況が続いたが、上述の三つの流れを代表する候補者は石破茂氏であった。彼は抑止力強化論者だが対中対話重視論者でもあった。また早くも2021年に石橋湛山の思想を今に生かすべきだと主張していた(『日本の進路』21年4月号)。組閣に当たって、共同代表の一人であった岩屋氏を外務大臣に起用したのは、湛山思想を生かすためであろうか。地位協定の改定については、石破氏は早くから一貫して強く主張してきた。したがって、総裁選で石破茂氏が勝利したのは、さまざまの要素もあるが、必然的要素がメインであったと見るべきであろう。

中国での「懸念」は心配する必要なし

 それから中国のネット世論が懸念する下記の3問題について、私はそう心配する必要はないと思っている。
 一つは憲法改正と国防力強化論。石破氏はあくまでも防衛のためであり、攻撃反対の立場である。二つ目はアジア版NATOの主張。氏は中国を排除するものではないと言っている。NATOはロシアの加入申請を拒否したから、この名称では誤解されやすい。仮想敵国のないアジア安全保障機構と言うべきだ。三つ目は「台湾独立支持」問題。これは誤解であり、氏は台湾有事回避論者である。台湾を訪問した際、頼清徳の「自由と民主のために米日台が共同で中国と対決しよう」という呼びかけに共鳴しなかった。他方、10月10日の李強総理との会談で、日中共同声明堅持をはっきり表明したことは、正に石破氏の台湾問題での正しい立場を表している。

中国には石破氏の誤解を解く必要がある

 ただ、多くの日本人と同じく石破首相は、中国の軍事力強化は米国覇権主義に対抗するものであって、日本や台湾に向けられたものではないことを理解していない。中国側は辛抱強く、丁寧に説明し、納得してもらう努力をしなくてはならない。
 また中国は、諸外国に誤解されやすいナショナリスティックな論調を正しい方向に誘導する必要もある。
 さらに中国は米国のリーダーシップに反対するものではなく、国際政治問題での大国間の協調メカニズム確立を目指している。すなわち、日本がASEANやEU先進国と共に米中間の橋渡しをすることを歓迎していることをPRすべきだ。
 日本の対中姿勢は次の三つの可能性がある。一つは日中対立が激化し、局地的衝突が起こる。日本は過去の戦争にけじめをつけておらず、その上、理性欠如の極端な道に陥りやすい。二つ目は事なかれ主義で現状を維持していこうとする。国家ビジョンもなく、成り行き任せで、日本の存在感はますます低下していく。
 三つ目は自主外交を展開し、国際的存在感が高まっていく。日本の特性に合った分野で優位性を発揮し、日本の繁栄が続けられる。
 私は日本が第一の道を絶対に避け、第二の道には陥らないよう努力し、第三の道を歩むよう期待する。

(24年10月23日)

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