世界構造の大変動と日中関係の新段階

日中平和友好条約45周年

ー中国敵視は日本衰退を加速するー

アジアサイエンスパーク協会名誉会長・元神奈川県副知事 久保 孝雄

世界を変える中国台頭

 現代はいくつもの世界的構造変化が重なって進行している世界史の大転換期である。アメリカの世界覇権が崩壊しつつあるだけでなく、西洋による世界支配も終わりつつある一方、アジア、グローバルサウスの台頭が続く。この世界史的構造変動を起動し、駆動している最大の要因は中国の台頭である。1949年の中華人民共和国の誕生、その後の躍進、世界大国としての台頭がアジアを変え、世界を変え、国際関係を変えつつある。


 今から74年前、建国当時の中国は世界で最も貧しく遅れた国の一つだった。そこから中国は立ち上がった。2001年にはWTOに加盟して「世界の工場」となり、10年にはGDPで日本を抜いて世界2位の経済大国になり、14年には購買力平価GDPで米国を凌駕し、「世界の市場」になった。
 最近のIMF統計によると世界GDPランキングの1~3位は、米国=25・3兆ドル、中国=19・9兆ドル、日本=4・9兆ドルで、中国は米国の78%、日本の4倍になる。日本は米国の5分の1、中国の4分の1だ。さらに購買力平価GDPで見ると、中国=30・2兆ドル、米国=25・5兆ドル、インド=11・9兆ドル、日本=6・1兆ドルの順になり、中国は米国の1・2倍、日本の5倍で世界一になる(IMF23年1月)。為替レートGDPでも28年に中国が世界一になると見られている(英・経済ビジネス調査センター)。
 日中国交回復から平和条約締結に至る1970年代の中国のGDPが日本の10分の1程度だったこと、78年に平和友好条約批准書交換に初来日した鄧小平が「中国はまだ遅れた国です。アジアで一番進んだ日本から多くを学びたい」と謙虚に語ってブームを起こしたこと、2010年GDPで日本が中国に抜かれた時、財界要人が「2~3年で取り戻す。世界2位を中国に渡すわけにはいかぬ」と語ったことなどが、今では遠い昔のことのように思える。まさに今昔の感である。

躍進する中国 衰退する日本

 1人当たりGDPは、1990年代初めまで日本は世界のトップグループに入っていたが、2022年には30位(3万3821ドル)に落ち、アジアでもシンガポール、香港、ブルネイに次ぐ4位となり、台湾、韓国に迫られている。中国は21年に1万2551ドルで中所得国にランクされた。また中国は世界150カ国の最大貿易相手国となっており、世界一の貿易大国でもある。日本は国際競争力ランキングでも急落し、22年には中国の17位に対し日本は34位、シンガポール、香港にも抜かれている。
 「躍進中国、衰退日本」の現実は経済の分野だけではない。例えば科学技術の面でも、豪州のシンクタンクASPIによれば防衛、宇宙、バイオなどの先端技術44項目のうち37項目で中国が欧米を「圧倒的にリード」しており、米国のリードは2項目のみ、日本は5位以内が4項目である。重要論文数、国際特許件数、研究開発費などでも中国が世界一だ。
 特に注目されるのは国際政治や外交活動における中国の存在感の大きさで、到底日本の及ぶところではない。今年3月、中国の仲介によりサウジアラビアとイランの歴史的和解が実現したこと、これを機に中東、アラブに「和解の輪」が広がっているのは、長年にわたる米英支配を崩した画期的出来事だ。年初来外国要人の中国訪問が目立っていたが、この後マクロン仏大統領やルラ・ブラジル大統領などEUやグローバルサウスの首脳たち、イーロン・マスクやゴールドマン・サックスのCEOなど、米欧の経済界要人が「列をなして中国を訪問」しており、国際政治における中国の存在感が一気に高まっている(ロイター6月8日など)。

高まるBRICSの存在感

 特に中国が力を入れるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)やSCO(上海協力機構=中国、ロシア、インド、パキスタン、中央アジア5カ国)は年々存在感を増し、新興国や途上国、広くはグローバルサウスのよりどころ、結集軸になりつつある。毎年のBRICSサミットでは拡大会議に多くの国が参加するが、昨年はアルゼンチン、アルジェリア、エジプト、エチオピアなど14カ国が参加した。
 先日のシャングリラ会合(6月4日、シンガポール)でインドネシアのマルスディ外相は「世界は今敵対するブロックに分断されている。(西側のつくった)時代遅れのルールに基づく世界秩序は意味を失いつつある。最も苦しむのは途上国だ。この不健全な秩序を正すためBRICSは大きな力を秘めている」と演説した(朝日、スプートニクなど)が、新興国、途上国でのBRICSの人気は高く、すでに13カ国が正式に加盟を申請、17カ国が加盟を希望している(ポポフ「マスコミに載らない海外記事」6月5日)。最近注目を集めているのはBRICSが、まず自らの枠内で自国通貨などドルによらない決済方式に変えつつあり、世界のドル離れを加速していることだ。「これはドル体制に壊滅的打撃になる」と見られている(米React News クレイトン・モリス)。
 世界人口の4割、GDPの2割、ユーラシア面積の6割を占めるSCOも、世界のハートランドと言われ、いくつもの人類文明の母胎とされるユーラシアの経済発展、政治的連携強化に大きな役割を果たしつつあり、オブザーバー、パートナーシップ国が増加しているし、イラン、サウジ、アフガンなどが正式加盟を希望している。中国はここでも一帯一路プロジェクトを通して影響力を拡大している。

崩壊する米国の一極支配

 世界的構造変化のもう一つの大きな要因は、米国の世界覇権、一極支配体制が急速に縮小、解体しつつあることだ。これも中国の歴史的台頭が最大の誘因であることはいうまでもない。米国の衰退を世界に強く印象付けたのは2021年のアフガン撤退である。20年間1100兆円を費やし、数万のアフガン人を殺戮、数百万の難民を生み、7000人の米兵を失いながら、敗走するかのように混乱しつつ撤退し、タリバンに政権を渡してしまった。世界が驚き米国の信用が失墜したのは当然だった。
 「テロとの戦争」の象徴として有志国を動員して戦ったイラクへの侵略戦争の失敗、ロシアに支援されたアサド政権つぶしの失敗で米の中東覇権は崩壊した。アルジャジーラ(カタール)の世論調査では、アラブ人の78%が「この地域の最大の脅威、不安定要因は米国」と答えている(孫崎享ブログ6月11日)。
 中南米もブラジルなど左派政権や非米政権が増え、主要21カ国中12カ国が非米国となるなど米国離れが広がり、もはや米国の裏庭ではない。「代わって中国の進出が目立ち、21年には対中南米貿易が2470億ドルで米国の1740億ドルを大きく上回っている」(高野孟ザ・ジャーナル6月12日)。「ASEANでも米国は中国に負けた」と言われており(米誌ディプロマット)、アフリカ、太平洋島嶼国でも米国の影響力は次第に低下している。
 バイデン大統領、ブリンケン国務長官を先頭に、EUや日本も巻き込んでグローバルサウスに対し懸命に巻き返しを図っているが、米国離れを食い止めるのは困難のようだ(日経6月9日)。かつての国際社会では米国の意向に従う国が8割を占めたが、今は3割に落ちている。米などNATOが総力を傾けるウクライナ支援でも、米国主導の対ロ制裁に参加している国は国連加盟国193のうちの2割、40カ国程度にとどまっている。最近の世界経済への寄与率でも中国の32%はG7の合計よりも大きい(ブルームバーグ)。
 ブレア元英首相は「欧米による世界支配の時代は終わりつつある。(世界を変える原動力は)第2の超大国になった中国である。中国の台頭は今世紀最大の地政学的変化だ」と述べており(スプートニク22年7月18日)、スイスの主要紙NZZも「西側諸国は欧州中心主義の歴史観から離れる必要がある。21世紀の世界は政治的、経済的だけでなく、文化的にも多極化していくことを認めるべきだ」と書いたように「中国が大国化し、西洋を超えることの意味は、計り知れないほど大きい」のだ(M・ジェイクス『中国が世界をリードするとき』)。中国を巡る米欧の亀裂の背景には、こうした世界認識レベルの亀裂がある。

新段階迎える日中関係

 以上のような構造変化を遂げる世界を見ると、日中関係の基盤が大きく変化し、新しい段階に移ったことが分かる。明治以来100年、中国を遅れた格下の国と見てきた根強く残存する中国観の抜本的転換、清算が必要だ。78年鄧小平が初来日、「進んだ日本から学びたい」と述べたとき多くの日本人は拍手を送り、日中友好が進み、自治体間交流も盛り上がった。
 ところが中国が米国の世界No1の地位を脅かすほどの躍進を遂げると、米国の対中認識は台頭容認から中国敵視、中国包囲に変化した。日本はこれに無条件に追随し、米国の強い圧力に屈して日中関係も変化を強いられ、友好関係からライバル関係、中国敵視に変わり、米日連携の強力な反中キャンペーンもあって、日本国民の反中感情は世界最悪のレベルにある。
 一方、米国は米中デカップリング、デリスキングなどの対中強硬策を唱えながら、中国との貿易を拡大しており、西側先進国で中国依存度が一番高い国になっている。22年の対中貿易額は7600億ドルで、日本の対中貿易の3倍以上だ。こんな米国に遠慮することはない。中国市場なしには経済が成り立たない日本こそ日中経済関係を拡大、強化すべきなのだ。
 幸い中国は隣国日本を尊重し「日本はライバルではなくパートナーだ」(習近平国家主席)と位置付けており、今のところ日本が米国の対中包囲網の先頭に立たないよう、特に台湾問題に関与しないよう釘を刺しながら注意深く見つめている。
 日中間には古代から、隋、唐はじめ「先進中国、大国中国」と交流を重ねてきた2000年来の歴史があり、数千キロ離れた米国と違い、一衣帯水の関係だ。米国と全く違った文化的・地政学的関係にあり、米国と違った日中関係があって当然である。
 戦後日本は圧倒的国力で世界一極支配を続けた米国に従属し、安保、外交の米国依存を続けてきたが、米国一極支配が崩壊しつつある今、安保、外交の基盤が大きく揺らいでおり、大きな転機を迎えている。「世界秩序はもう米国一極支配には戻らない。代わってBRICSに代表される多極化秩序に取って代わられる」(岡田充「G7の終焉を際立たせた広島サミット」本誌6月号)のは不可避だ。世界は大変動を遂げているのだ。
 明治以来の「脱亜入欧」で日本人の意識の底には西洋崇拝、白人崇拝、アジア蔑視の意識が今なお根強く残存している。アジア難民とウクライナ難民への日本人の対応の違いにもその一端が見えた。大国中国、強国中国と向き合うには「脱欧」は必要ないが、覚悟して「入亜」を決意しなければならない。
 中国を巡って日本は世界認識、アジア認識、中国認識の抜本的転換を迫られている。中国敵視は日本衰退、アジアでの孤立を加速するだけだ。