新型コロナ感染症の5類移行

医療提供体制・公衆衛生の課題

鹿児島大学教授 伊藤 周平

1 問題の所在―検証されない新型コロナ感染症の5類移行後

 3年余りに及ぶ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックのもと、感染拡大地域では、入院できる病床や医療従事者の不足で、多くの感染者が入院できず「自宅放置」となり、高齢者施設の高齢者や精神科病院の精神障害者は施設に留め置かれ、必要な医療を受けることができないまま亡くなった(詳しくは、横山壽一・井上ひろみ・中村暁・松本隆浩『コロナ「留め置き死」』旬報社、24年参照)。医療が提供されず、本来であれば救える命が救えない「医療崩壊」が生じ、高齢を理由に人工呼吸器の利用を拒否される、認知症や精神疾患のある患者の入院が対応困難との理由で忌避されるなど、とくに高齢者や障害者について入院治療の優先順位が低位に置かれる医療差別(「いのちの選別」)がさまざまな場面でみられた。
 医療崩壊が現実化した背景には、歴代政権が続けてきた病床数の削減と医師数の抑制を中心とする医療費抑制政策がある。しかし、国(政府)は、そうした医療費抑制政策を転換することなく、コロナ禍でも病床を削減し続け、新型コロナの感染症法上の位置づけを、季節性インフルエンザと同等の5類感染症に引き下げた(23年5月8日。以下「5類移行」という)。5類移行後は、マスコミでも、コロナ関連の報道は激減し、感染者数も死者数も、数カ月遅れての推計からの発表となり、正確な数は闇の中だ。ドイツなどヨーロッパ諸国では、コロナ政策の検証をきちんと行い、新型コロナの特性変化など科学的根拠に基づいて柔軟に政策を転換し対応してきた。これに対して、日本政府は、自宅放置死や留め置き死を引き起こした医療提供体制の不備、公衆衛生の脆弱さについて何の検証も行わず、抜本的な解決策も示さず、コロナ禍で起きたことは一時的な出来事として忘却のかなたに葬り去ろうとしている。そして、虚弱な高齢者や障害者がコロナで亡くなっても仕方がない、あるいは何人死のうが無関心という戦慄すべき雰囲気がつくり出されている。
 一方、2024年8月14日には、岸田首相が次期自民党総裁選への不出馬を表明、マスコミでは、自民党の裏金問題や旧統一教会問題は棚上げにしたまま、9月の自民党総裁選に向けて、ポスト岸田の候補者の話題でもちきりとなっている。しかし、新総裁・首相がだれになろうが、自民党政権が続く限り、社会保障費を削減し、防衛費(軍事費)増にひた走る方針は変わらないだろう(場合によっては強化される可能性もある)。国民の命を守るというのなら、軍拡ではなく、社会保障や公衆衛生の充実にこそ多額の公費を投入し、パンデミックで医療が受けられず命を落とす人を二度と生まないようにすべきである。本稿では、以上のような問題意識から、新型コロナの5類移行後の問題点を指摘し、医療提供体制・公衆衛生の課題を展望する。

2 新型コロナの5類移行の問題点

 新型コロナ感染症の5類移行の問題としては、第1に、新型コロナを5類感染症とする科学的根拠が見いだせないことがある。重症化率が低下したといっても、新型コロナ感染症の感染力は依然強く、24年夏にも、免疫をすり抜ける変異株(KP・3)が流行し、多くの感染者が出ている(感染者が増えれば、重症化率が低くても重症者や死者も増える)。コロナ後遺症に苦しむ人も多く、この問題について、国は十分な実態調査すらしていない。
 第2に、5類移行に伴い、外来・入院医療費について、患者の自己負担が発生しており、経済的理由により検査や受診を控える人(とくに低所得層)が増大している。70歳未満で自己負担3割の外来受診の場合、初診料にPCR検査料や解熱剤代などの負担で4170円、コロナ治療薬、たとえば、中等重症化リスクのない人に投与する「ゾコーバ」(塩野義製薬)を解熱剤とともに処方された場合で1万~3万円の自己負担が発生している。入院医療費の場合も同様である。実際に、症状があっても検査を受けず、また医師から治療薬を勧められても経済的理由で断る人も増え、重症化したり後遺症が残ったりする人も出ている。
 第3に、感染者数の把握が困難となり、公衆衛生としての感染症対策が大きく後退した。新型コロナの5類移行後は、毎日の感染者数の発表はなくなり、全国5000の医療機関からの週1回の定点把握による週1回の感染者数(推計)の発表となった。死者数の発表も、超過死亡者数から推計する形となり、実態把握がほとんど不可能となった。発生状況の迅速な把握、感染拡大の全体像がつかめなくなり、感染症対策・公衆衛生は大きく後退した。
 しかも、5類感染症の季節性インフルエンザの場合は、流行のきざしがみえた場合、警戒発令が出されるのに、新型コロナ感染症ではそれすら出されない。そのため、警戒感が薄れ、新型コロナに対する感染対策が行政のレベルでも、個人のレベルでもおろそかになり、結果として、医療機関の病床が逼迫して、はじめて流行が自覚されるという事態になり、対策も後手に回っている。新型コロナを5類としたままでも、少なくとも、特例で全数把握を基本とすべきで、コロナ感染による死者数の報告も行われるべきである。

3 医療提供体制・公衆衛生の課題

 コロナ禍のもとでの医療崩壊は、医療は「公共財」であることを再認識させた。国民にはいつでもどこでも安全な医療を受ける権利があり、その権利を保障するために、国や自治体には、必要な医療提供体制を整備する公的責任がある。国・自治体は、これまでのコロナ対策の検証を行ったうえで、以下のような医療提供体制の整備等を行う必要がある。
 医療提供体制については、国際的にみても少ない公立・公的病院の増設を図っていくべきである。また、医師・看護師の計画的増員・養成が必要である。不足している絶対数の増員のほかに、医師等の地域偏在を生む地域格差自体の是正が求められる。医師確保計画の医師少数区域では、自治体が、公的責任で公立・公的病院を設立し、公務員としての医師を確保していく方向で医師偏在に対応していくべきと考える。民間医療機関に対しては、病床に余剰をつくりだせるだけの診療報酬の底上げが必要である。具体的な目安としては、入院医療では、地域医療構想が想定している病床利用率(高度急性期75%、一般急性期78%)でも十分な経営が成り立ち、適正利益(売上高比でおおむね5%)が確保できる水準が目指されるべきであろう(二木立『2020年代初頭の医療・社会保障―コロナ禍・全世代型社会保障・高額新薬』勁草書房、22年、10―11頁参照)。
 公衆衛生については、政令指定都市の全行政区に保健所を再建し、地区担当制を復活したうえで、保健所の増設と機能の拡充を図り、健康の公的責任に基づいた公衆衛生体制を確立すべきである。総務省の保健師定員の考え方を見直し、各自治体で保健所医師・保健師の増員を行い、国による人員確保のための財政措置が早急に求められる。同時に、公衆衛生を担う医師・保健師等の養成や専門教育の拡充を推進していくべきである。

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