日中国交正常化50周年  東アジアの平和と共生を

中国封じ込めでなく、共同発展を

神奈川大学教授、青山学院大学名誉教授 羽場 久美子

本稿は、羽場久美子先生の「日中国交正常化50周年記念、東アジアの平和と共生を求める」講演会(5月29日、横浜)での講演の一部。ウクライナ戦争をどう見るかなど豊富な論点が述べられたが、先生がこれまですでに本誌で触れられている点については割愛した。見出しともに文責編集部。

 日中国交正常化50周年でありながら、今、日中両国が大変な緊張関係にあります。その背景にアメリカの東アジア戦略が大きく関わっています。バイデン大統領はなぜ日中の協力関係にくさびを打ち込むのでしょうか。QuadやAUKUSというアメリカの軍事同盟が着々と東アジアにつくられている今、いかに東アジアの平和と共生をつくっていくべきか、を考えていきたいと思います。

アジア、アフリカへのパワーシフト

 あと100年もしないうちに、世界人口はアジアとアフリカで全体の8割以上を占めると言われています。20世紀においては人口爆発というのは貧困の象徴でした。ところが21世紀においてはアジアとアフリカはライジングパワー、成長の象徴なんですね。つまりこの8割以上を占める人口が、おそらく世界経済の半分以上を占める時代がもう目の前にやってきているということです。

 これは200~300年続いた欧米の時代がそろそろ頭打ちになり、アジア、アフリカの時代に置き換わりつつあることを示しています。最近パワーシフトという言葉が言われるようになっていますが、国際関係におけるパワーが欧州、アメリカからアジアに、そしてさらにはアフリカにゆっくりと移動しつつあるということを人口統計が示しています。

 だからこそアメリカは、自国の地位を維持するため、ロシア・ウクライナ戦争においてロシアと欧州、ロシアと日本を分断し、ロシアと世界も分断して、それが成功しつつあると見られています。

 ロシア・ウクライナ戦争が終わったら次は中国、台湾だと言われています。台湾有事を一つのきっかけとして、アメリカがやろうとしていることは、アジアの成長を押しとどめ、中国と日本、中国とインドの関係を分断する。アジアを分断することによって米欧中心の秩序を維持しようとしている。それも軍事力によって中国やロシアを封じ込めようとしている状況がこの2、3年、非常に明白になってきています。

「価値の同盟」は時代遅れ

 バイデンは国際秩序をアメリカが形成するということを非常に重視しているように見えます。第一次大戦時のウィルソン大統領や第二次大戦開戦時のローズベルト大統領に倣って、「価値の同盟」という考え方を昨年6月のG7首脳会談で打ち出しました。

 ところが彼の「価値の同盟」というのは、ウィルソンやローズベルトがいわゆる普遍的な価値、世界の国が参加して国際秩序をつくることを目指したのに対して、「民主主義対専制主義」ということを打ち出し、結果的には世界を分断する方向に向かわせています。この「価値の同盟」が、新疆ウイグルの人権批判や、ロシアのウクライナ侵攻批判を生むきっかけになり、ロシアと中国の封じ込めを着々と進めていくことになります。ロシア、中国を専制国家として締め出す、ということです。

 アメリカが中国を封じ込めようとするのは、すでに世界銀行もIMF(国際通貨基金)も言うように、あと10年もしないうちに中国が経済的にアメリカを追い越す。それを何とか抑え込むために、軍事力で封じ込めるという戦略に出ているということです。その意味では「価値の同盟」に日本や韓国の新政権が賛同し、中国封じ込めに参加することは非常に危険です。アジアの経済圏を自ら手放すことになるからです。

 今はもはやアメリカや欧州の時代ではない。多極化時代です。グローバリゼーションが広がり中国やインドやASEANが成長し、気候変動対策を世界中で考えていかなければいけない時代に、民主主義対専制主義という考え方はむしろ時代に逆行していると思います。

新自由主義が新興国の成長を生んだ皮肉

 20世紀後半から21世紀初頭にグローバリゼーションの波の中で新自由主義が広がっていきます。グローバリゼーションは、一方では地球的な規模で気候変動やエネルギーの問題を考えるところでは積極的にプラスの側面があったのですが、一方で経済競争が前面に出てきて、特に先進国内部でも格差が広がっていきます。

 そして大変皮肉なことに、新自由主義的な経済競争は新興国の成長を生むんですね。

 なぜか。競争に強いのは安い労働力、安い商品です。100円ショップの商品は、ほとんどが新興国の商品です。アメリカではワンダラー・ショップ、ヨーロッパでもワンユーロ・ショップが雨後のたけのこのように広がっています。その結果、先進国の中小企業がバタバタとつぶれて、格差を広げていくのです。

 そしてそれらの売り上げが、ドルもユーロも円も、中国やアジア諸国やアフリカ諸国に流れていくということになります。これがパワーシフトのメカニズムです。

 そうしたなかで今や中国のGDPは日本の3倍以上、そして2028年から30年ごろにはアメリカを超えて世界1位になると言われています。さらに、今から40年後、2060年にはインドがアメリカを抜いて世界第2位になると言われます。まさにアジアの時代が到来しつつあるのです。

Quadはアジア版NATO

 アメリカによる中国の封じ込めはすでに始まっています。バイデンはトランプ政権のような米中貿易対立は米に不利であることが分かったため、経済で中国と戦うのを放棄しました。今やろうとしているのは軍事的に中国を封じ込めることです。

 アメリカのインド太平洋戦略として出てきているのがQuadとかAUKUSと言われるものです。Quadはラテン語で4つ、アメリカと日本とオーストラリアとインドの4カ国同盟です。Quadは実は安倍政権が提案したものです。これは残念ですが事実です。近年は、韓国、ベトナム、ニュージーランドがQuadプラスということで、Quadを支える第二陣の国々ということになっています。それに最近は台湾までもが加わろうとしています。

 これについてバイデンは、東アジア版NATOである、つまり中国を封じ込める東アジアにおける軍事同盟にしようと位置づけています。

 しかし現在、インドは必ずしもQuadに賛成を表明していません。インドは歴史的な帝国であり、誇り高い民族なので、日本のようにアメリカの言うことをすぐ聞くわけではない。ロシアとの関係も良いので、Quadには乗り気ではなかった。ただ今回岸田総理が説得して4カ国首脳が東京に集まり、とりあえず共同が開始されました。

 もう一つ、さらに強力な同盟がAUKUSと言われる豪英米の軍事情報同盟です。これはそれぞれの頭文字でAUはオーストラリア、UKはイギリス、USはアメリカです。ここにはアジアは入っていません。まさにアングロサクソンの、核兵器を含む軍事同盟であると言えます。なぜAUKUSをつくったか。もはやアメリカは一国では中国に太刀打ちできないから、またアジアも容易にアメリカの中国封じ込めに応じないからです。

 さらにAUKUSに刺激され、フランスやドイツもアジアに乗り出してきています。ドイツの軍艦フリゲート「バイエルン」が、150年前の明治期のようにお台場に入ってきています。アメリカと欧州の軍艦が「自由航行」を謳い、東アジアに続々と入ってきています。150年前は開国と近代化でしたが、今は中国の封じ込めとアジアの分断ということです。

アジア封じ込めの自然の要塞・日本列島

 日本はこうした米欧の軍事同盟に積極的に加担していますが、これは日本にとってプラスでしょうか。

 日本列島はアジア大陸を封じ込める3000キロにわたる自然の要塞のような形になっています。特に沖縄に米軍の基地があり、自衛隊が続々と入っており、沖縄本島だけではなくて宮古島とか与那国島とか、台湾のすぐ近くまで軍備拡張が行われています。

 もし台湾有事が東アジアで起こった時、日本はこの3000㎞の細長い体で、ロシアや北朝鮮や中国3者を相手にミサイル攻撃から守りきることができるでしょうか。ウクライナを見ても分かるように、アメリカは他国を守りません。地対空ミサイルや自爆ドローンや戦車を渡して、「おまえらで戦え」と言っていますね。東アジアに対してもアメリカは次々に武器を爆売りし、戦争が始まった時に戦うのは日本国民、戦場は日本列島、そして日本列島がアメリカを守る自然の要塞になる。アメリカが日本を守るのではない、日本がアメリカを守るのです。

植民地解放で息を吹き返したアジア

 少し視点を変えて経済から問題を考えてみたいと思います。アンガス・マディソンという統計学者が世界のGDPの統計図を作りました。それによって、西暦1年から1820年まではインドと中国が世界経済の半分近くを占めていたことを明らかにしました。ところがアジアはその後急速に衰退し、欧米近代の成長の時代に入ります。

 なぜか。欧州やアメリカは、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの文明を滅ぼし、植民地としてその富を収奪したからです。第二次世界大戦後にこれらの国々が植民地から解放されると、アジアは息を吹き返したように再び成長を始め、2030年には中国はアメリカを追い越すのです。それを彼は膨大な数字統計で示した。


 中国は成長の結果、一帯一路という戦略を始めました。つまりその豊かさを自分たちだけで囲うのではなく、花咲じいさんのように周りにまき散らしていく。中国の戦略というのは三蔵法師のシルクロードを100年かけてインフラと投資で地球半周する経済拡大計画ですね。これは非常に面白い。

 同じことを今ロシアもスラブ・ユーラシア圏という形でやっています。インドも南アジア地域協力連合(SAARC)とベンガル湾多分野技術・経済協力イニシアチブ(BIMSTEC)という二つの経済圏をつくっています。

 これは大変重要な教訓です。インドや中国の人口はそれぞれ約14億人。一国でもアメリカや欧州をしのげるにもかかわらず、周りの国と良い関係をつくることが平和と発展の前提として、地域協力関係を形成しています。これは欧州のEUと同様、私たち東アジアも学んでいくべきです。

●アメリカの世界戦略

 アメリカのNATO欧州軍元最高司令官のスタヴリディスが2034年の米中核戦争をテーマとした小説『2034』を書きました。日本でも文庫本になっているのでぜひ読んでみてください。ここでは「中国が勝てると思わないように」、米英豪の軍事力を拡大すること、日本・オセアニア・ASEANなどとの同盟強化、それから大規模な経済制裁を挙げています。まさに実戦を意識したリアル小説です。

 ですが実際にはASEANやインドもアメリカとの同盟には及び腰です。また日本経団連は昨年12月、中国と経済関係は維持するという声明を出しました。

 現在2021年の中国と日本の総貿易は23%、アメリカは14%、ASEANは15%です。2004年に中国とアメリカの位置が入れ替わっているのです。中国と敵対すると日本経済自体がやっていけなくなるのです。ロシアへの経済制裁についてもアフリカ諸国が深刻な飢餓に陥り、経済制裁を止めてくれと国連に訴えています。ロシアへの経済制裁はアメリカ1国だけを儲けさせ、欧州、日本、アジア、アフリカ諸国を苦しめているのです。

 アメリカの国際政治学者ジョセフ・ナイはロシア・ウクライナ戦争について、アメリカは三つの点で勝利したと言っています。一つは、武器をウクライナに輸出することで軍需産業が空前の儲けに沸いている。二つ目は、ロシアの石油禁輸によりアメリカのシェールガスの輸出販売が2・5倍に跳ね上がった。三つ目は、トランプ政権で地に落ちたアメリカの政治力が回復し、欧州はアメリカと結び防衛費を増大させている。つまりロシア・ウクライナ戦争にも、実はアメリカの国際戦略が大きく関わっているということです。

●東アジアに安全保障対話の場を

 北欧ではトナカイの肉を食べるのですが、チェルノブイリの30年後に、野生のトナカイの肉に致死量の放射能(セシウム)が発見されたことがヨーロッパで問題になりました。これはチェルノブイリの放射能が30年後も1200㎞離れた北欧に現れたことを示しています。

 このことは、北朝鮮の核格納庫に一発の核ミサイルを落とすだけで、あるいは日本54基の原発の一つが事故を起こすだけで、東アジアの経済圏は全滅することを意味します。北朝鮮あるいは福島から1200キロの円を描くだけで、日本列島と東アジア経済圏全域がすっぽりと入ってしまいます。戦争は東アジア経済圏を滅ぼし、米欧は安泰なのです。

 東アジアでアジア人同士の戦争は絶対に避けなければなりません。そのためには自治体や私たち市民一人ひとりの力が極めて重要になります。ヨーロッパでは冷戦期に、国家と国家ではなくて自治体や環境団体NGOがロシアや東欧諸国も呼び込んで、安全保障の話し合いの場をつくります。それが全欧安保協力会議(CSCE)となり、欧州平和の基礎になっています。

 東アジアにはそれがありません。東南アジアにはASEANがある。中国やインドは自分の周りで地域の協力関係をつくっている。東アジアだけはないんですね。なぜか。アメリカが、日本と中国の間にくさびを繰り返し打ち込んでいるからです。中国と日本が接近するとアメリカは困るのです。日本政府は中国を軍事的に封じ込めようとする動きに協力していますが、これは日本にとって、あるいはアジア全体の諸国民にとって非常に危険です。

 アジアで再び戦争を起こさせないためには、日中韓をしっかりと結びつける。そのため歴史をもつ沖縄を平和のハブにする必要があります。中国や韓国、沖縄と協力しつつ、軍拡ではなく平和のために何ができるかを本気で話し合う必要があります。

 アジアの一員として、中国やASEANやインドと結びながら、軍事力ではなく、勤勉さと経済力で周辺諸国と結び、平和な発展を実現していくことこそが重要です。日中国交正常化の50周年にあたり、近隣国と国民一人ひとりを大切にすることこそ、平和と繁栄の礎となることを、共通認識としたいと思います。