即時停戦こそ求められる
本質は米・NATOの代理戦争
伊勢崎 賢治 東京外国語大学教授 に聞く
ウクライナ戦争から1年。昨年の開戦から、僕は即時停戦を言い続けてきました。それが和田春樹先生たちの耳に留まって、それ以来一緒に声明文を国連事務総長宛てに出すなど、いろいろな働きかけをしてきました。日本人は、「停戦」と「終戦」の違いがあまり分かっていないと思います。日本は、かつての戦争で、停戦にならず終戦までいってしまった。もし停戦がされていたら? 3月10日の東京大空襲も、沖縄戦も、広島・長崎も回避できたか? これは歴史のイフですが、本来ならその違いをいちばん分かる国民でなければならないと思うのです。
永遠に続く戦争はない
永遠に続く戦争はありません。いかに早く終焉、停戦させるか。一日でも早ければそれだけ人の命が救われ、破壊が避けられます。
戦争の末路には二つの道があります。戦況が膠着し停戦のために戦う当事者に対話させる工作が功を奏し講和に向かうケースと、停戦交渉は続くも戦闘は継続しどちらかの勝利で終戦するケース。僕自身はこの両方を経験しました。
一つは西アフリカのシエラレオネ内戦です(1991年から2002年)。まず断っておきたいのは、内戦は数あるが、一つの国の中で完結するものはありません。必ず周辺国、そしてスーパーパワーがその内部抗争に関与している。その意味で、国際紛争ではない内戦はないのですが、国の内政問題がその戦争の原因になっている限り、その戦争は内戦と呼んでかまわないと思います。
ウクライナ戦争は2022年2月に何の前触れもなく突然始まったものではありません。その前にドンバス戦争(2014年から)がありました。ロシア系住民が多く住むドンバス地方の自決運動という内政問題が武力紛争に発展したものです。ですから〝内戦〟です。軍事を含めてロシアが介入していたのはもちろんです。
僕が関わったアフリカのシエラレオネのケースでも、停戦の工作が始まってから、反政府勢力との連立政権の樹立、そのための(異例ではありますが)戦争犯罪の恩赦などの政治的な和解、つまり講和に落ち着くわけですが、5年以上かかりました。
もう一つは、9・11同時テロ(2001年)後のアメリカ・NATOによるアフガニスタン戦争(2001年~21年)です。僕が覚えている限り、停戦のためタリバンとの政治的和解に向けた対話の必要性が語られ始めたのは2006年ごろです。政府レベルではNATOの一員として戦っていたドイツが最初で、タリバンの中でも穏健派と呼ばれる勢力と接触の模索が始まり、僕もそれに協力し現地に足を運びました。しかし、結局、21年8月にアメリカ・NATOという世界最強の軍事同盟が、軽武装のタリバンに負けるという形で終わったのです。16年かかった停戦のための交渉は、実を結ばなかった。そのなかでどれだけの命が失われたか。アフガン市民はもちろん、アメリカ兵、NATO兵士も含めて。だから一日でも早い停戦を実現する。これが、特定の政府や国際機関の命を受けた僕ら実務家のやることです。
今回のウクライナ戦争において、そういう停戦を主張するのは、たぶん憲法9条をもっている日本だと思っていたのです。ところが、そういう声は、政府からも、与党に限らずリベラル野党からも出なかった。
悪魔とも取引しないと停戦は不可能
太平洋戦争でもし停戦が実現していたら、あれだけの犠牲はなかったかもしれない。そういう痛みをもって、日本がウクライナ戦争の即時停戦をリードする役割を担えないのか。
停戦交渉というものは非常につらいものです。どちらが先に手を出したのかを追及する正義感、侵攻された領土そして被害への遺恨、そして戦闘中に起きた戦争犯罪に対する感情を、一時棚上げにしなければ何も進まない。ですので、僕ら実務家はいつでも人権派から糾弾を受けます。英語で言うとculture of impunity、不処罰の文化を蔓延させるのかと。一時凍結するだけなのですが、そう見えてしまう。戦争犯罪者と対話し言い分を聞こうとするわけですから。
民族自決が絡んだ領土問題の裁定や戦争犯罪の起訴は時間がかかる。特に戦争犯罪については、戦犯法廷開設の合意を含めて10年以上の時間を見込むのが妥当でしょう。戦犯を起訴できたとして、当然、被告にも弁護人がつくのです。その間、推定無罪の原則が貫かれる。即時停戦は、戦争犯罪の起訴のためにも必要なのです。停戦が延びれば延びるほど、さらに多くの戦争犯罪が発生し、証言を含めた証拠はどんどん風化していく。即時停戦は、戦争犯罪の起訴に必要な証拠をできるだけ多く保全するためでもあるのです。
思い返せば、9・11同時テロの直後、ビンラーディンは、アメリカ人にとって、今のプーチンより、断然、絶対的な悪魔になったわけです。アメリカの本土が攻撃を受けた衝撃は、平和主義者やリベラルな人たちまで愛国主義に狂乱させた。そして、イスラム教徒全体に対するヘイトとアメリカ国内での監視政策が急速に、そしてヒステリックに進んだ。
しかし、5~6年たつと、それは変わってくるのです。ビンラーディンとは誰か。そもそも彼をつくったのは誰か。何が彼をそうさせたかという分析が、少しずつではありますがメディアや学術界で語られるようになった。
今回のウクライナ戦争では、アメリカが直接の被害を受けたわけではないので、何がプーチンをそうさせたかという冷静な議論、例えば、NATOの東方不拡大の約束とかドンバス地方の自決権の歴史的な総括は、9・11のときよりも短期間で発言力をもってくるのではないかと思います。
大切なのは、停戦のための対話の必要性を理解するという世論が少しでもあれば、仲介者の出現を後押しする、ということです。今回、中国がやっと動き出しましたが、仲介者には常に政治的リスクが伴います。失敗しても体面を失わせない世論の形成が必要です。
ウクライナ停戦を促すか「飢餓」と「原発」
ウクライナ戦争の開始をいつから考えるかによりますが、ドンバス〝内戦〟から考えると9年、昨年のロシア侵攻からですとまだ1年ですから、上記のアメリカ・NATOのアフガン戦争に比べれば、早期停戦の努力に望みを失ってはいけないと思います。昨年の開戦当時から僕は、ウクライナ戦争に関しては、他の戦争のケースにはない二つの可能性があると主張してきました。
一つが、ウクライナとロシア、両国がもつ、戦争によって失われる全世界への影響力です。両国は、世界とくに貧困国・新興国に対する最大の穀物輸出国です。それがストップすると地球規模の飢餓が発生する。アフリカの貧困国は、ただでさえ飢えているのに、急に供給が止まるとどうなるか。ただでさえ政情が不安なのに、空腹を抱えた民衆の怒りはどこへ向かうか。今年、とくに後半以後、アフリカ大陸は大変なことになると思います。
だから、国連はトルコと共に早期に仲介を行いました。積み出し港のオデッサから黒海に向かう航路を国際監視下に置く、いわば人道回廊停戦です。これは機能しています。
もう一つが原発です。ウクライナ戦争では、人類史上初めて原発が戦場になった。全世界が震え上がったのです。だから、IAEA(国際原子力機関)が入った。原発の半径何々キロを非戦闘地域にするなどの国連決議がなされ、国際監視団を常駐させる措置がとられることが望まれます。いわば原発停戦です。
他の紛争にはないこの二つの要素をきっかけに、ロシア・ウクライナどちらが悪いという非難合戦ではなく、2015年に一度なされた「ミンスク合意」に何が足りなかったかを検証し、「新しい停戦のための対話の再開」がなされなければなりません。後世の歴史で「比較的に早く停戦が実現したケース」とウクライナ戦争が振り返られるようにしたいですね。
ウクライナ戦争は「代理戦争」
この戦争の本質は「代理戦争」です。当事者が祖国のため命を懸けてどんなに自発的に戦っていようと、自分が戦わずに敵を倒したい外部の〝主〟がいて、その当事者に武器・兵器を供与する限り、それは代理戦争です。
かつての冷戦期のアフガニスタンに、社会主義政権が誕生しました。しかし、政情は安定せず内戦に突入するのですが、同政権を助けるために1979年、国連憲章51条上の集団的自衛権を名目にアフガン侵攻を決行したのが当時のソ連です。強大なソ連軍に、圧倒的に非力な軽武装の、アフガンの部族集団である軍閥たちは祖国のために死に物狂いで戦います。大変な苦戦を強いられますが、途中からゲームチェンジャーとなったのはアメリカが供与した最新鋭の携帯ミサイルです。そして軍閥たちは10年をかけソ連軍に勝利するのです。その後、ソ連自体が崩壊し、このアメリカの典型的な代理戦争は一度成功した格好になります。
今回のウクライナ戦争では、ウクライナ東部のロシア系住民の自決運動を助けるために同じ集団的自衛権を名目にロシアは侵攻し、アメリカとNATOの供与する兵器が現在の戦況を左右しています。冷戦期のアフガン戦争を代理戦争と呼び、ウクライナ戦争をそう呼ばないのは、単にアフガン人に対する〝人種差別〟と僕は思います。
しかし、成功したアメリカの代理戦争だとしても10年間のアフガン戦争でどれほどの人命の犠牲と破壊が行われたか。ウクライナにも、そこまでの犠牲を強いるのですか? だから即時停戦が必要なのです。
ソ連崩壊による冷戦後のこの30年間を僕は「NATOの自分探し」と呼んでいます。特に、9・11後アメリカが当事者となったアフガン戦争では、NATO創設以来初めて、同憲章第5条(一つの加盟国に対する攻撃は全加盟国への攻撃と見なす)が発動されたのです。ドイツは第2次大戦後初めて陸軍を海外派遣した。それが2021年8月、ボロ負けしたのです。
NATOのアフガン撤退は、バイデン政権の〝一方的〟な撤退宣言が原因です。だから、その撤退劇はバイデンが「史上最大の撤退作戦」と呼ぼうと、ベトナム終戦が思い起こされる大混乱でした。この時点で、NATOの中では、アメリカとその他の主要国の間に亀裂が走ったのです。特に「責任ある撤退」を模索していたドイツなどは怒り心頭だったのです。そのたった半年後です、今回のウクライナ戦争は。
NATOの存在意義を賭けて臨んだアフガン戦に惨敗し、バイデン政権の身勝手で大混乱に陥った敗走劇で、決裂に瀕していたNATOを再結束させる機会が、今回のウクライナ戦争なのです。そんななか、開戦10カ月前に当たる2021年4月から、プーチンはウクライナ国境付近に軍の集結を開始するのです。
僕は、開戦3カ月前の21年12月に国際会議のためにノルウェーにいました。この時に集まった北欧諸国の学者・研究者の緊張はすごかった。誰もが、プーチンは絶対に開戦すると。日本の学者連中とは正反対でした。
アメリカ・NATOは世紀の敗走を喫したばかりだったのです。ロシアがウクライナに侵略しても、それに対抗できるか。自国の兵士を犠牲にする新たな戦争に民意が付いていくのか。だから、この好機をプーチンが逃すはずがないと。できることは武器を供与する代理戦争しかないと。武器供与は、実は2014年から綿々とやられていたのですが。
ウクライナ戦争は「非対称戦争」か
NATOの加盟国になるのは簡単なことではありません。既に武力紛争を国内や隣国と抱える国が加盟すると、前述のNATO憲章第5条を自動的に発動しなければならない事態になってしまうからです。
そこで、PfP(Partnership for Peace、平和のためのパートナーシップ)という仕組みが、ソ連崩壊後の1994年につくられました。準NATO的な扱いですね。実は、それにロシアも入っているのです。ですから有名無実の仕組みなのですが、大規模な外国軍の駐留を伴わない平時における軍事協力が可能です。ウクライナがそうでした。
日本の学者の中には、強大なロシアが圧倒的に非力なウクライナを突然侵略した「非対称戦争」という印象操作をする人たちがいますが、少し趣が違います。両国間には確かに軍事力に差はありますが、通常戦力、特にこの戦争を支配する陸戦力でいうと、冷戦期アフガン戦争のソ連軍vsアフガン軍閥、そして9・11後のアフガン戦争のアメリカ・NATO軍vsタリバンほどの非対称性はありません。開戦前のウクライナは、ミャンマーの軍事政権に兵器を納入するほどの軍事国家であったことは忘れるべきではありません。
現在、アメリカ・NATOによる武器供与が、以前の個人携帯武器が主体のものから長射程の高機動ロケット砲システム・ハイマースや戦車など、どんどん重火器にシフトしています。このままウクライナとロシア間の戦闘能力の均衡化が進み、開戦当初から心配され、既に小規模ですが始まっているように、ウクライナの反撃が国境を越えて大規模にロシア領内へ及んだとき、果たして今度はロシアが国連憲章51条上の個別的自衛権を建前に、そういう武器供与国、もしくはその中継基地となっているポーランドなど隣接したNATO加盟国を攻撃するのか。最悪のシナリオですが、第3次世界大戦が現実味を帯びてきています。そうならないためにも即時停戦を実現しなければなりません。
そのためにも、この戦争が代理戦争であることを認識することが必要です。停戦交渉は、ゼレンスキーとプーチンが向き合えばいいというものではありません。プーチンはアメリカを見ているからです。停戦への責任からアメリカを逃してはなりません。簡単な話、非公式にでもバイデンがプーチンに電話一本かければ済むのです。「アメリカは武器の供与を停止するから、今現在の実効支配線で戦況を凍結し停戦に臨んでほしい」と。
緩衝国家日本
ウクライナ戦争から日本は何を学ぶべきか。今のところ日本政府は、アジアの島国としてNATOという軍事同盟の仲間に入りたいようです。
ノルウェーというNATOの創立メンバー国があります。冷戦時代は加盟国中唯一ロシアと隣接している最前線国で、北極海に面しており、ここを通過するロシアの原子力潜水艦の情報のほとんどをアメリカに提供するなど、戦略的に最も重要な「緩衝国家」です。
緩衝国家とは、僕なりに定義しますと、「敵対する大きな国家や軍事同盟のはざまに位置し、武力衝突を防ぐクッションになっている国。その敵対するいずれの勢力も、このクッションを失うと自分たちの本土に危険が及ぶと考えるため、軍事侵攻され実際の被害に遭う可能性が、普通の国より格段に高い」となります。ウクライナなどの旧ソ連構成国や、ずっとNATO加盟国のノルウェー、そしてアジアでは韓国、日本は典型的な緩衝国家です。
実際、日本が侵略されるとしたら、蓋然性のあるシナリオとは何か。今回のウクライナ戦争は、一人の狂人によって何の前触れもなく突然始められた侵略戦争みたいな印象操作が見受けられるのですが、そんな幼稚なことは、安保理の常任理事国は絶対にしません。国連憲章と「国際法の穴」を悪用した開戦をするわけです。前述のように、東部ドンバスの自決権とそれを助ける集団的自衛権という立て付けをしたように。
日本でそれが起きるとしたら、沖縄の分離独立みたいな話ですね。だから、沖縄の人々が本土に愛想を尽かさないように沖縄を大切にしましょうということになります。沖縄は、緩衝国家日本の中の、さらなる最前線、ボーダーランドです。
あえて非武装化をめざすべき
緩衝国家ノルウェーがやってきたことは参考になります。しかし、そのノルウェーも、2014年のクリミア併合以降、ロシア脅威論が席巻しており、ロシアに接する北側と首都オスロがある南側とで政治的温度差が広がっています。北部には国境をまたいで交流の歴史があるのです。国境の町キルケネス市には、1944年にドイツの支配からノルウェーを解放した赤軍の勇敢さをたたえる兵士の銅像が立っています。
その14年に、期せずして同じ年に元首相のストルテンベルグがNATO事務総長に就任し、現在も対ロシアの強硬姿勢を率いています。それまでノルウェーは、アメリカ・NATO軍を国内に駐留させないことを国是としてきたのですが、小規模ですが戦後初めて、常駐しないことを条件にそれを許し、21年5月には、これもノルウェーの戦後史初ですが、アメリカの攻撃型原子力潜水艦が北部トロムソ市の民間港に寄港しました。当然、ロシアを大いに刺激しています。
ノルウェーは強い国軍を持っていますが、ロシアを刺激しないため北部では軍事演習を控えることすらやっていたのです。しかし、これらの措置は、ロシアの脅威に屈する負け犬の姿勢ではありません。自由と民主主義、そして人権、ある意味、〝反ロシア的〟な価値観を世界に向けて代表してきた国がノルウェーなのです。
首都オスロは、国際の秩序と安全のためにさまざまな交渉の場になった平和外交のシンボルです。こういう平和・人権外交を、国の外交資産としてきました。それは自分自身が、ロシアを刺激しない平和な国だからこそ、できたことです。日本なんか、とても足元にも及ばないですよね。
今回のウクライナ危機は、ノルウェーにおいてロシア脅威論をさらに加速させていますが、こういう国家の資産を全て根こそぎ消失させてしまうかというと、僕はそう簡単にはいかないと思います。だからこそ日本は、〝かつての〟ノルウェーに学ぶべきだと思うのです。今のノルウェーのためにも。
それは、自由と民主主義を信奉する緩衝国家としての自覚をもち、自衛隊を維持する。アメリカと軍事同盟は維持するが、少なくとも〝全土基地方式〟を撤廃すべく日米地位協定を改定し、緩衝国家の中の「緩衝最前線」には、自衛隊も米軍も置かない。
つまり、「沖縄に加えて北海道の完全非武装化」です。どうでしょう?