[南西諸島軍事要塞化] シュワブ密約について

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin

日本列島や南西諸島を戦場と位置付ける米軍
対中抑止力として米海兵隊をとどめたい政権

参議院議員 伊波 洋一

海兵隊と陸自の密約

 名護市辺野古の米軍キャンブ・シュワブに陸上自衛隊の「水陸起動団」を常駐させることを2015年、陸上自衛隊と米海兵隊が極秘に合意していたことが日米両政府関係者の証言で明らかになった。一時的に米軍キャンプ・ハンセンに配置する案も検討していると、共同通信と沖縄タイムス合同取材で明らかにされ今年1月25日に全国に報じられた。
 18年に長崎県の相浦駐屯地で発足した水陸起動団について、陸自・陸上幕僚監部は12年に団を3連隊で構成し、一つの連隊約650人を尖閣対応で沖縄に配置すると決めたという。12年から米側と交渉し15年に陸自トップの岩田清文陸上幕僚長(当時)が在日米海兵隊のニコルソン司令官(当時)と極秘に合意した。合意後、陸自と米海兵隊が調整し陸自施設の計画図案や給排水計画を作成、関係先に提示した。
 当時から、キャンプ・シュワブでは米軍普天間飛行場の移設計画が進行中で、完成すれば移動手段の輸送機オスプレイの離発着や水陸両用車の海自輸送艦への搭載が可能で、恒常的に離島防衛の水陸両用作戦を訓練できるためという。
 日米両政府は在沖海兵隊の多くをグアムなどに移す再編計画を2005~06年に合意しており、陸自は移転に伴う基地の空白を活用して部隊を配置する考えだ。しかし、共同使用により陸自・水陸起動団が常駐することは辺野古新基地建設が当初の普天間飛行場代替施設建設から大きく外れることにもなる。受け入れ先の名護市や沖縄県民の大きな反発を招くことにもなりかねないことから、合意が秘密にされてきた。合同取材によると複数の陸自幹部が海兵隊の国外移転を念頭に「将来、辺野古は実質的に陸自の基地になる」との本音を漏らしたと報じられる。

米軍再編と辺野古新基地建設

 2005~06年米軍再編での在沖海兵隊のグアム移転合意後の2012年合意では在沖海兵隊をグアム以外のハワイや米本土、オーストラリアなどへも移転させる計画になっており、日本の島嶼防衛は日本の役割となったため陸自・水陸起動団が「日本版海兵隊」として2018年に誕生した。
 さらに、2013年の米議会報告によると完成後の辺野古新基地の年間維持費は約2億ドルと現在の普天間飛行場の維持費約300万ドル弱の約70倍と試算しており、米連邦議会では日本政府に分担させるべきとする声が大きい。陸自の共同使用の合意は基地維持費用のためにも米連邦議会や米海兵隊から歓迎されただろう。沖縄タイムスの米国特約記者は、米オバマ政権でホワイトハウスに在籍していた米政府高官は米海兵隊と陸自・水陸起動団の常駐合意案を把握していたと書いている。
 日米の米軍再編合意では、現在のキャンプ・シュワブ沿岸でのV字型辺野古新基地建設を含めた2005年合意では在沖海兵隊7000人と家族9000人がグアムに移転するとされたが、12年の改定合意では移転する海兵隊員が増えて9000人となった。グアムへの常駐部隊と家族数は縮小されて多くがハワイに移転する。

米軍は「直接の脅威」から部隊と家族を撤退

 理由は、中国や北朝鮮のミサイルの長射程化が進み、グアムも射程内になっており、直接の脅威ある地域から大規模部隊や家族を撤退させる考えだ。
 日本政府は米軍再編後も約1万人の海兵隊が沖縄に残留すると説明しているが、在沖海兵隊の駐留実数が公開されていた2008年の海兵隊実数は、軍人1万2402人、家族7598人であり、軍人・家族それぞれ9000人が国外に移動すれば、軍人は3000人になり、家族はいなくなる。沖縄の第3海兵遠征軍は、その拠点をグアムとハワイに移し、沖縄での常駐の戦闘部隊は1000人以下とも言われている。
 2009年2月17日に日米で締結された「グアム移転協定」では、日本政府の財政負担「28億ドル」で沖縄と同等の海兵隊施設(司令部庁舎・教場・隊舎および学校等生活関連施設)の建設を約束。さらに海兵隊員の家族住宅や電気・上下水道などのインフラ整備などの出資・融資を約束し、総額60億9000万ドルの約束となった。
 グアムでは、すでに多くの海兵隊施設が完成し、昨年10月1日にアンダーセン空軍基地の隣にキャンプ・ブラズ海兵隊基地が開設された。アンダーセン空軍基地内にも海兵隊航空団のためにオスプレイ格納庫が二つ建設された。航空団に必要な整備施設などの基盤整備も日本の財政支出で完成している。沖縄からグアムへの移動は2024年~25年中とされる。2025年以降、米海兵隊はグアムやハワイなどから出動するようになるだろう。
 米海兵隊にとって、いつ完成するかわからない辺野古新基地の利用は想定されていないように思う。

「こんな理不尽なことはない」翁長雄志知事の怒り

 米軍キャンブ・シュワブへの陸自・水陸起動団の常駐極秘合意はどのような状況下で行われていたのか振り返りたい。2015年は、辺野古新基地建設反対を公約に掲げて翁長雄志知事が当選した翌年であり、安倍政権と翁長県政は辺野古新基地建設を巡って厳しく対立していた。
 翁長知事が安倍首相と初めて会談したのは14年12月10日の就任から4カ月後の15年4月17日だった。初会談で翁長知事は「辺野古が唯一の解決策という固定観念に縛られず辺野古への移設作業を中止すべきだ」と要求し、辺野古新基地建設について「自ら土地を奪っておきながら老朽化したとか、世界一危険だからとか(移設が)嫌なら代替案を出せと言う、こんな理不尽なことはない」と厳しく批判。初会談は、翁長知事は全面公開を求めたが、官邸側が拒否し翁長知事のあいさつの途中3分で公開は打ち切られた。会談後に翁長知事は用意した「知事コメント」を記者団に配布し「このまま政府が地元県民の理解を得ることなしに辺野古埋め立てを強行するようであれば、絶対に辺野古新基地を造らせない」など、発言の核心部分を明らかにした。

翁長知事(当時)と安倍首相 & 菅官房長官(当時・現首相)の対話

 翁長知事が安倍首相と初会談を行う直前の4月5日には、当時の菅官房長官(現首相)が来沖して那覇市内のホテルで会談を行った。今、振り返っても象徴的な会談だった。
 翁長雄志知事の発言は次のようなものだった。
 「今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことはない」、「自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、今や世界一危険だから、普天間は危険だから大変だ、その危険性の除去のために沖縄が負担しろ、お前たち代替案を持ってるのか、日本の安全保障はどう考えているのだ、と話されること自体が日本の政治の堕落ではないか」、「(菅)官房長官は『粛々』という言葉を何回も使われる。問答無用という姿勢が埋め立て工事に感じられ、その突き進む姿はサンフランシスコ講和条約で米軍政下に置かれた沖縄で最高権力者キャラウェイ高等弁務官が『沖縄の自治は神話である』と言ったのと重なり合う感じがして、私たち(沖縄県民)の70年間は何だったのかなと率直に思っております。上から目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していく。ですから私は辺野古の新基地は絶対に建設することはできないという確信を持っております」、「安倍総理にお話しする機会があれば大変ありがたい」など、他にも多くの沖縄戦後の占領下の時代を含め70年間の県民の思いを代弁した。
 一方、菅官房長官(当時、現首相)の発言は驚かされるものであった。
 「政府としては国土面積の1%に満たない沖縄県に約74%の米軍基地が集中していることについて、沖縄県民に大きなご負担をお願いしていることについて重く受け止めている。安倍政権としては負担軽減のために、やれることはすべてやる」、「最重要は普天間飛行場の危険除去、市街地の中心部に位置し周辺を住宅や学校に囲まれ、世界で一番危険な飛行場と言われている。固定化はあってはならない。県も国も同じ認識だと思っている」、「昨日も尖閣諸島に公船が侵入した。わが国を取り巻く安全保障環境、極めて厳しい中にあって、沖縄県民の皆さんの方々を含めて国民の安全を守るのは国の責務だと思っている。日米同盟の抑止力の維持と危険除去を考えた時に、辺野古移設は唯一の解決策であると政府は考えています」、「辺野古の埋め立て面積は、普天間の約3分の1になる。普天間ですと1万戸以上の世帯に住宅防音が必要だが、辺野古はゼロになると報告を受けている」などだ。
「戦後生まれなので、沖縄の置かれてきた歴史はわかりません」と開き直る菅首相
 その後7月16日に翁長知事へ前仲井真知事の辺野古埋め立て承認についての検証を委ねた第三者委員会から「瑕疵がありとする検討結果」が届き、沖縄県で埋め立て承認を取り消す手続きを開始する動きが始まる中、菅官房長官は8月4日の閣議後会見で辺野古新基地建設の作業を8月10日~9月9日まで1カ月間中断し沖縄県と国が集中協議する場を設けると発表。翁長知事も同日の臨時会見で辺野古沿岸の埋め立て承認取り消しなどの手続きをその間停止する意向を示した。
 辺野古新基地建設に関する政府と県の集中協議は、第1回が8月12日に始まり、主に菅官房長官と翁長知事が双方の主張を述べ合う形で5回行われた。翁長知事の訴えたことに政府側からほとんど返答はなく、集中協議の終わる9月7日に翁長知事が「私の話は通じませんか」と話したら、菅氏が「戦後生まれなので、沖縄の置かれてきた歴史についてはわかりませんが、日米合意で辺野古唯一(解決策)だ。辺野古に普天間飛行場を移すことがすべてだ」と話すので、翁長知事が「お互いの70年間を別々に生きてきたような気がする」と話したと9月24日の日本外国特派員協会の記者会見で語ったのが印象的だった。
 翁長知事は9月14日午前、沖縄県庁で記者会見を開き、辺野古新基地建設で仲井真前知事が2013年12月に出した埋め立て承認を取り消す方針を表明して手続きを開始。そして10月13日に「承認は取り消すべき瑕疵があると判断した」と述べて埋め立て承認を取り消したことを明らかにした。

外交で尖閣問題を解決し日中関係正常化を

 その後も、5年も辺野古新基地建設をめぐる沖縄県政および沖縄県民と安倍政権・菅政権の対峙は続いている。
 大きな原因は、対中抑止力として米海兵隊を沖縄にとどめたいとする政権側にあると思う。実際は、米海兵隊の戦略は大きく転換しており、日本列島や南西諸島を戦場と位置付けている。菅氏は、「普天間の危険性除去」と「尖閣への中国の脅威」を天秤にかけているが、それでは解決しないだろう。日中平和友好条約等を通して外交交渉で尖閣問題を解決して海兵隊に頼らず、日中関係の正常化を実現することが求められている。

(見出しは編集部)

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin