「日中衝突を煽ってはならない」岡田 充

台湾有事の「日米共同作戦」とは 
戦争シナリオを放置してはならない

共同通信客員論説委員 岡田 充

 まるで坂を転げ落ちるように「戦争シナリオ」が完成しようとしている。日米両政府は「台湾有事」が近いとして、昨年4月の首脳会談では日米安保の性格を「地域の安定装置」から「対中同盟」に変更。さらに台湾有事に対応するため、米海兵隊が自衛隊とともに南西諸島を「機動基地」にし、中国艦船の航行を阻止する「共同作戦計画」の推進にゴーサインを出した。それからわずか一年足らず。野党の反対や議論もないまま、安保法制が発動されようとしているのはどうしたことか。憲法に抵触する恐れがある戦争シナリオが独り歩きする現状は、戦争に近づく危険に満ちている。

「2+2」で日米「共同対処」うたう

 日米両国は今年1月7日の外務・防衛担当閣僚協議「2+2」に続き、21日に日米首脳会談を開いた。テーマの大半は対中政策に費やされたとされる。首脳会談で岸田文雄首相は、年末までに国家安全保障戦略を策定し、「防衛力を格段に強化」する方針を表明。双方は「2+2」の共同発表を支持し、中国をにらんだ日米同盟の抑止力強化で一致するのである。
 この「2+2」の共同発表こそ、「台湾有事」の初動段階における「日米共同作戦計画」にほかならない。ただ、共同発表は極秘度が高い「共同作戦計画」には直接言及せず、代わりに「同盟の役割・任務・能力の進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎」と書いた。日米の専門家は「共同計画作業」の具体案こそ「共同作戦計画」とみる。「共同計画作業」と台湾有事との関連を質問された林芳正外相は「相手があるので……」と口ごもった。
 「2+2」が1年足らずのうちに2回開かれるのは極めて異例である。対中政策について、21年の共同発表は「安定を損ねる(中国の)行動に反対」としたのに対し、今回は「かつてなく統合された形で対応するため、戦略を完全に整合させ」「安定を損なう行動を抑止し、必要であれば対処するために協力」と、「共同対処」という踏み込んだ表現へと深化したことに注目しなければならない。

南西諸島に機動軍事拠点配置

 計画策定の経緯を振り返る。スタートは、「台湾海峡の平和と安定」を52年ぶりに日米安保文書に盛り込んだ2021年3月の日米「2+2」と、菅義偉前首相とバイデン大統領による4月の首脳会談にさかのぼる。
 3月、「2+2」の直後、岸信夫防衛相はオースティン米国防長官に対し「有事で日米の緊密連携」を確認し、「台湾支援の米軍に自衛隊がどう協力するか検討」と約束し、制服レベルで作戦計画の策定が始まるのである。
 さて共同通信は昨年12月末、共同作戦計画の原案をスクープした。その概要を紹介しよう。
 ①台湾有事の緊迫度が高まった初動段階で、米海兵隊は自衛隊の支援を受けながら鹿児島県から沖縄県の南西諸島に臨時の攻撃用軍事拠点を置く。
 ②臨時軍事拠点の候補は、陸自ミサイル部隊がある奄美大島、宮古島や配備予定の石垣島を含む約40の有人島。
 ③拠点を置くのは、中国軍と台湾軍の間で戦闘が発生し、日本政府が放置すれば日本の平和と安全に影響が出る「重要影響事態」と認定した場合。
 ④対艦攻撃ができる海兵隊の高機動ロケット砲システム「ハイマース」を拠点に配置。自衛隊に輸送や弾薬の提供、燃料補給など後方支援を担わせ、空母が展開できるよう中国艦艇の排除に当たる。事実上の海上封鎖である。
 ⑤作戦は台湾本島の防衛ではなく、部隊の小規模・分散展開を中心とする新たな海兵隊の運用指針「遠征前方基地作戦(EABO)」に基づく。

広がる沖縄と本土の認識距離

 シナリオ通りに作戦が展開されれば、これら移動拠点が中国側のミサイル攻撃の標的になり、住民が巻き込まれるのは避けられないだろう。まさに「戦争シナリオ」である。沖縄県の玉城知事は日米首脳会談の直後、「米軍による自衛隊施設の共同使用が重なると、非常に大きな不安を抱える。共同使用はやるべきではない」と述べた。即座に反対を表明したのは当然だ。
 米軍基地問題は普天間移転だけの話ではない。共同作戦計画を沖縄各紙は大きく報道しているが、全国紙はほぼ無視。台湾有事をめぐる報道でも、本土と沖縄の距離は広がる一方だ。宮古海峡では22年2月8日~13日、EABOに基づき約1万人の海兵隊と自衛隊による大規模な共同演習が行われた。これは共同作戦計画を検証するための大規模演習にほかならない。

自衛隊の協力なければ中国に勝てない

 日米共同作戦計画の米側の狙いについては、国際政治学者のマイク・モチヅキ米ジョージ・ワシントン大学準教授が私に語ってくれた話が参考になる。
 彼によれば、ワシントンで昨年春、国際政治学者と軍事専門家が参加する台湾有事の「机上演習」(ウォーゲーム)が何度か行われた。その結果、①米軍による在日米軍の自由アクセス、②後方支援――がなければ「米軍は中国軍に勝てない」という結論が出た。モチヅキは、この2条件を盛り込んだ対日要求シナリオの一つとして、「南西諸島での中国艦船の通過阻止とミサイル配備」を挙げるのである。作戦計画のシナリオとぴたりと重なるのが分かるだろう。
 制服組が「最悪のシナリオを想定して作戦を練るのは当然」という見方がある。一理あるにしても、戦闘状態を前提にした戦争シナリオの「起動」は、即「外交敗北」を意味することを、肝に銘じなければならない。戦争準備に突き進む前に、対話と相互理解を重ね戦争を回避するのが外交の役割だ。
 安倍晋三元首相は「台湾有事は日本有事、日米有事」と、台湾有事の切迫を煽り続けてきた。ポイントは、台湾有事が本当に切迫しているかどうかだ。
 中国は台湾統一を「歴史的任務」としているが、統一は急いでいない。少子高齢化の加速で成長に陰りが見える今、プライオリティーは「体制維持」にあり、リスクの高い台湾武力行使は、それを危険にさらす。
 一方、日米政府が有事を煽る狙いを整理すると、①台湾問題で「脇役」だった日本を米軍と一体化させ「主役」にする、②南西諸島のミサイル要塞化を加速し、米軍の中距離ミサイル配備の地ならし、③中国側を挑発し、中国が容認できない一線を意味する「レッドライン」を引き出すこと――に整理できる。

外交努力で信頼醸成を

 今年は日中国交正常化50年の節目だ。コロナ禍で、習近平国家主席の国賓訪日が延期されて以来、日本政府は日米外交とインド太平洋外交ばかりに全力を集中し、日中関係など眼中にないように見える。中国の脅威を煽って軍事的抑止を強調するだけでは、相互不信から軍拡競争を加速する「安保のジレンマ」に陥るだけだ。
 安全保障とは共通の敵をつくって包囲・排除することではない。軍事的脅威とは、「相手の軍事力と意図の掛け算」である。多くの日本人は、米国が世界最大の軍事力を持っていることを知っているが、「脅威」とは見なさない。日米安保があるから、日本を攻撃する「意図」はないと判断しているからだ。
 中国も同様である。日中間では1978年に締結された平和友好条約第1条で「武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認」した。条約のこの精神をより確実にするため、外交努力で相互に武力行使する「意図」がないことを確かなものにする必要がある。
 世界とアジアで圧倒的な市場と資金力をもつ中国の包囲など、そもそも不可能だ。外交努力から中国との相互信頼を確立し、平和と地域安定を追求することこそがわれわれの選択である。戦争シナリオを放置してはならない。
(22・2・17)