書籍紹介■ 『命をつなぐ政治を求めて』

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嘉田由紀子 著 風媒社刊 定価(本体1800円+税)

由良 隆(自営業者、広範な国民連合・京都会員)

私の古い友人である嘉田由紀子さん(前滋賀県知事)が滋賀県政の政策形成過程を振り返って、現在の問題意識をつづった本を最近出版した。非常に興味深い内容なので、ぜひご一読を願って紹介したい。

嘉田・滋賀県政の誕生

嘉田は京都大学農学部卒業後、琵琶湖研究所の研究員として琵琶湖周辺の農村の状況や琵琶湖の環境問題などに深く関わり、琵琶湖博物館の開設では中心的役割を務めた。そして、2006年の滋賀県知事選挙に無所属で出馬し当選した。この時、自民、民主は現職の国松を推薦、公明は自主投票、共産は独自候補、嘉田には社民党と自民党の一部が支持に回ったが、当初は誰も当選を予想できなかった。
この時嘉田が掲げたのは、新幹線の栗東新駅、県内の6つのダム、産廃処理施設の凍結・見直しという公約であり、いずれも自民党、県政主流派からは大きな抵抗の出るものであった。それらを進める考え方として「もったいない」というキャッチフレーズは評判になり、マスコミももてはやした。
この結果、国政レベルでも滋賀県内でも「嘉田は一切の開発に反対している」というようなネガティブキャンペーンを受け、それは今も続いている。
10年の2期目の選挙では約42万票という滋賀県知事選挙史上の最高得票で当選した。14年に2期で退任。
この8年間に嘉田が滋賀県政で何を実現してきたのかの詳細な記録が本書である。

嘉田の県政政策の基本的な特徴

本書の構成は5章からなっている。キーワードのみ列挙すると「人口減少」「格差と経済」「高齢化」「災害多発」「原発依存」となっている。これらのいずれも現代日本が直面している最重要課題に、真正面から回答を出そうと努力しているのが嘉田の政治姿勢の特徴である。言葉を換えると、「思いつき」や「付け焼き刃」ではなく、歴史的経緯と現実のデータを直視して、構造的な解決策を策定しようとしてきた、と言える。本書で嘉田が取り上げた5つの課題全てにこの手法は貫かれていて、それが私たちを圧倒する力になっている。嘉田が知事になる前に、琵琶湖と周辺農村社会を熟知しており、単なる知識ではなくそこで生活する人々との深い交わりがあったこと、フィールドワーカーとしての資質が骨の太い政策をつくったのではないかと私は思う。
嘉田が「受けを狙って利権がらみの開発政策に反対する」ポピュリズムとは真逆の政治家だということは本書を読めば分かることだ。

具体例1 「人口減少」

人口減少問題は、長期にわたる課題だ。嘉田は、以前から問題が分かっていたのに政府がなぜこうも手を打たなかったのかについて、「自民党の家族政策」を挙げている。根本が間違っていたという指摘だ。そして、全国知事会での議論を紹介している(本書の図参照)。女性の就業率と合計特殊出生率は正の相関がある、この事実を圧倒的に男性が多い知事会では容易にみんなが受け入れない。
嘉田自身が学生結婚、学生時代に出産を経験して苦労してきたことを背景に、滋賀県でいかにして子どもを産み育てやすい社会をつくるかについて、「子育て三方よし」(横串政策)のためにいろいろな仕組みをつくった経緯が紹介されている。一つだけ紹介すると「マザーズジョブステーション」、ワンストップで子育て中のお母さんが必要とするものを全てセットした施設だ。これに当初厚労省は協力しなかったが、18年には労働局が「滋賀県のマザジョブは日本全体のモデルになる」と認めたという。
こういうことの結果として、滋賀県は沖縄に次いで出生率が全国2位、また女性の年齢別就業率のいわゆるM字カーブが30~40代で5%ほども上昇したという。

女性の労働参加率と出生率は正の相関
(内閣府男女共同参画会議基本問題・影響調査専門調査会報告書 参考資料図表1より 2009年女性労働参加率:OECDジェンダーイニシアチブレポートP58、2009年出生率:OECDデータベースを基に、内閣府男女共同参画局で作成)

具体例2 「水害」

嘉田は知事になる前から淀川の治水問題などに深く関わり、昨年の倉敷市真備町の洪水や、愛媛の野村ダムの洪水調査なども行っている。治水問題についてのエキスパートである。治水は歴史的な背景をもつ問題だが、近代文明の発展とともに、ダムなどの大型技術で抑え込むやり方が主流になった。その結果が最近よく起こる「想定外の被害」につながっている。嘉田が言う「近い水」「遠い水」の考え方は実に示唆に富んでいる。
いま滋賀では、いったん凍結された大戸川ダムが動きだそうとしているが、嘉田は大戸川ダムの貯水量は琵琶湖の湖面2~3㎝の上昇分、それに1000億円もかけて、それを京都府や大阪府に費用を負担させて、やる意味があるのか、と問う。

この本が出された背景について感じること

県政は膨大な実務作業だろう。その中でこれほど過去にとらわれない政策を実行に移すためには、やる気に燃えた有能な自治体職員たちが育っていたに違いないと思う。この本にも彼らの情熱が凝縮しているように感じた。トップが明確な理念を持って社会的意義のある方針を出せば、自治体職員たちは誇りと喜びを持てたのではなかろうか。
「忖度」に絡め取られている中央官僚とは大変な違いだ。嘉田県政の意義はこのような行政マンを育てたところにあるのかもしれない。

最後に 「女人禁制」最初の女性探検部員

私は学生時代に京大探検部というところに在籍していた。4回生の時、彼女が探検部にやってきた。当時、探検部は「女人禁制」という今では信じられないような不文律があった。彼女はそれをぶち破って初の探検部女性部員となった。
上級生のわれわれは、彼女のパワーをまぶしい思いで見つめていたのを思い出す。先日会ったときに嘉田は「私はあの頃から変わっていないと思っています」と言った。さもありなんと感じた。

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