大転換の時代―せめぎあう新・旧の「世界秩序」―

<シリーズ・日本の進路を考える>
世界の政治も経済も危機は深まり、わが国を亡国に導く対米従属の安倍政権による軍事大国化の道に代わる、危機打開の進路が切実に求められている。
本誌では、各方面の識者の方々に「日本の進路」について語ってもらい、随時掲載する。(編集部)

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アジアサイエンスパーク協会名誉会長。元神奈川県副知事
久保 孝雄

世界史的大転換の時代始まる18-kubo顔

 いま世界は歴史的大転換の時代に際会している。2014年に中国のGDP(17兆6120億ドル、PPPベース、以下同じ)がアメリカ(17兆4180億ドル)を抜き、新興国G7のGDP(38兆1410億ドル)が先進国G7(34兆7400億ドル)を大きく上回ったこと、さらに、アジアのGDP(23兆ドル)が、EU(18兆ドル)やアメリカ(17兆ドル)をはるかに凌駕したことなどが世界史的大転換への重要なメルクマールの一つになった(IMF:Economic Outlook Databook 2015。PPP=購買力平価)。
 大転換への基本的動因はアメリカの世界覇権の衰退が加速する一方、中国がアメリカと肩を並べる大国として急成長を遂げつつあることだ。この結果、一世紀近く続いてきた「パックスアメリカーナ」は終焉への動きを速め、グローバルパワーとしての中国の登場、「アジアの世紀」の幕開けが現実味を持ち始めてきた。
 しかしこのような大転換は直線的に、また短期間に進むものではない。恐らくなお複数の10年を要すると考えなければならない。ジョセフ・ナイ(ハーバード大特別功労教授、元国防次官補)は「アメリカが衰退していくというのは誇張されすぎであり、中国がグローバルパワーとしてアメリカを抜き去ることもない…アメリカの世紀が近い将来、終わると考えるのは間違いである」と主張する一方、「アメリカの世紀は続いていくにしても、アメリカの強さは20世紀のそれとは同じではないだろう…アメリカの世紀は…この先、少なくとも数十年ないしそれ以上、続くだろう」と、数十年以上先には「アメリカの世紀」が終焉することも展望している(『アメリカの世紀は終わらない』日経新聞出版社、2015)。

 パックスアメリカーナの終焉を望まない米欧日には、アメリカが弱体化すればするほど世界は混乱と無秩序に陥り、独裁とテロが支配する悪夢の世界になる、したがってアメリカは衰退してはならないし、「世界の警察官」を辞めるべきではないとの主張が根強く存在する(オバマは13年9月の演説で「われわれは世界の警察官であるべきだはない」と述べて保守派からの強い批判を受けている)。
 アメリカの右派の論客、スティーブンズ(外交コラムニスト)はアメリカは引き続き「十分かつ柔軟な軍事力を持つことが必要であり、敵対的な相手は中途半端に封じ込めるのではなく、徹底的に叩かなければならない」と主張し、アメリカの強硬な外交政策と強大な軍事力による単独行動主義を擁護している(『撤退するアメリカと「無秩序」の世紀』ダイヤモンド社、2015)
 ハーバード大のファーガソン教授も「大統領が『世界の警察官』の役割を公然と放棄し、保守・リベラルを問わず多くのアメリカ人が事実上の孤立主義に傾きつつある時代…世界から撤退して得られるはずの恩恵は、テロと独裁国家の強大化によって早晩失われる」と主張している。

 しかしこれは詭弁に過ぎない。アメリカが圧倒的な軍事力を背景に一極支配を維持、強化するため、「テロとの戦い」や「民主化」を口実に、意に添わぬ政権の転覆をめざすなど軍事介入を重ねてきたことが、今日の世界の混乱と無秩序の根源であることは明らかであり、それが次第に行き詰まりつつあることが「アメリカの衰退」を招いているのだ。
 プーチンは昨年9月28日の国連総会で重要演説で、ソ連がかつて行っていた「共産主義の輸出」が誤りだったことを率直に認めたうえで、アメリカが「民主主義を輸出する」目的で他国の内政に介入し、破壊と混乱をもたらし、大量の難民を生み出していることを厳しく糾弾し、警告した(「スプートニク」15.9.29)。
 歴史には時代の潮流というものがある。今起きている新しい世界的潮流はなお多くの蛇行や逆流、それに伴う想像を超えるような激しい摩擦や軋轢を繰り返すだろうが、本流は絶えることなく貫流し続けるだろう。この本流の強さと深さ、その行方をしっかり掴むことが現代世界と日本の将来を考えるうえで最も重要な課題だ。

挫折したアメリカの「グランド・ストラテジー」

 1991年のソ連崩壊によって冷戦に勝利し、「唯一の超大国」になったアメリカは、冷戦勝利の高揚感に駆られてか、次のような途方もなく傲慢なグランド・ストラテジーを作成していた(「1994~99年のための国防プラン・ガイダンス」)。
 「世界を一極構造にして、アメリカだけが世界を支配する。他の諸国が独立してリーダーシップを発揮したり、独自の勢力圏を作ろうとすることを許さない・・・アメリカだけがグローバルパワーとしての地位を維持し、優越した軍事力を維持する。アメリカだけが新しい国際秩序を形成し、維持する・・この新しい国際秩序のもとで他の諸国がそれぞれの”正当な利益“を追求することを許容する。どのような利益が”正当な利益”であるかを定義する権限を持つのはアメリカのみである」。
 このような傲慢きわまる国家戦略に沿ってアメリカが「暴走」を始めたことが、中東をはじめ今日の世界の大混乱―破壊と殺戮、数知れぬ悲惨と悲劇をもたらしている根源であることは明らかだ。しかし、この傲慢不遜なグランド・ストラテジーは今や重大な挑戦を受け、挫折と転換を余儀なくされ始めている。

 「テロとの戦争」の失敗と挫折

 第1は、「テロとの戦い」の失敗と挫折がアメリカの衰退を加速させている。アメリカはすでにアフガン、イラク、シリアなど中東地域で14年も反テロ戦争を続けているが、最近のパリの同時多発テロにも見られるようにテロは終息せず、むしろ世界中に拡散し、過激化している。その典型がIS(イスラム国)だ。
 アメリカはイラクに対し「大量破壊兵器の保有」「テロ勢力への支援」などの濡れ衣を着せて20数万の有志連合軍を募って侵攻し、フセイン政権を打倒し、彼を処刑したが、この過程で数十万人のイラク市民を殺戮し、暴虐の限りを尽くしたがイラクの政治と社会は安定せず、今も紛争地域のままだ。復讐心に燃えるフセイン政権の生き残り軍人たちがISの温床になっていった。
 ブレジンスキー(カーター大統領の特別補佐官)は、「(イラク戦争の結果)アメリカのグローバル・リーダーシップは信用を失った。もうアメリカの大義では世界の力を結集できなくなり、アメリカの軍事力では決定的な勝利を収められなくなった…アメリカの政治手腕に対する敬意は先細りとなり、アメリカの指導力は低下の一途をたどっていった」(『ブッシュが壊したアメリカ』徳間書店 07年)と書いている。
 アサド反米政権打倒のためのシリア介入でも、反アサドのため密かに支援しつつ利用してきたISが強大化、過激化したため有志連合だけでは手に負えず、親アサド政権のロシアの力を借りざるを得なくなっている。アメリカの不法なシリア空爆と違って、アサド政権の要請を受けて始まったロシアの軍事作戦でISは壊滅的打撃を受けており、中東へのロシアの影響力が強まっている。

 「民主化」を押し付ける「政権転覆戦略」の失敗

 第2は、旧ソ連圏やアラブ世界にアメリカ民主主義を押し付け、親米勢力を増やし、覇権を強化しようとした「カラー革命」-政権転覆戦略が次々に失敗しつつあることだ。
 アメリカは戦後も中南米でしばしば軍事介入を繰り返し、政権の反米化を抑圧してきたが、21世紀に入るとアメリカ主導のグローバリズムと新自由主義の押しつけに反発して反米左派政権が次々に誕生し、14年現在、中南米19か国のうち11か国が反米・非米政権だ。
 アメリカは冷戦後も主要な脅威であるロシアを封じ込めるため、ロシアの警戒と反発を排してEU、NATOの東方拡大政策を進め、各国で「民主化」勢力を「支援」しつつ親米欧政権樹立に「貢献」し、旧ソ連圏の東欧諸国17か国のうち11か国をEUに、12か国をNATOに加盟させ、ロシアに危機感を募らせてきた。
 ロシアが最後の緩衝地帯として重視し、EU、NATOへの接近を極度に警戒していたウクライナでも、親露政権を打倒するためネオ・ナチ勢力と組んでクーデター(オレンジ革命)を起こし、親米欧政権を作ったものの、プーチンの激しい反撃によりクリミア半島を失い、東部ドネツク、ルガンスク州の独立への動きを招くなど、混乱を深めている。独仏露の調停による「ミンスク合意」も守れず、財政も破綻しており、ウクライナのNATO化はほぼ失敗に終わりそうだ。
 チュニジアの「ジャスミン革命」から始まりエジプト、リビアと続いた「アラブの春」も悲惨な結果になっている。典型はリビアだ。1967年政権を掌握したカダフィ大佐はNATO軍の介入で惨殺された2011年までに、アフリカで最も貧しい国の一つだったリビアを最も豊かな国に仕上げてきていた。独裁政治と言われてきたが、実際は極めて分権的な社会で、小さな自治州の連合体で構成され、リビア流民主主義が定着していたという(「マスコミに載らない海外記事」15. 12.7)。ところが、カダフィ政権崩壊後4年経った現在、リビアは武装集団の抗争が続く無政府状態の破綻国家に転落したままだ。

ユーラシアで進む地政学的大変化

 第3は、ユーラシア大陸に地政学的な大変化が起きていることだ。上海協力機構(SCO)にインド、パキスタンが正式加盟し、ユーラシアの3大国、中印露の連携が実現しつつあるが、さらにイランの加盟も予定されている。他方、ユーラシア規模の構想である中国の「一帯一路(陸と海のシルクロード)」計画と、将来の「ユーラシア連合」を目指すロシアの「ユーラシア経済連合(EEU)」の連携も推進されようとしており、進展如何でEUの対中露接近が強まり、対米自立が加速される可能性もある。

世界経済・金融の構造変化も進む

 第4に、世界の経済と金融にも大きな構造変化が起きていることだ。GDPにおける南北逆転はすでに見たが、国際金融の世界でも中国主導のBRICS開発銀行やアジアインフラ投資銀行(AIIB)の発足によってアメリカ主導の世界銀行・IMF体制が衝撃を受けている。IMFはSDR(特別引き出し権)の構成通貨に人民元を加える歴史的決定(昨年10月30日)をする一方、長年の懸案だった中国など新興国の出資比率の引き上げを決めた(12月18日)。人民元はドル、ユーロに次ぎ、ポンド、円をしのぐ国際通貨としての地位を獲得した。今後BRICSはじめ新興国・途上国間の決済を中心に人民元の利用が拡大していけば、ドル体制を揺るがす主要通貨になっていく可能性もある(注)。

(注) 米日では中国経済崩壊論が盛んだが、IMFのラガルド専務は次のようにコメントしている。「中国経済は極めて重要な移行期を通過中だ。(高度成長期を脱し)より安定的な成長期に差し掛かっている…移行期に(株価変動など)動揺があるのは当然予想されることだ」(スプートニク 1.17)

アイデンティティ・クライシスに直面する米・欧・日

 以上で見たことからも、世界がいま大きな転換点に立っているのは明だ。ロシアの外交・国防問題の専門家セルゲイ・カラガノフは次のように述べている。「らか世界は乱気流に突入した。我々の慣れ親しんだかつての世界秩序は、勢いを持って台頭してくる新たなそれに押しやられている…我々は新たな世界秩序の形成を目の当たりにしている」(スプートニク、15.12.29)
 イアン・ブレマー(米国のシンクタンク、ユーラシアグループ代表)は、かつて『「Gゼロ」後の世界―主導国なき時代の勝者は誰か』(日経新聞出版社、2012)を書いて注目されたが、最近の著書でも次のように書いて、米国の「支配的地位」(一極支配)が終わったことを認めている。
 「中国、ロシア、インド…などの新興勢力は近年、アメリカのリーダーシップが自分たちにとって有益でないと判断すれば、それを拒否してそれぞれの域内における影響力を伸ばせることを証明している。だが・・・いずれも国内に複雑な課題を抱えており、アメリカのリーダーシップにとって代わるものを提示する意思も能力もない。アメリカが支配的地位を占めていた冷戦後の世界秩序は終わり、今や私たちは・・・単独で、あるいは国家連合として(リーダーシップを)提供できる国がない世界にいる」(『スーパーパワー―Gゼロ時代のアメリカの選択』日経新聞出版社 2015)と書き、さらに本書の執筆動機について「米国は世界における位置づけに悩み、いまやアイデンティティ・クライシスに直面している」からと書いている。

 アイデンティティ・クライシスに直面しているのはアメリカだけではない。パックスアメリカーナを「国際公共財」として利益を享受してきた先進国グループはいずれもアメリカの衰退という「新しい現実」を前に自らをいかに位置づけるかに腐心している。昨年、米国の制止を振り切ってイギリスを先頭にEU主要国が中国主導のAIIBに雪崩を打って参加し、人民元の国際化も積極支持したこと、ウクライナ問題での対露制裁でも米国との温度差が生まれたこと、中東問題でロシアとの連携に前向きな独仏など、EU主要国に米国離れへの兆候を示す動きが目立っている。

<深刻な日本のアイデンティティ・クライシス>

 ところで、先進国の中で最も深刻なアイデンティティ・クライシスに直面しているのは日本だ。同盟国・米国が世界最強の国から「衰退する国」に変わり、150年間、日本の格下だった中国がいまや米国と肩を並べる超大国になりつつあることは、日本の存立基盤を揺るがすほどの環境変化であり、国家戦略の大転換が避けられなくなっている。
 安倍首相は日米同盟を深化(衰退する米国覇権の補完のための自衛隊の提供など)させ、オバマのアジア・リバランス戦略の一環として、中国牽制の先兵の役割を果たすことで新たなアイデンティティを得ようとしている。しかしこれは世界の新たな時代潮流に真っ向から逆らうものであり、日本の未来は拓けない。

日本のアイデンティティ・クライシスと中国問題

 日本が深刻なアイデンティティ・クライシスから脱却するためのキーワードは「対米自立」と「日中共生」であり、それは安倍政治と対極をなすものだ。政府とマスコミの誘導によって日本国民の対中感情も戦後最悪になっている。
 なぜこれほど対中感情が悪化したのか。1つは、中国が経済のみならず政治、外交、軍事面でも日本を大きく上回る力を持つまでに台頭してきたため、明治以来アジアで初めて近代化、工業化に成功し、日清、日露戦争に勝ち、アジア・ナンバーワンの地位を確立してきた日本が、格下に見てきた中国に急速に追いつかれ、追い越されてしまったことへの反発から反中ナショナリズムが、日本の支配層や右翼勢力、その影響を受けた国民の間に生まれているためだ。

米中の狭間に生きる日本のナショナル・アイデンティティ

 さらに、中国の台頭を容認しつつも、アメリカを上回る大国になることを抑制したいアメリカが、中国牽制に日本を活用すべく意図的に中国脅威論を誇張していることだ。米国は日本の対中自主外交を占領終了後63年経った今も認めていない。このアメリカのクビキを外さない限り、真の日中友好は実現しない。
 政府やマスコミは中国が大国化するにつれて横暴になっていると批判しているが、イギリスのフレーザー外務次官は次のように言っていた。「中国が横暴になっているとは思わない。中国は200年ぶりに大国の地位を回復しつつあり、大国としての自己主張を始めているだけだ。世界は中国やインドにもっと大きな発言権を与えなければならない(要旨)」。これが西欧の良識ある政治家の認識だ。日本の中国侵略の過去は棚上げして中国を非難する日米タカ派の言い分は滑稽だ。

 日米安保で日本は北朝鮮や中国の侵略から守られていると考える日本人が多いようだが、これは事実に反する。日本を守ってきたのは憲法9条と国民の平和希求である。戦争を放棄した国に戦争を仕掛けてくる国はない(海岸線に54基の原発、食料もエネルギーも海外依存の日本は戦争ができない国だ)。北朝鮮が日本を攻撃するメリットは何もない。北が挑発を繰り返す国になったのは国交正常化を拒み続ける米国のせいである。「北の脅威」が極東戦略に必要なのだ。中国も「革命の輸出」など考えていないし、「平和的発展」を国是としているので、日本を侵略することなど夢にも考えていない。

 「衰退するアメリカ」「勃興する中国」-この2大国の狭間で生きる日本のナショナル・アイデンティティが「対米自立」「日中共生」の方向にしかないことは明らかだが、さらにこの基礎の上に国内では平和国家日本の再建と日本型福祉社会の再構築を目指し、対外的には日中韓朝の連携を強め「東アジア共同体」「アジア集団安全保障体制」の構築を図り、アメリカ一極支配崩壊後の新しい世界秩序―「多極共存・共生の世界」の実現に尽力することが、日本の新しいナショナル・アイデンティティになる。

筆者注:この小論はメルマガ『オルタ』1月号所載の論文>を、編集部の求めにより約半分に要約したものである。

編集部 筆者は、アジアサイエンスパーク協会名誉会長。元神奈川県副知事

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