グローバル化の時代と各国の経済・財政・福祉[フィンランド]

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北欧諸国――フィンランドを中心に

北海学園大学法学部教授 横山 純一

1 グローバル化時代の到来

近年、発達した産業国家においては、「グローバル化」が各国の経済・財政政策を規定する大きな要因になっている。変動相場制のもとで、かつ資本の多国籍化が進むとともに、知識集約型産業の役割が大きくなったことがグローバル化時代の経済の重要な特徴である。

2 グローバル化と日本

第2次大戦後の日本の経済・政治が大きく転換したのは第1次オイル・ショックの時期で、ほぼ1975年以降、日本の経済・政治は新しい時代に入ったということができる。60年代後半から70年代前半にかけて高い経済成長が続き、「完全」雇用が実現した。そして、成長の果実というべき潤沢な財源を背景に福祉の拡充が進み、基盤的所得保障だけではなく、児童福祉や高齢者福祉などで多様な福祉サービスが提供されるようになった。だが、オイル・ショックを契機に福祉の見直しが行われた。また、60年代や70年代前半には、産業基盤投資や生活基盤投資など公共事業が盛んに行われ、それが雇用や国民生活向上に一役買った。この公共事業費の大盤振る舞いも見直されることになった。
日本の新時代の内容と特徴は次の点に求められるだろう。つまり、ニクソン・ショックと表現された71年の固定相場制の崩壊と変動相場制への移行、スタグフレーションという言葉が飛び交った長くて深い不況、新素材革命・通信革命・バイオテクノロジーなどの新技術革新、福祉の見直しなど政策の新潮流に躍り出た新自由主義、財政支出抑制と減税による財政緊縮、行政改革、民営化と規制緩和、金融の自由化、企業の海外進出と多国籍化等である。そして、日本の高い経済成長はバブル景気を最後に訪れていない。
例えば、規制緩和や財政緊縮が強く示された国とそうではなかった国など、その現れ方の強弱が国によって異なっていたことや、規制緩和等が早く行われた国とそうではなかった国など、その現れ方の時期に国による違いがみられたけれども、上記のような内容と特徴は、日本に限らず、アメリカ、イギリスなど多くの発達した産業国家においてほぼ共通にみられた。そして、社会民主主義勢力が強い中で福祉国家をつくりあげた北欧諸国においても、上記のようなグローバル化の一連の流れと決して無縁ではなかったのである。

3 グローバル化と北欧諸国――フィンランドを中心に

北欧諸国を検討しよう。デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランドの5カ国を北欧諸国というが、本稿ではフィンランドをとりあげてみよう。
フィンランドの場合、上記のような意味での新しい時代の到来は90年代前半の大不況のときであり、日本よりも15年から20年ほど遅かったといえるだろう。フィンランドは80年代後半に高成長を実現し、福祉が拡充するとともに、低い失業率とも相まって北欧型福祉国家の仲間入りを果たした。アメリカのレーガン革命、イギリスのサッチャリズム、日本の臨調行革など、新自由主義的な政策がアメリカ、イギリス、日本などで行われていたとき、フィンランドなど北欧諸国の多くは福祉の充実に努めており、北欧諸国は新自由主義とは別の道を歩んでいるとされ、日本では政治や政策においてオルタナティブを模索している人々から高い評価を得ていたのである。
しかし、そのフィンランドも大不況を機に経済と政治の転換期を迎えることになったのである。
フィンランドの転換期の内容と特徴は、次の点に求められるだろう。つまり、90年代前半の固定相場制の崩壊、貿易の依存割合が高かったソビエト連邦の崩壊、ノキアに代表される新技術革新、福祉の見直しなどの新自由主義的政策の遂行、財政緊縮・減税・行政改革の進行、民営化と規制緩和の進行、企業の海外進出の進展、高い失業率などである。さらに、90年代後半のEU加盟がある。
フィンランドの場合、日本よりも失業率が高い。さらに、隣国のスウェーデンほど新自由主義のイデオロギーが強くなかったため、ドラスチックに新自由主義的な政策が進むことはなかったが、マイルドに新自由主義的な政策が着実に進められた点に特徴があった。

4 フィンランドの経済・財政の転換

90年代半ば以降、経済がITを中心とする電気光学機械産業を軸に成長軌道に乗ったものの、80年代のような高い成長は望めなかった。さらに、リーマン・ショックや欧州債務危機の中でフィンランド経済は厳しい状況におかれ、2012年から14年にかけて3年連続でマイナス成長となった。総債務残高も大幅に増加したために、財政支出拡大に伴う景気刺激という政策の選択肢はいっそう難しくなっているように思われる。
フィンランドでは1990年代前半の財政危機においては、財政再建の手法として、増税ではなく財政支出削減策が行われた。「課税に関する国際的な圧力や世界的な租税競争、租税の雇用への影響の観点から、もはや公的部門の財政問題を高い税率を維持することによって解決することは適切なことではない。フィンランドのいくつかの租税は国際基準とEU基準に照らせば大変高い。財政支出の削減こそが公的部門の財政を改善する本質的な方法なのである」(Ministry of Finance”Economic Survey September 1998″. 1998)という認識を、政策当局が強くもっていたのである。そして、以後今日まで、増税ではなく歳出削減策がフィンランドの財政政策のほぼ基本的なスタンスになっている。実際、90年代に二元的所得税の導入、所得税の総合制や累進制の見直し(税率の刻みを少なくする、最高税率の引き下げ)、富裕税の廃止、所得税と法人税の軽減が行われた。付加価値税の税率も、この25年間でわずか2%アップ(標準税率が22%から24%にアップ)にとどまっている。
さらに、県の廃止や自治体合併などの行政改革が行われ、また、社会保障費や教育費、公共事業費などの経費支出削減、福祉給付の抑制などが進んだ。

5 フィンランドの福祉、農業、産業構造

フィンランドでは隣国スウェーデンほどではないものの、福祉の市場化が強まっている。給付の抑制が進む中、営利企業とくに大企業が福祉サービスに続々と参入しているのである。フィンランドの伝統的な福祉サービスである自治体直営サービスは縮小してきている。
農業は厳しい競争下におかれ、EU加盟後、経営規模をかなり拡大しないと生き残りが難しくなり、農業人口や農家戸数が大幅に減少した。地方から都市への人口移動が進み過疎化が進んだ。さらに、これまで主軸を担ってきた産業(紙・パルプ産業や電気光学機械産業)に往時の勢いがなく、工場の海外移転も進んだ。大不況以後、失業率が高い水準で推移している。とくに若年世代(20歳代)の失業率が高い。また、国民の所得差が小さいことがフィンランドの特徴だったが、中間層の流動化が進んで低所得者層が増えている。

6 新しい政治勢力(フィンランド人党)の台頭

このような状況の中で、これまで影響力のあった政党(国民党、中央党、社会民主党などの既成政党)とは全く別の新興政党(フィンランド人党)が第3党に躍り出ている。フィンランドよりも福祉の見直しや福祉の民営化がドラスチックに進んだスウェーデンでは、2大勢力(穏健党、社会民主党)の陰に隠れていた極右政党(民主党)が移民・難民の排斥を主張する一方で、福祉重視を掲げて躍進している。フィンランド人党はスウェーデン民主党のような極端な主張は行っていないけれども、ユーロやEUには懐疑的である。

7 フィンランド福祉国家の展望

EUにおいてフィンランドは国際協調面で重要な役割を果たし、貿易額や投資額を増やしてきた。しかし、国内的には歳出削減、福祉給付の抑制、農業や産業の不振に陥っている。今後、フィンランドが経済・財政、社会保障等の問題や移民・難民問題にどのように向き合い、国内均衡(国民諸階層の利害調整)と国際均衡(国際経済協調)についてどのようにバランスをとっていくのかが課題になっているといえよう。とくに、福祉・保健医療サービスの質と量の保障をどのように進めるのだろうか。今後の施策展開に注目したい。
むすびにかえて
現在、多くの産業国家で国内均衡と国際均衡の同時達成がやりにくくなってきている。アメリカのトランプ政権は保護主義の動きを強めるなど、これまでのアメリカの政権に比べて自国利害を押し出す度合いが強いが、これは国内均衡を重視していることを示している。グローバル化の進展の中で、各国の政策の選択の幅は縮小してきている。現状を打開する新しい発想がなかなか見いだせない状況にあるが、日本では財政の健全性に努めながら、創意工夫して所得再配分を強化し、広い意味での社会政策(社会保障や労働条件だけではなく、農業や中小企業政策を含む)を行うこと、つまり、新機軸での歳出の拡大が重要である。このためには増税も視野に入れた歳入の取り組みが必要だろう。

参考 横山純一『転機にたつフィンランド福祉国家』(同文舘出版)2019年1月。

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