台湾問題は日中関係の根幹 曖昧にしてはならない
『日本の進路』編集長 山本 正治
林芳正外相が4月1日、中国を訪問し秦剛外相らと会談した。外相の訪中は実に3年3カ月ぶりである。中国側は、外相だけでなく、李強首相や共産党外交政策トップの王毅・政治局員も会見するなど歓待した。日本政府は「成果があった」といい、外務省発表は「双方は、引き続き首脳・外相レベルを含めあらゆるレベルで緊密に意思疎通を行っていくことで一致」したというから、結構なことだ。日本外務省の発表にはないが、中国新華社によると林外相は「日中間の四つの政治文書を厳守し、建設的で安定した日中関係の構築を推進」したい旨を表明したという。
この半歩を一歩へ、恒常的な日中首脳会談、とりわけ安倍晋三元首相が招請し両国での約束事となったままの習近平国家主席国賓来日にまでつなげたい。各方面の努力に期待する。われわれも日本の政界やマスコミを覆う「中国脅威・敵視」に反対し、日中関係再構築の国民世論形成のため奮闘しなくてはならない。
先見性あるリーダーたちに期待する
それにしても隣国同士の外相の相互訪問が長い間途絶えるのはまったく異常だ。同じく第2次世界大戦の敵国関係だったドイツとフランスは、1963年のエリゼ条約で「年2回以上の首脳会談と年3回以上の外相会談の開催」を規定し、意見交換を継続してきている。日中間には社会体制の違いがあるにしても、最近の断絶状況はあまりにも異常だ。
そうした中で今回の日中会談はとにかく外相同士が顔を合わせ、「引き続きの意思疎通」を約束しただけでも前進だ。さらに二階俊博衆議院議員(元自民党幹事長)が空席となっていた日中議員連盟会長に就任し、訪中の意向も伝えられる。公明党山口那津男代表の早期訪中も言われる。自公政権の中枢にも変化の兆しが窺える。
圧倒的な中国脅威論の洪水の中で国民世論は冷え切っている。与野党問わず政治家たちと各界のリーダーには、勇気を奮い民族の前途に責任を持つ行動が求められる。
周知のように日中両国の経済はすでに密接不可分の関係である。経済界は日中の対立が経済分断にまで進展し始めて困っている。ましてや、アステラス製薬幹部社員の拘束事件だ。経済は政治の支援なしには立ちゆかない。
世界の趨勢は新興国やグローバルサウスと言われる国々が握りつつあると見られるほどに歴史的転換が進む。少なくとも経済面ではすでにG7先進国は主導的地位を失っている。とりわけ戦後世界の覇権国、アメリカの衰退は著しく国内対立が大変だ。世界は歴史的転換期だ。
この世界で中国は経済的存在感を決定的にし、国際政治面でも存在感を強めている。中国は、イランとサウジアラビアの和解を仲介し、アメリカが「支配」してきた中東秩序の歴史的転換を印象づけた。ウクライナ戦争の停戦和平でも役割発揮を世界は期待している。習近平主席は3月末に、訪中したスペイン、マレーシア、シンガポールの首相と会談、4月に入ってフランスのマクロン大統領、続いてブラジルのルラ大統領が訪中と、外交攻勢、平和攻勢に立っている。
他方、台湾の蔡英文「総統」が中米訪問の前後にアメリカに立ち寄り、米大統領権限継承順位2位のマッカーシー下院議長らと面談した。「台湾独立」をそそのかすアメリカのこの挑発に、中国政府は台湾沖での3日間の軍事演習で反応した。しかし、「抑制的だった」とマスコミは報道した。
日中関係改善は、こうした激変の世界での岸田政権なりの対応だろう。だが、衰退するアメリカを助けて日本がG7で主導的役割を発揮などという時代錯誤な狙いでは破綻が見えている。ましてや、安保関連3文書と大軍拡に続いて、兵器産業育成・武器輸出推進、宇宙軍拡に踏み込んで「軍事大国」を夢想しているようではこの国は道を誤る。かつて通った道だ。
日本は、アジアの一員。今ますます「発展するアジアとともに」でなくてはならない。今こそ、明治以来の誤りを正すときだ。
発展するアジアは、日中関係を凝視している。
50年前も今も最大の争点は台湾問題
とりわけ日中関係の核心問題である台湾問題を正しく処理できるか。日本が過去の歴史から学んでいるか、日中関係だけでなく日本がアジアで孤児にならないかの試金石である。
ところが今回の外相会談でも林外相は、相変わらず「台湾海峡の平和と安定の重要性について」懸念を述べたという。秦剛外相は「台湾問題は中国の核心的利益の核心であり、中日関係の政治的基礎に関わる。中国は日本に対し、中日間の四つの政治文書の原則とこれまでの約束を厳守するよう促す。台湾問題に手を出してはならず、いかなる形であれ中国の主権を損なってはならない」と、大変きつい対応をしたという。
51年前の国交正常化時も、この問題が正常化の最大の対立点だった。それまでわが国は中国を代表する政権として、中国人民に追われて台湾に逃げ落ちていた国民党の「中華民国政府」と、「日華平和条約」(日台条約)で国交関係を結んだ。わが国も米軍占領下で、アメリカの求めに応じたものであった。
台湾を除く全土を解放した中華人民共和国(中国)政府は、日本との国交の条件にこの問題の解決を求めた。「復交三原則」である。①中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の合法政府である、②台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部である、③日本が台湾(中華民国)と結んだ平和条約(日台条約)は不法で無効であり、廃棄されなければならない。
中国との国交正常化をめざした日本政府はこの受け入れを決め、田中角栄首相は北京に赴いた。しかし、共同声明前文に、「三原則を十分理解する立場に立つことを表明した」にとどめようとした。条文の中でも、中国の立場を「十分理解し、尊重する」にとどめようとした。わが国政府代表団がなかなか認めようとはしなかった背後には、台湾と気脈を通ずる自民党右派がいた(本誌22年11月号、小長啓一氏インタビュー参照)。
中国周恩来総理は日本の国内事情を考慮しつつも交渉をまとめようとした。そこで日本側の提起した、「十分理解し、尊重する」との続きに、「日本政府は、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」との文言を提案した。田中総理はこの受け入れを決断し国交正常化が成立した。これが中国側のギリギリの妥協点だった。
台湾問題の本質
ポツダム宣言第8項では、「カイロ宣言の条項は履行せらるべく」とされていた。そのカイロ宣言では、「日本が清国から盗み取った台湾などは、『中華民国』(すなわち、その後の中華人民共和国)に返還されるべきもの」となっている。したがって、ポツダム宣言を受諾した日本は、台湾が中国に返還されることを受け入れたのであり、その立場を堅持するという表明をわが国政府はした。
以来、共同声明など4つの基本文書の根幹、基礎はここにある。
わが国が今日、中国政府が台湾の統一に当たって平和的に解決することを最大限望むのはよいが、それはあくまで中国の内政問題である。中国政府も、最近は「平和統一」を強調している。
この点にいささかも曖昧であってはならない。カイロ宣言がいうように、かつて日本は清国から台湾を盗み取る罪を犯したからである。その罪を認め、反省、謝罪することなしに、本来両国関係の真の正常化は不可能であった。歴史は変えられない。
少なくとも、この共同声明を条約化した日中平和友好条約締結45周年の今年、歴史の反省を踏まえて日中関係の発展のため、民族の前途に責任を持つ政府、責任ある政党は真剣に努力すべきである。
台湾問題の再浮上は
米国の策略
台湾問題は近代日中関係の原点とも言える事柄であり、わが国は中国の内政事項であるこの問題に一切口出しすべきでない。それほど重大な歴史問題なのである。だから、1972年の日中国交正常化以来、日本政府は公式には一切台湾海峡問題に触れてこなかった。
それを乱暴にも2021年、当時の菅義偉首相は米国バイデン政権の求めに応じて日米共同声明でわざわざ、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」と、台湾海峡問題に踏み込んだ。日米間で公式に台湾海峡に触れたのは実に1969年11月の日米共同声明以来のことであった。
しかもロシアのウクライナ侵攻後、「次は東アジア」と岸田首相は連想ゲームのように騒ぎ立てた。マスコミのウクライナ戦争報道は国民の戦争への危機感を煽るに十分だった。アメリカの軍高官は、期限も切って、中国軍による「台湾有事」が迫っていると騒ぎ立てた。日本の政府・自民党やマスコミも煽り立てた。自民党の萩生田光一政調会長は昨年12月台湾を訪問し蔡英文氏と「台湾海峡の平和と安定に向けた連携」を確認した。
バイデン政権は、当時のペロシ下院議長の台湾訪問を止めず、軍用機で送り迎えした。中国は軍事演習で対抗した。
それでも台湾住民は、蔡英文氏の「台湾独立」の挑発に乗らず、台湾の統一地方選挙では与党民進党の敗北となり、蔡英文氏は民進党総裁辞任に追い込まれた。それでも蔡英文氏は先日、米下院議長との「外交」に臨んだ。さすがに台湾では面会できず、米国ロサンゼルス郊外を余儀なくされた。
林外相も、この台湾問題が根幹となっている4つの基本文書について外相会談では触れたようだが、国内向け発表では口を噤んだ。昨年11月の首脳会談時の岸田首相も同様だった。二枚舌というと言い過ぎかもしれないが、これでは民族の将来を託せる政治家とは言えない。どんなに困難であっても、日中関係のこの基礎を堅持しなくては隣国との関係は成り立たない。
野党各党にも、この原則を堅持するよう言わなくてはならない。
菅首相が台湾問題に踏み込んだ時、最大野党の党首が「台湾海峡の平和と安定について両国の認識が一致をしたことは大きな成果だ」などと評価した。こうしてこの大問題が残念ながら国会ではほぼ問題にならなかった。今もその状況は続いている。
最近、「日中両国関係の前向きの打開」に突如熱心になった野党もある。それは結構なことだ。日中共同声明や平和友好条約を踏まえて「互いに脅威とならない」と確認したのだから、それを土台にして両国は関係を改善すべきだと言う。だが、最も肝心の台湾問題に口を噤む。「踏まえて」と言うが、中身は踏まえていないのだ。踏まえるべきは、日中関係の基礎である「台湾は中国の不可分の一部」という原則である。この肝心な点を曖昧にしてはならない。これでは真の日中関係の打開と発展はあり得ない。
「尖閣情勢は激化を感じない」海保本部長
もうひとつテレビや新聞、例えば読売新聞社説(4月4日)は、「外相同士が協議している最中、信じ難いことが起きた。中国海警船は3月30日から4月2日夜にかけて、日本の領海内にとどまった。連続滞在時間は80時間を超え、12年の尖閣諸島の国有化以降で最長となった」などと盛んに報道した。
日中外相会談に水をかけたのは誰なのか。
この直前に注目すべき発言があった。尖閣海域を担当する第11管区海上保安本部一條正浩本部長は離任直前の3月30日の定例会見で、2年間の在任期間中の周辺海域について「現場の肌感覚としてエスカレートしていると感じる現象はなかった」と述べた。さんざんマスコミ報道で尖閣危機が煽られていたが、現場責任者がそれを否定したのだ。
さらに注目すべきは、「相手(中国海警局)の動きは天候や日本漁船の動きに左右される要素が非常に強い。(海警局)単独の意思ではないと思う」と踏み込んで発言した。天候もあろうが、「日本漁船の動きに左右される要素が非常に強い」と証言したのである。日本漁船の挑発で中国海警の船が出てくるのだ。
ここで重要になるのが「日中関係の改善に向けた話合い」である。これは安倍政権下の2014年に日本の谷内正太郎国家安全保障局長と中国の楊潔篪国務委員が北京で行った会談についての外交文書である。その第3項で、「双方は、尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐ」ことを確認している。国交正常化の時の、尖閣問題については棚上げの事実上の合意を、さらにここでは「双方は異なる見解を有している」との表現で確認したわけだ。
こうした認識は突然ではない。1997年の日中漁業協定では、尖閣海域を含む水域では相互に、「自国の漁船を取締り、相手国漁船の問題は外交ルートでの注意喚起を行う」ことで合意した。
本部長記者会見にあるように第11管区海上保安本部は、こうした合意に沿って厳粛に仕事をしていたのである。すなわち、双方が「領海」認識をしていて、それをまた双方が認め合っていて、それぞれ自国の漁船しか取り締まらないということだ。中国の海警船が日本漁船を取り締まれば協定違反だが、退任した本部長が言うように日本の漁船が日本の「尖閣領海内」入ると彼らも追尾して入ってくるだけなのである。
挑発する日本「漁船」、自制する中国海警、
中に入る海保
さて、「(外相)会談の間を含め、中国海警局船が尖閣諸島周辺の日本領海に侵入し続け、過去最長を記録した」(産経新聞)という点だ。
事実はどうか?
この手の動きを詳細に伝えている八重山日報報道をまとめてみると、「尖閣諸島周辺の領海および接続水域には3月30日から日本漁船3隻がいた。3隻は魚釣島の西南西約7キロの領海内で操業していた。その日、中国海警局の艦船4隻が相次いで領海に侵入した。その後、1日夜に1隻が接続水域に出た(領海内にいた日本漁船は2隻)」ことが分かる(同紙ウェブサイトで確認できる)。要するに、海警局の3ないし4隻は、日本漁船2ないし3隻の動きに合わせて航行していたことが読み取れる。
この時期の日本「漁船」3隻もの「出漁」は、外相会談に合わせて海警船「領海侵入」を引き出すためだったとの疑いすらも残る。テレビや新聞は4月2日から3日にかけて、「中国船の領海侵入が尖閣国有後、最長に」と騒ぎ立てた。沖縄大学地域研究所特別研究員の泉川友樹氏は、「燃料高騰の折、石垣島から170キロと遠く、経済合理性のない尖閣に普通の日本漁船は行きません。政治目的を持った漁船がいるから中国海警局も同時間滞在しているのです」(日刊ゲンダイ4月5日)と断言する。
ちなみに中国側は一貫して慎重である。「八重山日報」4月6日は、「中国船隊、尖閣で『専従体制』」との仰々しい見出しで、防衛研究所准教授の分析結果を伝えた。その結論は仰々しさとは違って、「専従体制を組むことで乗組員も尖閣海域に慣れ、練度が高まり、不測の事態が減ることになる。偶発的な事態から日中の対立がエスカレートしないよう、中国側に一定の政治的配慮が働いていると推測した」というのだ。
鵜吞みにしてはならない
アジアの緊張は誰が煽っているのか。政府やマスコミの宣伝を鵜吞みにしてはだめだ。とくに台湾問題はあくまでも中国の内政問題だ。政治家、野党勢力も、危機の認識でも、台湾問題でも、事実と歴史に立脚した態度で、日中共同声明と平和友好条約などで確認した原則を守らなくてはならない。
ともあれ日中関係は外相会談で半歩前進した。一歩、二歩三歩へ。各方面の努力が求められている。