日本は中国の敵国になれるのか

日米中3国の関係の中に第3次世界大戦を回避するカギがある

元自民党副総裁・山崎 拓

長く自民党政権の安保防衛政策の中心にいらした山崎拓氏(防衛庁長官、建設相、自民党幹事長、党副総裁などを歴任)へのインタビュー(3月29日)である。(見出しを含め文責編集部)

何が一番大事か

 日本国ならびに日本国民にとって、何が一番大事か。それは日本が平和で安全であり、国民の生命、財産が守られることが一番大事なのです。日本の政治にとって、何が目的であるかということになればそれが第一です。もちろん世界の平和と安全がバックにあって、それが実現できるという面もあるのですが。とにかく日本国民の生命、財産、あるいは国の平和と安全を実現することが肝心要です。
 まず、第3次世界大戦を起こさせないことが一番。これは人類の破滅を意味しますので、文字通り肝心要のことです。
 私は、日米中の3国の関係の中に第3次世界大戦を回避するカギがあると考えています。本格的な米中戦争が起これば間違いなく第3次世界大戦になります。
 今のウクライナ問題では第3次世界大戦までは発展しない。その要因もないわけではないが、そこまでは発展しないと見ています。それはつまり米ロが直接対決しないからです。それをアメリカも避けているし、ロシアの方も、その辺のところは計算に入れながら、避けようとしている。
 しかし、米中戦争になると第3次世界大戦になる。しかも、米中戦争に日本は必ず巻き込まれる。日本の破滅です。そのことだけは何としても避けたい。
 米中戦争にならないように日本は役割を果たすべきであって、軽々に「台湾有事は日本有事である」というようなこと、安倍晋三元総理も言ったけれども、言うべきでなかった。もしも台湾有事になれば、実際には「日本有事」になるとしても、一国の指導的立場にある政治家としては言ってはならない。有事=戦争などと危機を煽ってはならないと考えています。

来年の台湾総統選挙が
注目点

 中国が台湾に武力行使しないようにすることがこの問題の肝なんです。これは台湾側の対応にもよります。
 台湾の蔡英文総統は独立志向というものが、表向きはその言葉は使わないけれども、潜在的にあった。だけども仮に頼清徳氏(民進党次期総統選候補者)が来年の選挙で総統になった場合、彼は過去においては独立を明確に志向していたので、台湾独立政策を進める危険性はあると思うんですね。一方、中国の習近平主席は絶対にそれを認めず、力で押しつぶそうとする可能性は高くなる。
 けれども3月末、国民党の馬英九氏が中国に行きました。過去の国民党の代表で、第6代台湾総統です。中国は歓待しました。もし、来年の総統選挙で国民党が勝つということになればまた、事態は変わってきます。
 どちらが勝てばいいとか、そんなことは内政干渉的になりますから言えません。しかし、その結果は注視すべきだと思います。その結果に応じてこちらの対応も変わってくるわけです。頼清徳氏が総統になるようであれば、ここは中国政府と台湾、双方の説得が必要になってきます。
 中国は習近平体制に決まったけれども、台湾側の体制が決まっていない。来年1月の選挙次第なわけです。その結果を踏まえてどうするかということになる。日本側の対応も、アメリカも、ですね。

岸田政権はなぜ防衛費を倍増するのか

 ウクライナ問題に触発された国民の危機感に対応する、悪く言えば迎合しているわけですけれども、対応するということで安保関連3文書が出たと思う。
 その狙いは、この際一気に防衛力を増強しようということ。もう一つは、今年日本は、G7議長国です。他のG7諸国のようにGDP2%基準の防衛費にしたいということもあったのでしょう。
 その是非は別として岸田首相が政権維持を考えるのは当然で、よく言えば危機感を持った国民世論にミートしたんだけども、批判すれば、右派勢力の誘導している国民世論に迎合したとも言えるでしょう。岸田氏のウクライナ訪問によって、それに感動した国民の心理というものがあって、支持率のアップにつながっているという分析もある。
 軍備力増強それ自身が間違っているという議論は、財政上はあるけれども、間違っているということは必ずしも言えない。その是非、つまりそれが日本の安全にとって有効であるか、そういう検討が必要だと思います。
 私は一定の軍備増強は政治判断としてやるべきだと思います。けれども、43兆円という数字には疑問を持っています。これは5年後にGDP2%にするべく強引に積み上げたものです。どういう武器を買うか、例えばトマホークはその一つですけれども何基買うということをずらーっと並べて積み上げています。
 ですけれども防衛費の中の人件費は今までの通りになっている。人員増がカウントされていない。武器を倍増して人員を増やさないということはあり得ないこと。いかに無理した作文であるか露呈している。
 人員増ということはかなり困難で、実際問題として募集しても少子化が進行して若者の比率が減っておる中で、なかなか集まらない。武器弾薬だけを増やす話で人員を増やすことは前提になっていない、相当大きな欠陥です。43兆円の数字がまずありき、GDP2%の数字です。今自衛隊の定員は23万人ですけれども、それを倍の46万にすることはどだい無理ですが、何人増やすということは一切ないわけです。まず対GDP比2%から始まっているからです。

中国に対しては机上の
空論の敵基地攻撃論

 中国は、日本の防衛力増強に対しては当然批判しますけれども、本質的には問題にしていないと思います。経済力など国力のスケールが違いますから。それよりも在日米軍の動向をマークしていると思います。
 北朝鮮は、多少は反応すると思います。敵基地を攻撃する能力というのはもともと対北朝鮮ミサイル対処から始まった議論です。今は反撃能力と言い方を変えましたが。
 中国のミサイル基地、発射基地を撃とうという発想はもともとなかったわけです。だけど最近はそこまで言う人がいるけれども、そんなのは非現実的です。第一、中国軍は巨大な軍事基地をたくさん持っていてどこに狙いを定めてやるのか。そもそもわが国はそんなにミサイルを持っていないし、設置する場所も少ない。潜水艦から発射するという手もあるが、そんなにたくさん潜水艦を持っているわけでもない。対中国への敵基地攻撃論というのは専守防衛の限界を超えており成り立たない。対北朝鮮限定対応で議論すればよかったのに対中国の議論にもなってしまったから非現実的な話になってきた。
 もちろん防衛の盾と矛の関係が変わるのではないか、日米安全保障条約での役割分担を変更できるのかという議論もあります。憲法違反じゃないかという議論も当然あります。ありますが、ミサイル発射基地を発射される前に叩くという議論は対中国には成り立ちそうにない。

米国は日本の大量の武器調達は歓迎

 日本はアメリカから武器を多量に購入することになるけれども、それはアメリカとしては歓迎するでしょう。本格的な米中戦争になれば、日本列島全体が米軍の基地になりかねないので、日本に多くのミサイル基地があるということは米軍戦力の補強になるでしょう。
 アメリカ本土までは長距離弾道ミサイルが来ないように日本列島で防御する。それはあり得ると思う。
 日米防衛協力の第4次ガイドラインはできていない。つまり、これまではアジア太平洋地域の平和と安全のために安保条約第6条の極東条項の地域を拡大するというところまではきていたんですよ。だけど、中国と直接対決する、そのために日本の自衛隊ならびに在日米軍はこういう役割を果たすということを第4次ガイドラインで明記することはできない。
 アメリカ本土を守るために日本が犠牲になることが明瞭になってしまう。中国の侵略的軍事力行使を阻止する牽制にはなるでしょうが。

台湾についての日中間の条約を遵守すべきか

 台湾の内政に干渉はできない。しかし、独立志向の強い民進党が再び勝った場合、日本の役割はすごく大きいと思います。日本の政治家の多くは台湾側に立つと思いますが、台湾側に立つということは中国を敵に回すということになる。
 そうではなくて中立的な立場で仲介する、とにかく国際法上一方的な力による現状変更は認められないから中国に対し台湾への武力行使はやめろと言う必要がある。何をもって諦めさせるかということの代案はなかなか難しいけれども、そこは知恵を絞った外交が必要だと思います。日中議連の新会長に二階俊博さんがなった。あれは大事な人事です。
 二階さんもいつまで現職でおられるかはありますが、当面をカバーするのに二階さんが議連の会長になったのは大きい。アステラスの社員が捕まっているじゃないですか。あの解放を日本の政治家でやってくれるのは誰かという話になって、期待は林外相と二階さんに集中していましたよ。これはアステラスはもちろん、日本の経済界の非常に大きな心配事であり、経済界にしては脅威です。日中議連の会長に就任した二階さんがひと働きすると思いますよ。

台湾は中国の一部

 1972年の国交正常化の時に、台湾は中国の一部であり、主権は中国にある、日本はそのことを十分に理解し尊重するという約束が共同声明で出された。それをそっくりそのまま1978年の日中平和友好条約の中で確認した。条約上の日本の立場になっているから、条約の遵守というのは憲法に明記してあるように、特に政府は守らなければいけない。
 条約は遵守しなくてはならない。だけど、その自覚が安倍晋三元総理にも萩生田光一自民党政調会長にもないように思います。萩生田氏は昨年台湾に行って、台湾有事は日本有事と言い切って、いわば日中平和友好条約を無視した行動をとったわけです。
 あれは田中角栄元総理が約束したことで自分は知らないみたいな。とんでもないと中国側は言いますよ。大体、専制主義国家の方が条約を無視することが多いが、自由民主主義国家が条約を無視し、憲法に遵守と書いてあることに違反したらいけない。
 ここはもし対中国で条約に悖る行動をとろうとするならば、国会で決議してこの条約を日本は守らない、尊重できないということを通報しなければいけない。もちろん、そういうことになれば戦争になりかねない。条約は厳しいです。もちろん中国も、約束した平和5原則を遵守しなければならない。
 私は、台湾に友人も多いし、何とか台湾の事実上の独立、現状維持を守るために中国の対台湾武力統一の試みを阻止したい。そのために微力を尽くす所存です。

インド太平洋を自分の海にしておきたい米国

 要するに中国の太平洋支配の問題です。中国は太平洋をアメリカ一国の支配のままにしたくない。中華民族の栄光ということを考えた場合に、大陸国家に甘んずることはできない。太平洋をアメリカが支配しているということは習近平氏としては我慢がならないのでしょう。ロシアの対NATO脅威論に似ています。
 一方、アメリカの狙いは、台湾が自由民主主義陣営の一員であってほしいということです。台湾はアメリカの太平洋支配の拠点のひとつです。中国のいう第一列島線の要だから、そこが中国の軍事基地になるということは米軍にとって大変な重圧になる。なんとしても防ぎたい、公式には台湾を独立国家と認めていないが、そういう立場をとっているわけです。
 軍事でも経済でも世界第2位に転落しつつある凋落を食い止めたいということもあると思うんです。アメリカも国家として難しい局面にある。民主党と共和党と激しく対立しているし、国内に深刻な分断がある。民主主義国家として岐路に立っています。だから大変な焦燥感だと思います。
 そのアメリカにとってかけがえのないのが日米同盟であり、それから米英豪のAUKUSです。そこにインドという非常に政治的に曖昧な存在がある。インドのかつての宗主国は英国です。
 アメリカは中国包囲網としてインドを巻き込みたいわけです。自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)のなかで、インドというのは一番肝心なところにあります。インド太平洋を自由の海にしておきたいわけです。
 それは日本の利益でもあるじゃないかと言っているわけです。韓国はその辺はちょっと苦しい。中国との経済的な結びつきが大きいし、中国と関係の深い歴史もある。それでも尹錫悦新大統領は日米韓連携強化に踏み切った。
 そういう戦略的状況がずっと動いているけど、台湾問題はその渦中にある。
 日米関係というものにアメリカ側もものすごく気を使っている。一方、日本はアメリカに戦争で負け、アメリカの経済的援助で復興を成し遂げた経緯もあると思うけど、対米追随型の政治をずっとやってきている。
 しかしそれでも、戦後日本の外交の原則というのは、国連中心主義、日米同盟堅持、アジアの一員たること、この三つです。1956年に日本が国連に復帰した時に初の外交青書にそれを謳った。それがずっと今日まできているわけです。3原則は今も変わっていない、変える必要はない。

「台湾有事」は「日本有事」にさせない外交

 それでは実際問題としてどうか。中国が台湾の武力統一に出たときに、アメリカは今の状況からすると台湾の反撃に加勢するでしょう。加勢の軍は日本の米軍基地から出る。そうすると日本が狙われる。日本の自衛隊が後方支援しても中国にやられるけど、ましてや正面に出ていくことになれば完全に敵国になる。「台湾有事は日本有事」というのが成り立ってしまうわけです。日本有事になれば日本は壊滅する可能性がある。
 だから巻き込まれないためには知恵を尽くしてやらなければいけない。それは外交力しかない。
 そもそもアメリカが台湾に本格的に加勢するか、米軍が本当に本格的に出動するかはまだ分かりません。アメリカは、ベトナム戦争からアフガニスタン戦争に関わって懲りています。よって武器は供給するが軍は出さない、ウクライナと同様の対応をとる可能性がある。蔡英文氏がアメリカに行って下院議長と会ったりしているけれども、果たしてアメリカ議会が米軍の本格的参戦を認めるかどうかは分かりません。台湾関係法はあるが条約ではないですから。
 本格的な戦争になったときは大変です。第3次世界大戦になります。お互いに大量に核兵器を持っている。もしロシアが今回核兵器を使ったら米中戦争の時も使われます。ですから今ロシアが使うかどうかは大きな分岐点です。
 いずれにしても核戦争になれば人類が死滅するでしょう。重ねて申し上げるが、それだけは何としても回避しなければなりません。