安保3文書閣議決定の撤回を求める 伊藤 周平(上)

防衛費増・軍事大国化と社会保障(上)

鹿児島大学教授 伊藤 周平

1 問題の所在―コロナ死者数急増と防衛費増

 2022年2月に勃発したロシア・ウクライナ戦争を契機に、対中国包囲網戦略を進め同盟国に軍拡を求めるアメリカからの圧力もあり、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国に求められている軍事費の国内総生産(GDP)比2%程度までの日本の防衛費の増額を求める声が自民党内から上がった。同年7月の参議院選挙では、自民党は、防衛費を5年以内にGDP比2倍以上(現在の約5・4兆円→11兆円以上)に引き上げることを公約に掲げ勝利した。


 こうした経緯を背景に岸田文雄政権は22年12月16日、いわゆる安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を閣議決定した。同文書は、敵基地先制攻撃を容認するなど、これまでの「専守防衛」原則を大きく崩す内容となっており、日本の外交・防衛政策の大転換といってよい。同時に、27年度までの5年間で防衛費を約43兆円まで増額し、うち5兆円で敵基地攻撃能力を備えるなどの内容が盛り込まれた。同年12月23日に閣議決定された23年度政府予算案では、防衛費は対前年度比約1兆4000億円増の過去最大となる6兆8219億円が計上された。
 安保関連3文書の最上位に位置付けられる「国家安全保障戦略」では、「国民がわが国の安全保障政策に自発的かつ主体的に参画できる環境を政府が整えることが不可欠である」とし、国民に軍拡、防衛費増額への覚悟を迫っている。そして、防衛費の2倍化を目標にするにあたって、その財源について、岸田首相は「安定財源の確保」「1兆円強は増税で」と表明した。しかし、増税については、自民党内からも異論が噴出し、安保関連3文書の閣議決定と同日に決定された与党の税制改正大綱では、増税の実施時期は先送りされた。世論調査でも、防衛費増のための増税には6割以上の国民が反対している。
 それはそうだろう。依然収束しないコロナ禍と40年ぶりの記録的な物価高で、多くの国民は生活苦にあえいでいるからだ。生活に行き詰まった人を支える食料支援などの取り組みを都内で毎週行っている「TENOHASI」の食料支援には、22年の年末には、過去最高の500人を超える人が食料受け取りに並んだ。新型コロナの第8波では、日本は週間感染者数が世界最多を記録、死者数も急増した。1日当たりの死者数が300人を超す日が続出し、22年12月1日に累計死者数が5万人を超えてから、わずか1カ月余りで1万人増え6万人に達した。入院できず自宅で亡くなった人も、22年12月には過去最多の901人に上った。国内で死者数が急増しているのに、なんら感染対策を打ち出すこともなく、医療提供体制や検査体制の整備を怠り(ワクチンのみの感染対策では、ワクチンをすり抜ける変異株が流行した場合、重症リスクが高い高齢者の死亡が増加する。このことは当然、想定されうるし、しかも、日本は世界一高齢者が多い!)、防衛費予算2倍増を手土産に、欧米諸国歴訪に出発し、バイデン米大統領と会談する岸田首相の姿を見て、大きな憤りを感じたのは筆者だけではないだろう。
 そもそも、コロナ感染や物価高から国民の命や生活を守れていない(守ろうとしない)政権が、防衛費を増額し、国民の命と生活を守ると言っても全く説得力がない。いま増やすべきは、防衛費予算ではなく、医療提供体制・公衆衛生の拡充、児童手当・児童扶養手当の大幅増額といった社会保障の予算ではないのか。
 本稿では、こうした問題意識から、防衛費増の様相と社会保障削減の動向を概観したうえで、防衛費増・軍事大国化に歯止めをかけるための地方議会における課題を提示する。

2 防衛費増の様相

(1) 防衛費の推移

 2010年代からの日本の防衛費の推移を概観すると、10年度以降は3年連続で削減されていたが、12年の第2次安倍政権の成立以降、13年度から23年度(予算案)まで11年連続で、前年度を上回る伸びを示している。特に、集団的自衛権の行使を容認した「安全保障関連法」が成立した15年度から9年連続で防衛費は過去最大を更新している。
 すでに22年度予算において、防衛費は5兆4000億円を計上、21年度補正予算と合わせれば総額6兆1744億円(デジタル庁の一部予算を含む)に上り、歴代政権が目安としてきたGDP比1%をこの段階で超えていた。
 そして、前述のように、岸田政権は、防衛費を27年度までの5年間の防衛費を43兆円に大幅増額する方針を打ち出し、これを受けて、23年度の防衛費は、概算要求額では5兆5900億円であったが、金額が具体的には示されていない「事項要求」が100項目以上あり、最終的な当初予算額は、6兆8219億円に膨れ上がった。まさに防衛費の膨張に歯止めがかからなくなっている。

(2) 防衛費増の根拠―憲法違反の敵地攻撃能力の保有

 しかも、防衛費増の根拠が、憲法違反である敵基地攻撃能力の保有であり、これらの費用は、アメリカ製の長距離巡航ミサイル・トマホークの購入などに充てられる(アメリカの軍需産業を潤すだけである!)。政府は「反撃能力」と言っているが、相手国からの攻撃がないのに先制攻撃するのだから、「反撃」とは言えない。日本国憲法9条2項は「武力の行使」のみならず「武力による威嚇」を禁止しているが、敵基地攻撃能力の保有は、明らかに「武力による威嚇」にあたり憲法違反である。
 先の安保3文書は、中国を「深刻な懸念事項」と位置づけ、中国の東・南シナ海進出や台湾統一に向けての武力行使可能性を挙げ、中国脅威論をあおり、敵基地攻撃能力の保有は、戦争回避のための「抑止力」になるとする。
 岸田政権はマスコミを使い、ロシア・ウクライナ戦争でのウクライナの悲惨な映像を連日のように流し、国民の間にある戦争への不安、危機感を巧みに利用、防衛力強化と防衛費増に誘導してきた(敵基地攻撃能力を備え、膨大な予算規模となった「防衛費」は、もはや「軍事費」というべきだが、本稿では、とりあえず「防衛費」のまま使い、適宜、括弧付きで「軍事費」という)。
 しかし、防衛力強化(軍拡)は、抑止力にはならず(「武力による威嚇」に該当し)、軍拡競争を生み出し、逆に戦争の危険を高めることは歴史が証明している。今回の安保3文書と防衛費増で、日本はアメリカの対中国包囲網戦略に完全に組み込まれ、アメリカが起こす戦争に巻き込まれることになる。アメリカが「台湾独立」をあおり、中国に武力介入させる「有事」をつくり出している現状で、もし「台湾有事」になれば、真っ先に攻撃の標的にされるのは、米軍基地や自衛隊基地であり、それがある日本本土なのである(場合によっては、日本列島に50基以上存在する原発も標的にされるかもしれない)。つまり日本全土が戦場になる日中戦争の勃発である。アメリカはそれを北米大陸から高みの見物というわけだ。防衛費増は、国民の命と安全を守るどころか、それらを危機にさらすのである。

(3) 防衛費の財源問題

 防衛費増の財源について、先の税制大綱で、増税で賄う1兆円余りの財源として挙げられたのは、法人税、復興特別所得税、たばこ税である。このうち、法人税は本体税率を変えず付加税として4~4・5%を税率に上乗せ、復興特別所得税は1%分を流用、たばこ税は引き上げといった内容である。復興特別所得税は徴収期限(37年末まで)を延長して、東日本大震災の復興財源は確保するというが、流用であることには変わりがなく、しかも期限付きである(ちなみに、企業に負担を課す復興特別法人税は、早々と15年に廃止され、大企業は復興の財政負担から免れている)。
 これらの財源は、いずれも、とても「安定財源の確保」といえるものではない。財務省の強い影響下にある岸田政権が「安定財源」として念頭に置いているのは、大企業や高額所得者を優遇し減税し続けてきた法人税・所得税ではなく、増税を続けてきた消費税であり(1) 、将来的な消費税増税がもくろまれていることは間違いない。消費税がまさに「戦争税」に変貌する。
 一方、岸田政権は、防衛費増のうち約1・6兆円については、公共事業など投資的な経費に認められている建設国債で賄う方向である。戦前、国債発行による軍備費膨張が悲惨な戦禍を招いたことの反省から、戦後の日本政府は、防衛費を国債で賄うことは避けてきた。岸田政権は、この禁じ手を使おうというのである。今回の国債は、老朽化した隊舎など自衛隊の施設整備に充てるというが、将来、戦車や戦闘機などの武器・装備品へと使途が拡大されていく可能性は否定できない。
 そもそも、自衛隊の武器や装備品は「有事」の際には、戦闘の中で費消される消耗品である。将来にわたり資産性を担保できないものを建設国債の対象にはできないはずである(2) 。「防衛国債」が将来世代に残すのは、資産ではなく、まさに借金であり、敵基地攻撃能力の保持に加え、財政上の制約までなくせば、もはや軍事国家化への歯止めはなくなるに等しい。

3 社会保障費削減の様相

(1)「大砲か、バターか」

 ―軍事費と社会保障費の関係
 国民の命と生活を守るために増やすべきは、防衛費(軍事費)ではなく、社会保障費なのだが、社会保障費は削減され続けている。これまで、政府は、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化に向けて、財政支出(歳出)の削減を進め、歳出削減の最大のターゲットとされてきたのが、最大の歳出を占める社会保障(関係)費だからである。
 日本の社会保障の費用は、高齢化の進展に伴い、年金・医療を中心に、財政規模が拡大してきた。2022年度予算で見ると、一般会計歳入歳出の総額は106兆6097億円(対前年度予算比1519億円、0・5%増)と過去最高を更新、社会保障関係費は32兆7928億円(同1609億円、0・5%増)となり、最大の支出項目となっている。コロナ対策のための多額の財政支出に加え、前述のように、膨張する防衛費の財源が必要となり、増税が難しい中、また財務省の影響力が強まった岸田政権のもと、社会保障費の削減がさらに進められようとしている。
 軍事費と社会保障費の関係は、しばしば「大砲かバターか」という言葉で表現される。限られた社会資源の分配において、「大砲」=軍事費を優先すれば、「バター」=社会保障費は削減され、逆に、社会保障費を優先すれば、軍事費は削減されるというトレードオフの関係にあるというわけである。実際、日本においても、前述のように、第2次安倍政権以降、現在の岸田政権に至るまで、防衛費(軍事費)は伸び続け、社会保障費は削減され続けてきた。

(2) 社会保障費の自然増の削減

 社会保障費の削減については、毎年度の予算で、歳出の目安を定め、社会保障費の自然増(高齢化の進展などで、なんら制度改革を行わなくても増大する費用)の部分を削減する手法がとられてきた。すなわち、16年度から18年度の3年間で1・5兆円の自然増に対して、1700億円、1400億円、1300億円の削減が、19年度から21年度の3年間で1・2兆円の自然増に対して、各年度それぞれ1300億円の削減が行われてきた。22年度予算でも、社会保障費は自然増部分6600億円を2200億円削減、削減の内訳は、診療報酬における薬価の改定(引き下げ)が中心だが、高齢者の窓口負担の増大などの制度改革によっても削減がなされている。
 23年度予算案では、自然増6600億円を4100億円に圧縮、1500億円の削減が予定されている。この削減は、①薬価の引き下げ、②75歳以上の高齢者の医療費窓口負担への2割負担導入、③雇用調整助成金(以下「雇調金」という)のコロナ特例の段階的縮小など国民負担増と給付削減で賄われる。
 ①では、引き下げ対象は医薬品全体の48%、国費は722億円の削減となる。かつては、診療報酬改定に際し、薬価引き下げ分の財源を診療報酬本体の引き上げ部分(医療提供体制の拡充)に充ててきたが、近年では、自然増分の削減に利用されている。②の2割負担の導入は、単身世帯で年収200万円以上の高齢者などを対象に、22年10月から導入されているが、23年度から通年実施となるため、国費数百億円が削減される。③の雇調金は、従業員を休ませて休業手当を支払った企業に対し手当の一部を助成する制度で、大企業・中小企業100%の助成率が段階的に引き下げられ、1人1日当たり1万2000円だった上限も、22年12月から同9000円に引き下げられている。これにより国費数百億円が削減されるが、感染が収束していない中での特例廃止は、中小企業の経営悪化と失業の増大を招く可能性がある。

(3) 社会保障の財源問題

 そもそも、社会保障は、国民生活に必要な制度であり、国や自治体の予算が優先的に配分されるべき性格のものである。財政規模や費用が増大し続けていても、国民生活に必要な予算である以上、借金してでも必要な財源を確保すべきであり、予算の大部分が社会保障に充てられることは、異常でも偏重でもなく、きわめて正常な財政の姿といえる(3) 。
 日本国憲法25条1項は、国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(「生存権」といわれる)を保障しており、「25条は、国に立法・予算を通じて生存権を実現すべき法的義務を課している」 (4)とするのが憲法学の通説である。つまり、財政は生存権保障に劣後するのであって、国の財政が苦しいから、社会保障費を削減すべきという立論自体が憲法的には成り立たないことになる。
 特に「健康で文化的な最低限度の生活」水準を定める生活保護基準については、朝日訴訟第1審判決(東京地判1960年10月19日、行集11巻10号2921頁)のいうように、「最低限度の水準は決して予算の有無によって決定されるものではなく、むしろこれを指導支配すべきもの」なのである。
 いずれにせよ、歴代政権下で、国の財政赤字や歳入不足を理由に、社会保障費が削減され、社会保障費の自然増分も含めて必要な予算まで削減されていることが問題なのである。こうした社会保障費の抑制・削減政策(特に医療費抑制政策)が、コロナ危機で、病床が不足し、感染しても入院できず自宅で死亡する人が急増するなど、国民の命や生活を危機にさらす結果をもたらしたといえる(5) 。
 次号では、社会保険改革を中心に、防衛費増に歯止めをかけ社会保障を充実するための地方自治体での課題を探る。 (以下、次号)

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